66.フランチェスカの依頼
傍から見るとキャッキャと三人で楽しそうに言葉を交わしているだけのアッシュたちだったが、フランチェスカ商会の建物から出てきた一人の男性によってそれは止められることとなった。
その男性は自分たちの商会の入り口の前で無駄話をしている人間がいる。と思っていてそれを排除するために出てきたのだ。そのせいかずんずんと歩いて来る姿には怒気を孕んでいた。
「おい、お前たち! そこで一体何をしているんだ!!」
アッシュたちに近づきながらそう怒鳴りつけた男性は額に青筋が浮かんでいて、相当に怒りを募らせていることがわかった。
そんな男性の姿にシャロはビクッと身を震わせ、すすすっとアッシュの後ろへと隠れた。ルキは大して気にした様子もなく、何か出てきた。と言う程度にしか感じていないようだった。
そしてアッシュもそんな男性を一瞥して、玩具箱の中から届けるように、と依頼されていた小箱を取り出した。
「商会じゃなくてフランチェスカ家からの依頼でこれを届けに来た」
そう言ってからアッシュはその小箱を男性に向けて放り投げた。
いきなり小箱を投げられた男性は驚きながらも反射的にその小箱を取ろうとした。だが最初に上手く取ることが出来ず、まるでお手玉をするように小箱は宙を舞っていた。
数度のお手玉を経てどうにか小箱を両手で掴み取ることが出来た男性はほっと胸を撫で下ろしたかと思うとキッ! とアッシュを睨みつけて口を開く。
「何が届け物だ!! こんな中身があるかもわからないような小箱を届けるような依頼をフランチェスカ家が出すわけがないだろうが!!」
この男性が言ったようにアッシュの投げて渡した小箱は振っても一切の音はせず、非常に軽い物だった。
「投げて大丈夫なのかよ」
「あぁ、投げても壊れるような物は入ってないからな」
「……あ、見てはないけど視たのか!」
「そういうことだ。開けて中身を見るのは良くないけど、ただ視るだけなら文句を言われる筋合いもないだろ」
アッシュが投げて渡す、という乱暴な手段に出たのは最近よく使うようになった知識の瞳の加護によって視て中身を確認し、投げたとしても壊れるようなことはない。と判断したからだ。
それを察したルキと言葉を交わしていると、隣に立っているシャロはアッシュには中身を確認する術があったのだと理解してどんな魔法なのかな? と疑問符を浮かべていた。
「何をこそこそ話をしているんだ!!」
そんなアッシュたちに男性は非常に苛立った様子で声を荒げていた。
だが不思議なことにその小箱を乱暴に扱うことはなく、寧ろ大切な物を扱うように両手でしっかりと持っていた。
「大した話じゃないさ。それで、俺は確かに渡したからな」
「だから! こんなものを渡されてフランチェスカ家からの依頼と言われて信じられるか!!」
「そんなこと言ってる割には大事そうに持ってるのは何なんだよ」
「…………商会からの依頼と違い、フランチェスカ家から、となればそれはフローレンシア様の依頼だ。そしてフローレンシア様の依頼は俺たちに理解出来ないようなものも多い……」
「あー……つまり、あり得ない! とか思ってるけどもしかしたら、があるからそんな感じなのか」
ルキの言っていることは正しく、そのせいで男性は声を荒げながらも小箱だけは丁寧に扱われていた。
そして図星を指された男性が微妙に狼狽えながら視線を彷徨わせていると、商会の建物からまた違う人物が出てきた。
「何をしているのですか、ゴラン」
「り、リンジーさん!! いえ、この男がフランチェスカ家から依頼を受けたとかどうとかと……!!」
リンジーと呼ばれた老婆に声をかけられた男性―――ゴランは何処か焦った様子で言葉を返した。
するとリンジーはゴランが手にしている小箱に目を向けると何かに気づいたようにはっと目を見開き、こう言った。
「ゴラン、その方たちを応接間へ案内してください」
「え……?」
「貴方が手にしているその小箱にはフローレンシア様が自らの依頼によるものである証として刻む証印が施されています。であるならばその方たちは我々にとって万全の歓待を成すべき存在となります」
「は、はい!」
リンジーの言葉を全て理解したわけではないが言われた通りに動こうとするゴラン。
しかしそれを制するようにアッシュが口を開いた。
「俺はこれを届けるように、しか言われてない。わざわざ歓待だの何だのってのは必要ないからな」
「いえ、フローレンシア様の依頼を受けた方を歓待せずに返すなど、我々には出来ません。どうか、こちらへ」
「断る。俺が受けた依頼は届けるまでだ。俺はその小箱を渡した。お前たちはそれを受け取った。これで依頼は完了だろ」
フローレンシアの依頼ということもあって歓待しなければならないと考えているリンジーと、その必要はないと断るアッシュ。互いに相手を見据え、無言で圧をかけて自身の考えを押し通そうとしていた。
片や最高位の女神でさえ圧だけで黙らせることが出来るアッシュ。片や若かりし頃からフランチェスカ商会の急成長、そして現在までを支え続けている海千山千のリンジー。
そんな二人がただただ無言で圧をかけ合うという表面上は穏やかに、だが本当は非常に苛烈な状況となっていた。
そして二人に挟まれているゴランは顔を青白くしながら自分はどう動けば良いのかと右往左往していた。
「あの婆さん、アッシュと正面切って睨み合いとかすげぇな」
「あれは睨み合いなのでしょうか……?」
「どう見ても睨み合いだろ。っていうか俺としてはさっさと食べ歩きに……?」
ひそひそと会話をしていたルキだったが何かに気づいたように周囲を見渡しながらクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
まるで何か覚えのある匂いがする、というようなその仕草を見てシャロは不思議そうにルキを見ていた。
そして何の匂いなのかわかったのかルキは非常に嫌そうな顔をしてアッシュの袖を摘まむとクイクイッと引いた。
「どうかしたのか?」
するとリンジーとの睨み合いをやめてルキを見ながらアッシュはそう言った。
「……赤チビの匂いがする」
「赤チビ……あぁ、そういえば聖都がどうとかって言ってたな……」
ルキがカルナの匂いがする、と言われたアッシュはそんな話をしていたな。と思い出して面倒事にならなければ良いな、と考えながら一応ということで周囲を見渡した。
すると離れた場所から自分たちのことをじっと見つめているカルナの姿を見つけた。
その際にアッシュとカルナの目が合うとカルナは一つ頷いてから背を向けて歩き始めた。
「はぁ……ルキ、シャロ、ついて来い」
「あー、追う感じか」
「え? え?」
カルナの行動の意味を理解してしまったアッシュはため息を零してからリンジーとゴランに背を向けるとカルナが歩く方へと進み始めた。
それを見てルキはアッシュを追い、シャロも戸惑いながらもその後へと続いた。
「待ってください。話は終わっては……」
「終わりだ。依頼は達成したからな」
そう言い捨てるように言ってからアッシュはリンジーに振り返ることもなくその場を立ち去る。勿論その後にルキとシャロも続き、その二人も振り返ることはなかった。
それを見送る形になったリンジーはため息を零し、ゴランに指示を出した。
「はぁ……ゴラン、王都にある商会に連絡を取ってください。私はフローレンシア様に報告をしなければなりませんからね」
「は、はい! あの、リンジー様」
「どうかしましたか」
「どういった経緯、理由でフローレンシア様はあの男に依頼を……? それもこんな中身もないような小箱を……」
「フローレンシア様の考えは私たちにはわかりかねます。ですが何か意味はあるはずですからね。そのために連絡を取るように、と言っているのですよ」
「は、はぁ……」
リンジーの言葉に納得していない様子のゴランだったが指示が出ている以上はそうするしかない、と内心でため息を零していた。
そしてリンジーは今までの冒険者であればどうにかフランチェスカに取り入ろうとしたりどうにか依頼料を吊り上げようとするのに、アッシュが一切そうした様子を見せずに、それどころはどうでも良いという態度を見せていたことに、もしかするとそれがフローレンシア様が依頼をしたことに関係があるのではないか? と考えていた。
▽
アッシュたちはカルナの後を追っていたが当のカルナは歩く速度を落とすことなく歩き続け、その距離はほとんど縮まっていなかった。
「あの赤チビ、何処まで行く気だよ」
「さぁ?」
「さぁ? って……でも主様が追うと決めたのですよね?」
「カルナが何を考えてるのか知らないけど、放置は出来ないだろ。せめて俺たちが帰るまでは大人しくしておいてもらいたいだろ?」
「それはそのカルナという方が何か問題を起こす。ということでしょうか?」
「たぶんな」
アッシュは帝国に所属しているカルナが王国領にいる時点で何かを起こす気でいる。と考えているのでそれを少しだけ止める気でいた。
だからこそこうして後を追っているのだが、カルナがどういった存在なのかわからないシャロは疑問符を浮かべていた。
「建物に入って行ったな」
「やっとか……宿?」
「イーズ・フェーリエン、ですか……」
カルナの入って行った建物はルキが零したように一軒の宿であり、シャロが看板に書かれた名前を口にした。
「何にしてもこれで話が出来るな。さっさと行こう」
「おー、さっさと話を終わらせて食べ歩きしないとな!」
「えっと……どういう話をするのかわかりませんけど、私は黙っておいた方が良いですよね?」
「どうだろうな。まぁ、内容によるけどあんまり気にしなくても良いと思うぞ?」
シャロが困ったように聞くとアッシュは軽く肩を竦めてからそう返し、宿へと足を踏み入れた。
ルキとシャロもそれに続いて宿の中へと入る。すると入ってすぐの受付の人間に何かを話しているカルナの姿があった。
何を話しているのか、それはアッシュたちにはわからなかったが受付の人間は一つ二つと頷いていた。そしてカルナは振り返り、アッシュたちの姿を確認すると宿の二階へと向かって行った。
まだついて来い、ということか。と判断したアッシュは小さくため息をついてからカルナを追い、ルキとシャロもそれに続いた。
聖都ではのんびり出来ない予定。




