65.聖都
あれから数日。アッシュたちは聖都へと辿り着いていた。
その旅路の中では大きな問題は起こらなかったが初日の宿で下手が隣だったクロエがルキの声をばっちりと聴いていたために、今まさにアッシュとルキが何か致しているのでは? という妄想で眠れなかったり、アッシュからの仕返しを期待するルキが夜になるとアッシュに悪戯をしかけるようになったり、それを見たシャロがルキの甘え方が激しくなったような? と思いながらこれは自分ももうちょっと甘えても大丈夫のはず、とより甘えるようになった。
また真面目な話としてはシルヴィアは歩き方や歩く速さを変えることで体力の消耗を抑える術を覚えたり、野宿のやり方を覚えたり、アッシュたちによって旅に必要なことを覚えることが出来た。
それはアルトリウスも同じであり、騎士の遠征とは違った冒険者の知識に感心したり、シルヴィアと共に様々なことを学んでいた。
そうしたことから決してただ無為に旅をしたわけではなく、シルヴィアとアルトリウス、そしてクロエにとっては確かに意味のあるものだった。
余談だがシルヴィアとアルトリウスの正体についてはこの旅の間に明かされていてクロエは非常に驚き、畏まっていた。だが本人たちの意思によって今までと同じように接して欲しい。ということでぎこちないまでもなるべく今まで通りに接するようにしていた。
聖都はぐるりと高い城壁に囲われていて、出入りをするためには必ず東西南北に配置された門を潜らなければならない作りになっている。
アッシュたちはその門を潜ると他の人の邪魔にならない場所に寄ってからとりあえず一息ついて話を始めた。
「思いのほか長かったけど、無事に辿り着いたな」
「だなー。で、これで終わりだよな?」
ルキの言うこれで終わり、というのは護衛の依頼を指していてその場にいる全員がそれを理解していた。
「そういうことになる、かな?」
「聖都までの護衛、ということでしたから確かにこれで終わりですね……王都に戻る際はどうするのでしょうか?」
「それは自分たちでどうにかするか、もしくは護衛を雇うか、そのどちらかだね。とはいえ僕たちがどれだけ聖都に滞在するか決まってはいないからアッシュたちに帰りも頼む、ということは厳しいだろうね……」
「流石に何時までかかるかわからないのにそれを待つつもりはないからな」
「だよね……うーん……まぁ、その時になって考えようかな? 今はまだ先にやるべきこともあるからさ」
「そうか……そうか。それで良いんじゃないか? もしかすると教会から護衛が出されるかもしれないしな」
シルヴィアたちが王都に戻る際はどうするのか。簡単な話し合いの結果、アッシュたちが護衛をする可能性は低いのでその時になって考える。という臨機応変に対処する、というある意味で投げやりな結論に至った。
というよりも単純にこれ以上は有益な話し合いにならないと判断したアッシュが適当に切り上げた、と言うた方が正しいのかもしれない。
「えっと……私は両親かもしれない方を尋ねるつもりです。皆さんはどうするのでしょうか?」
そうして話が一段落したところでクロエがこれからどうするのか、と口を開く。
「俺たちは他の依頼で届けないといけない物があるからそれを片付けに行くつもりだ」
「僕とアルは教会本部かな。宿とかは……たぶん、取らなくても大丈夫だよね?」
「うん、教会本部で泊まれるように準備してくれるはずだから大丈夫だよ。でももし用意されていなかったら宿を取らないといけないかな」
「そっか……そっかぁ……用意してくれているなら楽だよねー……」
シルヴィアとアルトリウスの会話から教会本部が泊まれるようにしている、はず。という酷く曖昧な言葉が出てきた。
とはいえ第三王女であり勇者であるシルヴィアを放り出すようなことはしないだろう、とアッシュは考えていた。
「何にしてもここで解散だな」
「あはは……そうだね、それぞれやらないといけないことがあるからそうなるよね……」
「あ、でも私も教会本部に向かいますからシルヴィアさんとアルトリウスさんとはもう少しご一緒することになると思います」
「そうなのかい? それなら一緒に行こうか」
「はい!」
どうやらクロエの両親かもしれない人物は教会本部にいるようだった。
それを聞いてアルトリウスがそれならば一緒に行こう、と口にするとクロエは元気良く言葉を返した。
「まぁ……ないと思うが縁があればまたな」
「アッシュ。それってフラグだと思うぞ?」
「んー……確かに何だか主様の言う縁はまたありそうな気がしますよね……」
アッシュの言葉にそれはフラグっていう奴だろ、とルキが言えばシャロもそれに同意するようにそう言った。
それを聞いてアッシュは軽く肩を竦めて返してから歩き始めた。
「それじゃ、精々頑張れよ」
そしてそう言いながら軽く手をひらひらと振る。
「うん、またね、アッシュ! ルキとシャロも!」
「どうか息災で。またね」
「ここまでありがとうございました。何か縁がありましたら、またお会いしましょうね」
するとシルヴィア、アルトリウス、クロエの順に口を開き、別れの言葉を口にした。
「じゃあな、壁女に優男、それとむっつり目隠れ!」
「ルキさん、デリカシーの欠片もない言葉を大きな声で口にしない方が良いと思いますよ! あ、皆さん、またお会いしましょうね!」
それに言葉を返してからルキはアッシュを追って歩き始め、シャロはそんなルキにデリカシーがない、と苦言を呈してから別れの言葉を口にする。
それから急いで二人の後を小走りで追いかけ始めた。
シルヴィアたちはそんな三人が聖都の人混みの中に紛れて見えなくなるまで見送るとシルヴィアが口を開いた。
「よし、それじゃ僕たちも行こうか」
「はい。教会本部は聖都の中心にある大きな建物です」
「あれは……教会だよね?」
アルトリウスが疑問符を浮かべてしまうのも仕方のないことだった。
聖都の中央に鎮座する巨大な建造物。それは教会だった。ただし巨大な、と付くだけのことはあり王都の王城に迫るほどの大きさだった。
「そうです。聖都、フェーデ・イシュタリアを象徴するあの教会こそがイシュタリア様を信仰する私たち総本山になります。教会本部もあの中にありますよ。それからその奥の方には大聖堂もあります」
「そっか……そっかぁ……何だかあれを見ると少し緊張しちゃうね……」
「通常の規模の教会には足を運ぶことはあってもあれだけ大きいとどうしてもね。とはいえ僕たちは目的のためにはどうしても行かないといけないから二の足を踏んではいられないかな」
「あはは……そうだね。こういうのは思い切って動いた方が良いこともある。ってアッシュに言われたからなぁ……ここは覚悟を決めて後は成り行きに任せようかな?」
あまりにも大きな教会に微妙に腰が引けていたシルヴィアだったがアッシュに言われたことを思い出しながら冗談めかしてそう言った。
そしてそれを理解したアルトリウスは小さく笑って言葉を返す。
「ふふ……そうだね。そうと決まれば、向かおうか」
「うん、行こう!」
「はい、わかりました」
そうして三人は教会の本部を尋ねるために歩き始めた。
尚、その道中で気になる物があり、シルヴィアが足を止めたり、アルトリウスがやんわりとそれを諫めたり、クロエが修道女の姿をしているために他の修道女に捕まりそうになったりと色々なことがあったが三人は無事に到着することが出来ていた。
▽
シルヴィアたちが教会本部へと辿り着く頃。アッシュたちは商業地区に存在するとある商会へとやって来ていた。
イシュタリアを信仰するために作られた聖都は王都に比べて冒険者向けの商店は少なく、どちらかと言えば聖職者に向けてのロザリオや銀の装飾品など貴金属類を扱うことが多い。
そういった理由から商業地区を歩くアッシュたちのことを物珍しげに見たり不審そうにしている人間は多かった。だがその商会の建物を目指しているとわかると納得した様子を見せていた。
「ここが主様の受けた依頼の届け先、ですか?」
「あぁ、フランチェスカ商会のフェーデ・イシュタリア支部、ってとこだな」
「その言い方ですと他のところにも支部がある、ということですよね……フランチェスカ商会というのはとても大きな商会なのですね……」
「ウルシュメルク王国で一、二を争う規模の商会だからな」
フランチェスカ商会。フローレンシア・フランチェスカがたった一代で現在の規模まで成長させた新進気鋭にして当代無双の商会であり、扱っている商品は一般人の扱う消耗品から冒険者の扱う装備品、はたまた貴族が好む貴金属や王家に献上する異国の宝物など用意できない物はない、と噂されている。
「そんなことはどうでも良いんだよ。さっさと渡して適当に食い歩きして帰ろうぜ」
「そこで食い歩きするって当然のように決めてるの、どうかと思うぞ」
「良いじゃん。チビだって食い歩き、賛成だよな?」
「え、えっと……聖都の料理はどういうものがあるのか、それは気になりますけど……」
「だよな! 気になるよな!! ってことで食べ歩きは決定だ!!」
シャロから同意とも取れる言葉が出るとルキは非常に上機嫌に尻尾を左右にフリフリと揺らしながらそう宣言した。
またシャロはシャロでルキの宣言を聞いて微妙にそわそわしていて、食べ歩きに興味を持っていることが見て取れた。
そんな二人を見てアッシュは小さくため息を零してから口を開いた。
「はぁ……わかったわかった。ならこの後は食べ歩きだな」
「よっしゃ! 肉料理探さねぇとな!」
「ルキさんはお肉大好きですからね……あ、私としては甘い物とか気になります!」
「はいはい。肉でも甘い物でも良いけど夕食が食べられなくなる。って自体は避けるように。それと食べ切れない量を買うのもなし。良いな?」
「おう!」
「はい!」
引率のお兄さんと子供たち。とも取れる会話をしていて非常にほのぼのとしそうな光景だが、先ほども言ったようにここはフランチェスカ商会の目の前である。
そんな場所ということもあって、道行く人々からはあいつらは何をやっているんだろうか、という視線を向けられていた。だがそれに気づいているのか気づいていないのか、三人はいつもと変わらない調子で言葉を交わすばかりだった。
これで聖都に到着です。到着しないと話が進まないから仕方ないね。




