64.軽い仕返し
なんやかんやで結局三人で一部屋を取ることとなったアッシュとルキ、シャロは自宅の物よりも狭いベッドに三人で横になっていた。
いや、横になっていたというよりも横になっているアッシュにルキが抱き着き、シャロが。という方が正しいのかもしれない。
ルキは我慢する気はないのでアッシュに全力で甘えるために。シャロは以前一緒に寝た際に心が休まるような温かさを感じていて、またそれを感じたいと思っているために。二人ともアッシュにぴとっと密着するようにしていた。
とはいえそんな内心などわからないアッシュは流石にベッドが狭いからそうするしかない、ということだろう。と考えていた。
「なぁ、流石に狭くないか? っていうか狭いよな? 絶対に狭いよな?」
「狭いってことはもっと引っ付くしかないってことだよな! いやぁ、アッシュがそう言うなら仕方ねーよなー!」
「そういうことじゃないっての。いや、それよりも声を落とせ。どうせこういう宿は壁が薄いんだから迷惑になるだろ」
「はーい」
この返事は声を落とせ、という言葉に対してであり、もぞもぞと動いてより密着しようと動くルキにアッシュは小さくため息を零していた。
「シャロはー……離れないか、離れないよな、離れる気ないよな」
「ルキさんが主様から離れないなら、私も離れませんからね。それに仲間外れというか、独り占めはずるいです!」
「何がずるいんだろうな……あー、まぁ、もう諦めるけど大人しく寝ろよ?」
「はい、勿論ですっ」
「大丈夫大丈夫。大人しくするって、うん」
諦観を滲ませる声でアッシュが言えば、シャロは嬉しそうに返事をし、ルキは大丈夫だと返した。
「なら良いけど……」
アッシュがそんな二人の言葉にそう返した。と同時に大人しくするから大丈夫、と言ったルキがごそごそと動き始めた。
それを見て大人しくする気ないだろ、とアッシュがため息を零しそうになった瞬間。服の下に何かがするりと忍び込んできた。
その正体を突き止めるよりも早く、アッシュは自身の服の中に忍び込んできたそれを掴んだ。それは謎の物体、ということはなく誰かの手だった。
そしてこの状況でそんなことをする人間はこの場に一人しかいない。
「……ルキ」
「どうかしたのかよ、アッシュ」
「大人しくしような?」
「わかってるって。ちゃーんと他の部屋の迷惑にならないように大人しくするっての」
言外にやめろ、と伝えたアッシュだったがそれを理解しながらもルキは同じようにやめる気はない、と返した。
そんな二人のやり取りを見てシャロが不思議そうにしながら口を開いた。
「主様、ルキさんがどうかしたのですか?」
「あ、いや……ごそごそと動いてたからな。大人しく寝ろって言ってるだけだ」
「それくらい許せよなー。別にチビとか他の部屋の迷惑にはならないんだからさ」
「なるほど……そういうことでしたら許してあげた方が良いと思いますよ? こうしてベッドで横になるなら一番落ち着く体勢になるまで少し時間がかかる、ということもありますからね」
二人の言葉をそのままの意味として受け取ったシャロはそれくらいは仕方ない、と考えているようだった。
そんなシャロの言葉を聞いてアッシュは僅かに頬が引き攣り、ルキは小さく口角を上げた。
「ほら、チビだってこう言ってるんだから良いじゃねぇか。ほら、さっさと寝ようぜ!」
「そうですね、明日も早いんですから今のうちにしっかりと休まないとめっ! ですよ?」
「……あぁ、そうだな。そうなんだよな……」
このままだとルキに悪戯されることが確定しているアッシュの目は僅かに死に始め、その声には先ほど以上の諦観が込められていた。
本当にやめて欲しいと思うのであればルキを振り払えば済む話なのだが、それが出来ないのがアッシュの甘さと言うべきか、はたまた弱さと言うべきか。何にしてもアッシュはルキを振り払うことは出来ない。だからこそルキが調子に乗るというか更にぐいぐい迫る。つまりは自業自得であった。
そんなアッシュに気づかず、シャロは自身の言葉通りに一番眠りやすい体勢になるようにもぞもぞと動き、アッシュにぴったりと引っ付くように寄り添う。
そしてルキはシャロに気づかれたらまたアッシュに何か言われるな、と考えてあまり派手には動かず、ゆっくりとアッシュの肌の上に手を這わせる。
昔から貧民街で生きて来たというのにその肌には傷はなく、まるで絹にでも触れているような滑らかな手触りにルキは内心で驚きながらも、よくよく考えずともどうせイシュタリアの仕業か。とすぐに納得してその手触りを楽しみつつ、アッシュの様子を窺う。
アッシュはルキの手が這う度に感じるぞわぞわとした形容し難い感覚が走っていて、しかしそれを表に出せばシャロに気づかれる。と考えていた。
そして一番手っ取り早いのはシャロから見えないように顔を背けておくこと。ということでアッシュはシャロから見えないように顔を背け、ルキの方へと顔を向けていた。
その結果としてアッシュの様子を窺おうとしたルキには何とも言えない、微妙に眉尻を下げたアッシュの表情が目に入った。
そんなアッシュを見たルキは内心で珍しいな、と思いながらも手を止めず、そしてアッシュの体に両腕を回すとそのままアッシュの体を抱き締めた。
「ん、これなら良い感じに寝られそうだな」
「お前はな」
「えっへへ……俺にとってはほぼ完璧だからな。何だったらアッシュも同じようにして良いんだぞ?」
「……そうだな、そうしてやろうか」
「へ?」
シャロのことを気にしてひそひそと小声でのやり取りをしていた二人だが、ルキが上機嫌になりながら冗談で口にした言葉にアッシュがそう返すとルキは間の抜けた声を漏らした。
ルキとしては何を言ってるんだ、というような反応が返って来ると思っていた。それなのに、まさかの返しに思考が追いつかなかった。
そしてそんなルキなどお構いなしにアッシュは寝返りを打つようにしてルキへと体を向けると仕返しとばかりにルキの服の下へと手を突っ込んだ。
「あっ!?」
「ルキ、静かに」
「し、静かにって、アッシュがいきなり……ひぁっ……!」
仕返しということもあってルキのようにゆっくりと、という気遣いはあまりなく、するすると肌の上を這うアッシュの手がルキの僅かな突起を掠めた瞬間、ルキの口から甘さを含む声が漏れた。
それと同時に自分がそんな声を出したことが恥ずかしかったのかルキは真っ赤になりながら抗議するようにアッシュを見た。
「ルキ」
「い、今のはアッシュが悪いだろ!?」
静かに、という意味を込めてアッシュがルキの名前を呼べば、ルキはどう考えてもアッシュが原因だ! と赤い顔のまま言った。
そうしたルキを見てアッシュの心の奥底で僅かな嗜虐心が沸き上がり、もう少し何かしてみても面白いかもしれない。そんな考えが浮かんでいた。
「ルキさん、どうかしたのですか……?」
しかし何か行動に移る前にシャロが何事かと口を開いた。
「え? あ、いや、何でもねぇよ!」
何があったのか説明しようとすれば、先ほどのことに触れてしまう可能性があったためにルキは何でもない、と返した。
その様子はどう見ても何でもない、ということはなかった。だが既におやすみモードなシャロはそれに気づくことはなく、言葉の通りに受け取ったようだった。
「そう、ですか……それでしたら、騒いだらめっですからね」
「お、おう……と、とにかく、チビはもう寝たら良いと思うぞ! すげぇ眠そうだしな!」
「むぅー……ルキさんは、声が大きい、ですよぉ……」
ルキの言うようにとても眠そうだったシャロはルキにそう言いながらも意識は夢の世界へと飛び立っていった。
それを見てルキはとりあえずは良かった。と安堵したように吐息を零した。
「……アッシュのせいだからな!」
小声で声を張る。という器用なことをしながらルキがアッシュを軽く睨むようにして見た。
するとアッシュはそれを一切気にせずにするすると手を動かしてから先ほど触れた突起を指先で軽くぐりぐりと潰す。
「ふぁっ……ま、待った! ちょっとヤバいから! それヤバいから!!」
びりびりと脳髄に駆ける甘く蕩けるような痺れに声を漏らし、普段のアッシュからは考えられない行動に戸惑いながらもルキはアッシュに待ったをかけた。
ルキとしてはアッシュとならえっちな展開も大歓迎! という形で覚悟と決意を決めていたのだが、いざそうなると恥ずかしさが勝ってしまっていた。
それともしこのまま続けられると理性が蕩け切ってしまい抑えが効かなくなってしまうかもしれない。と考えていた。二人きりであれば気にしないが、シャロが隣にいる状況でそれは不味い。だからこそどうにかアッシュを止めようと回していた腕を解いてアッシュの手を掴んだ。
「何だよ、あの日に比べればどうってことないだろ?」
「そうだけど! でも今はチビがいるし……さ、流石に恥ずかしいだろっ!?」
「……まぁ、軽い仕返しみたいなものだからこれくらいにしておくけど……俺が拒まないからって調子に乗るとこうやって仕返しもするから肝に銘じておけよ?」
「お、おう、わかった……」
アッシュが普段はしない行動に出た理由。それはあくまでもルキに調子に乗ってやり過ぎるなよ、という釘を刺すためだった。
そしてルキの反応を見る限り充分な効果があった、とアッシュは内心で安堵し、それと同時に自分は何をやっているんだか、と自己嫌悪に陥っていた。
だからこそアッシュは気づくことが出来なかった。
つまり、調子に乗ってグイグイ押せばアッシュからの仕返しという名のえっちな展開があり得るからそのまま良い感じの流れに持って行ければ……! と、アッシュにとって非常に不穏なことをルキが考えていたことに。
「何にしても、今日はさっさと寝ようか。寝ような?」
「……おう! ……そうだな、そういうことだよな。よーし、とりあえず今日はもう休んで、明日からだな!」
「え? あ、あぁ……明日からも少し面倒だけど頑張ろうな……?」
アッシュが寝るように念を押せばルキは非常に嬉しそうに言葉を返した。
どうしてそんなに嬉しそうなのか、と戸惑いながらもシルヴィアとアルトリウス、クロエの三人がいるので面倒だな、と思っていたアッシュはそういうことだろう、と考えてそう言った。
無論、ルキの明日から、というのはグイグイ押してアッシュからの仕返しを期待しよう、ということなのだがアッシュがそのことに気づくことはない。
そして仕返しも済んだ、ということでアッシュは手を引き抜きルキを抱き締めるようにして背中をぽんぽん、と叩く。
「……俺、そうしてもらわないと眠れないようなガキじゃないんだけどなー」
「ならやめるか?」
「いや、俺が寝るまでで良いから続けてくれ」
「まぁ、こうやるとあっさり寝てくれるからな。わかった、寝るまでは続けるさ」
この行為はルキが眠れるように、とルキがもっと幼い頃にしていたものだ。
今となっては必要のないことだがアレな仕返しをしてしまったことによる罪悪感を誤魔化すためにアッシュはそんな行動に出ていた。
そうとは知らず、ルキはたまには悪くないな、と思いながらアッシュを抱き締めるとその穏やかな感覚に次第に微睡み、ゆっくりと眠りへと落ちていった。
「……おやすみ、ルキ」
ルキが眠ったのを確認してからそう言って、アッシュは目を閉じるとゆっくりと意識を手放した。
何でも男子がじゃれてくすぐり合いをしてそっちの道に目覚める人もいるとか。
つまり、こういうこと繰り返してるとアッシュもそっちの道に目覚める可能性が……あるのかな?




