62.貧民街の本当の姿
アッシュたちが一名を除いて穏やかな空間を作り上げている一方。
それを少し離れた場所から見ていたアルトリウスは現在ルキに睨まれていて冷や汗を流していた。
「おい、優男。アッシュがとりあえずは仕方がない、って判断したから今回は見逃すけどああやって王族と関わりを持たせるようなことは今後はなしにしろよ。俺たちは護衛と護衛対象ってだけの関係だからな」
「いや、そうかもしれないけど、仲良くなるのは良いことだよ?」
「あぁ、そうかもな。王族とかいうクソ面倒な相手じゃなければそうだろうさ」
「面倒って、そんな……」
今のルキにはアッシュに甘えたり、シャロと会話をしている時のようなどちらかと言えば可愛い少年らしい姿は欠片もなく、明確な殺意の込められた視線と言葉はアルトリウスを追い詰めるには充分なものだった。
「良いか。本来俺とアッシュは王族だの貴族だのと関わるような存在じゃない。っていうかむしろそういう奴らは反吐が出るって思ってるくらいだぞ」
その言葉にアルトリウスは絶句してしまう。ルキがそう思っているからではない。それをはっきりと口に出して自分に言い切ったからだ。
もしかしたら友人になれるのではないか? と考えていて、更に言えば少しは仲良くなれたと思っていたのに蓋を開けてみれば明確な殺意を宿しながらそんなことを言われてしまった。これには絶句してしまうのも仕方のないことだった。
「今回はこっちにも事情があるから仕方なく依頼を受けたけど、本来なら絶対にこんな依頼受けてねぇっての」
「で、でも、アッシュはあんなにシルヴィア様と仲が良さそうにしているよ?」
「アッシュはつんけんしたり突き放したりどうでも良さそうにしてり冷たくしたりしても、結局は優しいから何だかんだで世話を焼くからな。そこが良いところではあるんだけど、たまに面倒事だってわかってても手を差し伸べることがあるのはどうかと思うんだよなぁ」
コロッと先ほどまでの殺意溢れる様子を消し去り、アッシュについて仕方がないのはわかってるけど、とため息を零すルキ。
それを見て何となく自分が口を挟まない方が良いかな、と考えていたシャロが何処となくルキの言葉に納得したように口を開いた。
「確かに……主様は優しい方ですからね。ただ、あまり親しくない段階だとそうは思えませんけど……」
「アッシュはなぁ……昔っから貧民街で生きて来たのに根が妙に善良なんだよ。何だかんだで他人の世話を焼いて、何だかんだで他の誰かを受け入れる。貧民街だとそんな奴いねぇってのに」
不満そうに文句を口にしているルキではあったがそれもアッシュの魅力の一つだ。と考えているので文句というよりもある種の惚気のようなでしかなかった。
とはいえそれが惚気であるとわかるのはルキとそれなりに関わりのあるシャロだけであり、アルトリウスは純粋にアッシュに対する文句を口にしているのだと受け取っていた。
「い、いや……それは良いことじゃないかな……?」
「良いことだとしても! そのせいでアッシュが余計な苦労をしたりするのがダメなんだよ!! っていうかアッシュはそうやってどうでも良い奴に時間を使うよりも俺のことをもっと構うべきだと思うんだけどな!!」
「あ、そういう話に落ち着くんですね……」
「アッシュはそういう性格だから仕方ないってのはわかってるんだよ! だからそれは仕方ないにしてもそれがなければ俺のことを構ってもらえるはずなのに!!」
「あ、あれ……? これって、そういう話だったのかな……?」
「ルキさんが主様のことであれこれと言うにしても、結局はそういうことに落ち着くことが多いですからね。それにルキさんは主様のすることを完全に否定することは少ないんですよ?」
「そうなのかい? あ、いや、でも確かに今までのルキを見ているとそんな気もするね……」
疑問符を浮かべたアルトリウスだったがシャロの言葉を聞いて確かに、と納得していた。だがそれと同時にふと思い至ることがあった。
「……もしかして、さっきルキがアッシュに対して文句を言っていると思ったのは……もしかして、惚気ていただけだったりするのかな……?」
「そうだと思いますよ。まぁ、ルキさんですからね。隙あらば主様と自分は仲が良いことをアピールしますし、主様のことが大好きですから文句を言っているように聞こえても基本的には主様のことを惚気てばかりになると思いますよ」
「ルキらしい、って言えば良いのかな……」
もしかすると惚気られていたのでは? とアルトリウスが口にするとシャロは頷いてから言葉を返した。
それを聞いてアルトリウスが少しばかりの呆れを含んだ声で零していた。
「でも、王族や貴族と関わりを持ちたくない。という言葉は本心だよね?」
だがすぐに真剣な表情と声でそう言った。
「当然だろ。っていうか俺がそう考えてるってだけじゃなくてアッシュも同じように考えてるからな」
「それは単純に関わると面倒事に巻き込まれると考えているからかな? それとも……先ほど言っていた貧民街の出身だから王族や貴族のことを快く思えないからかな?」
「両方だ。俺たちはろくでもないクソみたいな貴族を知ってる。それを放置してウルシュメルクの平和を守ってるだとか民の為に政治を行わなければならないとか、王族の人間は上っ面だけの綺麗事しか言わねぇ。どうしてそんな奴らと関わろうと思えるんだよ。快く思えるんだよ」
アルトリウスに問われたルキは反吐が出る。とでも言いたげに顔を顰めてそう言い捨てた。
「なっ……た、確かに良い噂を聞かない方もいるけど、そんな言い方はないんじゃないかな? それに陛下たちは心の底からウルシュメルクの平和を守ろうとしているんだ。勿論、民の為の政治というのも上っ面の綺麗事なんかじゃない」
「ならどうして貧民街を放置してるんだ?」
「それは……貧民街の住人はほとんど貧民街から出て来なくて住み分けが出来ているから、とか……? それで急いで手を打たなくても大丈夫だからじゃなのかい?」
「へー……何にも知らねぇってことか。あれだな、お前と話すだけ意味ないな」
そう言ってからルキはもはやどうでも良い、というようにアルトリウスから視線を外した。その話すだけ意味がない、と言ったようにこれ以上話をするつもりがない、と態度で示していた。
そんなルキにアルトリウスはどういうことなのかと疑問に思いながら、それを聞き出そうとするがそれよりも早くシャロが口を開いた。
「ルキさんの言い方から察するにアルトリウスさんの言っていたことは間違っている、ということですよね」
「あぁ、貧民街を放置してる理由は自分たちじゃ手が付けられないから、ってのが正解だ。住み分けが出来てるからまだ手を打たなくて良いとか頭の中が花畑にでもなってんじゃねぇのか?」
「手が付けられない、ですか?」
「貧民街は昔からクソみたいな犯罪者の巣窟だ。昔から貧民街にはまともな人間はいねぇし憲兵も騎士も冒険者も足を踏み入れようとしない。そんな場所だから何処かで犯罪を犯した人間が逃げ込むには最適な場所になってるんだ。そのせいで貧民街は犯罪者ばかりで、そうじゃない人間は捨てられたか、何もかも失って居場所がないからって流れて来たって感じだ。もしくはそういった誰かを利用としてるクソみたいな奴らしかいねぇよ」
ルキの言葉を聞いてシャロは自分が考えていたよりも貧民街の現状は酷いものなのだと理解した。そしてそんな貧民街の出身であるアッシュとルキの二人がどれだけの苦労をして来たのかを少しだけ考えて僅かに同情のような念を抱いた。
とはいえアッシュもルキもその程度のことだと割り切って考えているのは何となくわかっていたのでシャロはそれを表には出さないように努めていた。
またアルトリウスはその内容に信じられない、という表情を浮かべていた。昔から聞かされていた貧民街には社会に適合出来なかった人間が多く住み、独自のコミュニティを築き上げていて貧民街に足を踏み入れなければ危険性はない。という話を信じていたからだ。
そんなシャロとアルトリウスの様子を一切気にかけた様子もなくルキは更に言葉を続けた。
「そんな奴らを下手に刺激すると貧民街から出てきて何をするかわかったもんじゃねぇ。何か手を打つなら一発で全部終わらせる必要があるんだ。でもそれが出来ないってわかってるから手を打つ何で出来るわけがない。まぁ、放置するのが一番安全っていうのはそうなのかもな。でもそれは貧民街に打ち捨てられた無力なガキや利用されるしかない誰かを見捨てるようなもんだ」
そう吐き捨てるように言ったルキの言葉にシャロはあぁ、そういうことだったんですね。と一人で納得していた。
ルキが貧民街について語る際に自分にとってはどうでも良いような様子だったのに、どうしてか苛立っているようにも見えていた。その理由はきっと最後の言葉に込められている。
「でもルキさんは主様と出会えたんですよね」
そしてもしルキがアッシュと出会うことがなければそうした誰かとなっていたのだとシャロは理解して、そんな言葉を口にしていた。
「あぁ、でも出会えてなかったら今頃野垂れ死んでたはずだ。それに今だって誰にも手を差し伸べられなかった誰かが沢山いる。そんな貧民街を放置してる時点で王族ってのは上っ面の綺麗事しか言わない、って思っても仕方ないだろ」
「た、確かにそういった状況に手を打てない状態に不満があるのはわかるけど陛下だってそのことに心を痛めているはずだよ。きっと今後どうにかするための手を考えているんじゃないかな?」
「へー、そうかそうか。そうだと良いな、本当に」
アルトリウスの希望的観測がふんだんに含まれたその言葉にルキは皮肉たっぷりにそう返した。
それからすぐに今度は自嘲するようにこう言った。
「まぁ、それがわかってるのに何もしようとしない俺もアッシュもろくでもないって言われればその通りなんだけどな。ただ綺麗事を並べるよりはマシだろうけど、とか保身の一つでもしておくか」
そう言って軽く笑うルキはそれで話は終わりだ、というようにシャロとアルトリウスに背を向けてアッシュの下へと歩き始めた。
その背を見送りながらアルトリウスは小さくこう呟いた。
「……僕は、本当は何も知らないのかもしれないな……」
ルキの言葉を聞いてアルトリウスが何をどう解釈して、どう感じたのか。それはその言葉を聞いていたシャロにはわからなかったが、アルトリウスにとっては何か変化をもたらすきっかけになるような、そんな気はしていた。
だが自分がそんな気をしたからとここであれこれと口を挟むようなことではないと判断して、何も聞こえなかったフリをしてルキの後を追った。
貧民街が何で放置されているのか、という話。
ルキが語った以外にもあれこれありますがとりあえずわかりやすい理由はこんな感じ。ということで。




