61.治癒魔法の話
「えっとね……ほら、アッシュとルキ、シャロの三人がすごく仲が良いでしょ? それでちょっと羨ましいなぁ、って思っちゃったんだ」
「確かにアッシュさんたちはすごく仲が良いですよね……私も、ちょっと羨ましいくらいです」
「だよね。 まぁ、ルキはちょっと甘えすぎだと思うけどね」
「あ、あはは……ルキさんは、その……す、すごいですよね……っ!」
何がすごいのか、クロエはそれを口にはしていないが微妙に赤くなっていたのでまた微妙に妄想の世界に片足を突っ込んでいるのかもしれない。
そんなクロエはさておいて。というよりも気づいていない様子のシルヴィアは言葉を続ける。
「まぁ、それだけじゃないんだけど……それは言っても仕方がないことだってわかってる。それでも考えちゃうんだ」
「それはアルトリウスから聞いた。あれだな、ざっくり言えば誰かに甘えたい子供だな」
「別にそういうのじゃないんだけどな!?」
アッシュが身も蓋もないことを口にするとシルヴィアは何処となく焦った様子でそれを否定した。
シルヴィアとしては子供扱いされるなんて思ってもいなかったのに、そんな扱いをされてしまっては堪ったものではない、という様子だった。
「いや、そうとしか思えないだろ。っていうかそういうのは本人にさっさとぶちまけた方が良いぞ。どうせお互いにいらない遠慮をして拗らせてるだけだろうしな」
「うぐっ……そう言われるとそうかもしれないけど……!!」
「とはいえそれが簡単に出来れば苦労はないだろうな」
「そうだよ! アッシュは簡単に言うけど、兄上たちに直接僕の考えていることを話すなんて難しいんだよ!?」
「でも家族ならいけるいける。むしろ兄妹喧嘩するくらいの勢いで思ってることと考えてること全部ぶちまければ良いだろ。それで殴り合いとか……いや、決闘の一つでもすれば面白いかもな」
「兄上たちと喧嘩なんて出来ないし、それに決闘とか普通はしないよ!?」
身も蓋もないどころかそれはないだろう、と思えることを口にするアッシュにシルヴィアは驚愕と憤慨の入り混じった様子で言い返した。
それを受けてもアッシュは気にした様子はなく、さらりと受け流してからこう言った。
「そうだろうな。でも思い切って何か行動に移すくらいしないと何も変わらない。ってことも多いもんだ。まぁ、俺にはほぼ関係ないから適当に言ってるだけだって聞き流してもらっても良いけどな」
「うわぁ……投げやり過ぎる……!」
「投げやりにもなるさ。王族のことに首を突っ込むほど物好きじゃないし、所詮は他人事だからな」
しれっとそう言ってからアッシュはクロエの頭に手を乗せると、その頭を掴み、ぐわんぐわんと大きく二三回ほど回した。
「え、あ、えぇ!?」
片足を突っ込んでいた妄想の世界に旅立っていたクロエはアッシュの行動で現実に引き戻され、それと同時に自分の状況に戸惑いの声を漏らしていた。
そんなクロエを見てアッシュは追加で更にぐわんぐわんとクロエの頭を回しながら口を開いた。
「とはいえ、ここに普段はしないようなことをして心なしかすっきりしたクロエがいるんだ。同じようにやってみるのも悪くないかもしれないぞ。なぁ、クロエ?」
「あうあうあうあうあう……」
「ほら、クロエもその通りだって言ってる」
「言ってないよね? アッシュのせいでそれどころじゃないよね?」
「ってわけで思い切って全部ぶちまける、ってことも考慮してみると良いんじゃないか?」
「ちょっと待って。何でもう話を終わらせようとしてるのかな? っていうかクロエのこと解放してあげないと目を回してない!?」
アッシュが話をしている間もクロエの頭をぐわんぐわんと回し続けていたせいかクロエは目を回しているようで、それに気づいたシルヴィアが慌ててクロエを救出した。
その際にアッシュはパッと手を放していたので、シルヴィアがそう動くように狙ってやっていたようだった。
「クロエ、大丈夫?」
「あぁぁぁ……世界がぐるぐるまわってましゅ……?」
「大丈夫じゃない!?」
「こういう場合は反対方向に回すと良いらしいな」
「ダメだよ!? とりあえず安静に! 安静にしようね!!」
言いながらシルヴィアはアッシュからクロエを庇うようにしながらクロエをゆっくりと座らせた。
「アッシュ! 少しくらいならスキンシップかもしれないけどやり過ぎは良くないよ!!」
「あれくらい大丈夫だろ。俺の知り合いにやってもむしろ目が回ったとか言ってあれこれどさくさに紛れてセクハラしてくるし」
「どういう知り合いなのそれ!? っていうかセクハラされるの!?」
ここでアッシュが口にした知り合いというのは白亜のことであり、顔を合わせれば一回はセクハラを仕掛けるのでアッシュとしてはその程度、と口にした。
だがシルヴィアからしてみればこうした過激? なスキンシップを当たり前にして、更にはアッシュがセクハラの被害に合っているということに驚いていた。
「え、大丈夫なの?」
「セクハラか? まぁ、いつものことだからな……」
白亜には何を言っても仕方がないからな、と思いながらアッシュは苦笑を浮かべながらそう答えた。
そんなアッシュを見てどうしてセクハラされるのにそれだけで済ませるのかわからずにシルヴィアは大量の疑問符を浮かべていた。
「とりあえずそれは置いておくとして……クロエを治すか」
「置いておけるような内容じゃなかったと思うんだけど……でも、治すって?」
「治癒魔法に決まってるだろ」
「え?」
言ってからアッシュはクロエの頭に手を乗せた。
「どうか健やかに」
その言葉と共に淡い光がクロエを包んだかと思えば、ぐるぐると目を回していたクロエの様子が変わっていた。
「え、あ、え……?」
「あうあうあう……? あれ? あれ?」
「よし、問題ないな。で、話は終わりで良いか?」
「え、何でしれっと話を終わらせようとしてるのかな? っていうよりも治癒魔法使えたの!?」
「治癒魔法!? え、あ、アッシュさんは治癒魔法が使えるのですか!?」
ほぼ強制的に話を終わらせようとしたアッシュだったがシルヴィアとクロエの興味全く別のことに向いていた。それはアッシュが治癒魔法を使った、ということだ。
「別に使えたって良いだろ」
「いや、使えるのがおかしいとか言いたいんじゃなくて何で使えるの、って言いたいんだけどな! だってアッシュって教会の関係者じゃないよね?」
「俺みたいな人間が教会の関係者なわけがないだろ。というよりも治癒魔法は別に教会の関係者じゃなくても使えるだろ」
「それはそうだけど……でも基本的にはそういうことになってるから……」
シルヴィアの言うように治癒魔法というのは基本的に教会の関係者が使える魔法だ。
元々は治癒魔法は教会内の秘儀として伝わっていたものをより多くの人間が使えるようにと簡略化したものであり、そうした経緯から教会の関係者、聖職者の間で使われる魔法として世間に認識されている。
だからこそアッシュが治癒魔法を使えるという現実に驚きを隠せないでいた。
ただ治癒魔法を使える人間は必ずしも教会の関係者というわけではなく、治癒魔法を使える誰かに教えを請い、それに応えてもらえたなら治癒魔法を使えるようになったとしてもおかしくはない。だがそれは非常にレアケースだ。というのがシルヴィアとクロエの共通の認識だった。
「もしかして教会の関係者の誰かから教わったとか?」
「あ、それなら可能性はありますね」
「だよね! でもアッシュがそうやって教えてもらう姿って想像出来ないなぁ……」
というわけで二人でそうした結論を出しているとアッシュは呆れたようにこう言った。
「俺みたいな人間がわざわざ教会の人間と関わろうとするわけないだろ。それに治癒魔法は起源の違いこそあれど幾つかの種族には同じような物があるんだぞ?」
「え?」
「あっ……た、確かにエルフとか小人族とか他にもいろんな種族の人が治癒魔法を使ってるよね……」
「つまり、アッシュさんはそうした別の種族の方から教わった、ということですか?」
「大雑把に言えばそうなるな。まぁ、俺たちみたいな人族とは違う誰かから教わった。ってのが答えだな」
さてではアッシュは誰から治癒魔法を教わったのか。そのことについては答えず、曖昧に濁していた。
「そっか……そっかぁ。うん、そうだね、そういうこともあるのに頭の中からすっぽりと抜け落ちてたよ」
「そうですね……私自身が教会の人間ということもあって、そういうものだと思い込んでいました……」
そしてシルヴィアとクロエはアッシュが曖昧に濁していることに気づかず、それでいてそういうものなのだと納得しているようだった。
それを見てここで話を終わらせるのが得策だな、とアッシュは判断した。
「まぁ、俺が治癒魔法を使えることに関しては気にしないでくれ。それとシルヴィア、自分の抱いた思いも考えも口にしないと伝わらないことばかりだ、ってことを頭の片隅にでも覚えておけよ」
「……うん、そうだね。そう、だよね……わかったよ。ちゃんと、覚えておくよ」
「そうか……そうか。それなら良いんだ」
そう言ってからアッシュとシルヴィアは口を閉ざした。
アッシュはシルヴィアが自身の忠告のような言葉を受け止めていることにひとまずの安堵をしながら。
シルヴィアは何処となく迂遠ではあるがアッシュが自身のことを少なからず想って話をしてくれたのだと少しばかりむず痒いような、嬉しいような感覚を胸に宿しながら。
さて、そんな風にお互いに口を閉ざし、何とも不思議な心地良さすらある空間に取り残されている人間が一人。
アッシュとシルヴィアにとっては心地良さすらある空間、俗に言う二人の世界のようなものを作られて部外者となったクロエにとっては非常に居心地の悪いものだった。
だからといって何か口を挟んでこの空間をぶち壊してしまったらどうしようかとクロエは悩み、またこの場から脱するにはどうしたら良いのかと考えていた。
そしてここでクロエは非常に残念な考えに至ってしまう。現実逃避をしてしまおう、という本当に残念な考えだ。
そんな非常に残念極まる考えに至ったクロエは目の前の光景をどうにか都合の良いように、それでいて脳内ピンク色なクロエの現実逃避に相応しい妄想で塗り替えることに専念し始めた。
誰に教えてもらったのかはまだ秘密です。




