14.不可解な状況
アッシュとルキは王都を出て南に真っ直ぐ進んだ街道の途中で足を止め、ゴブリンたちが来るのを待っていた。
迎撃の準備をするために時間が必要だったから待っているというわけではなく、単純にこれ以上王都から離れるのが面倒だから、という理由で待っている。
それにはどうせゴブリンの方からやって来るのであればのんびりと待たせてもらっても問題はないだろう。という考えをアッシュとルキが持っているからだ。
「なぁ、アッシュ」
「何かあったか?」
「いや、そうじゃねぇけど。どうなってんだろうな、って思ってさ」
ルキは自分で疑問を口にしながらも何処となく投げやりにそんな言葉を口にした。ついでにこのどうなっているのか、というのはゴブリンに関してのことだ。
本来ならあり得ない、湧いたとしか言い様のない現れ方をしたことと、そのゴブリンが王都へと向けて進攻していること。気にするべきはこの二つだ。
「示し合わせたように進攻を開始した。ってのはゴブリンの中に指揮してる奴がいるのかもしれないな」
「あー、ゴブリンコマンダーか。それなら確かに、って。いや、それにしても数が多いだろ」
「数体のゴブリンコマンダーが連携を取ればあり得なくはないんじゃないか?」
ゴブリンコマンダーとはその名の通りにゴブリンの群れを指揮するゴブリンのことだ。ゴブリンの中でも悪知恵が働く者が群をまとめているだけとも言われているが、どちらにしても群れに指揮していることに変わりはない。
「それは、まぁ、そうだけど…同時にってことは最低でも八体はいることになるだろ? それが全員で連携を取るのは無理じゃねぇか? 距離だって離れすぎてて合図とか送れないだろうしさ」
「……言われてみれば確かにそうだな。念話でも使えば可能だとしても、それぞれの群れにウィザードでもいる可能性は低いか」
「ゴブリンウィザードか。でもそれだってレア中のレアなんだから全部の群れにいるってのは考えにくいんじゃねぇの?」
ゴブリンの中で魔法を扱うことが出来る個体はゴブリンウィザードと呼ばれているが、ルキが言ったように非常に珍しい個体なので八つの群れ全てにゴブリンウィザードがいる。というのは考えにくかった。
「まぁ、それはそうだけど……同時に進攻を開始したってことを考えるとゴブリンコマンダーとゴブリンウィザード。その両方がいたっておかしくはないだろ?」
「両方が揃ってる方がおかしいと思うんだけどなぁ……」
呆れながらそう口にしたルキの言い分は非常に良くわかるものだった。
ゴブリンコマンダーとゴブリンウィザードというのはそれがいるだけで警戒度を上げなければならないような存在であり、それが王都へと進攻している群れの中に揃っている。というのは考えられないことだった。
であるならば、それらとは違った何かがある。ということになる。
「……とりあえず、考え事はそろそろ終わりだな」
それが何なのか、思考の海に沈みそうになっていたアッシュはルキの声に反応して前方を見た。
すると月明かりと星明りによって照らされた大地のには黒い何かの群れが進んで来るのが見える。その黒い何かこそがゴブリンの群れだった。
それを確認してからアッシュは小さく息を零してから口を開いた。
「そうか……そうか。わかった。とりあえず、群れの中にゴブリンコマンダーとゴブリンウィザードの姿があるかどうか確認してもらっても良いか?」
「ないと思うけど……一応、わかった。探してみる」
「あぁ、俺もないとは思ってる。ただあるならあるで珍しいし厄介事の気配がする。ないならないで……謎は深まるばかりだな?」
「どっちにしろ面倒なことには変わりなし、ってことか」
少し嫌そうにそう言ったルキにアッシュは軽く肩を竦めながら言葉を返した。
「そうとも言えるな」
「はぁ……まぁ、探すだけは探すか」
ため息を零しながらもルキはそう言った。そんなことはない、と思いながらもアッシュに頼まれたのであればそれに応えるのがルキだった。
そんなルキを見て何だかんだ言いながらでも頼んだことはやってくれる辺りルキは良い子だな、とアッシュは考えて一人で和んでいた。
ルキが幼い頃から育ててきた身としては、俺のようなろくでなしに育てられたのに多少ひねくれながらも割と真っ直ぐに育ってくれたことが少し嬉しかった。そんなことも考えていたからこそ一人で和んでいたのかもしれない。
「あぁ、頼んだぞ」
「おう! 任せとけ!」
だからそう元気に返事をしてニッと笑ったルキに対してアッシュは自然と笑みが零れていた。
しかし今はそんな場合ではないとすぐに気を引き締めて前方を見るとゴブリンたちの姿を確認することが出来る距離まで近づいて来ていた。
五十を軽く超えるゴブリンたちの大群は一般人であれば絶望し、並みの冒険者であれば尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
だが今回クレスに集められた者たちは違った。ぞれぞれが高ランク冒険者でありいくらゴブリンが群れようとも臆することはなく、貪欲に勝利を奪い取るような人間ばかりだった。
そして何よりもアッシュとルキにとってはこの程度、脅威になど成りはしなかった。
「思ったより多いな……」
とはいえその数を見て面倒臭そうにアッシュが呟いた。
「だなー。まぁ、アッシュがその気になれば速攻で片付くだろ?」
「煌々と燃え猛れは遮蔽物がない場所で、しかも夜に使うとか目立つだろ。やりたくないな」
アッシュにとっては目立ちたくないから。というだけの理由で煌々と燃え猛れを使いたくないと言った。
それを聞いたルキはそれならば、と違う案を口にする。
「なら凍えて眠れは?」
「それなら対して目立たないだろうけど……まぁ、本当に全部俺が片付けて良いなら、それも悪くはないな」
煌々と燃え猛れは対象を焼き尽くす炎を生み出す。凍えて眠れは炎すら凍結させる絶対零度の世界を作り出す。
これはイシュタリアの加護と祝福をアッシュが複合して使っている神威に近い何かであり、そんなものを平然と使いこなせるのは世界広しと言えどもアッシュくらいのものだろう。いや、アッシュ以外にも使える人間がいたら一体何者なのか、という話になってしまう。
とりあえず、どちらを使ってもゴブリンには悪いが完全に過剰な殲滅力になってしまうだろう。ただゴブリンにかける情けはないと考えているのでアッシュとしては一向に構わなかった。
だがそうした場合はルキが暴れるまでもなく終わってしまう。
「……少しくらいは暴れたいからなしで!」
やはりと言うべきか、ルキは暴れたいようだった。
「わかった。なら目標を探しながら適当に始末するか」
「あぁ、わかった。けど折角だから討伐数で勝負しようぜ!」
アッシュとしてもルキには半分くらいは任せてしまおう。と考えていたことあってルキの言葉を承諾した。承諾したのだが。
ゴブリンたちの姿がだいぶ近づいて来たので迎撃の体勢に入ろうとすると、まるで名案だとでも言いたげにルキが声を上げた。
「懲りないな……」
そんなルキの言葉にアッシュはため息を零してしまう。どうしてゴブリンの討伐は=イコールで討伐数の競い合いになるのだろうか。そういう思いが言葉に滲み出ていた。
それにどうせこの勝負にも勝ち負けで云々。ということにするつもりだとアッシュには容易に想像がついてしまっていた。
だがそんなアッシュなど関係ないとばかりにルキは意気揚々と口を開いた。
「良いんだよ! それで、やるよな? やるんだな? よっしゃ! 行くぜ!!」
「自己完結するな!それと自分で勝負吹っ掛けておいてフライングとは良い度胸だなお前!!」
良い笑顔で自今完結したかと思うとルキは一人で颯爽と駆け出し、数秒後にゴブリンと激突した。
比喩などではなく、本当に激突したのだ。ただし激突したのはルキの蹴撃とゴブリンの頭部という、ゴブリンにしか被害が出ない激突の仕方だった。
「まずは一体!まだまだいくぜぇ!!」
その宣言の通りにゴブリンの頭部を蹴り潰し、着地したかと思えばすぐさま跳躍すると目の前のゴブリンの頭部を踏み潰してから踏み台の代わりにしてそのまま群れの中心へと向かって跳んでいった。
ルキのことなのでゴブリンの群れの中心に降り立ったことで不利になるとは考えていないはずだ。そして事実としてルキの実力を考えると不利になるどころか的が多くて戦いやすい。という状態になっていた。
このまま放っておいてもルキが一人でゴブリンの群れを殲滅してしまいそうではあるが、流石に一人でサボるわけにはいかない。
そう考えてからアッシュは玩具箱から大振りな片刃のナイフを取り出して右手で逆手に持ってから地面を蹴り、ルキが跳んだ方へと注意を向けているゴブリンへと駆けた。
そしてゴブリンの背後に肉薄し無防備な首へとナイフを突き立てる。
「ゴガッ……」
僅かに声が漏れたことによりルキに注意を向けていたゴブリンたちが何事かと振り返り、アッシュの姿を見ると酷く驚きながらも手に持った棍棒を構えてアッシュを取り囲むように動いた。
「……妙だな」
そんなゴブリンたちを見たアッシュはそんな言葉を零した。
アッシュはゴブリンが自身に気づいてから包囲するまでの速さに疑問を抱きながらも、正面のゴブリンへと一歩踏み込み顎を蹴り上げた。言葉にしてみれば単純なことだがゴブリンの知覚出来る速さを越えたその一撃は確実に顎の骨を砕き、ついでとばかりに首の骨を圧し折った。
次に右のゴブリンをナイフで斬り捨て、左のゴブリンの眼前に手を翳してから指を鳴らす。
パチンッと小気味良い音がすると同時に炎が上がりゴブリンの顔面を、というよりも頭部を容赦なく焼き尽くす。
「ガァギャッ!!」
「ゴゴギグァッ!!!」
「ゲグルルガァ!!」
淡々とゴブリンを殺すアッシュに激昂したのか、理解出来ない言語で叫びながら棍棒を振りかざすゴブリンたち。
それに対してアッシュは小さくため息を零してスッと左手を掲げるように上げた。
「我に仇成す敵を討て」
すると掲げたアッシュの左手の周りに五個の光輪が現れる。そして左手を振り下ろすとそれらは光の軌跡を残しながらゴブリンたちへと飛んでいく。
光輪はゴブリンに触れればその肉を裂き、骨を断ち、何よりも恐ろしいことに一度触れたゴブリンが絶命するまで何度でも、何度でも、何度でも、それがゴブリンへと襲い掛かる。
「ゲァガァア!?」
「ギャウ!ギャガゲェ……ッ!!」
アッシュの周りのゴブリンは光輪によって細切れにされていく中で悲鳴を上げ、それを聞いた他のゴブリンがアッシュを見る。
そしてその事態に気づいてゴブリンたちが身構えるよりも早くアッシュが口を開いた。
「一つを二つに」
リーン、という透き通るように音が響くと五個の光輪がそれぞれ二つに増える。
「二つを四つに」
もう一度リーン、という透き通るような音が響くと十個の光輪が先ほどと同じようにそれぞれ二つに増える。
「四つが八つに」
三度リーン、という透き通るような音が響くと二十個の光輪が先ほどと同じようにそれぞれ二つに増える。
アッシュの周囲にはゴブリンを細切れにした光輪が戻って来ていて、合計で四十の光輪がアッシュの周囲に浮いている状態となった。
「お前たちの方が数が多いからな。悪く思うなよ」
そう口にした瞬間、四十の光輪はゴブリンたちへと襲い掛かった。
月明かりの下で光の軌跡を残して光輪が飛ぶというのは何事もなければ幻想的な光景だっただろう。だが今この場においては幻想的というよりも凄惨な光景を作り上げていた。
一体のゴブリンに対して二つか三つの光輪が襲い掛かり、順次細切れにしていく光景というのはなかなかにエグイ光景だ。
とはいえ我に仇成す敵を討ては一度発動さえしてしまえば勝手に敵を殲滅してくれるので敵の数が多い場合には非常に有用なものだった。
「数だけは多くて嫌になるな……とりあえず、探すだけ探さないと……」
だからこうしてアッシュは何の躊躇いもなく我に仇成す敵を討てを使うことにした。
我に仇成す敵を討てがゴブリンを殲滅する間にアッシュは近場にゴブリンコマンダーやゴブリンウィザードの姿がないかと探す。
しかし探してみたところでそれらの姿は一切なかった。
とはいえアッシュが戦っているのはあくまでもゴブリンの群れの外側、もしくは群れの先頭付近なのでいなくても当たり前といえば当たり前のことだった。
となれば群れの中心から後方にかけている可能性がある。そうなるとルキが見つけてくれるはずなので任せるしかない。
そんなことをアッシュが考えている間も我に仇成す敵を討てが飛び交い続け、ゴブリンたちを殲滅し続けていた。
加護も祝福もてんこ盛りで最強系主人公。
なろうでは非常に定番的な主人公ですね、間違いない。




