15.違う意味で悪化する状況
アッシュがゴブリンたちと戦闘とは言えない一方的な虐殺を開始した頃。ゴブリンの群れの中心へと飛び込んだルキもまた容赦なくゴブリンたちの数を減らしていた。
「アッシュより多く! 一体でも多くってなぁ!!」
そう言ってルキは正面のゴブリンの側頭部へと蹴りを放った。小柄なルキの見た目に反し、狼人であるがために単純な腕力や脚力は人間の遥か上を行くその一撃は恐ろしい物だった。
ゴブリンが棍棒を掲げてその蹴りを防ごうとしたがルキの蹴撃は棍棒を砕き、ゴブリンの側頭部を捉え、ゴキリという何かを折る音を響かせた。
だがルキはそれだけに留まらない。振り抜かれた蹴りはゴブリンをそのまま地面に叩きつけ、地面に赤い水溜りを作った。
そんなルキへと力任せに振るわれる棍棒が幾つも迫る。
ルキはそれらを見ることなく、どんな軌跡を辿るかわかっているように全てを平然と躱した。
「流石な数が多いと、一体一体倒すと時間かかるか……」
そんな言葉を零しながらも全ての棍棒を躱し続けるルキ。
周りを囲まれた状態ではどうしても攻撃を躱すか受け流すか防ぐか。とにかく対処しなければならない。
普段であればそれ自体は気にするようなことではない。しかし、今は事情が違った。
ルキはアッシュより一体でも多くのゴブリンを討伐しなければならないため、そうした対処にかける時間を少しでも減らしたかった。
「やっぱりこういう状況だとアッシュの方が有利になるよなぁ」
基本的にルキの戦闘スタイルは蹴撃を中心に一体ずつ確実に倒していくのに対して、アッシュはイシュタリアに押し付けられた加護や祝福を惜しみ無く使う戦闘スタイルであるために一方的な殲滅戦が得意だ。
今回のようなゴブリンの群れなどはアッシュの得意とする相手と言っても過言ではなかった。
「仕方ねぇか……大盤振る舞いってほどじゃねぇけどやってやろうじゃねぇか!!」
どうしたものか、とゴブリンの棍棒を躱しながら考えてからルキは何処か楽しそうに口にしてから足に力を込めて高く高く跳躍した。
そしてその限界点まで到達するとルキは自身よりも遥か下にいるゴブリンの群れを見て、その次にアッシュがいるはずの場所を見ると群れの一角で光の軌跡が飛び交っていた。
「我に仇成す敵を討て……アッシュは相変わらず容赦ねぇなー……」
そんな言葉を零してからもう一度眼下のゴブリンへと目を向けた。
「だったら! 俺も派手にぶちのめさねぇとな!!」
そう言ってからニィッと獰猛な笑みを浮かべて何もない空間を蹴り、遥か上空から地上へと向けて強襲を仕掛けた。
「その軌跡は流星の如く!!!」
アッシュの使ったスキルと全く同じそれは、しかしアッシュのスキルを遥かに上回る速度で地上へと迫る。
それはその名に違わず、まさに流星の如き一条の光となり地上へと突き刺さった。瞬間、閃光が奔り、一瞬遅れて轟音と共に周囲の全てを巻き込むように爆発が起こった。
「ゴァッ……」
「ゲア……」
「ガギャッ……」
ゴブリンたちの断末魔の叫びを飲み込んだ爆発と閃光が収まると、そこには巨大なクレーターとその中心で膝を折る形でしゃがんでいるルキだけが残っていた。
アッシュが使ったその軌跡は流星の如くではクレーターを作り、爆発による炎がゴブリンを焼き殺した。
だがルキのそれはアッシュのものとは比べ物にならないクレーターを作り、炎によってゴブリンを焼き殺すのではなく、爆発そのもので跡形もなく消し飛ばしてしまった。
これは元々違うスキルを同じ名前で使っている、というわけではなく単純にルキのその軌跡は流星の如くの方が段違いに威力がある。というだけのことだ。
ルキはゆっくりと立ち上がって周囲をぐるりと見渡すと満足げに口を開いた。
「ま、俺がその気になればこのくらい余裕だな!」
一体一体ちまちま潰すのではなく、一撃で多くのゴブリンを始末することが出来たことでルキは地味に感じていたストレスの解消が出来て満足のようだった。
だがすぐに何かに思い至ったようでルキは動きを止めて急いで周囲を見渡した。
とはいえ見渡したとしてもそこにはクレーターがあり、残っているゴブリンは群れの外周にいたゴブリンだけだった。そしてそのゴブリンたちはアッシュの我に仇成す敵を討てによって切り刻まれていた。
そんな状態を見てルキはだらだらと冷や汗を流しながら走り始めた。
「やばいやばいやばいやばい!!! アッシュに頼まれてたのに全っ然探してなかった!!!」
アッシュの性格を考えればルキがゴブリンコマンダーやゴブリンウィザードの姿を探すことを忘れてしまったとしても怒ることはない。
どちらかと言えばそんなルキに対してため息を零して何をやっているのだか、と呆れるだけだ。
ルキとしてもそれはわかっているのだが、ルキにとってはアッシュに頼まれたことを忘れていた。ということがどうしようもないほどに罪悪感と焦燥感を駆り立てていた。
「あぁ、とにかく!! アッシュに謝ろうすぐ謝ろう許してくれるかな許してくれるよな大丈夫大丈夫大丈夫なはずだよなそうだよな……!!!」
ルキにとって何よりも優先されるアッシュのことを蔑ろにしてしまった。という状況のせいでルキの精神が不安定になっているが、これはある意味でいつも通りのことなので全く問題はない。問題はないと言ったら問題はない。
例え自問自答しながら徐々に泣きそうになりながらアッシュへと真っ直ぐに駆けていてもきっと問題はないのだ。
▽
アッシュは我に仇成す敵を討てにゴブリンの相手を任せて瞳に魔力を巡らせてゴブリンたちのステータスを確認していた。
ルキのように鼻が利くわけではなく、外周にいるので群れの中心のゴブリンの姿を確認出来ないアッシュにとってはゴブリンコマンダーとゴブリンウィザードを探すためには必要なことだった。
そんなことをしながらアッシュはどうでも良いことに思考を割いていた。
「知識の瞳の加護って名前だったっけな、これは。確かに色々と見ることは出来るけど、ステータスは知識とは違うと思うんだけどなぁ……」
イシュタリアに押し付けられた知識の瞳の加護。アッシュはステータスを見る、ということに使うことが多いがその実、その瞳に移った物の情報を見ることが出来るので来歴や状態、どういったものなのか。などなどを知ることが出来る。
これに近いものとしては鑑定に属するスキルがあるがそれらとは比較出来ないほどに高性能な瞳だ。代償としては頭痛がついてくるのでアッシュとしてはあまり使いたいとは思えない加護なのだが。
そんなどうでも良いことに思考を割いていたアッシュだが、その瞳にはゴブリンコマンダーもゴブリンウィザードも確認することは出来なかった。
「……いない、か。どうしたもんだろうな……」
では何故ゴブリンたちは同時に進攻を開始したのか、とアッシュが考えようとした瞬間。ゴブリンの群れの中心から空に向かって跳ぶルキの姿があった。
それを見てすぐにその軌跡は流星の如くを使うのか。とアッシュは理解してすぐに我に仇成す敵を討てを外周のゴブリンへと向けて飛ばした。
それと同時にゴブリンの群れを覆うようにイシュタリアから押し付けられた加護の一つを使い、音を遮断するための結界を張った。
その次の瞬間。ルキが流星のように地上へと向けて急降下した。
すると閃光が周囲の全てを白く染め、続いて爆発による轟音がアッシュまで届いた。もしこれが音を遮断していなかった場合は王都にまで届いたはずなので自分の判断は正しかったな、とアッシュは一人で自画自賛をした。
「さて、後は残りのゴブリンを一匹残らず始末しないとな。クレーターは……まぁ、加護を使えばどうとでも、だな」
ルキの作った巨大なクレーターを見ながらそんな言葉を零すアッシュだったがゴブリンを始末しているのは我に仇成す敵を討ての光輪だ。アッシュはただそれを見守るだけだった。見守るだけだったのだが。
そのクレーターの中心から凄まじい速度で迫ってくるルキの姿を見て頬を引き攣らせた。
「アーッシュ!!!」
そして今にも泣き出しそうになっているルキを見て更に表情が引き攣った。
たぶん今回はゴブリンコマンダーとゴブリンウィザードを探すのを忘れていたのだろうな、と確信めいた推測をしながらもアッシュはどうするべきかと考えていた。
こうなったルキの扱いは少し間違えるだけで大変なことになると、アッシュは既に理解しているからだ。
だがアッシュが答えを出すよりも早く、ルキはアッシュの下へと辿り着いた。
「アッシュ! あの! えっと! わ、悪い……全然探してなかった……!」
「あー……うん、だろうな。そうだと思った」
「本当に! 本当にごめん!!」
「いや、良いって」
そう口にしながらこれからどうするか、アッシュは普段以上に思考を巡らせていた。
たった一言間違えるだけでルキが泣くのは目に見えていた。というか、放っておいてもこのままだと泣いてしまうことがアッシュにはわかっていた。
「でも、俺……」
というか今まさに泣き出しそうになっていた。
「あぁ、泣くなよ!? 俺は怒ってないからな!?」
「それは、わかるけど……でも、俺、アッシュの頼み事をぉ……」
「だから泣くなって!!」
どうやら時間切れだったようでルキは涙をぼろぼろと零しながら泣き始めてしまった。
「あっしゅぅ……」
泣き始めてしまったのならどうするか、と考えるよりも早くルキがアッシュに抱き着くようにして顔をアッシュの胸に押し付け嗚咽を漏らし始めた。
「あぁ、もう、ほら。泣くな泣くな」
「だってぇ……」
仕方ない、というようにアッシュはルキを抱き締め返してその背を軽くぽんぽんと叩いて落ち着かせようとする。
ただしそれで落ち着くようなことはなかったが、代わりに酷くなることもなかった。
「はぁ……まったくお前って奴は……」
そんなルキに呆れたように言葉を漏らしてからアッシュはクレスへと事情を説明する、とまではいかないが報告に行けないことを伝えるために念話を行うことにした。
この念話は魔力の波長を合わせることで任意の相手と行うことが出来るものであり、魔力の波長がわからない相手とは念話を行えない。という欠点が存在する。
だがアッシュはハロルドを仲介して受けた依頼の際にクレスの魔力の波長を知ったのでその辺りは一切問題がなかった。
『こちらアッシュ。クレス、応答しろ』
『念話などと、随分と珍しいことをするのでございますね』
アッシュがクレスへと念話を行うと、クレスはすぐに応答した。
そうしてすぐに応答出来た理由は簡単で、他の冒険者がまだ戻って来ていないからだ。
『あー、いや。とりあえずゴブリンの迎撃は問題ない。ゴブリンコマンダーやゴブリンウィザードの姿がなかったから随分と厄介な異常事態の気配がするな』
『なるほど……他の方の報告も待たなければならない、ということでございますね。いやはや、緊急を要する、と判断しての念話。ということでございましたか』
アッシュの報告を受けてそうした理由から念話をしてきたのか。ということを思ったクレスだったがアッシュが非常に言いづらそうにそれを否定した。
『いや、その……悪いな、こっちの事情で報告に行けそうにないんだ』
『……今何と仰ったのでございますか?』
『報告に行けそうにない。とはいえ念話で終わらせたから問題はないだろ』
『問題はない、という訳がないと申し上げたいのでございますが!!』
『問題ないさ。それじゃ、またな』
『あ! 話は終わりなどでは』
クレスが何かを言うよりも早くアッシュは念話を強制終了させると先ほどからアッシュに抱き着いたままのルキを見た。
先ほどまでは嗚咽を漏らしていたがそれも少しだけ落ち着いたようで、それにアッシュは少しだけ安心した。
「はぁ……とりあえず、家に戻ろうか。風呂にでも浸かって、その後にゆっくり休めば落ち着くだろ?」
「……うん、そうする……」
返ってきたルキの言葉を聞いて、微妙に幼児退行を起こしてるな、とアッシュは頭を痛めていた。
何にしてもこのままではいられないので帰宅することにしたアッシュはやんわりとルキを引き剥がし、その手を取った。
ルキはルキでそれに抵抗することなく、アッシュの手を握り返したのだが普段であれば左右に揺れるはずの尻尾は力なく垂れさがっていた。
「よし、それじゃ……帰ろうか」
その言葉にルキが頷くのを見てからアッシュはルキの手を引いて家路につくこととなった。
次の話はアッシュとルキのお風呂回かもしれない。サービスシーンか……




