決意1
平瀬は放課後の廊下を歩いていた。
一度家に帰ったものの図書館で借りた本を返すのを忘れていたのだ。
明日返しても良いのだが返却予定日は今日だった。約束を破ることなど出来ない。
単に延滞者として図書委員に声をかけられるのが嫌だということもあったのだが。
図書館は校舎の端にある。普段使っている教室などがある校舎とは反対側だ。
授業をする教室が少ないためか人通りは少ない。なにに使われているかわからないような教室もある。
例えば普段使っている教室の半分ほどの広さしかない教室。もし授業に使うのだとしても中途半端に狭く、一クラス分の生徒も入りきらないだろう。
ちょうどその教室を通り過ぎようとした時、中から人の声が聞こえた。
平瀬は単純に驚いた。この教室にも使い道があったのだと。
興味本位で聞き耳を立てる。どのような用途で使われる教室なのか気になったのだ。
中から聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。聞き間違えるはずがない。
平瀬は小さいころからあまり友達がいなかった。
周りには常に人が集まっていたが、平瀬はその子たちを友達だとは思えなかった。
みな、平瀬の家柄に集まる者ばかりだった。平瀬の中身を見てくれる友達などいなかった。
姫路は初めての友達だった。
中学二年。平瀬はこの時はまだ東京の実家で暮らしていた。
姫路が平瀬の中学校に転校してきたのは革命が起きた直後、まだ日本政府が完全に立ち直っていない時だった。
転校してきたばかりの姫路は平瀬の家柄など知らなかっただろう。なのに話しかけてくれた。うれしかった。
話しかけたのなんて彼女の気まぐれかもしれない。それでもただ、うれしかった。
姫路はよく笑う子だった。平瀬はあまり感情が豊かな方ではない。
自分が笑わない分、姫路が笑ってくれている気がした。
自分の欠けた感情を姫路が補ってくれている気がした。
高校生になったら実家を出て、誰も知らない土地へ行きたいと言った時、全力で応援してくれた。
それどころか一人にするのは不安だと一緒に付いてきてくれた。
この時はさすがに悪いと断ったが、うれしかった。とてつもなくうれしかった。
自分を心配してくれる人間がこの世にいることが。
そう思っていたのは今日までだったようだ。教室から聞こえてくる声を聞いてしまった。
教室の中の人たちに気付かれる前に平瀬は足早にその場を立ち去ることにした。
姫路は自分のことを殺そうとしていた。しかしそれは仕方のないこと。姫路は任務を遂行しなければ殺されてしまうのだから。
自分の命は大切だ。死んでしまってはなにも達することなどできない。生きているからこそ意味がある。
姫路は友達だと思っていた。しかしそれは思い上がりだったようだ。
彼女は組織の命令で自分と仲良くしていたのだ。あの時自分に話しかけてくれたのだ。
友達だからではない。
この町にまで付いて来てくれたのも当然だ。暗殺対象が移動するのだから。
実家を出ると言った時姫路はどのように思ったのだろうか。応援してくれていたのだろうか。面倒な奴だと思われたかもしれない。
さっきあの教室で姫路は言ってくれた。一番の親友だと。
建前なのか、本当の気持ちなのかそれはわからない。確かめる勇気など自分にはないだろう。
皆本は言っていた。二人とも助けると。日本政府を倒すと。
そんなことは無理だ。日本革命で蛍火だってなしえなかった。それは彼が一番良くわかっているはずだ。
平瀬は考える。自分の取るべき行動はなんなのか。
平瀬は自宅に向かうのだった。




