暗殺者一
『東京都新宿区でテログループによる立てこもり事件のニュースです。 事件発生から一七時間以上経過しているにもかかわらず現場にはいまだに進展はない模様です』
朝から嫌なニュースだ。昨日の夜はゴールデン番組を取りやめて、テログループの立てこもりの特番がやっていた。
最近東京ではテロ行為が頻発していた。しかし国民はたいして危機感を感じていないのではないかと皆本は考えていた。
本来ならテロリストは恐ろしい存在であり、恐怖の象徴だ。しかし日本ではテロリストが英雄なのだ。
いつからだろうか、日本がそんな壊れた国家に成り下がったのは。
皆本は乱暴にテレビを消し早々に家を出た。
高校へは徒歩で向かう。徒歩で学校へ通える距離にあるということがこの家を選んだ理由のひとつだ。
その他にも理由はある。大家さんがいい人そうだとか、庭の金木犀があったことだとか。
皆本はそういうどうしようもないくらいの平凡な日常を好んでいた。
この町でテロリストはテレビの向こう側の存在であり、映画の登場人物とそう違いはない。
皆本はこの春、高校生になった。なにか努力をして高校生になったわけではない。
時間が経過し、年を重ねた結果高校生になったのだ。特別なことなどなにもない。誰でもなしえることだ。
高校生になったからといって特に変わることはないだろう。なにかできることが増えるわけでもない。なにもできることなどない。
だから早く大人になりたかった。いかなる困難にも立ち向かえる大人に。
「お久しぶりです、皆本さん」
皆本は振り返る。道の真ん中に立っていたのは花が咲くように笑う少女だった。
彼女は今、中学のセーラー服ではなく高校のブレザーの制服を着ている。心なしか中学のそれよりスカートが短いように思える。
彼女は教師の言うことを必ず守り、教師からもっとも好かれるような生徒だった。
だから制服のスカートを短くする彼女を見て皆本は違和感を感じずにはいられなかった。たいしたことではないのだが。
「久しぶりだな姫路。中学の卒業式以来かな?」
姫路は歩幅を合わせるように皆本の横に並んだ。
「中学卒業してから少し旅行をしていまして、入学式に合わせて戻ってきたんです」
「ずいぶん長い卒業旅行だね。親と一緒に行ったの?」
「いえ、友人とです」
一ヵ月も旅行するにはどのくらいお金がかかるのだろうか。皆本は頭の中で計算していたが途中で嫌になり話題を変えることにした。
「同じクラスに知り合いがいるといいな」
「皆本さんは人見知りですもんね」
姫路はクスクスと口元を隠しながら笑った。
人と話していると時間が経つのは早いもので学校の校舎が見えてきた。昇降口に新入生が集まっている。どうやらクラス発表があるようだ。
掲示板には左から一組、二組とクラスごとに生徒の名前が掲示してある。
皆本たちの位置からはクラス名は見えるものの生徒の名前までは見ることはできなかった。かといって人が多すぎて前には行けそうもない。
「人が多すぎて自分の名前を見つけるのは一苦労だね」
「一年七組ですよ」
「えっ?」
また同じクラスですね、と、姫路は言った。
「姫路は目がいいな。ここから見えるってサバンナでも生活できるよ」
「それはさすがに無理です」
皆本たちは教室に向かうことにした。
下駄箱の扉を開き、外履きを入れる。振り返ると姫路は背伸びをしていた。彼女の身長では少々下駄箱の位置が高いらしい。
「姫路が同じクラスで良かったよ」
新品の上履き。かかとをつぶすのには抵抗がある。
「わたしだけじゃないですよ。他にも馬場さんに、あとは平瀬さんも」
「・・・・・・」
心臓が喉元まで上がってきた。急いで心臓を飲み込む。
「皆本さんって平瀬さんがいるからこの高校を選んだんですよね? 違うんですか?」
姫路は見上げるようなかたちで皆本の顔を覗きこんだ。
いたずらに笑う彼女の顔が憎らしい。
「別にそんなつもりはないよ……」
姫路は、ふーんと意味ありげに笑った。そして階段をいっきにかけあがり踊り場で振り返る。今度は皆本が見上げるかたちになる。
「平瀬さんはあなたがいるからこの高校を選んだんだと思います」
それはどうだろうか、平瀬に聞いてみようかと皆本は考えたがやめることにする。
平瀬は素直には応えないだろう。
教室に入ると真っ先に目に入ったのは黒髪の乙女だった。美しい黒髪を束にし後ろで結わえている。ポニーテールとはまた違うようだが、ファッションに詳しくない皆本にはよくわからなかった。
しかし麗しの黒髪の乙女がいたところで心がときめくことはない。京都中を走り回るほど黒髪の乙女が好きな男など現実にはいないのである。
窓際の席の黒髪の乙女は頬杖をついて窓のほうを見ていた。顔は見えない。見る必要などないのだが。
「麗野さんですよ」
皆本が麗野を見ていたのに気付いたのか、姫路はそう説明した。
「お前はすでにクラスメイトの顔と名前と席順を把握しているのか?」
「当然です。住所も生年月日も好きなアイドルも知ってます」
「最後変なの混じっていたが、ちなみに麗野さんの好きなアイドルは誰なんだ?」
「星野すみれです」
「実在の人物じゃないのかよ」
声が大きかったのか麗野がうるさそうにこちらを見た。
恐ろしいほどの美人だった。
意志の強そうな目。というより他人の意見をまったく聞かなそうだと形容すべきだろうか。
それが麗野の第一印象だった。
ああ、彼女とは一度も会話を交わすことなく我が青春は終わるのだろうと思いながら、皆本は自分の席につく。
黒髪の乙女(美少女)と同じクラス。これを運命と呼ばずとして何と呼ぶ。
麗野になんと声をかけようかと決めかねていると、自分の席に向かったはずの姫路が戻ってきた。
「なぜお前はおれの邪魔をする」
「皆本さんの年齢=彼女いない歴を守るためです」
「とんだ迷惑だな」
「富んだ快楽です」
「人を変態のように言わないでくれ」
「皆本さんは黒髪の乙女が好きですもんね」
――あっでも好きなのはショートの黒髪でしたね。姫路は手をポンと叩き、思い出しとように言った。
「平瀬も昔はあのくらい髪が長かったよ」
「誰も平瀬さんの話はしていませんよ?」
姫路はクスクスと笑った。
ふと麗野を見ると彼女と目が合った。
氷のような無感情な表情。心を見透かすような冷たい目だった。




