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彼のルール①

 学校から帰宅し、平瀬は思わずベットになだれ込んだ。

 普段なら制服のままベッドに入ることなどない。スカートにしわがついてしまうからだ。

 今日に限ってそのようなことをしてしまったのはきっと疲れたからだろう。

 やはり着替えようとベッドから起き上がるとなにやら外から声がした。

 窓の外を見ると家の前で少年三人が言い争いをしていた。

 しばらく続いた喧騒のあと三人のうち二人は帰ったようである。うちの一人はなぜか家の中に入ってきた。

 平瀬は彼を迎え入れるため玄関へ向かった。


 そろそろ梅雨に入るだろうという六月の放課後。皆本は中央に机があるだけとなんとも狭い教室にいた。

 そこにいるのは皆本を入れて四人の男女である。

「皆本はわかるけどなんでこいつがここにいるんだよ」

 相澤の機嫌は悪い。原因はこの男、玖珂である。

「僕はあなたと一緒にはいたくはありません。皆本くんがここにいるから仕方なく、いるだけです」

「まぁまぁ二人ともやめなって、仲間なんだから」

 皆本が思わず仲裁に入る。

「ところでこの教室はなんなの? なんだか使われてない教室ってかんじだけれど」

「ここは上層部にお願いして用意してもらった、いわゆる部室ってやつですね」

「トクラってなんでもありなんだね」

「一応政府所属の組織ですから」

 部屋の中央には四つの机と椅子があった。教室にあるのと同じ、ごく普通の机である。

 床に目をやると、この教室が普段使われていないことがわかる。掃除されてない。

 部屋の大きさは普通の教室の半分ほどである。決して綺麗な部屋とは言いがたい。

「ここに集まってもらったのは他でもありません。エージェントの対策を練るためです。なのでなるべく情報を共有し、エージェントの正体を突き止めましょう」

 姫路はなにやらはりきっているようだ。なにかいいことでもあったのかしれない。

 それは朝のお茶の茶柱が立っていたのかもしれないし、雨上がりの虹を見たのかもしれない。

 そんな些細なことで幸せな気分になるのは自分だけか、と皆本は考え直した。

「この中でエージェントに接触したことがあるのは皆本くんだけだそうですね。皆本くん、そのときの様子を教えてください」

「接触って言っても隠れて見てただけだけどね。えっと、入学式の日の放課後、七組の教室で二人の男女が暗殺がどうのこうのって話をしていたんだ」

「どんな容姿をしていましたか?」

「男の方はおれの立っていた位置からは見えなかったし、女の方は後ろ向いていたから顔は見てないな。うちの制服着てたことは間違いないけど」

「声はどのようなものだったのですか?」

「んー特徴のない普通の声だった気がする……。もう二ヶ月近く前のことだからよく思い出せないけれど」

 衝撃的な出来事のわりに詳細は思い出せなかった。あの時は暗殺計画で頭がいっぱいだった。

「そもそもなんで皆本は入学式の日の放課後に教室に行ったんだ?」

 入学式は午前中で終わるはずなのに放課後まで教室に残っているのは確かに不自然である。

「それは電話がかかってきたからだよ」

「電話?」

「そう、教室に来いって、男の声で」

 平瀬と学校から帰っていた時、突然携帯が鳴ったのだ。

「おかしいですね」

「確かにおかしいです」

「なにが?」

「正体を隠すべきエージェントがなぜ皆本くんの携帯に電話をしたのですか?」

「暗殺計画を皆本に知らせる必要があった?」

「なんでおれに知らせる必要なんてあるのさ」

 皆本はごく普通の高校生。警察に言うならともかく、彼に暗殺計画を知らせる理由など想像がつかない。

「もしくは電話の主とエージェントは別人の可能性もあります」

「つまりリークした人間がいるってことか」

「エージェントと対立する組織でもあるのかな」

「今のところそういう情報は入ってきていませんね」

「わからないな」

 皆本はウーンと唸りながら机に突っ伏した。謎が多すぎる。

 もしエージェントに対立する組織がリークしたきたとして、なぜ相手が皆本なのか。

「話は変わりますが、僕から質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」

 まるで先生に質問をする生徒のように玖珂が手を上げた。

「なぜトクラは平瀬さんの護衛にあたっているのですか?」

 トクラは政府の組織。そして平瀬は日本政府を壊滅させるべく活動をしていた元テロリストである。確かに対立することはあっても保護する理由はない。

「わたしたちは下っ端なので詳しいことは聞かされてません。ただ彼女を守れと」

「トクラの上層部は平瀬ほたるが蛍火のリーダーだと知っているのですか?」

「なんでそんなこと気にするんだ?」

「大事な質問です。もし上層部が知らなかった場合、真実を知った時、平瀬ほたるの殺害を命じてくる可能性があります。蛍火のリーダーは影響力が強すぎます」

「もともと知っていた場合は、上層部はなにか姫路たちに重大な事実を隠しているってことだね」

 みんな姫路を見る。この場のリーダーは姫路だ。誰が決めるわけでもなく他の三人はそう思っていた。

「上層部が平瀬さんが蛍火のメンバーだと気付いていないとは考えにくいです。しかし万が一に備えて、このことは上層部には内密とします。」

「これからどうする?」

「暗殺者を探し出してつぶします」

「優等生が言うセリフとは思えないぜ」

「ひやかさないでください。高校生活が始まって二ヶ月近くが経過しています。そろそろエージェントはターゲットに接近してきます」

「つまり平瀬のまわりをうろちょろしているやつらはとりあえずつぶすってわけか」

「それは極論です。この高校は一般人の生徒がほとんどです。行動は慎重にお願いします。」

 姫路はそれぞれの目を順に見て言った。

「それでは解散します」

 皆本たちは立ち上がった。

 まだ謎は多い。しかし、皆本は充実感に満たされていた。

 今までの生活はやりたいこともなくただ怠惰にすごしてきた。

 だが今は違う。やるべきこと、明確な目的がある。

 平瀬を守る。なんとしても。

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