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13.契約



「やあ、遅かったね。待っていたよ」


初めて悪魔と出会った路地裏で葛木和葉《くずきかずは》がニヤニヤと笑って俺を見た。


「前回はお姫様と聖女様。今回は吸血鬼かい? モテモテだね」

「世間話なんてどうでもいいだろ。お前、何してるんだ」

「大体君の考えている通りだと思うよ。ここに来たって事は分かってるんだろう?」


葛木の右手が青く光り氷の剣を作り出す。

明らかに戦闘態勢をとる敵に俺も拳を構えた。そして、同時に地面を蹴る。

俺目掛けて振るわれた攻撃を躱し、男の顔面へとパンチを繰り出す。それが直撃し葛木は体勢を崩した。


「先輩、下がって!」


火奈の声が聞こえて後ろへと飛ぶ。入れ替わるように火奈が血液で作られた槍を振りかぶった。

火奈の攻撃が葛木の胸に突き刺さり血飛沫をあげる。


「これで終わったのかな……?」


うつ伏せに倒れた葛木の様子を伺いながら火奈が呟いた。


「いや、予定通りかな」


葛木の身体がヒビ割れて崩れる。その中から制服の男が出てきた。

その男は見たことある。……由良崇《ゆらたかし》だ。そして、その男の背中から氷の槍が飛び出し火奈の腹を貫いた。


「──えっ」

「火奈……!」

「水奈、待って! 奥になんかいる!」


水奈が足を止めて後退してくる。少しして物陰から葛木が出てきた。


「へぇ、よく分かったね。僕の予定では二人の魔力も貰うつもりだったんだけど」

「魔力を、貰う……?」

「あれ、知らなかったかな。生き物の体液には魔力が含まれてるって」

「巨大な魔法陣を描いて……それを起動する……。その為の魔力を今まで殺した人と……火奈達の血液を使うということ……?」

「ああ、その通りだ。僕は普通の人間だからね。魔石《クォーツ》を使っても扱える魔力は多くない。だから協力してもらったのさ。尊い犠牲を払ってね」


葛木が床に流れた血へと触れた。直後、血液が光り線のように細く円を描くように広がっていく。


「これが、魔法陣?」

「はい……。でも、なんで……? まだ魔法陣は完成していないはず……」

「しているさ。等間隔で五箇所。大きな魔力で印を作ってあるからね。四箇所は人間の血液が。そして、最後の一箇所は君だ。悪魔憑き」

「俺……?」

「ああ。由良に騙されてお姫様と戦っただろう。その時に魔法を使ったはずだ。お姫様を本気にさせた程の大きな力を。その力を少しだけ分けてもらったんだ。そして、円の中心。ここに吸血鬼と人間一体の魔力を全て注ぎ込む! はは、見てみなよ。これが僕の目的さ」


葛木が空を指す。直後、日が登り青く澄んだ空に黒い穴が開いた。

そこから出てきたのは真っ黒い鳥のような一対の羽を広げた女。漆黒の髪と瞳。神話に出てくるような白い布を身に纏い葛木の元へと両手を広げながら降りてくる。


「天使……」


水奈がそれを見て呟いた。

そりゃ悪魔がいるんだから天使もいる。大事なのはそこじゃない。


「天使なんて呼んで何するんだ……?」

「決まっています……。止めましょう、早く……!」


水奈が走り出し葛木へと触れようと手を伸ばす。が、直前で弾かれたように身体が吹っ飛んだ。


「先輩……!」

「あ、うん!」


水奈の叫びで俺も駆け出す。だが、俺と葛木の間を見えない壁が阻む。


「離れてください……!」


水奈が自分の指を噛み血を見えない壁へと付着させる。瞬間、壁は音を立てて崩れ去った。

──が、もう遅かった。葛木の背に黒い羽が両肩から生えている。


「これで僕もお前と一緒……。いや、君以上に完璧な存在になった。こんな物に頼る必要もない!」


葛木が左手で右手に埋まっている青い宝石を引き抜いた。


「僕が魔法陣の中に描いたのは『召喚』と『契約』の文字。魔法陣が起動し僕との契約に応じる天使がここにやってきたのさ」

「……」


後ろにいる天使は喋らない。だが、俺でも分かる。ここにいる誰よりも強い。瞬き一つでもしたらその間に殺されるかもしれない。


「聞いてるかい? 君も同じことをしたんだ、知っているだろう。契約を。天使と契約した僕の体は彼女と同じ物になった。つまり、天使にね!」


葛木が手を突き出し俺たちへと向ける。そこから光の光線のような魔法が飛び出してきた。それを横へと飛んで避ける。


「最高の気分だ。これで僕はあのお姫様すら越えられる……。でもまずは──君だ、悪魔憑き。練習相手位にはなってくれよ」


光の槍を作り出し迫ってくる葛木。その動きは先程までと比べ物にならないくらい速い。

逃げるように攻撃を躱す。だが反撃に移る隙がない。このままだと殺される!

俺の腹へ葛木の蹴りがめり込む。吹っ飛んだ俺の体は地面を転がり倒れた。


「先輩……頭守ってください!」


突然聞こえた水奈の声の指示に従う。すると、俺の下の地面が盛り上がり俺の体を宙へと勢いよく投げ飛ばした。


「え!? なにこれぇ!!」

「私の力です……」


蝙蝠のような羽を生やした水奈が空中で俺の手を握り答えた。


「お前、飛べるんだ……」

「はい……。一応吸血鬼なので……」


建物の上へと降り立った俺達の元へ葛木が一瞬にして迫ってくる。

その攻撃を床を操って水奈が受け止め俺を見る。


「先輩……提案があります……。その、私を……信じてくれませんか」

「うん、俺は何をすればいいの」

「あの人と同じ事をするんです……。契約する相手は私、ですが……」

「水奈と契約?」

「はい……。実際は契約ではないのですが、私には先輩の身体を吸血鬼の物へと変える方法があります……。それをすればあの人達を倒せる可能性があります……。ですが、先輩はもう人間に戻れないかもしれません……」

「分かった、やろ」

「良いんですか……?」

「うん。このままじゃ勝てないし。それに水奈なら何とかしてくれるでしょ。だからやる」

「はい……」


水奈が葛木を吹っ飛ばし距離を離す。


「折角気持ちよく戦ってたのに、邪魔だなぁ」


葛木の右手が強く光り出す。それを俺達へと放とうと手を開いた。


「先輩、私に触れてください……。魔力を流します……!」

「ああ! これでいい!?」

「はい……。いきます──けっ──」


葛木から放たれた光の魔法が俺たちへと向かってくる。そして、それは空から降ってきたビルのように巨大な剣によって防がれた。


「それはまだお預けだな」


突然俺の後ろから声が聞こえてくる。振り返ると桜木が立っていた。

水奈はというと、声が出せないよう氷で口が覆われている。


「んな事しなくてもお前らはあいつに勝てる。いらねえ無茶すんな」

「何言ってんだ。あいつ凄い強いんだよ。動きだって全然見えないし」

「そりゃお前、自分の力使ってねえからだろ」

「俺の……力……?」

「お姫様と戦った時に使ったんだろ、白い雷を纏う力。やってみろよ」

「え、でも……」


使い方が分からない……。あの時だってどうやって出せたか分からないし……。

氷を自身の力で砕き割った水奈が俺に触れる。


「サポートします……。目を閉じてください……」


水奈の言う通りに目を閉じる。直後、俺の体に白い稲妻が走った。


「私の力で魔法を無理矢理起動しました……」

「そんな事も出来るんだ……。凄いな、水奈は」

「あ、いえ……」

「あんま話してる時間ねえぞ。ほら、行け。あ、水奈は妹を助けに行ってやれ。あいつは一人で十分だ」


桜木の言葉に水奈が頷いた。

目を閉じて軽く息を吐く。そして、改めて葛木を見る。剣の向かい側で気味の悪い薄ら笑みを浮かべ俺達を待っているようだ。


「えっと、お待たせ」

「ああ、待ったよ。凄く待った。でも、良い感じだ。なんせ、おまけが二人も来てくれたんだからなぁ!」


葛木が駆け出し距離を詰めてくる。白い稲妻の力のせいか、動体視力が上がっている気がする。相手の攻撃の全てに反応が出来る。

避けて、避けて、避け続ける。そしてカウンター気味に一発葛木の腹へと叩き込む! 瞬間、雷が爆ぜて男の体を切りながら走る。

皮膚を裂き、肉を散らし続ける。それは葛木が俺を蹴り飛ばし身体が離れるまで続いた。


「はは、それが噂の力かな。良いね、聞いていた以上だ」

「悪い。ゆっくり話してる時間無いんだ。──行くぜ」


全速力で葛木の周りを囲むように走る。そしてフェイントを織り交ぜながら攻撃を試みる。が、踏み込んだ足元が光り足が凍り付いて俺の動きが止まった。

顔面目掛けて飛んでくるパンチを両腕を交差させてガードする。

受け止めた腕から雷が弾けて葛木の右手を吹き飛ばした。


「魔力に反応してるのかな……。それなら──」


葛木の左手が俺の腹へとぶち込まれる。今度は雷が反応しない。喉の奥から血が込み上げてきて、それを吐き出す。

体勢を崩した俺の隙を突いて連続で攻撃が繰り出される。その全てを顔面で受け止めて仰向けに倒れた。


「これで……終わりにしようか」


葛木の左手が大きく光り輝く。それが俺へと照準が合わされた。

立ち上がろうとした瞬間、足で踏みつけられて身体が床へと固定される。


「君の力は他者の魔力に反応し勝手に攻撃をする。それなら魔力を使わず攻撃をするか。直接触れずに魔法を使うかのどっちか、だ」


男の左手が更に強く光る。全力で抵抗をしようとしても相手の力の方が強く体が動かない。


「さようなら」


衝撃に備えて全身に力を込めて目を閉じる。が、いつまで経っても攻撃が来ない。

目を開くと紅い鎖が葛木の身体を巻き取り固定していた。


「吸血鬼が……。また、邪魔を……」

「春くん先輩、大丈夫!?」


葛木の後ろから火奈の声が聞こえた。見れば蝙蝠の羽を広げ水奈に支えられながら空を飛んでいる。


「これは火奈がやったのか?」

「うん。流れた血を使って鎖を作ったんだ。抑えてるうちに早く倒そ」

「でも俺、力を使いこなせないんだ。鎖を伝って火奈にまで雷が行っちゃう」

「大丈夫! 私たちを信じて!」


息を吐いて拳を握る。そしてずっとブツブツ何かを言っている葛木を睨む。


「いくよ──白雷《びゃくらい》」


町中に響くような大きな音をあげて雷が葛木の身体を切り裂いた。

数え切れない程の肉片へと化けた男の死体の横に座り込む。


「はぁ……終わった……」

「まだです……。もう一人います……」


いつの間にか俺の横にいた水奈が建物の下にいる天使を見下ろした。

天使はそれに気付き微笑みながら羽を広げ近づいてくる。


「……ふ」


天使が自身の契約者だった物を見て鼻で笑う。そして、俺たちへと光の魔法を放つ。それを後ろから飛んできた氷が相殺した。


「お疲れ、あとは任せとけ」


桜木が俺の前に立つ。二人の殺気に空気が一気に張り詰める。桜木の緊張が解けた瞬間、天使が動き出した。

何が起こったのか分からなかった。天使が桜木を攻撃しようとした。が、いつの間にか天使の首が無くなっていた。

血を吹き出し地面へと落ちていく身体を見送って桜木が溜息を吐く。


「お前なぁ、私にもカッコつけさせてくれよな」

「そんな事より春の治療が先。あんなのに構ってる時間はないの」


巨大な剣が光の粒子に代わり消えていく。そして、入れ替わるように日向《ひな》が空から現れた。

日向の背には真っ白い片翼が生えている。その姿はまるで──


「天使……?」

「うん。半分だけだけどね。傷治すからそのまま動かないで」

「ちょっと待って! 天使!? 日向って人間じゃないの?」

「人間だよ、半分だけ。私は天使と人間のハーフなの」

「えぇ……。嘘……」

「おい、また来たぞ」


頭のない天使の体が羽を羽ばたかせ再び目の前に現れた。


「ちょっと待っててね。すぐに終わらせるから」


日向が手を振るうと金色の剣が現れる。そして、それを察したのか天使が姿を消した。

風切り音だけが響く。光速に近いスピードで俺達の周りを動き回っているようだ。


「天音《あまね》」

「はいよ」


短い返事と共にゴトッと音がした。全身が凍った天使が目の前へと倒れている。

そして、剣に光を纏わせる。一振と同時に光の斬撃が天使の身体を消し飛ばした。


「はは……凄いね。私たち、絶対勝てないよ」

「はい……」


火奈と水奈が引きつった笑みを浮かべる。日向は振り返り再度俺へと治癒魔法を使い始めた。


「あのさ、俺より火奈の傷の方が深くて……」

「吸血鬼は討伐対象だから、春の傷が治ったら殺す」

「え……!? 話が違うよ、白先輩! 見逃してくれるって……」

「ばーか。今の内にここから離れろって言ってんだよ。こっちにだって立場ってのがあんだから」

「あ、うん……。じゃあ──」


吸血鬼の二人がフラフラと歩きながらどこかへ消えていった。

完全に消えたのを確認した日向が治癒魔法を止めた。


「ありがと、色々」

「別に。いつか殺さなきゃいけないのは変わらないから。今回は利害の一致があったから見逃しただけ」

「そっか。でも、ありがと」

「うん」

「んじゃ、私達も行こうぜ。早くしねえと奴らが来る」

「奴ら?」

「協会の奴らだ。葛木の野郎の仕業だって知らねえんだぞ。私達が疑われたらたまったもんじゃねえ」

「そりゃそうか──おっと……?」


立ち上がろうとしたがフラついて再度座り込んでしまった。

もう一回立とうとしたが、また失敗した。


「春、はい」


日向が両手を広げて何かを待ち構えている。


「え、何……?」

「はい!」

「え……?」

「は・い!」

「時間ねえっつってんだろ! 行くぞ!」


桜木が俺をお姫様抱っこのように抱え建物から建物へと跳躍し移動していく。それを追う日向の顔は何故か不満そうだった


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