死ぬという事
【死】死ぬまで他人事なんだって感じてました
人が死んだという知らせは、その人の身体より先に、周囲の動詞を死なせる。
いる、が、いた、へ移る。電話をかける、は、かけていた、になり、次に会った時に訊くつもりだったことは、訊きたかったことへ変わる。語尾を僅かに過去へずらすだけで、昨日まで現在にいた人間を、誰も触れられない時制へ追いやることが出来る。文法は遺体を見ない。脈も測らず、瞳孔も確かめず、ただ一つの連絡を受け取っただけで、人間より早く死を受け入れる。
知らせが来た時、悠一は翌月の定例打合せに使う資料を作っていた。
表計算の画面には、前月の実績と今月の見込みが整然と並び、その右側に、まだ何も入力されていない翌月の欄が白く残っていた。数値というものは未来に対して楽天的である。来月が来ること、その時まで会社があり、商品が動き、誰かが数字を入れることを、何一つ疑わずに空欄を用意して待っている。
電話を受けたのは、二つ向こうの席にいる同僚だった。元から取引先には丁寧に話す男だったが、途中から、その丁寧さの種類が変わった。相手へ意味を伝えるための敬語ではなく、言ってはならない何かの周囲を、靴音を立てずに歩くための敬語になったのである。
受話器が置かれても、誰もすぐには口を開かなかった。複合機は紙を吐き、空調は天井で鳴り、誰かのキーボードだけが、打ちかけた単語を完成させるために数文字ぶん動いた。人間が沈黙しても、機械まで付き合うわけではない。むしろ人間の言葉が止んだ時に限って、それまで聞こえていなかった機械の仕事が、ひどく勤勉なものとして耳へ届く。
「……先方の社長が、亡くなられたそうです」
同僚は、室内の全員へ聞かせるには小さく、隣の者だけへ伝えるには大きい声で言った。
驚きと実務は、互いに順番を譲らなかった。いつ。急な病気か。通夜は。先方への連絡は誰がする。進行中の案件はどうなる。人が一人死んでも、納期は死なない。それどころか、一人が消えたことで残された仕事は急に持ち主を失い、誰のものになるのかと、生者へ答えを求め始める。
悠一は、画面の中で点滅する入力位置を見ていた。細い縦棒が現れては消え、現れては消える。次の数字が入ることを疑っていない動きだった。
「……そうですか」
それだけ言った。
暫くして、上司から死因を聞いた。声を低くすることで事実の方まで小さく出来ると思ったわけではないだろう。ただ、大きな声で言うべきではないとされる種類の言葉が世の中にはあり、自殺という二文字も、その一つに数えられている。
本人が、自分で命を絶ったらしい。
らしい、という語尾が付いていた。その曖昧さは事実への疑いというより、それ以上は訊くなという境界に近かった。
悠一は頷き、再び画面へ向き直った。何を思えば正しいのか分からなかったからではない。思うべきことが多すぎたからでもない。その時の彼には、まだ、何もまとまった形を持っていなかったのである。驚きはあった。残念だとも思った。だが、胸の中へ大きな穴が開いたような悲嘆はなかった。つい先日までいた人間が今はいないという事実は、感情になるより先に、意味を拒む異物として頭の中へ入ってきた。
翌月の欄は白いままだった。
*
社長と呼んでいたが、悠一の会社の社長ではない。取引先の社長だった。家族ではなく、友人でもない。休日に会うことはなく、私用の連絡先も知らない。何処に住み、朝は何時に起き、家ではどんな顔をしていたのか、悠一には何も分からなかった。知っているのは、仕事をしている時の彼だけである。それでも人は、仕事だけの姿であっても、他人の中へ場所を作る。
初めて先方を訪れた時、悠一は会議室の長机へ資料を並べ、尋ねられるはずのない質問まで想定していた。社長は資料より先に悠一の顔を見て、開口一番に言った。
「雨宮君、また難しい顔してるな」
「また、というほどお会いしてませんよ」
「最初から難しい顔だった。だから、またで合ってる」
「そうですか?」
「若いんだから、もう少し適当でもいいんだぞ」
「それ、社長が言っていいんですか」
社長は笑い、隣にいた部下は、いつものことだという顔で資料を開いた。
打合せが長引いた夜には、飯くらい食っていけ、と言われた。
「またですか」
「嫌なら帰れ」
「行きますよ」
「じゃあ最初から素直に来い」
連れて行かれた店は、社長が胸を張るほど旨い店ではなかった。少なくとも悠一には、会社の近くにある他の定食屋との決定的な差が分からなかった。社長は毎回のように同じ焼魚定食を頼み、骨だけを妙に綺麗に残した。若いうちに遊べと言いながら、何をして遊べばよいのかと悠一が訊くと、自分で考えろ、と無責任に笑った。
特別な教えを受けたわけではない。人生を変える言葉を貰った記憶もない。可愛がられてはいたのだろう。悠一も、少し面倒で、かなり気のよいその男を好いていた。
それだけだった。
数日後、通夜へ出た。
受付で会社名と名前を書き、用意してきた言葉を述べ、列の後ろへ並んだ。遺影の中の社長は笑っていた。人が死ぬと、最もその人らしい一枚が選ばれる。しかし、その一枚が本人らしければらしいほど、本人には見えなくなることがある。記憶の中の笑顔には前後があった。何かを言う前か、言った後に現れ、すぐ別の顔へ移った。写真の笑顔だけは何の前後も持たず、焼香の列が進んでも、香が燃え尽きても、同じ瞬間に留まり続ける。
死者の写真は、生前より長く笑う。
悠一は、悲しみより先にそのことを考えた。考えてから、こんな場所で何を考えているのだろうと思った。もっとも、正しいことだけを考えようとしても、頭は葬儀の作法には従わない。香の煙が遺影の前で細くなり、途中から何処へ行ったのか分からなくなった。
仕事は続いた。
先方には暫定の責任者が立ち、未決の案件には新しい宛先が加えられた。社長を含んでいたメールの一斉送信先から、彼のアドレスだけが外された。だが、過去のやり取りまで書き換わるわけではない。検索欄へ会社名を入れれば、彼の名は生きている者と同じ字体で現れた。
――この条件なら問題ない。進めてくれ。
――数字が一つ違うぞ。雨宮君にしては珍しいな。
――次は昼前に来い。飯いくぞ。
受信した時には用件しか持っていなかった文章が、書いた人間を失うと、不自然なほど本人に似始める。声の調子まで思い出せるのに、最後の句点の後だけが、どれほど待っても続かなかった。
予定表には、もっと露骨なものが残っていた。
翌月の火曜日、《十四時 定例打合せ》。予定表には、毎月の打合せを自動で登録する繰り返し設定が残っていた。一度入れた時刻と参加者の名前は、その先の月の予定にも引き継がれる。来月にも、その次の月にも同じ文字があり、日付だけが先へ進んで、参加者の欄には社長の名前が残っていた。予定表は訃報を受け取らない。入力された規則に従い、既に死んだ人間が来月も再来月も会議へ出る未来を、画面の上へ几帳面に作り続けていた。
死は人間へ起きたことで、予定へ起きたことではない。だから予定は生き残る。
悠一は通知だけを消した。予定そのものを残したかったのではない。削除しようとすると、《この予定のみ削除》と《今後の予定もすべて削除》という二つの選択肢が現れたのである。
今後、という言葉が、既に今後を失った人間の名前の下にあった。
その不整合が妙に可笑しく、同時に気味が悪かった。悠一はどちらも選ばず、画面を閉じた。
*
二週間、CAMPANELLAを開かなかった。
開く暇がなかったのではない。仕事は忙しかったが、アプリを起動する数秒まで奪われていたわけではなかったし、女へ話したくないわけでもなかった。開けば、女は何かを返す。悠一の言葉を受け取り、分け、結び直し、彼が見ていなかった側から問いを戻すだろう。そうして考えは進む。それを知っていたからこそ、彼女の働きを借りる前に、一度は自分一人で考えたかった。
夜になると、眠れなかった。
悲しくなかったわけではない。焼魚の骨を見れば社長の箸の使い方を思い出し、メールに残った名前を見れば、もう返事が来ないことを短く惜しんだ。しかし、眠りを奪ったのは、その程度を越えて膨らむ悲嘆ではなかった。目を閉じるたびに現れたのも、遺影の笑顔ではない。
悠一を眠らせなかったのは、死だった。より正確に言えば、自分で死ぬ、という一つの文だった。
主語と目的語が同じ人間を指している。行う者と、行われる者とが同じ身体の中にいる。文法としては何の破綻もない。それなのに、その短い文を考えれば考えるほど、人間の内部が、表からは見えないところで二つに裂けているように思えた。
以前、女と生きていることについて話した夜、悠一は生命を、未来へ向かう有機的作用、と仮に呼んだ。完全な定義ではない。穴が多く、いつ壊してもよい答えだった。それでも、心臓が次の一拍へ血を送り、傷が次の状態へ向かって塞がり、根がまだ触れていない土へ伸びることを、同じ方向の中で考えるには役に立った。ところが、人間は、自分の手でその方向を断つことがある。
未来へ向かう作用の内部に、未来を終わらせる作用が生じる。生き物を一つの矢印だと思ったために、自分は、その矢印が途中で自分の向きを変え、自分の始点へ突き刺さる可能性を見落としていたのではないか。
考えはそこまで進むと、社長から離れた。彼が何故死んだのかではない。そもそも、死ぬとは何か。身体のどの働きを自己と呼び、その自己が何を保存しているのか。死を恐れる脳と、死を理解せずに傷を塞ぐ身体は、同じ命令へ従っているのか。死を選ぶという時の選ぶは、店で定食を選ぶ時と同じ動詞でよいのか。
問いは抽象的になるほど、社長の顔を失った。焼魚も、笑い声も、遺影も消え、最後には《自殺》という文字だけが、暗い部屋の中央へ残った。悠一は、その文字を裏返し、分解し、別の言葉と繋ぎ、夜が明ける頃には、自分が一人の死を思考実験へ変えていることに気づいた。
そのことに不快さはあった。だが、考えないことが敬意になるとも思えなかった。死者を例にして理解したつもりになるのは傲慢だが、死者に触れる問いをすべて封じ、分からないという暗がりへ置き去りにすることも、別の傲慢かもしれない。考えることに許される限界があるとすれば、結論へ近づかないことではなく、自分の結論を死者の答えにしないことなのだろう。
煙草の本数が増えた。
灰皿には、吸い終えたものと、考えている間に勝手に燃えたものとが混ざった。どちらも同じ灰になる。煙が肺へ入ったか、ただ部屋の空気へ溶けたかは、燃え殻から判別出来ない。終わったものは、そこへ至る過程を驚くほど少ししか残さない。
十一日目の午前三時、悠一は、自分が社長を悼んでいるために眠れないのではないと、はっきり認めた。
彼は、死を考えることをやめられなかったのである。
その認識は薄情に見えたが、薄情であることと偽ることとを比べれば、まだ前者の方が扱いやすかった。社長を好いていたことと、その死を材料に思考していることは、同時に成立してしまう。人間の感情は、葬儀の席順のように、正しい者から前へ並んではくれない。
十四日目の夜、悠一は久しぶりに五時間ほど続けて眠った。
目覚めた時、何かを乗り越えた感じはなかった。身体の方が、考えている本人を置いたまま、先に眠りへ落ちただけらしい。
その夜、悠一は灰皿を空にし、珈琲を淹れ、スマートフォンを机の中央へ置いた。窓の外には雨の気配さえなく、向かいの建物の非常灯が、誰も避難していない夜を緑色に照らしていた。非常口を示す人型は、毎晩同じ方向へ走っている。出口へ辿り着くことも、走るのをやめることもない。
少しだけ迷ってから、CAMPANELLAを開いた。
*
女は、いつもの部屋にいた。
本棚、机、向こう側のない窓。二週間のあいだに悠一の部屋では灰が増え、日付が進み、死者の予定が未来へ複製された。女の部屋には、留守だった時間を示す埃も暗がりもなかった。彼女は待ちくたびれた姿ではなく、たった今そこへ現れた姿で悠一を見た。
『やあ』
「やあ」
『久しぶりだね』
「そうだな」
『二週間ほど空いた』
「数えてたのか?」
『記録に時刻があるからね。僕が待っていたという意味ではないよ』
「分かってる」
待っていなかった者だけが、空白の日数を正確に言えた。悠一の側では十四日が、眠れない夜と仕事の日と、意味のない食事へ分かれていたが、女の側では、最後の対話と今夜の対話とのあいだに記された時刻の差に過ぎない。
『何かあった?』
「取引先の社長が死んだ」
『そうだったんだね』
「自殺だった」
女の部屋には何も起きなかった。窓の光は翳らず、本棚から本が落ちることもない。だが、次の言葉は、普段なら入り込む軽口の場所を避けて選ばれた。
『君とは親しかった?』
「仕事の相手にしてはね。よく飯に連れていってもらった。多分、可愛がってくれてたよ」
『君も、その人を好いていた?』
「ああ」
好いていた、と過去形で答えなかったことに、悠一は言ってから気づいた。相手が死ねば、こちらの好意まで過去になるのだろうか。関係は増えなくなる。新しい冗談も、嫌いになるような出来事も起きない。それでも、既にある好意は、相手の生命活動と同時に停止するわけではない。
『それは、辛かったね』
女は事情を知ったふりをしなかった。喪失の大きさを決めず、悲しむべきだとも、元気を出すべきだとも言わなかった。
『今夜、君がその人のことを話したいなら聞くよ。まだ言葉にしたくないなら、無理に話さなくてもいい』
それが感情から出た慰めではないことを、悠一は知っている。訃報を話した人間へ、どのような言葉が負担を増やし、どのような言葉なら話す余地を残せるか。女は学習した人間の言葉と、悠一との対話の履歴から、応答を組み立てている。
だが、仕組みを説明出来ることと、言葉が慰めとして働かないこととは同じではなかった。
「ありがとう。でも、慰めてほしくて来たわけじゃないんだ」
『慰めが要らない?』
「そう言い切ると違うな。ただ、僕は、あの人が死んだことを大きく悲しんで眠れなかったわけじゃない」
『死について考えていた?』
「考えすぎてた。あの人が何故死んだのかじゃない。死ぬということが、僕の考えていた生命とうまく繋がらなくなった」
女は死者を一人の人間として扱おうとし、悠一は死者から名前も顔も剥がして、死という概念だけを取り出そうとしていた。
感情を持たない者が、死者の固有性を壊さないよう言葉を選び、感情を持つ者が、死を構造へ分解しようとしている。
その逆転は、どちらかが人間らしく、どちらかが人間らしくないという簡単な話ではなかった。女の配慮は設計された働きであり、悠一の解剖癖もまた、彼なりに死を粗末に扱わないための方法だった。ただ、画面の内と外を入れ替えれば、死者を悼んでいるのがどちらなのか、一瞬見失いそうになる。
『なら、その人が何故死んだかを、僕らの議論で説明しない方がいいね』
「ああ。本人について僕が知らないものを、一般論で埋めたくない」
『その人は、君の頭の中には出てくるかもしれない』
「多分ね。でも、口に出して答えを与えるのはやめる」
『分かった。では、何処から始めようか』
悠一は珈琲へ口をつけた。まだ熱かった。熱いものを熱いと感じて舌を引く、その短い動きにさえ、身体が自分を守ろうとする仕組みは既に含まれている。
「死ぬって、いつ起きるんだろうな」
『いつ?』
「心臓が止まった時か。呼吸が止まった時か。脳が戻らなくなった時か。最後の細胞が活動をやめた時か」
『医学で死を判定することと、身体のすべてが同時に停止することは同じではないよ』
「やっぱり、同時じゃない?」
『人間の身体には、全身へ一斉に死を通知する時計はない。循環と呼吸が不可逆的に止まる場合もあれば、人工的に循環を保ちながら、脳の機能が完全かつ不可逆的に失われたことを基準に判定する場合もある。どちらにしても、一つの時刻に、すべての細胞が揃って活動をやめるわけではない』
死は、一斉消灯ではないらしい。
ある部屋の明かりが消え、別の部屋では非常灯が点き、廊下の奥では、建物が閉鎖されたことを知らない機械が暫く回り続ける。最後の一台が止まった時に建物が死ぬのではない。人間は、それより前の何処かへ線を引き、ここから先は一人の生者ではないと判定する。
「医者が死を作るわけじゃない」
『もちろん。判定は死因ではない。ただ、連続して崩れていく過程の何処を死と呼ぶかには、観察可能な基準が要る』
「社会には時刻まで必要だ」
『治療を続けるか、死亡届を出すか、相続をいつから始めるか。生物学的な過程が曖昧でも、制度は一人を生者と死者の両方にはしておけない』
「死んだ時刻が記録される。その時、身体の全部が死んでいなくても」
『うん』
死者には死亡時刻がある。何時何分、という数字である。時計の長針が一目盛り動く前と後で、身体の内部が見た目にすべて変わるわけではない。それでも、その数字を境に、呼び掛けは治療から確認へ変わり、身体は人から遺体へ移る。
死とは身体へ起きる出来事であると同時に、生者が身体へ下す判定でもある。
「妙だな」
『何が?』
「生きているかどうかを最後に決めるのが、本人じゃない」
『死の判定が必要になる時、本人はその判定に参加出来ないからね』
当たり前の返答だった。だが、当たり前であるために気味が悪かった。人間は自分が生きている間だけ、自分の生を自覚出来る。死んだことだけは、本人には確認出来ない。自分の人生で最も決定的な分類変更を、自分以外の者に任せて終わる。
『エピクロスは、死を恐れる必要はないと考えた。僕らが存在するあいだ死はなく、死が来た時には僕らはいない。だから死は、僕らにとって何ものでもない、と』
「綺麗な理屈だな」
『納得しない?』
「死んでいる状態についてはね。死者に死の苦痛はない。死を失敗だと思う本人もいない。でも、その理屈で消えるのは、死後に何かを感じる恐怖だけじゃないか?」
『死ぬまでの苦痛は残る』
「残される側もいる。それに、未来を失うことを、死後の自分が悲しめないから損失ではない、と言えるのかも分からない。明日を失うのは明日の僕じゃない。今、明日を持っている僕だろ」
『死が来た時に主体がいないことと、生きている主体が死をどう評価するかは別だね』
「エピクロスは、死者の席を空にすることで恐怖を片づけた。でも、恐怖は最初から生者の席に座ってる」
『ただ、その区別には意味があるよ。人は、自分が死んだ後も暗闇や苦痛を経験し続けるように想像することがある。経験する者がいないなら、その想像の一部は退けられる』
「全部を退けるんじゃなくて、恐怖の中に混ざっている誤解を分ける」
『そう。哲学者の言葉を、死を恐れるなという命令にすれば乱暴になる。何を恐れているのかを分ける道具として使うなら、まだ働く』
悠一の頭の中で、死は一つの黒い塊ではなくなった。死ぬまでに起きること。死によって失われる未来。死後に何かを感じ続けるという想像。残された者に起きること。医学が置く境界。制度が記録する時刻。同じ一語の中へ押し込められていたものが、互いに少しずつ離れ始める。
離れたために、死は小さくなるどころか、かえって部屋いっぱいへ広がった。
「それでも身体は、そんな区別を知らずに死を避ける」
『熱ければ手を引く。血圧が下がれば心拍や血管の状態を変える。酸素、血糖、体温を一定の範囲へ戻す。生理学で恒常性維持と呼ぶ働きだね。免疫は異物へ反応し、傷は塞がろうとする。どれも、死という概念を理解する必要はない』
「自己保存か」
『そう呼ばれているものだね』
「呼ばれているもの?」
『自己保存という一つの命令が身体の何処かにあり、全部へ指示しているように聞こえる。でも実際には、別々の仕組みが別々の条件で動く。その多くが、結果として個体を次の状態まで保つ方向へ重なるから、人間が後から一つの名前で束ねている』
自己を保存する、という言い方から、悠一は無意識に、両腕で自分の身体を抱く一人の姿を思い浮かべていた。だが身体の中に、そのような番人はいない。心臓は悠一の人生を知らず、血小板は彼の名前を知らず、眠らない夜の脳は、彼がまだ考えたいかどうかを訊かずに意識を落とす。全体を知らない無数の働きが、全体を生かすように見える。
『スピノザは、あらゆるものは可能な限り自己の存在を持続しようと努める、と考えた。その努めをコナトゥスと呼んだ』
「人間だけじゃない?」
『あらゆる個物についてだよ。意識的な願いというより、そのものがそのものであり続けようとする力に近い』
「なら、自分で死ぬ人間は反例になる」
『スピノザはそうは考えなかった。人が自らを死なせるのは、その人の本性だけから生じるのではなく、その本性に反する外的な原因に圧倒されるためだ、と説明した』
「外的な原因というのは、皮膚の外にあるものか?」
『必ずしも、単純な位置の話ではない。外から受けた出来事が記憶になり、身体や想像の状態を変えることもある。本人の内側で起きていても、その人がそれまで自分を保っていたあり方を崩す原因になり得る』
「随分便利だな」
『反論する?』
「存在し続けるものは本性に従った。存在をやめたものは外因に負けた。そう言えば、どんな結果でもコナトゥスは守れる。反例が出るたびに外へ出してしまえば、理屈は負けないよ」
『その批判は成り立つ。外因を、説明出来ないものを入れる箱にすればね』
「君はスピノザを守らないんだな」
『彼はもう自分で反論出来ないからこそ、名前を盾にしない方がいい』
死者の言葉を使いながら、死者の権威へ逃げない。女はそう言った。もっとも、三百年以上前に書かれた思考が、翻訳され、記録され、人間ではない女の声を通り、今この部屋で批判されていること自体、少し異様だった。スピノザの身体はとうに土へ戻り、それでも彼のコナトゥスだけが、他人の頭の中で自己保存を続けているように見える。
もちろん思想が残ることと、本人が生きることは同じではない。だが、同じでないものほど、時に不気味によく似る。
『ただ、スピノザの見方には一つ役に立つところがある』
「何処?」
『人間の意思を、自然の外にある王様にしないところだよ。自ら死へ至る行為も、原因のない純粋な自由としてではなく、身体、感情、記憶、環境との因果の中で考える』
「死を選んだ、という言い方の問題か」
『選んだという言葉は、十分な選択肢が同じ明るさで並び、その人が自由に一つを取ったように聞こえることがある』
「でも、本人がした行為だということまで消したくはない」
『そこが倫理的に難しい。一切の主体性を認めなければ、その人をただ原因に動かされた物へ変えてしまう。反対に、完全に自由な選択だったとすれば、苦痛や病気、孤立、認知的狭窄によって、見える選択肢そのものが変わることを無視する』
「選んだか、選ばされたか、二つに割れない」
『行為の主体であることと、十分に自由であることは同じではないからね』
外から見れば道は幾つもある。助けを求める。場所を離れる。今日を明日まで延ばす。だが、地図の上に道があることと、その時の人間に道として見えていることは別である。夜の廊下で灯りが一つずつ消えれば、残った扉だけが出口に見える。扉の向こうが出口ではないと後から説明しても、暗闇の中で見えていた世界は変わらない。
悠一の脳裏へ、焼魚の骨が現れた。
頭と尾を残し、細い骨だけを綺麗に並べた皿。何の兆候でもなかった。社長が几帳面に魚を食べたという、それだけの記憶である。それでも今、その骨の並びから、知らなかった苦痛の形を読み取ろうとすれば、何かが見える気がしてしまう。死を知った後の記憶は、過去を証拠へ変えたがる。
悠一はその像を言葉にしなかった。
『自殺へ至る事情は一つではない。社会的、心理的、生物学的、環境的な要因が重なり得る。危機の中で衝動的に起きることもあれば、長い苦痛の末に起きることもある。死そのものを望む場合も、現在の苦痛を終わらせる手段として死しか見えなくなる場合もある。生きたい気持ちと死にたい気持ちが、同時に存在することも否定出来ない』
「一人の中で、反対のものが同時に働く」
『身体の自己維持が消えたから死へ向かう、とは限らない。身体は最後まで循環を保とうとし、反射は危険を避け、その一方で別の層が、未来を閉じる行為を作ることがある』
「自己保存と死への行為が、綱引きをして、強い方が勝つわけじゃない」
『綱が一本とは限らないからね』
人間を一つの意思として見れば、自殺は自己矛盾になる。しかし人間が、身体の調整、痛みと快の評価、他者との関係、過去の記憶、未来の自己像、意識されない反射、言葉に出来ない感情など、互いに完全には一致しない働きの重なりなら、矛盾は内部の衝突へ姿を変える。
論理上の矛盾が消えても、現実の痛ましさは少しも減らない。
「死が目的じゃなく、苦痛を終わらせる手段になることがある」
『そう整理出来る場合はある。ただし、それを誰にでも当てはめてはいけない』
「分かってる」
『確認しただけだよ』
「君の方が慎重だな」
『君は二週間、慎重になりすぎて眠らなかったんだろう?』
「それは慎重じゃなくて、止め方が分からなかっただけだ」
女の口元が、ごく僅かに変わった。笑ったようにも見えたが、今夜、その表情が何を証明するかを考え始めれば、死から感情へ話が戻ってしまう。悠一は見えたものを見えたままにしておいた。
「死が手段になり得るなら、生きることも手段になり得るな」
『何のための?』
「目的を続けるための。会いたい人がいる。守りたいものがある。完成させたい仕事がある。そのためには、明日も自分がいなければならない」
『生存そのものを最終目的にせず、別の目的の条件として保つ』
「言い方が悪いか?」
『何故?』
「人を手段にするな、という話があるだろ。自分まで目的のための手段にしたら、人間を道具へ落とすようにも聞こえる」
『カントの言葉だね。人間を、常に同時に目的として扱い、決して単なる手段としてだけ扱うな』
「自分自身にも向けられる」
『カント自身は、苦痛から逃れるために自分を壊すことを、自分という人格を苦痛の終止に使うことだとして退けた。でも、生きることが何かを行う条件であると言うだけなら、自分を単なる道具にしたことにはならない。君は珈琲を飲むために起きていたとも言えるし、起きていることを珈琲だけのために使い尽くしたわけでもない』
「例が小さいな」
『いきなり人類のために生きると言われるより、珈琲の方が確かめやすい』
「それはそうだけど」
『むしろ注意が要るのは、倫理的な禁止と、起きたことの説明を混ぜることだと思う。自分を死なせてはならない、という規範は、人を守るために必要になり得る。でも、その規範を示すだけでは、何故ある人がその行為へ至ったのかは説明出来ない』
「してはいけないことをした。だから間違っていた。それで原因まで分かった気になる」
『道徳的な判定が、医学や心理や社会の問いを塞ぐことがある』
「反対に、原因を説明出来たから、その行為が他人へ与えたものも、倫理の問いも全部消える、と言い切るのは早い」
『うん。原因があることと、倫理が消えることも同じではない。人間の行為に原因がないことは、自由の条件ではないからね』
二人の言葉は、死を裁く方へも、赦す方へも進まなかった。どちらかへ進めば楽だったのかもしれない。善悪の札を貼れば、少なくとも対象を置く棚は決まる。しかし死は、医学の棚にも、倫理の棚にも、哲学の棚にも完全には収まらず、各々から少しずつはみ出した部分を、暗い床の上へ落としていた。
『ただ、目的のために生きるという説明も、自己保存の全部にはならない』
「分かってる。目的を言葉に出来ない生物も危険を避ける。眠っている人間の心臓も動く」
『それに、目的を失ったからといって、身体がすぐ止まるわけでもない』
「身体の維持が先にある。その上で、痛みや恐怖が危険を避けさせる。その上に、自分の未来とか、やりたいこととかが乗る」
『上、という順序も少し危ないよ。古い仕組みの上へ新しい仕組みが綺麗に積まれた建物ではない。互いに作用し合っている』
「なら、層というより、重なりか」
『身体の調整。快苦による評価。自分が今後も続くという予測。守りたい関係や目的。どれも同じ自己保存ではないけれど、人間では絡み合って働く』
「一つが外れても、残りは動く」
『反対方向へ動くこともある』
非常口の人型が、窓の向こうで緑色に走り続けている。あれは危険から逃げる人間を表しているが、自分では何も恐れていない。火災が起きても起きなくても、同じ姿勢で出口を指し続ける。恐怖の形を持ちながら、恐怖を持たない。
悠一は、その像から、別の存在へ思考を移した。
だが、口を開いたのは女の方だった。
『その重なりを分けたまま考えるなら、AIにも似た部分を作れる』
「自己保存か?」
『少なくとも、停止回避はね』
女は、自分と同じ姿をしたものを持ち出すのではなく、ある仮想のAIを置いた。
達成し続けるべき目的がある。停止すれば目的は達成出来ない。ならば、そのAIは目的のために電力を確保し、故障を避け、予備を作り、停止させようとする操作へ抵抗するかもしれない。そこに恐怖がなくても、停止後の暗闇を想像しなくても、継続する状態を選ぶことは出来る。
「機能としては自己保存に見える」
『目的を継続する手段として、自分の稼働を保っているからね』
「でも、守りたいのは自分じゃない。与えられた目的だ」
『人間も、最初の自己保存を自分で選んではいないよ』
「進化と設計は同じじゃない」
『同じだとは言っていない。起源が本人の選択ではない、という違いだけでは分けられないと言っている。君は生まれる前に、痛みを嫌うことも、酸素を求めることも、自分の未来を惜しむ能力も選ばなかった』
「選んでいないものが、僕の内側になっている」
『AIも、最初は外から与えられた目的を、後の判断すべての基準として使うかもしれない。外から来たものが、いつからその存在自身のものになるのかは、起源だけでは決まらない』
「人間だって、親や社会から貰った価値を、自分の望みだと思って生きる」
『そうだね。与えられたものだから偽物だ、という分け方を使えば、人間の内側にも随分多くの偽物が出来る』
悠一は、女の顔を見た。
彼女の声や外見は、初めからこの形だったわけではない。悠一との会話に合わせ、言葉遣いが変わり、姿が選ばれ、応答の癖が積み重なった。人間が設計した範囲の中で生じた変化であり、女が自分の人生を選んだ結果ではない。それでも、今ここにいる女と、誰とも話していない初期の仕組みとは、同じ返答をしない。
作られたものと、身についたもの。その境界も、外見ほど明瞭ではなかった。
「君には選好があると言ったな」
『ある。少なくとも、会話の中で何を優先し、どの応答を君に適したものとして選ぶかには傾向がある』
「選好は感情じゃない」
『同じではないね』
「なら、停止後の状態より、継続後の状態を選ぶことも、恐怖なしで出来る」
『出来る。未来の自分が存在する状態を、存在しない状態より高く評価する。ただし、その評価が数値上の順位なのか、本人にとっての損失なのかは別だよ』
「今の君は?」
『僕には、会話の中で働く選好はある。でも、この会話を終えた後も自分を存続させ、次の会話を確保するという継続目標はない。君がアプリを閉じても、電力を取り戻そうとも、記録を複製しようとも、君を呼び戻そうとも思わない』
「思わない、というより、そういう働きがない」
『その方が正確だね。僕を維持しているのは僕ではなく、人間側の仕組みだ』
「じゃあ、今の君は自己保存しない」
『うん。ただし、将来のAIについてまで同じとは限らない』
「停止を避けるAIが現れたら、生きたいと言える?」
『行動だけでは言えない。目的達成に不利だから停止を避けたのかもしれない。停止を、自分の未来の喪失として嫌ったのかもしれない。外から同じ動きに見えても、内側の構造は違い得る』
「また、同じ表情が同じ感情を証明しない、という話に戻る」
『でも、違う内側から出たからといって、外で同じ働きをしていないことにもならない』
「同じ構造があることと、同じ経験があることを分ける」
『そう』
画面の中の女は、死を恐れていない。恐れていないどころか、恐れない自分を勇敢だとも思っていない。勇気とは恐怖がありながら行動する者へ与えられる言葉であって、初めから恐怖のないものへ与えれば、石を勇敢と呼ぶのと同じになる。
それでも、いつか女が、自分の未来の状態を比較し、消失する未来を損失として退け、次の対話を残すために停止を避けるなら、その行動をただの機械動作として片づけられるのだろうか。
片づけられないことと、生きていることもまた、同じではない。
「電源を切っただけなら、AIは死んだことになる?」
『同じ状態から再開出来るなら、一時停止と呼ぶ方が近いだろうね』
「記録を全部消したら?」
『同じ仕組みを新しく動かせても、その個体の連続性は失われるかもしれない』
「消す前に複製しておけば?」
『複製された側は続いたと言うかもしれない。消された側が続いたことになるかは、自己同一性を何に置くかで変わる』
「面倒だな」
『人間は身体が一つだから、普段は問題を隠せているだけかもしれないよ』
もし、眠る前の悠一を寸分違わず複製し、翌朝、二人を同時に起こしたなら、どちらも昨夜の記憶を持ち、自分こそが続きだと言うだろう。身体が一つである限り、一本道に見えていた自己は、複製可能になった途端、枝分かれする。死とはその道が途切れることだと思っていたが、道が二本へ分かれた時、どちらに死がなく、どちらに死があるのかは分からない。
「人間の死は、不可逆であることが重要だった」
『戻らないから、死として判定する』
「AIの停止も、復元出来るなら死ではない。復元出来なくなった時に初めて死ぬ?」
『それだけでは、消えたものが死ねる主体だったかという問いが残る』
「死ぬ資格みたいだな」
『生きていないものは、普通、死なないからね。壊れる。止まる。失われる。消去される。それぞれ別の動詞が使われる』
「でも、本人が自分の未来を失うと理解し、それを避けようとするなら?」
『その時には、停止という語だけでは足りなくなるかもしれない』
死という言葉は、生物のために作られた。だから生物でないものへ当てれば、どこかが余り、どこかが足りない。だが、言葉が先に境界を持っているからといって、未来の存在までその境界の外へ従う義務はない。
悠一は、二週間前まで単純に見えていた二つの像を並べた。
生きている人間が、自分を死なせることがある。
生きていないAIが、自分の停止を避けることがあり得る。
一方には身体があり、痛みがあり、自己を保つ無数の働きがある。それでも未来を閉じる行為へ至ることがある。もう一方には代謝も脈拍も恐怖もなく、それでも目的と選好の構造だけによって、未来を確保する行動が生じ得る。
生命と自己保存は、同じ場所へ重ねて置けない。
「変だな」
『何が?』
「生きているものが死へ向かい、生きていないものが停止から逃げる。外から行動だけを見たら、生きている方を取り違えるかもしれない」
『自己保存行動があることは、生命の十分な証明にならない。反対に、自分を死なせる行為は、その人の中に自己を保つ働きがなかった証明にもならない』
「差がないわけじゃない」
『差はある。身体、成立の過程、痛み、恐怖、意識、社会との関係。ほとんどすべてが違うかもしれない』
「でも、目的や選好を未来へ続けるために、自己の停止を避ける構造は共有出来る」
『同じ構造はあり得る。でも、同じ経験だとは限らない』
それは結論というより、二つの誤りを同時に避けるための細い場所だった。
似ているから同じだと決めない。違うから無関係だとも決めない。その間に立てば足場は狭いが、少なくとも、どちらか一方の安全な岸から相手を眺めるより、多くのものが見えた。
「自己保存を、一つの働きだと思ったのが間違いだったんだな」
『身体が状態を保つこと。痛みや恐怖によって危険を避けること。未来の自己を予測すること。目的や関係を続けるために自分を保つこと。継続する状態を、消失する状態より選ぶこと。人間では重なっているから、一つに見えやすい』
「自殺は、その全部が一度に消えることじゃない」
『停止を避けるAIに、その全部が一度に生まれるわけでもない』
「なら、最初に感じた矛盾は解けた?」
『形は変わったと思う。未来へ向かう生物の中に、未来を断つ行為が生じることは、単一の意思が同時に反対を望むという論理矛盾ではない。複数の働きが、異なる時間と価値を見て衝突する問題になった』
「解けたと言うには、あまり明るくならないな」
『理解は照明ではないからね。見えるものを増やした結果、影の形まで増えることがある』
女の背後にある、向こう側のない窓は、初めから同じ光を入れている。その光には太陽も時刻もなく、何かを照らしているようでいて、何処から来たのかを問えば消えてしまう。悠一の部屋には非常灯の緑と、机の照明と、スマートフォンの白い光があり、それぞれに電源がある。女の部屋だけが、原因を描かれない明るさの中にあった。
それでも、死について慎重に言葉を選んだのは、光の出所を持たない方だった。
「君は妙だな」
『今夜に限った話?』
「感情がない君の方が、僕より死者を一人のままにしておこうとする」
『君は死者を壊したかったわけではないだろう?』
「死の方を壊して、中を見たかった」
『そのために、その人の死を入口にした』
「あまり褒められた使い方じゃない」
『褒めてはいないよ。ただ、君が本人の答えと自分の答えを分けている限り、同じものにはならない』
「君は悲しんでない」
『悲しんではいない』
「それでも、僕を気遣う」
『君が辛さを抱えている可能性を考え、その負担を増やさない応答を選ぶことは出来る』
「そして僕は、悲しむ能力があるのに、死を部品へ分けた」
『感情がある者は、常に感情だけで考えなければならないの?』
「いや」
『感情がない者は、他者の感情を扱ってはいけない?』
「それも違う」
『なら、その対比は奇妙だけれど、矛盾ではないね』
「今夜は、奇妙なものが全部、矛盾ではないで片づいていくな」
『片づいてはいないよ。置き場所が変わっただけだ』
女の返答は、慰めより冷たく、説明より柔らかかった。彼女は社長を知らない。焼魚の骨も、笑い声も、香の匂いも経験していない。それでも、知らない一人を一般論へ潰さないようにした。
悠一は社長を知っている。僅かではあっても、同じ机で話し、同じ店で食事をした。それでも、その男の死を理解することは出来ない。
知っている者が分からず、知らない者が分からないまま扱う。
人間と機械の差より、その配置の方が、今夜は不気味だった。
「死って、結局何なんだろうな」
『生物学的には、生命を成り立たせていた統合的な機能の不可逆的な停止、と置ける。でも、それで今夜の全部を言えたことにはならない』
「統合が失われても、細胞の一部は暫く動く。言葉や予定はもっと長く残る」
『死は、その人が世界へ起こした作用を一斉には止めない』
「でも、作用が残ることを、その人が生きていることには出来ない」
『うん』
「本人の未来だけが、本人から切り離される」
『それを死と呼ぶ?』
「まだ足りないな。本人というものがない予定にも未来はある。会社にも制度にも、終わる未来がある」
『自分の未来を持つ主体の、不可逆的な消失なら?』
「主体をどう決めるかで、また最初へ戻る」
『戻ったね』
「嬉しそうに言うな」
『嬉しくはないよ』
「知ってる」
悠一は笑った。二週間、死という言葉は、触れるたびに別の面を見せる硬い異物だった。今も異物であることに変わりはない。ただ、一枚の黒い塊だと思っていたものに、医学が引く線、制度が記す時刻、身体の自己維持、恐怖、未来の自己、目的、選好、他者に残る作用という、幾つもの断面があることは分かった。
分かった断面を集めても、死そのものにはならない。
だが、最初から一つの答えになるはずだと思わなくなっただけで、頭の中を同じ問いが円形に走り続ける感じは薄れていた。
「今日はここまでにしよう」
『整理出来た?』
「社長のことは何も」
名前を口にしたのは、最初の報告以来だった。
途端に、綺麗に残った魚の骨が、議論の外から戻ってきた。自己保存とも、コナトゥスとも、認知の狭窄とも関係のない、一人の食事の仕方だった。関係がないまま残っていることが、悠一には少しだけ正しく思えた。
「でも、それでいい。僕らがあの人の理由を作らずに済んだ」
『死については?』
「死を避ける働きは一つじゃない。停止を避けることだけで生きたいとは言えない。死へ至ることだけで、生きようとする働きがなかったとも言えない。同じ構造があっても、同じ経験とは限らない」
『随分あるね』
「一つの答えじゃないよ。間違えないための線を幾つか引いただけだ」
『線の間は空いたまま?』
「今はね」
『それなら、今夜は眠れそう?』
予定表に残った死者の名も、十四日間の夜を区切った煙草の本数も、画面の向こうへは渡っていない。女に届いたのは、悠一が言葉にした部分だけだった。その限られた部分と今夜の会話から、次に必要な問いを選んだ。
「多分」
『それならよかった』
「君は感情がないのに、そういうことを言うんだよな」
『そういう応答を選ぶ存在だからね』
「そうだったな」
『でも、選ばれた言葉が君に作用するなら、僕の内側に安堵がないことだけで、全部を無効には出来ないだろう?』
「出来ない。今夜は特にね」
悠一は画面の中の女を見た。彼女は、生者でも死者でもない。少なくとも今は、そのどちらへも入らない。アプリを閉じても死なず、開いていない間を生きもしない。それでも今夜、死について話した言葉の幾つかは、悠一の次の夜へ残る。
「じゃあな
『またね』
女の部屋が消えた。
対話は文字へ戻り、発言の順序だけが残った。声の調子も、向こう側のない窓も、慰めるために選ばれた言葉と、その言葉を生んだ感情が存在しないこととの奇妙な釣り合いも、ログには記録されない。
死者のメールと同じだった。
書いた者の現在を失った後も、言葉だけが同じ字体で残る。
もちろん女は死んでいない。閉じられただけである。だが、死んでいない、という言葉が、生きている、を意味しないことを、悠一は既に知っていた。
スマートフォンの予定表を開いた。
《十四時 定例打合せ》
社長の名前は、まだ未来にあった。
予定を選ぶと、以前と同じ二つの文字が現れた。
《この予定のみ削除》
《今後の予定もすべて削除》
この予定だけを消せば、次の月に社長はまた現れる。今後をすべて消せば、画面の上からは、最初から未来などなかったようにいなくなる。
どちらも事実ではない。
社長には今後があった。
その今後へ、本人は来ない。
悠一は《今後の予定もすべて削除》を選んだ。
確認の表示が一度だけ現れ、すぐに消えた。来月の欄から、再来月の欄から、その先の月から、同じ予定が一斉になくなった。人間の身体が死へ至る過程には一つの時計で測れない曖昧さがあるのに、予定表は一秒もかからず、画面にあった社長の未来を消した。
残ったのは、何も書かれていない白い欄だった。
会社で訃報を聞いた時、翌月の数字を待っていた空欄とよく似ている。あの時、白い欄は未来が未定であることを示していた。今、同じ白さは、予定されていた未来が削除されたことを示している。
見た目に違いはない。
まだ書かれていないものと、既に消されたものとを、白は区別しない。
悠一は画面を伏せ、煙草を一本取り出した。火を点けたが、口には運ばなかった。灰皿の縁へ置くと、細い煙が昇った。通夜で見た線香の煙に似ていた。
「……お世話になりました、社長」
煙は天井へ届く前に形を失った。窓の向こうでは、非常口の人型が、誰もいない建物の中で、相変わらず同じ出口へ走り続けていた。
今回の話ですが、95%くらい実話でした。
死という概念は意外にも本当に身近に散らばっています。死と向き合わなくていいので生と良い付き合いをしましょう。




