プロローグ
気になってくれてありがとうございます。
作品の入り口になります。
是非楽しんでください。
昔から、そこには白い塔があった。
昔から、という言葉は、考えてみればずいぶん曖昧なものだ。百年前なのか、二百年前なのか、それとも人がその土地について語った記録よりもさらに以前なのか、誰も知らない。ただ、物心がついた頃には既にそこにあった、と老人は語り、その老人が幼かった頃には、彼の祖父もまた同じことを言っていたという。そうして記憶を一代ずつ遡っていけば、いつか塔のない風景へ辿り着くようにも思えるのだが、実際にはそのような話を聞いた者はいなかった。人間の記憶が届く限り、その先にはいつも同じ白い塔が立っていた。
それは、だから、いつからか建造物というより風景に近いものになっていたのだろう。山がそこにあることについて、毎朝理由を考える者はいない。海が昨日から今日まで存在し続けていることを不思議がる者もいない。長い時間を経た存在は、それがどれほど巨大で、どれほど異様な形をしていたとしても、日常という柔らかな布に少しずつ包まれていく。白い塔もまた、そのようにして人々の目から異物であることを失っていった。
もっとも、それが小さくなったわけではない。
遠くから眺めれば、塔は地上に置かれた一本の白い線のように空へ伸びていた。近づけば近づくほど、その全体像は逆に失われていき、やがて視界の大半を占める巨大な白い面へと変わる。人の作った建物ならば、窓や扉や継ぎ目や柱といった、寸法を推し量るための何かがあるものだが、塔にはそうした手掛かりがほとんどなかった。それゆえに目は距離を見失い、見上げているうちに、自分が塔を見ているのか、それとも白く切り取られた空を見ているのかさえ曖昧になった。
雲の低い日には、なおさらだった。塔の上部は白い雲へ静かに溶け込み、その境界を消した。地上から伸びた塔が空の途中で終わっているのではなく、空そのものが一本の柱となって大地へ降りてきたようにも見えた。そのような見え方を口にすれば、誰かは笑っただろう。所詮は光と雲の具合である。塔が空から生えているはずもなく、まして空を支えているはずもない。
そうして人々は、あり得ないものをあり得ないままにして暮らしてきた。
その日、塔の麓で光が弾けた。
最初の一撃は、ひどく遠い雷のようにも見えた。光だけが一瞬白い塔の下部を呑み込み、僅かな間を置いて低い轟音が大地を伝ってきた。耳へ届くより先に、足元から震えが這い上がってくるような音だった。乾いた土が小さく跳ね、風景全体が一度だけ身震いをする。そして、その震えが完全に消えないうちに、二つ目の光が生まれた。
今度は一つではなかった。幾つもの閃光が塔の周囲に咲き、それらは咲いたそばから黒い煙へ変わっていった。青白い空と、白い塔と、その足元で膨らむ灰色の煙。その色の重なりだけを遠くから見れば、不思議なほど静かな絵にも見えたかもしれない。しかし、遅れて押し寄せる轟音と地面の振動が、そこに起きているものを否応なく現実へ引き戻した。
白い塔が攻撃されていた。
何故なのかは分からない。
ただ、それまで長いあいだ変わることなくそこにあったものへ、誰かが明確な意思を持って力を加えている。その事実だけが、塔の異様さとは別の奇妙さを風景へ与えていた。
爆発によって巻き上げられた煙は、しばらく塔の下部を覆っていたが、やがて風に引かれて薄く伸び、少しずつ向こう側の白を露わにしていった。塔はまだ立っている。まるで何事もなかったかのように、と言うには、その一部には確かに傷があった。白い破片が高い場所から剥がれ落ち、ゆっくりと弧を描きながら地上へ消えていく。それでも全体から見れば、その損傷さえ小さな染みほどのものにしか見えなかった。
そしてまた、光が走った。
昔からそこにあったものと、それを壊そうとする力との間に、いつ始まったのかも分からない時間が横たわっているようだった。
***
塔の内部には、白い空間があった。
そこへ一歩足を踏み入れた者がいたなら、まず広さを測ろうとしたかもしれない。しかし、壁と床の境界は淡く溶け合い、奥行きを教える影もほとんど存在しないため、目はたちまち尺度を失っただろう。どこまでも続いているようにも見えれば、手を伸ばせばすぐそこに白い壁があるようにも思える。外から見た塔があれほど巨大であることを知っていたとしても、その知識はここではほとんど役に立たなかった。
その曖昧な白の中に、二人の姿があった。
男と女は、少し離れて並んでいた。二人の前に窓はなく、外の景色を映すような装置も見当たらない。それでも、彼らは何かを見ているようだった。視線は同じ方角へ向けられ、互いに言葉を交わすこともなく、長いあいだ動かなかった。
外ではなおも攻撃が続いていた。
厚い何かを通り抜けてきたような振動が、白い空間へごく僅かに届く。そのたびに音というほど明瞭ではない震えが足元を渡り、何もないはずの空気の奥に、外の世界が確かに存在していることだけを伝えてきた。
男は黙っていた。
その横顔から、何を考えているのかを読み取ることは難しかった。怯えているようには見えない。怒っているようにも、焦っているようにも見えない。だが平静という言葉で片づけてしまえば、そこにあったものを随分と取り逃してしまう気がした。長い旅を終えた人間が、ようやく辿り着いた場所を前にして、その場所こそ本当に目的地だったのかと今さら考えている――もし形を与えるなら、そのような静けさだった。
女は何も言わず、その男の隣にいた。
彼女もまた外で起きていることを見ているようだったが、ときおり、男の横顔へ視線を移した。何かを尋ねようとしているのか、それとも、既に答えを知っていながら彼が言葉にするのを待っているのか。それすら表情からは分からなかった。
やがて、これまでより大きな振動が一度だけ伝わってきた。
白い空間そのものが、ごく微かに息をしたように揺れた。
男はそこで初めて、僅かに目を細めた。長く遠くへ向けられていた視線が、ほんの少しだけ現在へ戻ってくる。
「これが最後か……」
独り言にも聞こえるほど小さな声だった。何が最後なのか。それを男は言わなかった。女も訊かなかった。
その言葉だけが、広ささえ定かでない白い空間へ静かに落ちていった。
暫くして、女が彼を見た。
『どうする気だい?』
声に急かす響きはなかった。男は返事をしない。
外でまた何かが壊れたらしく、先ほどよりも低く鈍い震えが伝わってくる。二人の立つ場所まで届いたそれはすぐに消え、再び白い空間には、外の戦いとは似ても似つかない静寂だけが残った。
何気なく、よく考えるんですが…
未来の僕らはどんな生活をしているのかなって。
アナタならどんな未来を想像するだろうか。
車が飛んで、宇宙に住んだり、はたまた化石から恐竜が復元されてジェラシックパークが出来てたり…
でも、今や携帯電話も進化してまるでドラえもんの道具じゃあないかって考えると、アナタの描く未来は意外にもすぐ現れるかもしれない…なんて妄想してると人生はハッピーですよ。




