第22話 解体Ⅲ
廃棄区画の前に来ると、廊下に管理部門の作業員が2人いた。
昨日まで1人だったのが、今日は2人だ。
端末を挟んで何かを確認している。蓮司がシャッター前に近づくと、片方が顔を向けた。
「今日の昼前に正式な確認が入る。担当者が来て区画内を記録するから、作業の邪魔になるかもしれないが頼む」
「分かりました」
「夜間巡回の記録で、この区画前の痕跡が3日分連続している。音の報告も重なったから上に上げた。今日の確認はその対応だ」
もう一方の担当が端末をスクロールして「搬入ルートの変更案が出てる。後で確認を取る」と言った。
「ルートが変わりますか」
「まだ案の段階だ。七層品の搬入量が増えてから流通の見直しが入っている。決まったら通知が行く」
2人は端末に戻った。
「夜間の傷、3日前と昨日で量が倍以上になってるな」「この写真と比べると分かりやすい」という声が続いていた。
蓮司はシャッターを引き上げた。
中に入って【魔力感知Ⅲ】を起動すると、分散させた遺物の流れが廃棄区画全体から届く。
昨日より強くはなっていないが、台車の脚に新しい引っ掻き傷が入っていた。
夜の間にも来ていた。
廊下から「このまま痕跡が続くなら夜間の封鎖時間を延ばす方向で話が進む」という声が聞こえた。
◇
午前中は六層品の残りを処理しながら昼前を待った。
外殻に触れると構造が分かり、力の通し方が先に見える。
3件を処理するのに20分かかった。
手を動かしながら、頭の中では別のことを考えていた。
壁際の先行品を時々確かめた。
『流れを一段絞れた』感触まで来ていた遺物は今朝も同じ状態で置いてある。
昨日絞った流れの形がそのまま保たれていた。
昼ごろ、廊下から複数の足音が近づいてきた。
「確認に入ります」
管理部門の担当が3人入ってきた。
記録担当が端末を構えており、棚の確認担当が別に動き、入口付近で全体を見る担当が1人いる。
「夜間の痕跡記録に基づいた正式確認だ。作業中に失礼するが、区画内の状況を記録させてもらう」
「どうぞ」
3人が廃棄区画の中を順に確認していく。
棚に積まれた遺物の配置と数を端末に入力する者、床の状態と傷の位置を記録する者、入口から全体の配置を確認する者。
懐中電灯の光が棚の奥を走り、台車の脚もとを照らした。
「遺物の配置を変えたと聞いた」
「七層品が来てから、密度の高い遺物を入口に近い側に集めました。何か起きたとき対処しやすい位置で管理するためです」
「配置変更は作業者の判断でできるから問題ない。記録しておく」と記録担当が端末に入力した。
棚の確認担当が奥まで入って木箱の数を数えている。
台車の周辺を確かめたもう一人が「傷の量が増えてるな、前回の確認より多い」と言い、記録に追記していた。
「七層品が来てからですか」
「記録上はそうなる。七層品の搬入が始まった日から痕跡の密度が上がってる。なぜかはまだ特定できていない」
蓮司は作業を続けながら3人の動きを見ていた。
廃棄区画の中を丁寧に確認しているが、壁際の先行品には近づいていない。
【魔力感知Ⅲ】で確かめると、先行品からの流れは今も続いている。
担当者には届いていなかった。
確認が終わり、3人が入口付近に戻ってきた。
「現時点では記録上の問題はない。ただし夜間の痕跡が続くなら封鎖時間の延長が入る可能性がある。その場合は事前に通達が出る」
「搬入ルートの変更はどうなりますか」
「まだ検討中だ。七層品の扱いが増えてから流通の見直し案が出ている。変更になれば廃棄品の扱いも変わるから、詳細は別の担当から連絡が行く」と記録担当が端末を閉じた。
足音が3つ、廊下の向こうへ遠ざかった。
廃棄区画がまた静かになった。
廊下の奥で誰かが荷物を動かす音がしたが、すぐに遠くなった。
管理部門の3人は事務的に動いていた。
夜間の痕跡は正しく記録され、搬入ルートの変更も本物の話として進んでいる。
ただし、危険遺物の流れには誰も届いていない。
◇
廃棄区画が静かになってから、蓮司は先行品の前に立った。
今日の確認で問題なしという記録が出た。
封鎖時間の延長も、搬入ルートの変更も、今日の時点ではまだ確定していない。
だが今朝の廊下の人数と、今日の確認の本気さを見れば、この状況が長続きしないことは分かる。確認が続けば次は制限が来る。
『流れを一段絞れた』感触まで来ていた先行品を手で確かめた。
今日の手触りを確かめると、昨日絞った感触がそのまま残っている。
今日やる。
◇
台車を壁際に動かして、周囲の遺物と間隔を取った。
【精神集中Ⅱ】を意識して、頭の中の余分な音を沈めた。
今日の午前中に管理部門が来たこと、搬入ルートの変更案、夜間の封鎖時間の話。
すべてが遠くなって、手の中の遺物だけが残った。
遺物の外殻に触れた。
【魔力感知Ⅲ】で外殻の表面を読んだ。
先日絞り込んだ流れの向きは変わっていない。
外に向かっていた流れが内向きに折り返している。
流れの入口と出口がある。
今日はそこを起点に、力の通し方を変える。
【解体Ⅱ】を流し込んだ。
最初の1層が静かに剥けた。力の余分な部分が出ていない。
【精神集中Ⅱ】が効いている。
力の方向が定まるまでの迷いが今日はなかった。
2層目に差し掛かった。
跳ね返しが来た。
今の【解体Ⅱ】でいつも止まる場所だ。
押し返す硬さの感触を確かめながら、その中に柔らかい場所がないか読んだ。
硬い中に、力の向きを少し変えれば通せる角度がある。
これまでの挑戦でその角度の手触りが少しずつ分かってきていた。
角度を変えた。
力が食い込んだ。2層目を越えた。
3層目に入った。
ここも跳ね返しが来るが、2層目と構造が違う。
向きを変えて入れる場所を探した。
時間をかけた。焦りはなかった。
【精神集中Ⅱ】が余分な緊張を削ぎ落として、手の感触だけに集中させていた。
3層目を越えた。
4層目が見えた。
以前は3層目で押し返されていた。
今日は違う。4層目に入ると構造が前の層と変わっていた。
密度が均一ではなく、方向によって硬さが違う。
どこから力を通すかを探しながら、少しずつ奥へ進んだ。
4層目を越えた。
5層目で一度止まった。
ここの密度は4層目より高く、単純に角度を変えるだけでは跳ね返す。
力の通し方そのものを変える必要があった。
力の流れ込む速度を変えた。
速くではなく、ゆっくりと、ただし細く一点に絞って送り込む。
少し食い込んだ。
続けた。
跳ね返しの中に隙間が生まれた。
その隙間を広げるのではなく、隙間を通して力を奥へ送り込む形にした。
5層目を越えた。
6層目が目の前にあった。
内部核がある。
今まで輪郭しか届かなかった位置が、今日は具体的な形として手に届いていた。
核の表面の構造が分かる。力を入れる場所が分かった。
細く絞った力を、核の表面に向けて送り込んだ。
跳ね返しが来た。角度を変えた。もう一度。
今度は食い込んだ。
外殻の奥に固まっていた何かが動く感触があった。
もう一度。
核が手の中に出てきた。
六層品のものより濃い色をしていた。
形は不規則で、入り組んでいる。
触れた瞬間に何かが来るかと思ったが、核は静かだった。
流れを出し続けていたのは外殻だったということだ。
吸収した。
その瞬間、手の感触が変わった。
体の内側ではない。
廃棄区画の棚に積まれた遺物が、触れていない距離から届いてくる。
層の数が、空気の中に滲んでくるような感触だ。
今まで触れて初めて分かっていたものが、触れる前に届いている。
頭の中で名前が変わった。
【解体Ⅲ】。
◇
廃棄区画を見渡した。
棚の木箱、床の台車、壁際の遺物。
それぞれから構造の情報が届いてくる。
層の多さ、内部核の位置、流れの入口と出口。
触れる前から届いている。廃棄区画全体が、以前より立体的に見えた。
壁際に残っている危険遺物に目を向けた。
4件。先行品の残り1件、それから本格搬入で届いた3件だ。
先行品の残り1件を確かめた。
今まで届かなかった遺物だ。
【解体Ⅲ】で感触を確かめると、層の輪郭が前より明確に分かる。
以前は「届かない壁」として感じていたものが、今日は構造として見えている。
どこまで届くかの境界線が分かった。
まだ簡単にはいかないが、「届かない」から「どこまでなら届くか分かる」に変わった。
本格搬入で届いた3件を順に確かめた。
こちらはまだ重い。層が多く密度が高い。
【解体Ⅲ】でも3件の構造は一段複雑だ。
どこから入れるかの輪郭は前より読めるが、今日すぐに届くものではない。
今日処理した先行品があった場所の流れが消えていた。
廃棄区画の空気が少し変わった。
今まで感じていた複数の流れの重なりから、1件分が抜けた。
残り4件の流れは続いているが、重なりが弱まった分、廃棄区画の感触が前より静かになった。
◇
台車を壁際に押して、廃棄区画の中心に立った。
廊下の外で台車の音がした。
別の区画の作業員が荷物を動かしている。
廃棄区画には関係ない。
音が通り過ぎて、廊下が静かになった。
4件残っている。
先行品の残り1件は今日の感触で次に向かう方向が見えた。
本格搬入で届いた3件は今日より先がまだ重い。
管理部門の確認は今日終わったが、夜間の痕跡が出続ければまた来る。
封鎖時間の延長が決まれば廃棄区画で動ける時間が削られる。
搬入ルートの変更が決まれば、次の七層品がいつどこから来るか分からなくなる。
シャッターを下ろそうとして、廊下の壁に目をやった。
掲示が1枚増えていた。
今朝にはなかった紙だ。
『廃棄区画周辺 夜間立入制限 強化』という文字が見えた。
開始日時が記してある。明日からだ。
突破口は開いた。
今日の1件が証明した。
だが管理部門は今日より動いていて、次の搬入がいつ来るか分からない。
4件が廃棄区画の中に残っている。
シャッターを下ろして廊下に出た。
【相馬蓮司 現在取得スキル】※【解体Ⅲ】進化
■ 固有
【解体Ⅲ】★進化
■ 感知
【危険察知】 【遺物探知Ⅱ】 【魔力感知Ⅲ】 【闘気感知Ⅰ】
■ 身体強化
【身体強化Ⅲ】 【強靭化Ⅲ】 【反応速度強化Ⅱ】
■ 耐久・回復
【治癒Ⅰ】 【毒耐性Ⅱ】 【炎熱耐性Ⅱ】 【精神耐性Ⅱ】
■ 移動・作業・その他
【軽量化Ⅲ】 【暗視Ⅱ】 【空間把握Ⅱ】 【気配遮断Ⅰ】 【精神集中Ⅱ】
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