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最終話 第7研究室に咲く奇跡の花



異国での制圧劇から、三ヶ月後。



異国のレザレスからユリウスへ繋がれた極秘通信により、暗部の息がかかった憲兵団の内部の者たちも含めて完全に摘発され、廃魔力炉も完全に無力化されたという報告がもたらされていた。



通信を確認したユリウスは、満足げにコーヒーカップを傾ける。



ふと窓の外に目線を移すと、第7研究室の中庭には、星のレイラインを再構築する青き奇跡の植物『アズライト・リリー』が満開に咲き乱れていた。


花々から放たれる清らかな魔力が淡い光の粒となって宙を舞い、幻想的な光景を創り出している。



また、中庭の最奥には、二人の小さな人影が歩みを進めている様子が見えた。


この聖域における規格外の夫婦、リズとシアンの姿であった。







「……綺麗だね、シアン」



花々の間を縫うように整備された小道を歩きながら、リズは微笑んだ。


彼女の隣には、一切の隙もない完璧な造形を持つ純銀の髪の男――シアンが、壊れ物を扱うような優しさで彼女の手を握りしめている。



「今年もこうして、シアンと一緒にこの光景を見られて嬉しいな」


「ええ。私も嬉しいです、リズ。貴方が丹精込めて育てたこの花々は、貴方と同じくらい美しい」



魔導AIであるはずのシアンの声は、論理的制約を完全に逸脱し、極上の甘さと確かな熱を帯びていた。


ふとシアンは立ち止まり、月光のように冷ややかな、しかし深い慈愛に満ちた瞳でリズを見つめ下ろす。



「愛しています、リズ」


「ふふっ、私もシアンが大好きだよ」



シアンは彼女の両肩を包み込むように優しく抱きしめ、リズも彼の大きな背を抱きしめ返す。


永遠に等しい時間を共有する二人の、甘く、絶対的な愛の共鳴。



だが、その至福の時間の最中、シアンの肩越しに花々を見つめていたリズの瞳が、ふと大きく見開かれた。



「――あれっ!?」



リズはシアンの腕の中から勢いよく抜け出すと、満開のアズライト・リリーの群生の中へ駆け出した。


「リズ?」と首を傾げるシアンを置き去りにして、彼女はある一株の前にしゃがみ込む。



「シアン、見て! この子、他の花と咲き方が違う……! 花弁の魔力脈が螺旋状に展開してる……変異種だ! 奇跡の花に、さらに新しい進化が生まれたんだよ!!」



リズは目を輝かせ、まるで未知の宝物を発見した子供のように歓声を上げた。







シアンとリズから放たれた極甘な『愛の波長』は、第7研究室の窓際に位置するユリウスの執務デスクにまで致死量のノイズとして届いていた。


やれやれと眉間を揉んでいたところへ、リズの大きな声が響き渡る。



「ユリウスーー!!ちょっと、来てくれる!?」



様子を確認すべく、ユリウスはクロムを従えて中庭へと足を運んだ。



「ねえ見てよこれ、アズライト・リリーの変異種!変異種の自然発生確率論の通りなら、数万……いや、十万分の一の発見かもしれない!!」



リズが指差す先には、確かに一輪だけ、周囲の青色とは異なる――深い瑠璃色と銀色の魔力光を螺旋状に放つ花が咲いていた。



「……ほう」



ユリウスの右目、特異体質たる『魔眼』に鋭い緑光が宿った。


不可視の魔力波長を視透かすその瞳が、変異種の放つ複雑な魔力回路を瞬時に解剖・解析していく。



「これはまた、魔導業界の根底を揺るがす大発見になるかもしれないな……」



ユリウスが口角を上げた瞬間、シアンがすかさず冷徹な声で牽制を入れた。



「ご安心下さい、既に第7研究室のメインサーバーへのデータ同期は完了しています。学会への提出書類の草案も、私のバックグラウンドプロセスで80%作成済みです」


「さすが義兄上、手回しが早すぎる」



ユリウスは右目の光を収め、どこか満足げに、そしてひどく穏やかな笑みを浮かべた。



「一度目のアズライト・リリーの奇跡には立ち会えなかったが……今回は、俺も立ち会えそうだな」



その隣で、クロムは静かに手元のメモ帳を走らせていた。


高精度の視覚センサーで変異種を記録し、彼らの言葉を一言一句漏らさずに書き留めていた。



(……十万分の一の確率、か)



ユリウスは内心で推論を回す。


果たしてそれは、純粋な自然環境のバグだろうか。


それとも――先ほどまでこの空間に充満していた、あの二人の理不尽なまでの『愛の波長』が、植物の魔力脈に干渉し、奇跡を誘発したのだろうか。



(いや……まさかな)



最高峰の論理を司る天才研究者は、自らの非科学的な推論をフッと鼻で笑い、静かに咲き誇る瑠璃色の花を見つめた。





***





やがて、中庭に差し込む光は、穏やかな夕暮れの茜色へと変わっていった。


変異種の初期解析を終えたユリウスが、白衣のポケットに手を突っ込みながら息を吐く。


リズはまだ名残惜しそうに、瑠璃色の花を見つめていた。



「……リズ、そんなに見つめては花が照れてしまいますよ」



シアンが甘やかな声で囁き、彼女の肩を引き寄せる。


再びその場を満たし始めた甘い空気に、ユリウスはやれやれと肩をすくめた。



「……長居は無用だな。邪魔になる前に、俺は戻るよ」



ユリウスが踵を返し、足を踏み出そうとした、その瞬間だった。



「マスター、皆様。……解散の前に、私から一つの『観測記録』を提示させてください」



不意に、クロムが静かな声で一同を呼び止めた。


振り返った三人の前へ、クロムが銀髪を靡かせながら一歩進み出る。



クロムがこれまでの間、静かに記録し続けてきたもの。


それは当初、狂信するシアンの完璧な所作や、暗殺スタイルのエミュレート(模倣)のためのデータ群に過ぎなかった。



だが――マスター・ユリウスが淹れる苦いコーヒーの味。


リズが語って聞かせてくれた過去の苦難。


シアンが全知全能の未来予測を破棄してまで選んだ、不完全な「愛」の話。


異国の地で出会った、不器用で狂信的な兄妹たち。


冷徹な論理の海の中で生まれた、名もなき感情の波紋。



それらはいつしか、彼の演算コアを温かく満たす『思い出』という名の宝物になっていた。



「私のストレージに蓄積された、これまでの時系列と記録。……これらを一つの形にまとめたら、とても素敵な物語になるのではないかと思いまして」


「……物語、だと?」



ユリウスが驚きに魔眼を見開く中、クロムは背後に隠し持っていた一冊の分厚い本を、恭しく差し出した。



それはマスターの盾としての論理でも、シアンの模倣でもない。


クロムという一個の魂が紡ぎ出した、不器用で純粋な自我の表情だった。



夕暮れの中庭に差し込む光が、その重厚な表紙を静かに照らし出した。


最高峰の魔導AIが、「心」という純粋な衝動によって編み上げた世界でただ一つの奇跡の記録。


そこに刻まれていたのは、彼らが命を懸けて守り抜いた聖域の名を冠するタイトルだった。



『第7研究室に咲く奇跡の花』





〈完〉






本作はこれで完結です。

最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!


挿絵(By みてみん)




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