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第24話 ユリウスの追憶〈前編〉



ユリウスにとって、遠い過去の記憶。

時にして、二十二年前。



巨大研究機関の最高権力者である父、グライア理事長の周囲には、常に多くの大人たちが群がっていた。


彼らは揃ったように仕立ての良い服を纏い、洗練された礼儀作法をこなし、口を開けば耳障りの良い言葉と賞賛を並べ立てる。


表向きは、知性と品格に溢れた優秀な学者や官僚たちだ。



しかし、十二歳の頃のユリウス・グライアの右目――常人には不可視の魔力波長すら視覚として捉える特異体質『魔眼』には、彼らの真の姿がひどく醜悪なものとして映っていたのだ。


優雅な微笑みの裏で渦巻く、どす黒い嫉妬や野心。

そして、互いを蹴落とそうと腹の底で煮えたぎる悪意。


ユリウスの右目には、それらが吐き気を催すような魔力波長として映り、常に視界を淀ませていた。



「人間とは、感情という制御不能なバグに支配された、醜悪なエラーの塊だ」



少年時代の彼の頭脳は、極めて冷徹な論理で世界をそう定義していた。


醜い大人たちに嫌気がさしたユリウスは、いつしか他者への関心を完全に断ち切り、冷たい知性の殻の中へと心を閉ざしていった。




彼が『それ』に出会ったのは、ある静かな午後のことだった。



父が不在の書斎。退屈しのぎに部屋の中の魔力波長を視透かしていたユリウスは、分厚い壁の奥に、極めて高度な「不可視の魔力ロック」が幾重にも施された隠し金庫が存在することに気づいた。


機関のトップが厳重に秘匿する金庫。常人であれば存在に気づくことも、開けることも叶わない代物だ。


しかし、ユリウスの魔眼にとって、それは複雑に絡み合った糸の結び目に過ぎなかった。

彼は右目に魔力を集中させ、鍵となる波長の綻びを的確に見抜き、論理的に解きほぐしていく。


数分後、微かな駆動音と共に、分厚い鋼鉄の扉が開いた。


金庫の奥底から出てきたのは、莫大な財宝でも、国家を揺るがす機密文書でもなかった。

それは、古びた羊皮紙に描かれた、極秘設計図の束。


それを目にしたユリウスは、次の瞬間、雷に打たれたように硬直した。



『理想のスパイ用魔導人形』



そこに描かれていたのは、人間のようなどす黒い感情バグが入り込む余地など一切ない、完璧な数式と論理だけで構築された至高の美しさだった。


冷徹で、無駄がなく、与えられた目的を完璧に遂行するためだけに最適化された究極のシステム。


同時に、野心家である父が己の美意識のすべてを注ぎ込んだであろう、非の打ち所のない完璧な容姿。



「……美しい」



無意識のうちに、ユリウスの唇から感嘆の吐息が漏れていた。


人間の醜さに絶望していた少年の前に提示された、一切の感情を持たない「完璧な存在」。


現代の魔導技術では到底具現化できないであろう存在。


だが、ユリウスの天才的な頭脳は、その数式の奥底に眠る無限の可能性を確かに感じ取っていた。



(この完璧な存在を、俺の手で具現化してやる。あの野心家の父を、そしてこの淀んだ醜悪な世界を、俺の論理で超えてみせる……!)



それは、彼が魔導AIという未踏の領域に己の生涯を捧げることを誓った、全ての『原点』となる出来事であった。





***





その数年後。十六歳になったユリウスは、王立アカデミーの門をくぐった。


圧倒的な頭脳と、魔眼による卓越した魔力制御。彼は瞬く間に頭角を現し、周囲から一目置かれる存在となった。



だが、彼の平穏な学生生活は長くは続かなかった。



ある実技演習でのこと。


彼は魔眼を通して、目の前の同級生たちが引き起こすであろう『致命的な魔力暴走』を予見したのだ。



(あの術式は論理が破綻している。このままでは暴発によって教室全体が大惨事に至る)



ユリウスの術式により、暴走は無傷で鎮圧された。


しかし、事態を収拾したユリウスは、再発防止のために極めて合理的な「原因の指摘」を行ってしまった。


根本原因となった相手の個人的な記憶を読み取り、公の場で淡々と追及してしまったのだ。


彼にとっては、極めて合理的な救済方法だった。



しかし、その特異すぎる能力が露見した瞬間、周囲の態度は一変した。



『心の中を覗く化け物』



彼に向けられたのは感謝や称賛ではなく、生々しい恐怖と、嫌悪の波長。



昨日まで愛想笑いを浮かべていた同級生たちは、その日を境に彼から離れていった。



完全に孤立したユリウス。だが、彼は冷徹な態度を微塵も崩さなかった。



(くだらない。他者など不要だ。俺には、完璧な魔導AIの数式さえあればいい)



遠巻きに向けられるドロドロとした悪意の波長を無視し、己の論理をより鋭利に研ぎ澄ませていった。


同時に、「記憶ダイブの術式」は二度と行使しない事を決意し、自分の中の奥底に秘匿した。




そんなある日。


いつものように図書室の片隅で一人、魔導AIの基礎理論を構築していた時のことだ。



「ねえねえ、ここ空いてる? 一緒に勉強してもいい?」



不意に、隣の机にドサリと分厚い植物学の魔導書が積まれた。


ユリウスが不快げに顔を上げると、そこには太陽を思わせる深紅の髪をした少女が立っていた。



彼女の名は、リズ。


最近、並外れた直感と魔力容量で教師たちを驚かせている、変わり者の女生徒だ。



「……他を当たれ。俺の隣に座れば、お前も『化け物』の仲間入りになるぞ」



ユリウスは冷酷に言い放ち、右目(魔眼)の出力を上げた。


どうせ彼女も、腹の底では恐怖や好奇心、あるいは教師への点数稼ぎといった打算を抱えているに決まっている。その醜い波長を暴き立てて、追い払ってやるつもりだった。


だが――魔眼が視透かした彼女の深淵は、ユリウスの予想を完全に裏切るものだった。



「えー? 化け物ってなに? ユリウスのその目、本当のことが視えるすっごい目なんでしょ? 魔導学の真理に一番近いじゃん!」


「……は?」


「試しに今やってみてよ!例えば…じゃあ、私が今何を食べたいと思ってるか当ててみてくれる!?」



ユリウスは絶句した。


彼女の魔力波長には、悪意も、裏表も、嫉妬も、打算も、一切存在していなかった。


そこにあったのは、純粋な好奇心と、相手を絶対的に肯定する、太陽のように澄み切った温かい光だけだった。



(なんだ、こいつは……)



完璧な数式だけで世界を構築しようとしていたユリウスの論理に、突如として混入した規格外のノイズ。


しかし、彼はため息をつくと、冷静に否定した。



「……よく誤解されるが、あの術式は読心術とは違う。だから、考えてる事を正確に読み取るなど不可能だ」



ユリウスは頬杖をつくと、リズの方に向き直し、言葉を続ける。



「それに…俺はあの術式を封印したから、そう簡単には使えん。残念だったな」


「ええ〜〜、それは残念……」



それは、後に彼から幾度となく首席の座を奪い、彼の淀んだ世界における唯一の「理解者」となる少女――リズとの、決定的な出会いであった。






お読み頂きありがとうございました。


第二部は明日(4/10 深夜0:00更新)完結致します。


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