第22話 絶望の淵より、判明する新事実
巨大研究機関の最上階。
深夜の静寂に包まれたユリウス専用の執務室は、無数の魔導モニターが放つ冷たい青光に支配されていた。
机上には古びた魔導書と、最新鋭の解析デバイスが散乱している。
特命幹部という重職に就き、辺境の第7研究室に入り浸るようになった今でも、ユリウス・グライアの根源は狂気的なまでの知的好奇心に突き動かされる一人の研究者であった。
「……やはり、何度見ても常軌を逸しているな……」
ユリウスはモニターを睨みつけながら、冷めたブラックコーヒーを流し込む。
画面に映し出されているのは、第7研究室の地下演習場で行った『リズの精神へのダイブ』のログデータだ。
義姉であるリズの精神の深淵に潜り、第一周目の彼女が遺した「祈り」と、星にトドメを刺した「極彩色の魔力流星群」の波長を数値化した、唯一無二の記録。
完璧な論理の結晶である魔導AIが、なぜ感情を獲得したのか。
そのメカニズムは既に証明されている。流星群が放つ規格外のエネルギーが、彼女による壮絶な祈りをトリガーとし、物理法則すら書き換えて具現化させたのだと。
事象の解明としては、それで完璧なはずだった。
しかし、ユリウスの右目――不可視の魔力波長を捉える特異体質『魔眼』は、抽出されたログの深層に、妙な違和感を捉え続けていたのだ。
「流星群の魔力は、あくまでも『自然現象』に過ぎないはず。……そこに、こんなものが混ざるはずがない」
ユリウスはキーボードを叩き、ログデータの階層をさらに深く、極限まで掘り下げていく。
抽出された純粋な祈りの波長。星を焼き尽くすほどの流星群のエネルギー。
それらを幾重にもフィルターにかけて削ぎ落とし、下層に残った「淀み」。
モニターの最下層に、それは現れた。
魔眼の出力を最大まで引き上げたユリウスの網膜には、それがハッキリと視えていた。
「……これは」
視認した瞬間、肌を粟立たせるような悪寒がユリウスの背筋を駆け上がった。
それは見知らぬ他者の悪意ではない。極めて馴染み深い、しかしひどく絶望に塗れた波長。
――「淀み」には、他ならぬ、ユリウス自身の魔力波長が含まれていた。
「どういうことだ……なぜ俺の魔力が、第一周目の魔力流星群の中に混ざっている……?」
その瞬間、視界が激しく歪み、ユリウスの脳髄に直接『第一周目の自分』の最期の記憶が、濁流のごとく叩き込まれた。
『――ぐ、ぁっ……!』
フラッシュバックする壮絶な光景。
そこは、海を隔てた異国の暗部。放棄されたはずの旧魔力炉跡地。
アカデミーを卒業後、異国で魔導AIの研究に没頭していた第一周目のユリウスは、いち早く気づいていたのだ。
世界を覆い尽くそうとしている魔力汚染が、単なる自然災害ではなく、異国の暗部が企む非人道的な陰謀を含んでいたことを。
彼は単独で敵の中枢へと乗り込み、破滅の元凶を叩き潰そうとした。
しかし、彼の最高傑作となるはずだった防衛用魔導AI――『盾』は、未だ完成していなかった。
圧倒的なまでの暴力、あるいは卑劣な罠。
黒幕の放つ致死の魔力攻撃をまともに浴び、第一周目のユリウスは絶望の海に沈み、無様に崩れ落ちた。
(……俺が創る魔導AIは、あの規格外の光すらも完璧に守り抜ける、絶対的な『盾』でなければならない……)
薄れゆく意識の中、死の淵で彼が想ったのは、遠く離れた祖国に残した、「唯一の心地よい存在」のことだった。
太陽のように笑う、深紅の髪の少女。
彼女の住む世界が、やがてこの淀んだ魔力汚染に呑み込まれてしまうという絶望。
『……すまない……俺の、論理が……及ばなかった……』
薄れゆく意識の中、第一周目のユリウスは最期の命を燃やし尽くした。
己の魔力と、黒幕の波長という記憶の残滓を、星のレイラインに乗せて祖国の彼女の元へと飛ばすために。
「――っ、はぁっ、はぁっ……!!」
強烈な共鳴が途切れ、ユリウスは現実の執務室で目の前の机に手をついた。
滝のような冷や汗が全身を濡らし、心臓が警鐘のように早鐘を打っている。
「……そうか。第一周目の世界崩壊は、異国の暗部が引き起こした人為的な陰謀だった。
そして……俺は、奴らに敗れて死んだのか」
ユリウスは震える手で顔を覆い、喉の奥から低く、獣のような笑い声を漏らした。
恐怖ではない。それは己の不甲斐なさに対する、どす黒い怒りと悔恨だった。
あの流星群の中に溶け込んでいた自分の波長は、自分自身の無念の残滓に他ならない。
「……これを、義兄上に報告すべきか?」
ユリウスは言葉を零したが、すぐにその考えを自ら嘲笑って打ち消した。
シアンの行動原理は、今や「リズの安全と幸福」のみで構成されている。
もし「異国に第一周目のリズを死に追いやった元凶があり、この第二周目でも脅威になる可能性がある」と論理判定を下せば、あの化け物は一切の躊躇なく、海を越えて異国そのものを物理的に灰にしてしまうだろう。
だが、ユリウスの矜持がそれを許さなかった。
「ふざけるな。第一周目で俺が犯した敗北の尻拭いを、あの過保護な義兄にさせるわけにはいかない」
ユリウスはギリッと奥歯を噛み締め、右目の魔眼に鋭い緑光を宿した。
これは自分自身の問題だ。
究極の「盾」となる至高の魔導AIを創り上げると誓った、研究者としてのケジメである。
幸いにも、第一周目の最期の記憶から、自分を死に追いやった「黒幕の波長」と、陰謀の拠点である「旧魔力炉跡地」という決定的な座標は掴んだ。
「第二周目ではリズの『アズライト・リリー』によって魔力汚染が浄化され、奴らの陰謀は一度頓挫しているはずだ。
だが、組織そのものが消滅したわけではない……地下で息を潜め、新たな脅威を企てているに違いない」
ユリウスは立ち上がり、窓の外――王都の夜景の向こう、遠く海を隔てた異国の方角を冷徹に見据えた。
「……今度こそ、俺の論理と、完成させた最高傑作で、貴様らを根絶やしにしてやる」
夜明け前の冷たい静寂の中。
窓ガラスには、特命幹部ユリウス・グライアの唇に浮かぶ、残忍かつ美しい微笑みが反射していた。
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