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非リア充の男子高校生が異界から来た観葉植物とイチャつく話  作者: 武藤一光
第5章

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第25話 真打登場、大物は遅れてやってくる

 事前に始末したはずの淡雪草がまるで幽霊のようになに食わぬ顔で登場したとあっては面食らわない筈がない。

 優子は目の前の光景にあからさまに動揺した様子で震えていた。


「残念ながら品評会はたった今終了した。おぬしは確かにエントリーしておったが、時間内に現れなかったため、失格とした」


 将軍の言い分に言い返したのはてふてふだった。


「ほう、こちらの淡雪草がその優子とかいう小娘の淡雪草よりも美麗であってもか」

「なにぃ?」

「まあ盛り上がるのならいいではないか。とうっ!」


 てふてふは五メートルほどの高さの塀から派手に宙返りを繰り返しながらステージの上に飛び降りた。

 遅れて晴太がてふてふの用意したロープを伝い、ゆきとともにゆっくりと滑り降りていく。

 優子は堪らずクロを抱えたまま、二人の方へと詰め寄った。


「ちょっとあなた! どうして死んだはずの淡雪草が復活してるの!? しかも花まで付いてるし……。一体なにをしたっていうの?」


 晴太はてふてふと顔を見合せ、悠々と答えた。


「俺も知らなかったんだけど、このグラスワールドにはそれぐらいの奇跡をやってのける凄い植物が生えているんだよ」

「なっ! クロ、それ本当なの?」

『まあ、あるっちゃあるが。あの坊主がそれに辿り着くとは思っちゃいなかったんだよ。悪く思うなよ』


 将軍は審査員席から動かず、彼らのやりとりをじっと見ていた。

 晴太はいい機会だと思い、もう少しだけ優子と話をしてみることにした。


「君は多分だけど、俺と似ているんだと思う。常に人と距離を置きがちで、淡雪草との世界がすべて。だから君も俺とおんなじで、この世界に来てからもずっと淡雪草に頼りきりだった。そうなんじゃないか?」 

「ふ、ふざけないで! あなたなんかに私のなにが分かる!」


 優子の瞳孔は開いており、感情が剥き出しになっているのが見て取れた。

 と、ここでてふてふが横から口を挟んだ。


「そうだぞ分からんぞ。調べたところこいつは悪名高きまとめサイト、ででペロ速報の管理人でかなりあくどいことをやっている。それに前にも言った通り、その淡雪草の力で既に何人か消している。君とは相容れないレベルの悪人だ」

「ででペロ速報!? まさか、一時期インペリアル・コードのネガキャン記事ばっかり書いてたのって……」

「そう、私だけど。だったらなに?」

「おのれ、お陰でどれだけプレイヤーが肩身の狭い思いをしたと思ってるんだ!」

『……? 晴太、 インペリアル・コードとはなんです?』

「ああいや、今はそれどころじゃないか」


 晴太と優子のささやかな会話はこれにてお開きとなった。

 次に優子は茶番は終わりだと言わんばかりに人差し指を晴太の顔に向けると、凄い剣幕で睨みつけながら言った。


「どうやって私の素性を調べたのかは知らないけど、あなたたちは生かしてはおけない。鬼灯紅子、やってしまいなさい!」

「はっ!」


 鬼灯は鞘に手を掛け、得意げに抜刀の体勢へと移行した。

 しかしその途端、彼女はガチガチと歯ぎしりをさせながら大量の汗を噴き出し、その場で動けなくなってしまった。

 殺気、あるいは威圧感。

 そうした言葉一つでは片付けられない格としか言いようがないものが、彼女の体の自由を奪っていた。


「紅ちゃん。まさか忘れたのか? わたしと君でどちらが格上なのかすら」

「ぐぬぬっ……、優子様っ! やはり私ではてふてふ社長に敵いません! 手を出したら一瞬で全裸にされるくらい大変な目に遭うと私の達人としての本能が叫んでいます」

「ちっ、どうなってるの。クロ、あいつらをやっつけられないの?」

『残念ながらその女と同じだな。あのガキの強さは人間のレベルじゃない。下手に触れたら返り討ちにされるのが関の山だぜ』

「こらッ!! おぬしら、いい加減にせんかッ! 伝統あるこの品評会の場での乱闘騒ぎは許さんぞ!」


 場の空気を一瞬にして変えたのは将軍の威厳溢れる怒鳴り声だった。

 優子はその直後に放たれた周囲からの白い目により、ステージの上にはいられなくなった。

 続いて空気を読んだのかてふてふも下がり、ステージの上には晴太とゆきだけが取り残された。


「よもやよく愛情を込めて育てられた貴重植物の淡雪草を一日に二度も見るとはな。それに良く見ると、おぬしのそれは花を付けておるではないか。少年よ、品評会の参加復帰は特別に許可する。余にその淡雪草の魅力を存分に見せつけてはくれぬだろうか」

「はいっ! お任せください」


 晴太は元気よく答えると、ステージの中央にそっとゆきを下ろした。

 広々とした木目のステージには屋根がなく、日差しの暑さが立つ者の身に直接降りかかってくる。

 しかし晴太はそれ以上に、多くの異界人からの突き刺さるような熱視線を感じていた。


「ゆき、緊張してるか?」

『いえ全然。緊張しているのは晴太の方でしょう? 人前に立つのは苦手な癖に、あんな大見得を切ってしまって。私の葉でも食べて緊張を解しますか?』 

「いやいい。俺が震えているように見えるならそれは武者震いだ。俺はな、今猛烈にワクワクしてるんだ。なんせお前の美貌をこんなに大勢の人の前でアピールできるんだからな」

『了解です。晴太、一世一代の晴れ舞台で輝く私の姿を目に焼き付けてくださいね』

「ああ……。ったく、お前はブレなくて頼もしいな」


 晴太が緊張していないというのは嘘である。

 ゆきの葉が一枚でも欠けることによる容姿の欠損を嫌い、あえて葉の力を頼らなかっただけで、本当は緊張で足の震えが止まらないでいた。

 彼は顔を上げ、改めてそこから見える景色を見回した。観衆はざっと三百人は下らない。にもかかわらず静まり返った、張り詰めた空気が尋常でない注目度を物語っていた。

 勿論、晴太の頭の中にはゆきの魅力を語る台詞はいくらでもある。

 しかしそれが途端に出てこなくなっていた。

 一方、ゆき本人はそんな相棒の弱気とは対照的に、枝葉をピンと立て、堂々と佇んでいた。

 そして次の瞬間、ゆきはなにを思ったのかふと茎を捻じ曲げ、小さな可愛らしい花の付いた頭を晴太の方へと向けたのだった。


「……ゆき、お前」


 その道に携わる者なら常識であるが、演者が客席に背を向ける行為は本来ならばご法度である。

 しかし晴太にとってその行為は、ゆきが衝動を抑えきれずに自分に微笑みかけたようにしか見えなかった。

 この舞台に立てるのが嬉しくて仕方ない。

 だからその喜びを相棒と共有したい。

 言葉は発していなくても、彼にはその思いが手に取るように理解できた。

 そして晴太はハッとした。

 彼は覚悟を決め一歩前へ出ると、大きく息を吸い込んで第一声を発した。


「それでは見てください! こいつが俺の相棒のゆきです! 名前の由来は淡雪草からですが、雪のように可愛いからゆき、こいつとはもう十年以上も付き合ってきました!」

「ほう。しかしその淡雪草は花を付けておるな。確か十年に一度花が咲くのだろう?」

「その通りでございますお殿様! ご覧ください! この光の当たり具合によって真珠のように色味が変わる、小ぶりで肉厚なプリプリとした花びらを! ゆきは丁度今、まさにこのタイミングこそが生涯でもっとも美しい状態であります!」

「おおっ!」


 ギャラリーから歓声が沸き起こる。

 ゆきは晴太の紹介に合わせ、花を客席の側に向けさせていた。

 将軍は身を乗り出し、様々な角度から食い入るようにその花を見つめている。

 しかし、熱くなり出した晴太の説明はまだ始まったばかりであった。


「花ばかりに目が行きがちですが皆さん、枝や葉の方もちゃんと見てやってください! 元気で自信満々なこいつの性格を体現するかのようなこの挑発的なまでに上を向いた枝! 弛まぬ手入れの甲斐あって、見ていて吸い込まれそうになるほど気持ちのいい葉の深緑! この緑があってこそ、コントラストにより花の白が際立って美しく見えるのです!」

「確かに、なるほどのう……」


 晴太の一言一言にシンクロするかのように、ゆきが持ち前のナルシスト全開で気取ったポージングを重ねていく。

 その度に将軍たち審査員一同が唸り声を上げる。

 晴太にとってはその声がまるで自分自身が褒められているようで、なににも代えがたい快感だった。


「うむ。確かに盆栽としての完成度はこれ以上ないほどに素晴らしいものだな。さきほどのクロとやらは演出頼りなところもあったが、本来盆栽とはこのようなものだろう。少年、おぬしの紹介はこれで終わりか?」

「えっ。あ、はい。えーと……」

『晴太、まだです! 晴太に磨いて貰った私の美しさは、まだまだこんなものではありません!』


 正直、晴太の中では自分の知る相棒の魅力はもう存分に伝えられたという手応えはあった。

 しかし、当の本人がまだと言うなら彼にここでやめるという選択肢はない。


「言うじゃないかゆき。だけどぶっちゃけこっから先は俺も知らない領域だぞ?」

『たとえ演出面の一点であっても、あの黒い淡雪草に遅れを取るつもりはありません。さあ叫んで下さい、デンジャラスローズの必殺決めセリフを』


 デンジャラスローズとはインペリアル・コードに登場する、ゆきによく似た植物モチーフのキャラクターの名称である。

 晴太はなんの疑問も持たず、ノリと勢いで力強く叫んだ。


「咲き誇れ! フルブルーム・ミラクル!!」

『全・力・開・花!!』


 ゆきの全身が暖かい光に包まれながら、グングンと成長し始めた。

 全方向へ網の目のように広がった枝葉がステージのみならず、庭全体にまで行き渡るのはすぐだった。

 その至る所には小さな白い蕾が付いており、フルブルームの名の通り、それらが間髪入れず、中央から順に一斉に咲き乱れた。

 花たちはぼうっとした星のような煌めきを放ちながら、地を這うように伝播していく。

 無音の場内は瞬く間にゆきの花の甘い香りで満たされ、誰も彼もが大きく口を開け、その魅力に取り憑かれていた。


『咲き誇れ私! 輝け私! 私最強! 超・カワイイっ♪』

「おおっ……、なんたる幻想的な光景よ。余は、余は……夢でも見ているのか」

「殿、これは現実ですぞ。現実のまま我々は桃源郷に誘われておりますな」


 晴太はもはや半笑いになるしかなかった。

 そして同時に彼はその瞬間のステージから見たゆきの姿を、一生忘れまいと胸に刻み込んだ。


「うむ、もはや誰も文句は言うまい! 優勝はヒロハシ・ハレタの淡雪草、ユキ! さあこちらに参れ。植物王様もさぞかしお喜びになることだろう」

「うおおおおおおおおお! ユキ! ユキ! ユキ!」


 盛大な大喝采と拍手に包まれながら、晴太とゆきは表彰台に上った。

 その結果に対して不服そうな顔をしていたのは、若干一名を除いて誰もいなかった。


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