第26話 ゆき、植物王の力を得る
「これが植物王“キングブロッサム”……。グリンエンペラーも凄かったけどこれはまた……。しかし気になってたんだけど、和風の世界観なのになんでこの二つだけ横文字なんだ?」
『こっちの言葉を翻訳したときの私のワードチョイスですのでお気になさらずに。それにしてもさすがは植物王、お会いするのは初めてですが凄まじい存在感ですね』
早速晴太とゆきは将軍の計らいにより天守閣の内部に招かれ、植物王と面会していた。
中央が吹き抜けになっている巨大な天守閣を貫通する大木には人の背丈ほどの大きな花が一輪だけ付いており、グラスワールドの創世以来、ずっと咲いていると言われている。そしてその花こそが植物王の顔であり、また本体でもあった。
赤と黄色の刺々しい色をした五枚の花弁に包まれた雌しべより、低く落ち着いた声が発せられた。
『そなたが此度の品評会の優勝者か。うむ、一目見て申し分ないと分かる。随分と愛情を注いで育てて貰ったのだな』
『いえいえ、それほどでも。ありがとうございます植物王様』
さすがのゆきも受け答えには若干の緊張があったのか、声の震えが見受けられた。
一方の晴太はゆきでも緊張することがあるのかと、その方が気になっていた。
『褒美としてそなたに我が力を分け与えよう。どのような力を欲するか、言うがよい』
晴太とゆきは顔を見合せ、同時に頷いた。
そして今度は晴太の口から述べた。
「ゆきに俺たちの世界の人間を傷付ける、他の淡雪草の力を封印する力を与えてやって下さい」
『そんなもので良いのか。もっとこう、そなたらの欲望を満たすものでも良いのだが』
『はい、二人で話し合って決めたことなので』
『……良かろう。その程度容易きこと。ゆきよ、そなたに我が加護を与えん』
花の中央部から光の玉が放たれ、ゆきはそれを受け取った。
植物王とのごくわずかな面会時間はそれで終了し、晴太たちはすぐに城の外へと出された。
一見するとゆきの外見には全く変化は見受けられず、晴太は不思議そうに尋ねた。
「ゆき、なんか変わったか?」
『はい。確かに私の中に新たな力が滾っているのを感じます。これならあの黒い淡雪草の力も余裕で抑えられそうです。やっぱり植物王様は凄いです』
「ふーん。見た感じじゃ分からないけど、そういうものなのか」
二人が城から出ると、城門の前で優子がてふてふに捕らえられていた。
クロを取り上げられ、縄で両手をぐるぐる巻きにされた優子は不貞腐れた様子で下を向いている。
そんな彼女の頬を、鬼灯がなにやら強い言葉を浴びせながらひたすら刀の鞘でつついていた。
「よくもこの私を洗脳し顎で使ってくれたわね。絶対に許さないわ。ボッコボコにしてあげるから覚悟しなさい!」
「こらこら紅ちゃん。あまり荒ぶるなよ。そもそもあっさり洗脳されたのは君の忍者としてあるまじき失態だろうが。この子にはわたしが段階を踏んできっちりと尋問するから、なあ明石優子ちゃん」
優子はやはり二人とは目を合わせず、てふてふに捕らえられたクロに向かって吐き捨てるように言った。
「どういうことなのクロ。どうしてこの女の洗脳が解けてるの?」
『わからねえ。だがさっきからオレ様の力が何者かに妨害されている気がするぜ』
晴太はゆっくりと彼女たちに近づいた。
彼の気配に真っ先に気付いたのはてふてふであったが、全速力で彼のもとへ駆け寄り、頭を下げたのは鬼灯の方だった。
「ごめんなさい広橋くん! ゆきさん! 私、操られていたとはいえ大変なことをしてしまって。本当にごめんなさい」
「あー、いいって。ちょっと前からのロードになっちゃったけど、こうしてゆきも生き返ったし。なあゆき」
『はい。私はそもそもやられたときの記憶がありませんし』
晴太は鬼灯の顔から視線を外し、敗者となったもう一人の淡雪草の持ち主の方を見た。
優子は顔を上げ、明らかに恨めしそうな顔で晴太を睨んでいる。
「同類さん。クロの力が使えなくなったのはもしかしてあなたの仕業?」
「ああうん。ゆきが植物王から貰った力で、君の淡雪草が悪さしないように力を封じ込めさせてもらってる」
「なるほどやっぱりそういうこと……。クソがっ!」
優子は特大の舌打ちとともに悔しさを露にした。
晴太にはやはりそんな彼女がどこか自分と重なって見えるのか、素直にいい気味だとは思えなかった。
「あのさ。もし君の淡雪草が優勝していたら、君は本当にゆきやてふてふさんが言うように大量の人間を消していたのか」
「さあ。でも、私は人間が大嫌い。いくらでも消えてしまってもいいと思ってる」
「……てふてふさん。この人、どうするんですか?」
てふてふは顎に手を当て、少し考えるような素振りをして答えた。
「どうしたものかな。確かに君たちのおかげでこの子を暗殺しなくとも大事件は未然に防げたが、この子が既に淡雪草の力で数人の存在を消し去っていることは事実だ。それは例えどんな理由であったとしても、許されることではない。しかし文字通り超能力による犯行で、仮に警察に突き出したとしても証拠がなく立証は不可能だ。ゆえに司法で裁くことも出来ない」
「だったらそれで終わりでしょ。警察に手が出せない事件をあなたたちが正義の味方面して裁く権利でもあるっていうの?」
優子がふてぶてしくも反論してみせたが、しかしこれがてふてふには無意味であることを晴太は知っていた。
「権利はなくとも政府に黙認はされているかな。まあ、例え認められていなくても私は構わず私刑をやるぞ。人智を超えた力を利用した悪事から世の秩序を守るためには、人智を超えた者が裁かねばならない。それが理というものだ」
てふてふが鞘から短刀を抜いた。
鈍い輝きを放つ抜き身の刀身はこれまで不敵な態度を取ってきた優子を怯ませたが、それと同じくらいに動揺したのが晴太であった。
「ちょっ、冗談ですよねてふてふさん。結局そうするんじゃ俺たちがやってきたことはなんだったんですか」
「うむ、だから決めかねている。品評会での君たちの優勝はわたしの中でこの子を抹殺する可能性を百パーセントから五十パーセントにしたに過ぎない。元々、この子らはなんらかの形で罪を償わねばならんのだ」
「そんな、無茶苦茶ですよ……」
その気になったてふてふが自分の手に負えないことは晴太には分かりきっていた。
折角の品評会優勝が台無しとなる、あまりにも後味の悪い幕切れ。
晴太が己の無力さを嘆くなか、彼の思いも寄らぬことを言い出したのはクロであった。
『ハッ、罪を償えっていうんならオレ様だけを殺しな。やったのは正真正銘犯罪者のクズのような人間どもだったが、こいつを焚きつけたのはオレ様で実行したのもオレ様。こいつは巻き込まれただけだ。だからよ、オレ様を殺す代わりにこいつは軽い説教程度で許してやっちゃくれねえか』
「クロ、なにを言ってるの!?」
『優子、力を無くしたオレ様はお前にとっちゃ愛する価値もねえよな。分かってるぜ。あばよ』
晴太は本来、漫画などでの悪役による泣き落とし展開は好まない。
しかし彼はそのとき、優子の頬から光るものが伝い落ちるのを確かに見ていた。
「馬鹿! クロはなんにもわかってない!」
『なんだよ優子。泣くなんてらしくねえ真似しやがって』
「私はクロさえいればそれでいい、力なんて要らない! クロは独りぼっちで闇でしかなかった私の人生を楽しくしてくれた! クロが死ぬんなら私も死ぬ!」
つい先程までニヒルな笑みを浮かべていた優子が思い切り泣き崩れていた。それは先程までのイメージからは想像もつかないほどの泣きっぷりである。
しかし、それでもてふてふの厳しい表情は変わらなかった。
「勘違いしているようだが、そもそも君たちが過去にやったことは片方が身代わりになる程度で帳消しに出来るほど軽くはないぞ」
「……てふてふさん」
「なんだ晴太君。なにか言いたげだな。そんなにわたしが傲慢に見えるか?」
「いえ、そうは言いません。ですが、せめて少しだけでも彼女たちに温情をかけてやってくれませんか。俺からもお願いします」
晴太に出来るのはそれが精一杯だった。
やがててふてふは短刀を納め、気まずそうに頭を掻きながら言った。
「やれやれ、君にそんな目で言われるとはな。ああいや、悪かった。短刀は少し脅かしてやるつもりで出しただけなんだ」
「え?」
「まさかこんな雰囲気になるとは思わなくてな。安心してくれ、最初からどちらも殺る気はないよ」
「じゃあ彼女の処遇は」
晴太の二度目の問いかけに、てふてふは今度は優しく微笑って返した。
「ゆきちゃん、ひとついいか。君が制限したクロ君の力は人を傷つける類いのものだけなのだろう?」
『はい、そうですが』
「なら問題はないな。これから君たちは我がにんにんマーケットの仲間として世の秩序を守るため協力して貰う。それが君たちの償いだ。まあ、うちでの仕事はそれなりにスリリングだから君らには合うと思うぞ」
優子はきょとんとした顔で瞬きを繰り返していた。
晴太はこの強制勧誘の裏には優子たちが良からぬことを考えないように監視する目的があることも見抜いていたが、落しどころとしては丁度いいと思い、あえて何も意見しないことにした。




