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第14話 地獄の勉強合宿に鉢植えを持っていく男

 高校三年の夏、八月二日。

 厳しい猛暑の真っ只中、晴太にとって三度目にして最後の夏休みがやってきていた。

 この頃になると多くのクラスメイトたちの進路も決まり、大学に進学する者、専門学校に進む者、企業に就職する者、家業を継ぐ者などなど、その道は様々である。

 そのうちで晴太含む大学受験組はこの日から一週間、長野の山奥の宿泊施設に篭りきり、地獄の勉強合宿を行う予定となっていた。

 長いバス移動の疲れも抜け切らぬまま、晴太は部屋に着くなりドラムバッグを開け、小さな相棒を取り出した。


「なんだ広橋、またゆきちゃん持ってきてんのかよ。去年の修学旅行のとき以来だよな」


 相部屋の佐藤がにやついた顔で絡んできた。

 晴太にとって数日家を空けなければならない今回のような場合、水やりなどの観点からどうしても旅行先までゆきを連れていく必要があった。

 もちろん他人の目に触れる場ではただの観葉植物に擬態するため、正体がクラスメイトたちにバレたりする危険性はない。ないのだが、そんなときにまで鉢を持ち込む園芸ガチ勢の高校生が稀有な存在であることは確かである。

 晴太は去年の修学旅行で散々周囲から好奇の目で見られ、もはやイジられるのにも慣れていた。


「言ったろ、俺の相棒なんだよ。こいつが傍にいるとマイナスイオンが出て勉強にも集中出来るって言ったら先生が持ち込み許可をくれたんだ。物は言い様だな」

「ま、俺としてもなにもない殺風景な部屋にいるよりかはゆきちゃんがいた方が全然いいけどな。俺も勉強に集中出来るって言ったらスマホ持込み許可してくれっかな」

「それはさすがに無理だろ。なんのためにここに来たんだって言われるのがオチだろ」

「だよなあ」


 佐藤は犬や猫を撫でるような手つきでゆきの葉をスリスリと撫でていた。

 どうやら修学旅行のときにゆきのことを気に入ったらしく、またゆき本人も彼の好意に対してまんざらでもないようであった。

 晴太にはそれが少し面白くなかった。


「ほら、とっとと講義室行くぞ。明日からの授業で使うプリントと課題、取りに行かないと怒られるからな」

「お、おう。さすが広橋やる気だな。お前が相部屋なら俺も弛まないで済みそうだぜ」


 そこで二人を待っていたのは見たことのないようなプリントの山だった。

 この勉強強化合宿のスケジュールは九十分の授業が午前中に二コマ、お昼を挟んで二コマの計四コマあり、その後はすべて自習時間となっている。

 自習時間は各々の判断で授業の予習復習など、文字通り自由に使っていい時間であるのだが、生徒たちには毎日の課題が用意され、午後九時までにすべて終わらせて提出しなければならなかった。

 この時点での時刻は午後四時過ぎ。

 初日のノルマ提出のタイムリミットまでは五時間を切っていた。


「今日の分はこれか。いきなり凄いボリュームだな。先生たちは俺らを殺す気か」

「まあ五時間もあれば楽勝っしょ。とりあえず風呂でも入ってゆっくりしねえ?」

「佐藤、それ死亡フラグ。とりあえず目処がついてからな。少しでも進めるぞ」

「へいへい、そう言うと思いました。しかしお前妙にやる気だな。東大でも狙ってんだっけ?」

「まさか。まあ、そこそこの大学に入れればいいとは思ってるけどね」


 晴太の気合いが入っている理由は二つある。

 まず第一に、ゆきの存在である。

 受験が近づくにつれゆきは彼に対して勉強するように口うるさく言うようになっており、そんな相棒が近くで見ているという事実が、彼に見えないプレッシャーを与えていた。

 そしてもう一つは彼にとっての永遠のマドンナ、島谷美波の存在である。

 佐藤含め他のクラスメイトたちが相次いでインペリアル・コードを引退していくなか、相変わらず晴太と島谷だけはプレイを継続しており、スマホでのやり取りも続けていた。

 最近はそんな彼女から受験勉強を応援するメッセージが増えていたのである。


『明日からの合宿、大変だと思うけど先生も頑張ります。広橋君も頑張ってね(可愛らしいスタンプ)』


 昨夜送られてきたこのような一言が、現在の彼のやる気の原動力となっていた。

 ちなみにその文面の通り、島谷も数学教師としてこの合宿に参加している。

 しかしスマホが没収され、あらゆる通信手段が封じられたこの場所においては、二人の関係性はあくまでも単なる生徒と先生の間柄でしかない。

 部屋に戻るなりすぐに課題に取り掛かった晴太と佐藤であったが、そこで彼らは思わぬ発見をしていた。


「あれ? 佐藤お前」

「ん、どうした広橋さん」

「なんかさっきからやたら鬼気迫る表情で一心不乱にペンを走らせてるからさ。目の前にいる男は本当に俺の知る佐藤なのかなって思って」

「ちょうど自分でも思ってた。こんなに調子が良いのは生まれて初めてだぜ……」


 晴太の知る佐藤という男は、間違っても一時間無言でペンを走らせ続けることが出来る男ではない。


「ま、まさかこれがゆきちゃんの放つマイナスイオンパワーなのか!?」

「いやそんな馬鹿な。マイナスイオンうんぬんは持ってくるための方便で、実際こいつにそんな機能があるわけが」


 晴太は最初、佐藤のその話をまるで信じようとしなかった。

 いまだかつて、ゆきからそのような機能があるなど聞かされたことがなかったからである。

 しかし佐藤は意気揚々とゆきを持ち上げると、高らかに掲げて言い放った。


「いーや、そうに違いない! なんか知らんが凄い集中力の高まる波動がゆきちゃんの方から来ている気がする! 俺霊感強いから分かるんだよ」

「波動だの霊感だのって。いつからそんなキャラ付けになったんだよお前」


 晴太は目線を上げ、ふとゆきの方を見た。

 するとゆきは驚くべきことに得意気に葉で佐藤を差し、彼の言う通りだと頷いていた。

 これは後日晴太がゆき本人から聞いた話であるが、ゆきには元来そのような力があり、佐藤に可愛がってもらったお礼に集中効果のあるアロマの香りをサービスしたとのことである。

 佐藤は快活に笑うと、晴太の背中をポンポンと軽く叩いた。


「なるほどなあ。広橋が最近妙にやる気出してんのはゆきちゃんのお陰か。お前はいつもゆきちゃんといられるわけだから、まったく羨ましいぜ」

「いや、俺はそんな恩恵受けたこと今まで一度だってなかったぞ」


 ゆきがこれまで晴太に対してその力を使わなかったのは、力を頼りたがらない彼の主義に配慮していたからであるらしい。

 しかしこの合宿に来て浮かれ気分になっていたゆきは、つい出来心で存在感をアピールしてしまったのだという。

 そして、それが仇となった。

 ゆきの話は合宿に参加する同級生たちの間で神話のような存在として瞬く間に広まり、気付けば晴太たちの部屋は男女問わず多くの受験生たちが詰めかけるサロンのようになってしまっていた。


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