第12話 ただただヤバい職業体験会
晴太はゆきを連れ、再びにんにんマーケット事務所を訪れた。
相変わらず内装はどこにでもありそうなありふれた中小企業の事務所でしかないが、中にいる面々の絵面が濃い。
そのボスである少女社長、てふてふは社長と書かれた札の立てられた席にどっかりと座り、その両脇には部下である月影と宵闇が腕組みをして立っていた。
「紅ちゃん、案内ご苦労。晴太君は来てくれて嬉しいよ。決め手になったのが君の意図しない事故であったのなら、それはもう運命なのではないのかな」
「あくまでも体験会に来ただけですから。運命とか言われても困るというか」
晴太の発言などお構いなしに、鬼灯が横から口を挟んだ。
「ふふ。私は広橋くんのような同い年の仲間が増えることは嬉しいわ。まあ仲良くしましょうね」
「鬼灯さん話聞いてた? 俺はまだそっちの仲間に入るとは一言も言ってないんだけど。それでてふてふさん、模型の方はちゃんと直してくれるんですよね」
「無論だ。忍者に二言はない」
てふてふは人差し指で机の上のある一点を差していた。その先には綺麗に折り畳まれた黒い服と布の塊が置いてある。
「えっと、その服はなんですか?」
「うちのユニフォームだ。遠慮なく袖を通してくれ」
広げずともそれは一目で忍装束だとはっきり分かるデザインをしていた。
晴太はコスプレのような格好をいきなり強いられる恥ずかしさよりも、あくまで体験会に来ただけなのに服まで用意されている準備の良さに、“重さ”を強く感じた。
「あの、こんな準備までして貰ってなんですけど、本当に俺まだ入るとは」
「分かっている。だがこれは防弾防刃機能付きだ。一応安全のため今日だけでも着用してくれ」
「防弾防刃って……いやいやいや! そんな危険なとこ行くんですか!?」
「まあまあ。それについてはこれから説明するさ」
てふてふたちの視線が無言で着ろと訴えかけている。晴太は仕方なく、用意された忍装束に着替えることにした。
自称中二病患い中の晴太であるが、さすがにノースリーブの忍装束姿には自信がなかったようである。
堪らずゆきに感想を求めると、ゆきは小刻みに震えながら葉を縦に振り、悪くないの意を示すサインを出した。
無論、その震えが笑いを堪えてのものであることを見逃す晴太ではない。
「着ましたよ。これでいいんでしょう?」
「うむ、それじゃあ簡単に今日の仕事の内容について説明しようか。その前に、わが社の活動は大きく分けて二つある。先日言ったように各方面からの依頼をこなすことと、新たな異能力者の調査及び対処だ。後者については稀な仕事で、年に一件あるかないかだな。異能力者は発見次第、能力の悪用がされていないかを観察し、放置あるいは警告という形で対処をする。場合によっては戦闘にもなり得る」
「ああ、つまりはいわゆる漫画でよくある異能力バトルみたいなやつですか。現実でそれをやるってのはちょっと想像出来ませんが……。それで、今日はそのどっちなんですか?」
晴太が不安そうに尋ねると、てふてふはにっこりと頷いて答えた。
「安心したまえ、今日は前者だ。月影、彼に例の資料を見せてやってくれ」
「御意」
月影がおもむろに彼の方へと歩み寄り、一枚の紙きれを手渡した。
「丁度いい案件だけ選んで君に体験させて、騙して入社させるようなブラック企業だと思われたくないのでね。その資料にはここ半年の間でわが社に入った、すべての依頼のリストが載せてある」
晴太が目を通すと、その紙には数にしておおよそ百件ほどの案件が記載されていた。
その内容は実に様々であり、家出猫の捜索や国会議員のボディーガードなどの善行らしいものもあれば、中には諜報や破壊活動、暗殺などといった本来の忍者らしい闇の仕事もちゃっかりと混じり込んでいた。
「ち、ちょっと待ってください。これ、普通に犯罪行為もあるじゃないですか」
「堂々と二度も不法侵入されておいてなにを今さら。我々は忍者だぞ? 止む負えない事情の場合、我々には法を超えた行為をすることが許されている。まあ政府や警察と昔から繋がっていて、実力と価値が認められている証拠だな」
てふてふは相変わらずさらりと言ってのけた。
そして彼女の部下たちも、横にいる鬼灯すらも皆平然とした顔で頷いていた。
「でも、暗殺とかはさすがに。なあゆき」
晴太がゆきに同意を求めると、ゆきは茎を上下に大きく揺さぶった。
するとてふてふは微笑み、
「よく見てみろ、リストの横に×印がついているだろう。それらはすべて断った案件だ。警察が手の付けられない極悪人とはっきり分かっている場合以外、殺しは請け負わないよ。そういうポリシーなのでね」
てふてふの言った通り、リストの半数以上には×印が記されており、暗殺依頼は勿論、破壊工作などの過激な内容は悉く記されてあるのが見て取れた。
「ああ本当だ。よかった、少しだけ安心しました。でもこんなに断わりまくってて、そんな殿様商売で大丈夫なんですか?」
「なんの問題もないさ。ライバルとなる同業者がいるわけでもないし、皆そういうものだと思って駄目元で依頼を出しているからな。というか、この会社の目的自体が千年生きるわたしの暇潰しみたいなものだし、やりたくない仕事はやりたくないのだよ」
「暇潰しって……」
てふてふはここでパンと両手を合わせ、本題を口にした。
「前置きはここらにしておいて、今日の体験会の内容を発表しよう。今回の内容はズバリ、危険な違法薬物を取り扱っている悪い反社会的組織の制圧だ」
「えっ?」
晴太はその瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。
「ん、どうした晴太君。おっかない顔をして」
「いやおかしいですよね」
「なにがだ?」
「今まで散々ヤバい仕事はしないみたいな方向性の話をしておいて、このリストのどの仕事よりも危険そうな内容じゃないですかっ!」
彼の抗議とシンクロするかのように、ゆきもまた全身の枝葉を大きく揺さぶらせて不服をアピールした。
しかし、てふてふはまったくもって眉一つすら動かさずに言った。
「だからそういう仕事が入ってくるまでこちらも数週間待っていたんじゃないか。スリルがないと君も面白くないだろう?」
鬼灯をはじめ他の社員一同も、黙ってうんうんと頷いている。
晴太はあらためてこの集団が常軌を逸していることを認識せざるを得なかった。
「いやあの、スリルとかそういうのは全然求めてないんですけど」
「まあまあ。そう身構えなくてもわたしらがちゃんと君のことは守るから。それにこの間のゆきちゃんの戦闘力を鑑みれば、それも要らないと思うけどな。それともそこのゆきちゃんはヤクザの攻撃からご主人様を守りきる自信がないのかな?」
するとゆきは冗談じゃないと言わんばかりに葉で机をペチンと叩き、自信満々に自らを差した。
「ったく、ゆきお前なあ。……やるしかないのか」
こうして先にゆきの方が乗せられる形になってしまったものの、どのみちお化けの模型を復元して貰わねばならない彼に断る選択肢は最初からない。
人生初の忍者コスプレに、人生初のヤクザ事務所への殴り込み。
この日の彼の一日がとびきり濃密なものになることは、これで確定したのだった。
* * * *
「改めて自己紹介を兼ねて、わたしの仲間たちの能力説明を軽くしよう。月影は火炎使いで起爆札を爆弾代わりに使った戦法が得意だ。直接火も吹ける。宵闇は霧を使った隠密行動のサポート役で、今回も活躍して貰う。紅ちゃんはただ剣が強いだけだがその実力は侮れなく……聞いているのか?」
「は、はひっ。聞いてますよ、ええ」
てふてふに人差し指で頬を突かれるまで、晴太は彼女の話がまったくと言っていいほど頭に入っていなかった。
現場に近づくにつれ緊張と恐怖で彼の手は震えだし、額の汗は止まらなくなっていた。
そんな晴太の膝の上からしきりにゆきが葉で手をさすっている。
自他共に認める小心者の彼が辛うじて正気を保っていられたのは、ひとえにこの小さな相棒のお陰に他ならない。
現在、彼らは月影が運転する車で目標の事務所まで向かっている最中である。
さすがに忍装束にマントやマフラーでは悪目立ちが過ぎるので、この間のみ一時的に皆普通のスーツ姿に着替えていた。なお晴太と鬼灯にはスーツがないので制服着用である。
車を走らせること約一時間。月影がブレーキを踏み、相変わらずの美声を発した。
「到着です、社長」
「うむご苦労。宵闇、霧を頼めるか」
助手席の小柄な男が無言で頷くや否や、車から夜闇よりも暗い漆黒の霧が溢れ出し、辺り一帯を包み込んだ。
そして晴太が窓の外のその暗闇に気を取られている隙に、てふてふ以下にんにんマーケットの一同は一瞬にして例の忍装束姿になっていた。
「宵闇の霧は単に視認性を下げるだけでなく、気配や存在感そのものを消す。先日わたしらがゆきちゃんに気付かれずに君の部屋に忍び込むことが出来たのもそのお陰なのだよ。さ、外で待っているから君も早く着替えて出て来るといい」
てふてふたちがいなくなった車内で、晴太はなかなか着替えに手を付けられずにいた。
彼はひたすら脳内で自問自答を繰り返す。
これはなにかの間違いではないか。本当に自分はこれから暴力団の事務所に殴り込みに行くのかと。
しかしここまで来た以上、逃げ場がないことは明白である。
結局晴太はシャドウボクシングの要領で枝を伸縮させるゆきに励まされながら、着替えて出るのに五分もかかった。
「ふむ。覚悟は決まったかな」
「え、ええ」
「よろしい。それじゃあ行こうか」
てふてふから社員たちに下された指令はただひとつ。
中にいる悪いやつらを見つけ次第コテンパンに懲らしめてやれ――それだけである。
晴太は横並びで正面から堂々とビルに向かっていく四人の後ろを離れないように、ぴったりと付いていった。
「広橋くんのことを守ってあげたいのは山々だけれど、私も思いっきり暴れたいのよね。お守り役は月影さんに任せるわ」
鬼灯は舌をペロリと出し、まるで戦闘民族と言わんばかりに腕をぐるぐると回していた。晴太には到底信じられない感覚である。
「承知した。小僧、晴太といったか。離れるなよ」
「はい……」
晴太は歯を食い縛り、そしてゆきを今までになく強く抱き締めた。
彼が信じるのはただひとつ、自身の相棒のみである。