Color=ChaosDarck
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ココ・ソカはシガーブースのガラス扉枠の支柱に背を付け、煙管の腕を組んでいた。目は完全に獲物を狙っていた。
フィスターはぎこちなくはにかむ口元を強張らせた。急いで鍵を回そうと必死になった。
「ねえいいじゃない」
「や、やや、」
そう彼女の肩に手を掛けしなだれるような声でそう言っては、彼女の顔が自分の香水の付けた耳元に来たのを真っ青になって手錠を外して立ち上がり、ベンチソファーに足をつまづかせ転んだ。
テーブルをまたぎ大理石と銀のスタンド灰皿を倒し、シガーベースのドアを潜って駆け出したた、その腕を後ろから引かれた。
彼女は有名なレズビアンだ。だが自分にそんな気はさらさら無い。
フィスターは腕を払って逃げて走った。
白の空間の色の付いた廊下へ走った。廊下を走り、突き当りに来て見回し、記憶が交差した。扉を開け走り、黒の空間ではなかった。その部屋を抜けて、また他の空間へ繋がり、広い屋敷の中は迷路の様だった。
とにかく走っては見回し、首を傾げドアを幾つも開け、開口部を潜っては色味が増していく。
「あら、さっき通ったはずなのに、」
広い空間が多かった中は空間毎の室内を繋ぎ続けた。どこをどう行けばいいのか、どう来たのか……
女が面白そうに逃げ惑うフィスターを見ていた。
まるで鏡の世界の様にどこかしらが同じであり、どこかが違い、同じ空気が流れる。
駆け巡る様に。フィスターの頭に先程のオーケストラが駆け巡った。フィスターは走り逃げた。
Vif et agite が激しく頭の中を回りロンドが駆け回る。
どこまでもあの煙管の薫りが追ってくる、どこへ行ってもそう。濃密な空気。濃密な色彩。闇の中を照らす煌々とした黄金のランタンの光、女達、多くの女達、女達、幻影かの様に。
どこを行ってもどこも見たことの無い通路と部屋ばかりで、戻れない。ここはどこ?
一体どこなの?屋敷の広さよりも広く思える……
彼女はいつの間にか地下まで迷い込んでいた事に気付いてはいなかった。
迷子の子羊は迷い込み、どこも浸蝕する優雅で色濃い密林の様な空気が心に襲って来た。
妖しい香の薫りが立ち上る煙に乗せランプから空間に染み込んでいる。暖色の闇と暗黒の染み付く闇、照らされるブース、空間の中を、どこも黒の空間を、こげ茶と、狂気の様な赤と、薔薇と、群青ビロード、ブロンズの装飾、その中の女、女女女女達、まるで女だけの世界。
まるで邪悪で漆黒の、血を流すメリーゴーランドの様。
女達の怪しい微笑がこだましてフィスターの脳裏を浸そうとする。彼女を緩く誘っては手招きし手を振り、彼女は走り、どこの空間にも妖しげな女達が妖艶に微笑み掛けて来る。
降ろされた黒のシャンデリアに寄りかかる男の様なS女。
小悪魔の様なグラマラスな女。
首輪を着け膝肘を着けしなる女。
香炉から立ち上る濃厚な薔薇の薫り。
猫の様に豪華な鉄格子の中誘き寄せてくる女達。
黒樹脂ブースの中、赤いビロードクッションに沈み彼女を倦怠な瞳で見つめてくる女達。
黒の仮面や石膏の仮面やレースの仮面。
紫の仮面や革の仮面。
豊満な色っぽい肉体をし、豊かなパーマかかる髪。
色っぽい目元、分厚い睫、厚い唇。
彼女はどこまでも走り逃げて行き、どこを逃げて行っても異様な女と女の場面に出くわしては短く叫んで逃げて行く。
縄で縛り付けられる女。
鉄枷でがんじがらめの女。
高笑いする女。
甘い声を出す女。
ショートにし綺麗な顔に付け髭をつける女。
鎖を構えて赤のルージュを舐める女。
巡る巡る視界は全てを闇靄の中の幻影のようにする。
木馬に跨り狂喜する女。
メリーゴーランドの馬に立ちキスする女。
起動する室内の漆黒のメリーゴーランドは黒光し、ランタンが照らし付ける先で奇妙な格好の女達が妖艶に微笑し蠢いた。
重なり合うシルエット。目を閉じ顔を覆い走ってもどこまでも声が追ってくる。
恐い、助けて、恐い、
涙が歪む顔から流れ頬を濡らし、それ毎に短く叫び泣き逃げる。
まるで森のようだ。鬱蒼とした邪悪な森の幻想。
涙で埋もれる視界は全ての恐怖を倍増させ、早鐘を打つ鼓動が全ての音を倍増させた。
ゆらめく煙管の煙、香炉の立ち上る煙、薫り。
鼻腔から離れない媚薬の薫り。
感覚と理性を奪い尽くしてくる。
駆け巡る。少女時代の白バラ園の明るい日差し。
走ってもその風でむせ返るほどの薔薇が鼻腔を尽き狂わせようとして来る。
甘い紅茶の香りと父と母の微笑みと明るい芝生の輝き。
狂気として叫べと、狂喜として咆哮を上げろと狂わせてくる。
少女時代白の馬の背に乗せてもらっては、弟と共にはしゃぎ喜ぶ草原。
脳を他の恐怖が洗脳しようとする。
可愛い兎を抱き上げて母に見せて微笑む自分。
濃密な闇と浮き彫りにさせる狂喜の場面。悪魔の館。
何時の間にか黒のライオンの口から水路の始まる黒石材のホールを走っていた。
彼女は四角く囲うその床の浅い水路も気にせず走っては水を跳ねて行き、彼女は何時の間にかなにごとかを口走りながら走り逃げていた。
「嫌、嫌よ、出たい、嫌よ、」
完全に混乱しきり、困惑した頭で考えられる事は何も無く、彼女は狂ってしまいそうになっていた……
彼女は鞭で背を払われ床に跳ね返って、顔を押えてがたがた震えた。
肩越しに振り返ると、女が仁王立ちしていた。
黒の締め上げ革グローブの手に鞭を持ち、牛革と白い毛長シルクのビキニに黒の網タイツ、肉体を黒皮の紐で縛らせ身体のラインを引き立たせた。
豊かな髪を下ろし、首に豪華なネックレスを填めるココ・ソカが高く鋭いヒールで肉感的に立ち、胸は皮の紐で縛られるだけで剥き出しにされピアスが揺れ、妖しく微笑した。
微笑みフィスターの頬を鞭の柄で撫でた。
「退いて!」
ココ・ソカを突き飛ばし、フィスターは走った。
ココ・ソカは鞭をピシッと引き伸ばして恐い顔になり追って来て、フィスターを投げ飛ばした。
薬でもキマッているのだろう、それは凄い力だった。
ココ・ソカは黒皮とユキヒョウのショーツランジェリーから何かを取り出した。黒の長いマニキュアに持つものは、覚せい剤の結晶の入った金製のケース。
フィスターは顔を強張らせ後ずさり、彼女は腰を抜かす彼女ににっこりと愛らしい顔で微笑んだ。
「た、助けて、」
自分の声では無いかの様に震え、首をふるふる振って恐怖の余り顔を歪め泣いていた。
フィスターは渾身の力で彼女の肩をどけて逃れた。
フィスターの上に結晶が銀色に舞って、フィスターはココ・ソカを突き飛ばして走って行き、髪に降りかかった結晶を必死になって振り払いながら駈けて行った。
ここは悪魔の館よ、ここはカオスの底なんだわ!フィスターは必死になり走り、ダイランの事を呼んでいた。
「警部!警部どこですか!どこなの!ねえ!!」
そう、あらん限り怒鳴って走り、顔は涙に暮れていた。
「警部!助けて!」
目を刺すようにいきなり白と銀の広いホールまでもが、悪魔の女達の姿が巡り巡る幻覚として空間上部から見下ろしてぐるぐるメリーゴーランドの様に回る。回る回る。彼女達が飛び氾濫する、サーカスの邪悪なテントの中の様に笑い狂喜し混沌と駆け巡る幻想。濃密な幻惑。
白の光る空間の中……
フィスターは、奇声を上げ叫んでいた。
頭を抑え膝を降りホールの中央、そのまま顔を抑え激しく頭を振りつづけて泣き崩れ、ふと、目を上げた時には涙で濡れる顔は確信していた。
短剣でも、
銃でもナイフでもいい、探して見つけて殺さなきゃ、あたしが彼女達に餌食にされ殺されてしまう、
フィスターは手を顔を離しよろめき立ち上がり、つまずくように走り出した。
恐怖で彩られる目で辺りを見回し足をもつれさせながら駆け出した。
黒いサーカステントの中の様。
妖艶で、魔的で、黒の雅な蝶達は舞い……
仮面の舞踏をしている。
彼女は廊下を走って行き、扉という扉を開け放ちまた何時の間にか戻っていた黒と赤勝ちのこの地下特有の空間配色の廊下を走って行く。
暗い個室に入り走り、フィスターの目にふと、闇の中を壁に飾られたとても美しい装飾の西洋刀を見入った。
金の鞘と柄は繊細に彫りこまれて、様々な宝石が色とりどりに散らばっている。
とても素敵な剣だ。
彼女はそれを手に取り、眺め見つめていた。
「なんて綺麗なのかしら……」
ヨルブ1世シャンシェリー女王の剣だ。
魅惑の美しさを放ち、幽玄な様態は、静かな佇まいをしている。その鞘を抜き、彼女は淡い瞳でぽうっと、間近で見つめた。
「ひっ」
フィスターは驚いて背後を振り向き、自分の背後に立った人が剣の刃に映ったのだ。
「危ない物を手にするな」
剣をフィスターの手から、恐い顔で取り、マントルピースの上に置いた。
「あなたは、」
パリの路地で、フィスターを引き立たせてくれた男性だった。やはり、ココ・ソカの知り合いだったのだろう。
ラフな白シャツに黒のスラックス姿で、暖炉から振り返るとブランデー色の目元でフィスターを見た。フィスターは安心して胸を撫で下ろした。
「何故こんな所に迷い込んでいるんだ。旦那はどこにいる」
「今はいません……ミスターMMを追って行ったから……」
「MMには君達は関わるな。大人しくしていなさい」
「犯罪の匂いのする場を放ってはおけません」
「上まで行こう。ここにいたら危険だ」
きっと妻がMMに言ったのだろう。彼女を狂わせて自殺映像の中に加わらせるつもりで。
MMはあの男警官に喧嘩を売りひやかそうと完全にもくろんでいる。2人で話しているのを彼は呆れながら聞くでも無しに流していた。
別に警官を助けるつもりでもないが、このお嬢さんをしっかり会場まで送り届けてやっても妻は彼には口答えしない。
MMも、大して一度逃がした獲物には興味も無くし何も言いはし無いだろう。
「さあ。その前に着替えるといい。ずぶ濡れだ」
「ありがとうございます」
フィスターは自分の格好を見回して、口をつぐんだ。
彼女の小さな手を握って男は歩いて行き、しばらくするとどんなに走っても見当たらなかったデカダンな風もある白の壁のゴシック的な通路に出た。
この館は混乱すると目の錯覚で様々な通路を視覚的に隠す作りになったトラップハウスだ。落ち着いて歩けば道は開かれる。
金で細かい細工のドアを開くと中に彼女を促した。
落ち着いた室内は漆喰の壁と黒檀の装飾、調度品と黒豹スキンの家具の空間で、いつの間に地下から上がったのか窓から銀の月光が差していた。窓枠の黒影が灰色の空間に伸び、外の夜は落ち着き払った黒の夜だ。
黒のなめし皮のカーテンに縁取られ、黒檀の天蓋の支柱に銀の鎖で何かが繋がれていた。
雪豹。
首輪に繁殖自然放野ナンバー登録のプレートがついている。猛獣個体数を増やすため繁殖させたらしばらくして自然へ帰されるための番号だ。
フィスターは動物をむやみに刺激しないためにもそちらには近づかないようにし、その白のボリュームあるベッドシーツの上に豹は座って重厚な前足を交差しフィスターを見ていた。
「さあ。これに着替えて」
「はい」
フィスターはテーブルの縁に腰を着けて腕を組む男を振り向き、何だか物言い出来る雰囲気にはなれなかった。
見られながら着替えをしなければならない、有無を言わせない雰囲気が彼にはあった。仕方なく彼女はそれに無言で従い着替え始めた。
ストッキングを履いて黒の革の柔らかいパンツに足を通して白のシャツを着ると、パンツに収める。
エメラルドのタイピンを胸元につける。
シルバーの繊細なベルトを腰に填め、ピンヒールのハイヒールに足を通した。
その彼女の手を取って白金のブレスレットを填め、彼は彼女の一見大人っぽい顔つきのボブを掻き上げ白金のイヤリングを填めた。男の顔を見つめていた。
耳元から男は視線を上げ、彼女の淡い色の黄緑の瞳に自然に引き寄せられるようにその瞳を見つめた。耳元から項に手を回し、腰を引き寄せキスを彼女は受け入れていた。
キスを離し目をうっすら開き、男は蜂蜜の味の移った唇を舐めた。
「旦那の元に帰る時間だ」
「分からないわ……彼氏でも無いから」
「愛しているんだろう」
「ええとても……」
「まだあの男の物ではなかったのか」
「……」
フィスターは視線を落とし、何度か頷いた。
フィスターは暗がりを見つめ、天井のシャンデリアを見つめた。
その美しさに男は上目で見つめ、その細い手首を引き寄せ間近で見下ろした。首筋にそっとキスを寄せ、彼女は俯き首を横に振った。
「戻ります」
そう彼女は離れて俯きながら身を返し走って行った。男はテーブルに腰を着けその消えて行った背を見つめ、閉じ反らし壁に静かに視線を移した。
彼女は夜の光りを受けると、まるで夜の光りを纏い、ビロードを閉じ込めたサファイアの様に魅力的だ。
プライドが高くて麗しい。
明るい場では可憐な白百合のようだが、夜闇には落ち着き大人びた女が顔を覗かせた。
フィスターは会場に戻り、コーサーを探したが彼はいなかった。あのMMもいない。
「警部……」
フィスターは不安になって辺りを見回した。
そんな中、ダイランは森の中で完全にMMを見失って悪態を付き会場へ戻る事にした。
MMは漸く振り切ったライオンのような勇ましい男を振り切ったので同じように悪態を付き、逃げ切り専攻だ。逃げた森までどこまでも付け狙い追ってきて、しつこかった。
MMは闇に慣れた銀色の瞳で月を仰ぎ、銀の光は鋭く刺し風を受ける森は静寂に揺れた。
両手を広げ、瞳を閉じ風を受けてから駆け巡る銀河が脳裏を渦巻き、腕を下げ瞳を開いて切る様に闇を睨み見た。
「何だ、お前か」
彼は舌を打ち目元を鋭くした。
女は妖艶に微笑み、月光を浴び銀の光を背にあまねく受け、木の枝から降り立った。
「どうやら、逃がしちゃったみたいよ可愛らしい罪無き子山羊ちゃんを」
まるで月に吠えるように彼女は仰ぎ見ると言った。
「そろそろ、ショータイムみたいね。楽しみにしていて」
彼女はそう言い、彼は首をやれやれ振って森の闇の中へと消えて行った。




