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<NO,3> Color=ElegantGold

NO,3 Color=ElegantGold


 今宵のオーストリアでの宴の装いを身につける。ダイランは堅苦しい正装など着たがる質ではない。常のスラックスとシャツにネクタイだ。

フィスターは動き易いベージュレーヨンのパンツスタイルだ。白フリル襟のシルクでタートルネックのブラウスの長い首筋に黒のシルクスカーフを、ダイランが綺麗に巻きエメラルドのタイピンを填めた。ダイランは彼女を見つめ、そっと耳元にキスをし離れ歩いて行った。

フィスターはしばらくはぽうっとしてその背を見つめていた。何やらまるで夫婦の様な2人の背を見て、正装に着替えたコーサーは肩をすくめ、フィスターに「行こう」と言い進んで行った。フィスターはふわふわと着いて行った。

 会場は美しい屋敷だ。深い森を車両はここまでを進んで来たのだ。

フィスターは優雅な会場で漸くFBI捜査官であるミザ・レティッオ・ラヴァスレッイリを見つける。

彼は着こなしたスーツの身をすらっと返し、鋭い目元でダイランを見ると不敵な笑みで微笑んだ。

「やあ。猫君」

ダイランはうんっざりして男から顔を背けた。

「今日の首輪は可愛らしいね」

そう、普通のネクタイを差して言う。フィスターはダイランの新緑の美しいエメラルドと、ラヴァスレッイリの魅惑の深青を交互に見上げた。

「お知り合いだったんですね」

「俺はこいつが大嫌いなんだ」

「ははは。嫌われているんだ」

「お前は見る毎に熊度が減って行くんだな。しかも俺より男前じゃねえか」

「いやあ。若いからね俺は君より」

 どことなく予想してはいた。黒髪の長身は2メートルと聞いて。あの顔写真では全く思いも寄らなかったのだが。髪もショートになっていて、隠されていた丹精さの顔もつるつるだったからだ。

武器製造密輸組織を追ったCIA絡みの捜査を、FBI長官のじじいの若妻、あの最低女ケリーナと共に当たり、その際にも紹介された男だ。その時は熊度60パーセントに押えられており、パンッパンのスーツを着込んでは丸サングラスこそ割れてはいなかったが、やはり髪も髭もボーボーに長かったあの元熊乞食だ。

どうやら、国際絡みの捜査でお出ましになるようで、あながち警官時代のダイランに乞食に成りすまし周りを張っていたのもZe−nとしての事柄だったのだろうが、あれは真に迫る熊乞食度があった。

 捜査官主任であるハノスの様に、FBI長官の右腕というわけではないらしいが、今一ポストは不明だ。その分、期待は出来るだろう。

気障な大男は軽く笑い、洒落たスーツを着こなしていた。

 広い開口部からは、森の風景が広がっている。

今の時間も森の入り口から、奥のこの屋敷までを進み入る豪華なリムジンが流れ込んでくる。どれもが其々がデザインした世界に唯一のリムジンは、キャリライが何台も週一毎に作らせる事を思うと、そういう物らしいと感覚が鈍りそうだ。

 時間帯不明の鮮明な夜の時間が流れ、彼は太い柱にもたれ、ある方向を射抜くように見た。

奥の広い階段から、美しい女が姿を現したのだ。

屋敷主、パーティーのホストである姉。その背の低さに驚いた。150代前半だろう。ミニマムな体はそれでも均等なプロポーションで肉感的だ。

28という年齢だと聞くが、彼女はよく面白がっては専属の特殊メイキャップアーティストに顔つくりをさせるらしい。殆どは低い声と口調、付きの女秘書の存在で彼女と悟るが、それ以前にやはり独特のオーラという物が強く備わった女は、小さな背からは思いも寄らない物を思う存分に発している。

「今日は彼女は素顔だ。特殊メイクは施してはいない」

「へえ。すっげー美人な姉さんだな」

「ああ」

彼女はよく、80代、50代、40代と、自在に美しいマダム顔を作らせるようで、もちろん20代で全く異なる顔も作らせるようだ。

彼女はゲスト達から拍手を受けていた。

「なんて素敵なドレスかしら……」

フィスターは微笑み見入っていて、目はきらきらとしていた。

女は上品な物腰をしており、素敵なドレスを身に纏い、貴族、高貴でエレガントな女性だ。あの女がどう変貌するのかなど、今の時点では全く予想はつかない。

 フィスターは見覚えのある小さな背を見つける。

母親のいる方へは別に行く事はせずに、叔父のシェリダンは彼を足元に他の富豪達と会話をしている。

少年は蝶ネクタイを可愛らしい顔の下でしっかり填めていた。サスペンダーに黄金のバイオリンのブローチを付けている。

「フィス!」

 彼女を背後から呼びかけた声は、聞いたことのある少女の物だった。

「まあ、メリール。なんて偶然なのかしら」

「アメリカには帰らなかったのね。ごきげんよう。あたしのパパが今宵のパーティーに最高級のワインを提供したの」

「そうだったのね。本当に会えて嬉しいわ」

「メリー!」

少年は彼女の高い声に気付き、少女は手をにこにこと微笑み小さく振った。ワイナリーを持つ父親はやはり顔が広いのだろうが、知り合いだったとは凄い偶然だった。少年はにこにこ微笑みフィスターの手を両手で取って、「お美しいです」と言った。フィスターは微笑み、ありがとうと言った。

 家主は目立つ男、ダイランの姿を見つけると一瞬目の色が変わり、フィスターを見てはにっこり微笑んだ。彼女ははにかみ、ダイランはフィスターを自分の後ろへ行かせ、家主を見据えた。

「俺の部下を誘うな」

「知っていらしたんですか?」

「容疑者からの品は調査する」

「物騒な事を言うね。どこまでも失礼な男だ。何故、容疑者だなんて言葉が出る」

 眩しい天井のシャンデリアとその上方に描かれる絵画は、宝石の様に煌びやかな先の神々の輝く物だ。それに変り、黒とグレーの騎馬隊の朦々たる雅の戦闘壁画は、その部分を一段奥に下げ、周りを優雅な段を着けたアーチ状の枠をシルバーで囲わせている。それらは不思議と相対性を持ち空間にマッチしている。

マーブル大理石の緩いカーブを描く階段は中心を取り、右から階段を挟み左へと灰色の騎士達は黒馬に跨り堂々たる咆哮を上げ駈けている。

それらのホール左右の銀枠の窓の前を、太い柱が並んだ。 細やかな装飾の施された重厚な太い柱の一本一本にまで手か行き届いている。

 左右の壁画のサイドには先へと進む扉が開かれ、入り口開口部の左サイドは、窓から覗く野外回廊を挟み、他の棟へと続いた。

右側の窓の外は、野外回廊を白の大理石の太い柱の並ぶ先に、林に囲まれた美しい湖が聡明な夜の水色を映していた。白の水鳥が水面を足に着かせ、5羽ほど流れ飛んでいる。

 オーケストラの生演奏立食パーティーだ。誰もが上品な格好をしては栄華を称えている。

この荘厳豪華な一つ一つの施された美しさを気に入り購入した記念パーティーだった。

ここは五百年前から続いてきた上級階級の所有する古城だったが、50年前に血筋が絶えていた。彼女が知人から紹介されて買った。

 この屋敷がある森の中に離れた場に一つ館があり、そこには拷問用具や死刑器具が陳列されているコレクションハウスになっていた。以前の持ち主の趣味のようだ。50年間放置されていたにしては、何千何万と血を吸ってきた人間殺人機は妙に血生臭く、陰気に見えた。

ダイランは不気味がり、コーサーが興味深そうに眺めている横をそんな場所からさっさと本館へ来たのだ。

 ダイランは数人の女の視線が一瞬、会場を見渡した事を不振に思った。

もうパーティーは始まっており、穏やかに事は運ばれていた。その人物がこの女に招待されない筈が無い。

誰だ。一体。

 ダイランは会場を見回し、サイドの廊下に出ると、ゲストの一人一人を見る。

姉は朗らかに会話をし、上品に声に出し軽快に笑っている。彼女を取り巻くゲストは若い女が圧倒的に多い。例の取り巻きという奴だろう。

 今の時はまだ旦那らしき人物は見られなかった。年齢は35のアルゼンチンの男だという。生まれ育ちはニースで、両親がアルゼンチンタンゴダンサーだった話だ。

息子が珍しく母親の元へ行き、肘を突いた。彼女は、予想もしなかった柔和な微笑みでしゃがみ、彼に綺麗なイヤリングの光る耳を寄せた。流石に母親の顔をし、少なからず驚いた。邪険にする風も無く。子を愛している?放蕩して預けていても。

口元の動きは、「メリーを今度素敵なお食事に誘いたいんだけど、どうしたらいいかな」とアドバイスを求めていた。それを、「パパに聞くのが一番ね。彼は今はいないから、明日ゆっくりとお聞きなさい」と答えていた。息子はにっこり微笑んでからまた走って戻って行った。

 幸せそうな家族に見える。一切の裏の顔など伺えはしない。横に顔を並べると、息子はよく母親にそっくりだった。柔らかな明るい金髪も、微笑むとまるで天使の様になる微笑みや柔らかい頬も。

綺麗な女だ。女に傾向しているというのも多少分からないでもない。

だが、その姉が自殺者映像などを作るような要素は窺えない所か、紅茶にさえも興味はなさそうな風だ。弟はその時の流れを好むそうだが、姉はどうだろうか。

「ねえあなたは……」

 鮮やかな色のドレスを身につける女が彼のところへ来て、背に手を当てた。

彼は振り返り、美しい女は緩く微笑み彼の腕に手を絡めた。

「あちらに、素敵なお部屋を見つけましたの。共に参りません?」

そう回廊の先の別棟の扉を示し、ダイランを連れて行った。

 女は扉を開け閉じると、空間の窓際へと進んで行った。

女は振り返り、微笑んで窓に背を付け彼の肩に両手を乗せた。

「ね。あなた、お名前は何とおっしゃるの?何故宴の時に軽い装いを?それでも素敵」

そう甘い声で囁き、彼の持つグラスを手に取り、窓枠に置くと流れるように振り返り胸部に頬を寄せた。

彼女の耳に嵌るバロック真珠の黒緑の光は妖艶で、肩に掛ける黒シルクのグローブの指には、ブルーサファイアがそっと輝いた。女のルージュの唇は美しく、長い睫は大きくカールしている。

「ガルドだ」

「いいお名前」

「お前は?」

「あたしはシャンティア」

「シャンティア」

 彼女の金髪が流れる髪を撫で、彼は流れるように潤った女の顔を眺め見つめた。頬を取り、軽く叩いてから身を返した。女は瞳を開き、キスをしなかった男の背を見た。

「あなた、男好きの目をしている」

「は?」

「あたしには分かるの。瞳を見ればね」

そう緩く微笑み、彼は心外な事を言われて眉を潜めた。彼は男嫌いの女好きだ。

「冗談やめろよ。男に触られただけでゾッとする」

酷く顔をゆがめそう言った。

「あたしは彼女の取り巻きの一人だから」

きっと、警官を張っている様に言われたのだろう。ダイランは円卓に腰を下ろし、情報を集める事にした。

「あの女、お前等の何だ?」

「彼女は彼女よ」

「お前は何の会員なんだ?」

女は首を傾げ、ダイランを見た。もちろん白のマークについてだ。

「会員って?」

わざとはぐらかしているんだろう事はよく分かる。

 女は彼の所まで来ると、流れるように足のつま先から瞳まで視線を上げ、腕に手を乗せた。

「ねえ。この腕であたしのこと、強く抱いてくれないかしら。ね?いいでしょ?」

彼は上目になり、女を手首を掴み引き寄せ腰を抱いて間近でその瞳を見た。

「女好きが俺に悪い事考え無い方がいいんじゃないのか?」

女は悪戯に微笑み、臆さない表情で唇を引き上げ。彼の瞳を見つめつづけた。瞳が一瞬ふっと横に反れ、閉じて開いた。

「見つめつづけて。あたしが恐い?」

アクアマリンの様な瞳に微かに彼の瞳の色が写り、彼女のその瞳から視線をそらせなくなっていた。

「可愛い子。あたし、年下の男の子ならまだ好きなの。嘘だって思うでしょう?」

 女は瞳を反らすと彼の広い肩に頬を乗せ、身を寄せ抱きついた。彼のブロンドの襟足の熱い項に唇を寄せて、聞き出した。

「あなた、警察の方なんですってね。フフ、何をそんなに必死に調べているの?言って?協力しようかしら」

「何を」

ダイランは女の髪を見下ろし、髪に飾られる黄金の飾りを見つめた。彼女は顔を上げ、彼を見つめて微笑み背を伸ばした。

「いろいろな事よ。何が聞きたいの?聴かせて」

ダイランは天井を見上げ、首を振った。

「あら。何で?手柄になるわよ。世間で騒がれているじゃない。分かってるの」

女は頬を付けて瞳を閉じた。

「何か情報を抜き取られるって思ってるんでしょう?でもそれは大丈夫。あたしにはそこまでの頭なんて無いから」

 彼は溜息を吐き出し、円卓から立ち上がると女の肩に手を置いた。

「必要無い。あの女の裏を言えよ」

「さあ」

「何隠してる?あの女だ」

「何も隠さない性格だけれど?」

「どうだろうな」

「だって、彼女はいつでも正直に生きているから」

「あの女の旦那はどうだろうな」

女は面白そうに微笑み、首を振った。

「彼は特別だもの」

 そう言って彼から離れ、濃い深緑のシルクタフタの裾を撫でた。

「あなたは誰を探っているの?」

「さあな」

それが分かれば楽な物だ。彼はグラスを持ちにいき、肩越しに彼女を見た。

「この会には何かがあるのか?」

窓の外の夜は濃い。森が続くからだ。見上げた空は星が上がっている。葉の無い木肌の細かい枝先の間から見える星は美しい。

「あなたって、レガントの人なんでしょ?キャリライに弟さんがいたなんて知らなかった」

「俺はパーティーや貴族暮らしが嫌いなんだ」

「へえ。愉しいのに。これを機に、社交界にデビューすればいいのに。会場の彼女達はあなたの事、気にしてみていたわ。素敵な人だってね。近寄り難いけれど」

「断る」

「リカーは今日は来ないから、今度彼女に言っておいてよ。結婚の話には、あたしを入れてくれてもいいのよ。キャリライはシバーラの物になってしまったけれど、あたしは一生開いているからって」

 彼は身を返し、窓枠に腰をつけると首を横に振った。

「駄目だ。俺には将来を決めた女が既にいる」

「フフ、同じ事を言っている。本当はいないんじゃない?誰よ。いるなら、そっと教えて?」

「お前には関係無い」

「もしかして、フィスターちゃんの事?」

「俺の部下を知っているのか?」

「当然じゃない。ジェーン一族のお嬢様よ?何故、みんなリーデルライゾンの富豪は警官になりたがるのかしらね。正義漢が多いのかしら?」

「さあ」

「フィスターちゃんの事、もしかしてお父様にご紹介頂いた方なの?あの子はああみえて我が強いから、恐いわよ」

そう、意味ありげに微笑み、彼は、眉を潜めた。

「恐い?」

「教えてあげない」

「本性って事か?」

「さあ。どうだろう」

 あの可愛らしさは何にも変え難い。本性なんてわからない。

いつもびくびくしていて自分の後ろに隠れ、真っ青になっては彼をふと見上げ、にっこりはにかんだ。署内でも人気者だ。彼女が説教をして来る怒った顔さえ可愛かった。

護ってあげたくなる女だ。ひ弱だが、芯は強い。もし、中世に生まれていたなら聖女の様にサーベルを持ち悪に立ち向かった質なのではないだろうか。声を張り上げ、兵士を引き連れ敵陣に向うほどの。

彼女は敬謙なクリスチャンだ。


 フィスターは会場から消えたダイランを探すために、一時ここをコーサーに任せると彼が消えた方向とは逆の廊下へと出た。

その背を家主が視線だけで追い、口端を微笑ませ、後を追った。

彼女は人の少なくなる場所を歩いて行き、銀枠の窓の外の深い森が続く。逆側の会場は光に充ちていた。

 回廊を歩くと、美しい湖が広がり、柳が幻想的に映り、彼女は見とれていた。しばらくして、会場裏のパティオに来て、振り返って進んで行った。

「ジェーン」

「……」

彼女は家主の声に振り返り、彼は白く太い柱に背を付けていた。月から、彼女の顔を見つめた。フィスターは向き直り地面を見てからまた振り向いた。

家主は歩いて、彼女の前まで来ると彼女の顔を見下ろした。

「宴の席でまるで少年の様な装いだ」

 そう、ダイランが買ってくれた、確かに本物では無いフェイクではあるが、美しいエメラルドのタイピンを見下ろし、それは黒いシルクの夜空の一番星の様だった。フィスターはそれが嬉しくて、しばらくは会場に入るまでは笑顔が押えられなかった。

「だが似合っていて可愛らしいよ」

そう、あの冷たい声は一切無く、優しく男らしい眼差しで見下ろした。フィスターは視線を上げ、そのときに口付けをされた。フィスターはうつむいて地面を見て、ダイランを想った。

 身を返して歩き、家主は口を閉ざしその背を見つめた。

ボブの髪は、可愛らしく、彼女の噂を聞く中では珍しいと思った。貴女達はいつでも会話で彼女の美しい蜂蜜色の髪を褒め称えていたからだ。優しい物腰と愛らしい顔をした子だと。その高い声で時に宴で詠われる歌は麗しいと聞いていた。

「警官など似合わない」

「そんな事はありません」

「やめればいいものを」

「嫌です。疑われる者からの言葉は受けません」

「酷いな。君まで俺を疑いたいのか」

「はい。犯人に荷担している筈です」

「また好きだと言ってくれないかな」

「言いません。コーヒーの事ですから」

「紅茶はどうだった?」

「……はい。とっても美味しく頂きました」

「警官なんか物騒だ。女のなる物じゃ無い」

「関係ありません。あたしは女性の心の立場から、被害者の心を想います」

 彼女の横顔は夜空から庭園を見つめ、フィスターは振り返った。

「あなたは何を隠していらっしゃるんですか?あなたは今大きく疑われています」

「何故俺を疑うんだ。エジンバラの屋敷の横の林でバラドナは自殺をした。それだけだ。彼等夫婦とは俺の少年時代からの親しい顔見知りで、優しくされて来た。何度も屋敷に招いても来て、他の関わりは無いのに」

「偶然とは必然です。人の織り成す世界だからこそ。彼等は安易に考え、人々は行動には移さない。すべての物事はそれらの繋がりからなる物です」

「哲学めいているだけだ」

「いいえ。哲学だけでくくれる事ではありません。物事は動いているのですから。事実」

彼女は身を返して歩いて行き、早足で進んで行った。

 家主は溜息をついて額を抑えた。姉に言われた通り、油断させるつもりが、彼女を忘れられなくなっている。彼女のシャイな微笑みと内から綺麗な清純そのものの上品な顔立ち。可愛らしい顔。何故ジェーン氏はこんなに可愛らしい娘を大切に籠に入れ、いい人に娶らせる事無く警察組織などという野蛮な場へ捧げる事を許したのかが皆目見当つかなかった。

 彼女の父親は51の時漸く生まれた娘をたいそう可愛がって来た話だ。彼は実に穏やかな主義の人間で、彼女をいい人に嫁がせる事を望んでは、娘の幸せを喜ぶ人間だ。やはり、娘同様に多少の正義と規律の硬さがあるのだが、柔らかい物腰の人柄は家主もよく知っていた。何度かゴルフでもコースを共にしたこともあり、娘と息子の話を共に回る彼女の母親と共に嬉しそうに話す。彼女の母親は若く、フィスターとはまるで姉妹のようにも見えた。

 彼女にあのライオンの様に勇ましい殺気充分の男が付いていては、家主を聞き込みの最中も終止睨み付けてきていた。きっと付き合ってでもいるのだろう。

何はともあれ、目をくらませる必要がある。彼女を追い掛け、フィスターの前まで来ると彼女を見た。

 フィスターは立ち止まって家主を睨み見上げた。

「あの男は元は貧困地域で生まれ育った極悪な犯罪者だ。君とは生きて来た世界が違う。それを、信用を置くのはどうかと思うな」

「彼は既に更正しました」

フィスターは走って行った。

 会場に戻り、見回しても彼はいなかった。

誰もが、署内の人間だけでは無く街の住人も彼の昔の噂をする。彼女に言って聴かせて説得してくる。DDの幼馴染で、彼自身も巨大な力を元は有し危険だと言う。

楽しんで生きた者勝ちを根本にガキの様に何でもやって犯罪も犯罪感覚に入っていないと。そんな噂の一つ一つを彼女は一切信じられずにいた。だが、彼の奔放そうなあの自我の強い我が侭そうな顔つきと強い目と、圧倒的なオーラは確かに。

 彼は仕事に真面目で女にも真面目で正義に堅く、揺るがない人物だわ。それでもたまに覗かせる……犯罪者的と疑う狂気な目は、本物というものでもあった。


 女は危うく本気で男の部類に惹かれそうになる前にその場から離れる事を思った。

彼は彼女に背を向け、白のマークの紙を見下ろしていた。

ダイランは振り返り、ドアが閉じられた音の先の女が走って行った気配が遠ざかって行った。

 会場に戻る。フィスターは辺りの様子を窺っていた。

まだこの場では聞き込みは出来ない。十分会場の様子と彼等の位置関係を確認しつづけ、会場にあのマークに関係する会員は多いはずだ。その主催者が姉なのかは不明だが、充分と見渡す。

彼はオーケストラの完璧に作り上げられ組み込まれた美しい演奏には目を半開きの状態で、欠伸を連発しながら耳に流していた。

強烈に流れる激烈な曲を聴きたい。狂乱してたまには踊りたいが、彼は柱に背を付け腕を組んだ。

何人かの、男を連れる女の視線が飛んでくる。豊かに微笑み、また会話に戻って行った。

 姉はダイランを見つめてから緩く微笑んだ。

クラシックに興味のある者ならどなたでも、という今回のコンセプトの中、彼だけが欠伸を連発して苛立つ風の退屈顔を見かねたのだろう。

 ラヴェルの弦楽四重奏Allegro moderato アレグロ・モデラート、ヘ長調が空間へ流れ込み、優雅な流れの曲。ダイランもそれは別に嫌いなわけでは無く耳に流れいって、ふと顔を上げた瞬間だった。

「貴方には……音楽よりももっと刺激的な日常かしらね。御期待に添えなくてごめんあそばせ?ガルド警部」

警部、という言葉には誰も反応を見せない。この女に警告されているのだ。

 フィスターは彼女が近づいてくると緊張で身を堅くした。フィスターは女の雰囲気に気おされ、彼女にはやはり気迫と黄金のオーラが面と向うと更に強烈に備わっている。小さな身体からは想像打に出来ない物だ。

ラヴァスレッイリは既に会場にはいなかった。

 また微笑み、ダイランを見た。

「あたくしに何のご用かしらね。日を置いて協力して差し上げますわ。こうも身の回りを固められるのは正直、好きでは無くて」

自分から来た位だ。挑発好きの笑みの焔が瞳の中にちらついた。

「やはり、人は自由に動きたがるものでしょう?」

「それも法の下でならいくらでも好きにやればいい所だがな」

「ええ。御尤もですわね」

貴方に言われたくは無いけれどと続け、強い笑みが、まるで跳ね返るように迫力をつけぶつかって来た。

 ダイランは目を細めその顔を見据え、目元を落ち着かせると言った。

「お前は白のマークに関わっているのか?」

「白のマークって?」

そう小首を傾げ、緩い微笑みは堂が入っていた。彼は彼女の目と鼻の先に紙を差し出し、彼女はそんなぶしつけな男に眉を上げてからそのマークを見て、逆側に首を傾げて紙の上のダイランを見た。

「これがどうなさったの?」

「茶会のマークだ。見覚えはあるんだろう」

彼女の瞳の動きも、指や手足の動きすら動じない。

「あるから何?」

 フィスターはダイランの横顔を見上げ、女の顔を見た。

「お前、または旦那のおこした会か」

「お茶会をあたくし達が?ハハ、それはまた面白い」

可笑しそうに綺麗に笑い、その彼女にフィスターが口を開きかけた時だった。

ダイランは殺気を強烈に感じ、眉を更に潜めた。

 会場がふいにざわめき女は開口部を見据え、その目を細め口端を鋭く引き上げた。

背後に殺気を感じていたダイランは女より早く首を振り向かせ、闇の広がる野外を見据えていた。

Allegro moderato アレグロ・モデラート、ヘ長調が終焉を迎えた瞬間だった。

 白光るプラチナのリムジン。

Assez vif. Tres rythme 、3/4拍子と6/8拍子のポリリズムによるスケルツォが十分に活き活きと、きわめてリズミカルなイ短調として、優雅に流れ込んだ。

曲にまるでシンクロする様にそのポーチに優雅に流れ込んで来た異彩を放つ巨大リムジンを、ダイランは目で追った。

軽快に歩くキングチーターの様な曲にあわせ、弧を描く様に音も無く静止した。プラチナだ。その全てが。ブラックダイヤモンドのスモークウィンドウと、タイヤ以外の全てが繊細なホイールに至るまで。そのホイールの優雅な蔓薔薇が静止し、黒のみの内装のドライバールームから上品な仕立ての良いマーメイドロングスカートスーツの女が降り立つ。後方のドアをグラマラスな女執事が開けた。

 一人の男が、ゆっくりと長身を滑らせては、颯爽と降り立ったのだ。一気にオーラが華やかに広がり、それとともに涼美とした風雅が流れ込んだ。

女は強く微笑した。

「MM、遅かったじゃない」

MM。

世界トップのビジネス資産家だ。

 女を軽く越える莫大な資産を有する。一切の詳細、個人情報は不明でその姿も確認される事は最上流貴族界以外では一切皆無の、全てを謎とされる人物だったが、まさかその姿の人物が現れたとは。


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