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1-9

大規模テロの兆候あり―――

その情報が警察に届けられたのは、梅雨が明けようとしていたころの話だった。

日本において、対テロ活動の最前線にいるのは、まぎれもなく警察、警視庁である。防衛省・自衛隊や公安調査庁は規模や法的問題から対テロ活動を大規模に行うことは難しい。

今回も、情報を獲得してきたのは警視庁公安部外事第3課、国際テロリズム対策を長らく行ってきた公安警察だった。

第11軍団残党が武器を水揚げし、東京の拠点へ輸送しようとしている、という情報を獲得した外事第3課の行動は迅速だった。

本来、公安警察は一般の警察との仲は良いとは言えない。同じ警察であっても、目的が違いすぎるのだ。

しかし、1年以上にわたって多くの日本人を殺害してきたこの案件についてだけは、公安警察が柔軟性を発揮する理由は揃っていた。彼らも日本人であり、日本の治安を守っているという、自負があるのだ。

「それではこれよりミーティングを行う」

場所はいつもの新宿のオフィス。司会役は香取だ。

「外事3課より入った情報によれば、本日18時ごろに11軍団の拠点に大規模な物資搬入が行われる。この物資は新潟の海岸にひそかに陸揚げされたもので、そのうち一つのルートを外事3課が発見した。現在もその輸送を見張っている。我々はこの拠点への移送を追跡、敵拠点を発見する」

今、午前10時。既にオペレーター3人はそろっており、ファルシオンの整備も間もなく終わるという。

「我々はその物資が敵拠点に運び込まれるタイミングで、銃刀法違反の現行犯逮捕を狙う。基本的には生身の警察官が動くが、ファルシオンには後詰を頼みたい」

ファルシオン自体は、まだ評価固まらない。特に、法的は取り扱いという点では不安定で、下手に先行投入するわけにはいかないのだろう。

「つまり、敵の反撃が始まった時に出ていけばいいと…そういうことですよね?」

確認したのは友幸だ。その言葉に香取は頷く。

「ああ、敵重火器による反撃は当然、あるだろう。その場合、すぐに警察官は撤退し、君たちに任せることになる」

「わかりました。腕が鳴るな」

友幸は格一とともに前衛を務める。格闘・逮捕術が中心になるファルシオンにおいては、最重要のポジションだ。一方で、技量で劣ることもあり、後衛を任された美音は不満そうに椅子に座っている。

「まだ今から任務開始までは時間があるな…天候等の情報はすでに用意してある。各自確認してくれ」

その声とともに、一同はいったん解散した。


ミーティングが終わると、香取は美音に話しかけた。彼女が配置に不満を持っていることは明らかだったからだ。戦場で重要となるのはチームワーク。ならば、指揮官たる自分が働くべきだろう。

「常盤君、君の配置についてだが―――」

「わかってるわよ」

香取の言葉を、美音の不機嫌な声がさえぎる。

「私があの二人に比べれば下手ってことくらい、わかってる」

声はなお気丈。突き付けられた現実を理解しているのだ。その声に香取は安心する一方で、ふと疑問を抱く。ならばなぜこの少女はこんなにも不機嫌なのか。

「このままじゃ、Aランカーなんて程遠いこと、分かってる」

「…え?」

尚も少女は不機嫌なまま、独り言をつぶやいていた。その視線ははるか先にある。

実のところ、この美音という少女がファルシオンのオペレーターとなったのは、「政治」の結果だった。

3人のオペレーターは警視庁が信頼性、身元の確かさ、技能の点から選んだ候補者の中から香取が選んだ。ただ、もともと警察が身元を知っていたオペレーター自体はそれほど多くないため、選択肢自体もそうは多くなかった。

村上格一は、その圧倒的技能と、それでいて、宮原大吾の知り合いというはっきりとした身元。

那智友幸は、ベテランのBランカーという技能と、公務員の家系という身元。

この二人は香取自身が選んだのだが、美音については、たしかに身元は戦闘機墜落事故の関係で警察がつかんでいたが、技能としては不満が残るものだった。だが、「女性がいたほうがいい」という建前の下、とある警察高級幹部によって紹介された美音を、上層部からの圧力により、採用せざるを得なかったのだ。

そのため、香取自身、美音については未知数の部分が多い。

いったいどんな政治的思惑が美音の背後にあるのかわからない―――だが、それでも現場指揮官としての最善を尽くすのが香取の信念だった。

「…常盤君」

「―――なによ?」

相も変わらず、ぶっきらぼうな声が聞こえる。

「君は確かに技能的にはあの二人に劣っている。だが、それだけのびしろがあるということだ」

そう、香取は告げる。

「君はまだ若い。私よりも、那智君よりも、村上君よりも。だからこそ、今を大事にしてくれ」

未来が残っている人間が大事にすべきは、過去でもなく、未来でもなく、今だ。

香取自身、過去には後悔しかない人間だ。おそらくそれは、格一も友幸も同様だ。二人の履歴を、香取自身は重々承知している。

彼らにとっての「後悔」である過去は、今どうあがいてもどうしようもない。

しかし、美音はまだ高校1年生。どんな過去があっても、その若さで乗り切れる年齢だ。

だからこそ、美音には期待しているのだ。

「今の努力を、未来は決して裏切らない。結果という形ではないかもしれないけど、必ず未来につながるはずだ」

故に、香取は告げる。

「君には最善を期待する。未来を最善に導く今を、君は期待する」

香取にできることは、たったこれだけだ。


最初にファルシオンを動かした時にHMD越しに見えた風景―――それは、オフィスがあるビルの地下に設置されていた工場だった。

新築のこのビルは、霞が関に比べて注目度は低いが、警察やその他の公官庁で埋め尽くされている。相次ぐテロに対して、拠点を分散することでダメージコントロールを行おうとする努力の一環だ。

そして今、コントロールルームから離れ、友幸と格一は地下に来ていた。目の前には灰色の機体―――ファルシオンが眠ったように座っている。

この工場然としたスペースにあるファルシオンは全部で6機。とはいえ、オペレーターは3人しかいないため、3機は予備機ということになる。

「うーん…もうちょっと反応性あげられないですか?」

友幸が利根と相談している。利根はファルシオンにつないだパソコンをいじりつつ、友幸の言葉を否定する。

「反応性あげたら機体がピーキーになりすぎる。君の技能的には今が限界だよ」

友幸はファルシオンの反応性が気に食わないらしく、何回かステータスをいじっている。しかし、そのたびに今度はファルシオンをうまく操作できなくなってしまうのだ。

人型兵器であるRECOBILOSTは、宿命としてその安定性に難がある。M32は操作の自由度が低い代わりに安定性を獲得している一方で、ファルシオンは安定性を犠牲にして操作の自由度が高くなっている。その長所をできるだけ生かしたいと友幸は考えているらしい。

その考えには基本的に格一も賛同している。だが、初めての実戦でそこまでピーキーな状態を望むほど、格一は冒険心に富んでいなかった。

「利根さん、こっちは終わりましたよ」

格一は自分の機体の確認を終えると、利根に声をかける。特段機会に関する知識があるわけではないが、やはり自分で使う武器を確認するのは習慣になっているようだ。

後悔しないために、他人のせいにしないために。

友幸に言い募られていた利根はこれ幸いとばかりに格一のほうに歩いてくる。

「銃器のほうにも異常はないかい…?ってわからないか」

利根自身はもともとは電子畑出身で、機械のことは専門ではない。特に銃器のことになるといまいち自信はない。

「…と、君に訊いてもわからないか」

とはいえ、格一に訊いてもわかるはずもない。彼は一介の大学生なのだから。

だが。格一の返答は利根の予想を超えた。

「あ、銃はちゃんと見ておきましたよ。分解整備もしておきました」

なにかカチャカチャやっていると思ったら―――驚きとともに利根は聞き返す。

「プロじゃないのにそんなことやらないでくれよ…」

これで暴発でもしたらいち大事だ。

それに反論しようと格一は口を開きかけるが、横から声が飛んでくる。友幸だ。

「利根さん、それは大丈夫だよ。むしろ、ここにいる整備員より銃には詳しいはずだ、signal01はね」

その言葉に格一は驚きつつ、利根に視線を向ける。利根は話が良くわかっていない様子で、

「…那智君、それはいったい―――」

利根の言葉が、途中で途切れる。いや、かき消えたのだ。

フロア全体に響き渡るサイレンによって。


「警視庁より入電!追跡対象が圏央道で事故を起こしたそうです!銃器が散乱しているとのこと!」

ミーティングルームに飛び込んだ格一たちに聞こえてきたのは、通信席に座る吉野の声だ。

その後ろに仁王立ちした香取は、振り返って格一たちに視線を向ける。その横にはすでに美音の姿がある。

「申し訳ないが、村上君、那智君。作戦内容を変更する。テロリストどもは最寄りのインターチェンジを占拠しているとのこと。その過程で民間人に死者が出ている。既にSATが向かっているが、君たちにも出てもらいたい」

格一と友幸はお互い視線を合わせると、強く頷いた。

「…ありがとう。既にファルシオンは車に乗せて派遣した。隣の部屋で最終調整を行ってくれ」

ファルシオンが現地に着くまで、およそ1時間。それまでに終わっていない準備を終わらせる必要がある。

美音も加わり、三人はオペレータールームへと急いだ。


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