07 上階 〜円形回廊と蔵書と〜
息を切らす前に、僕は軽快に階段を上りきって上階へとたどり着いた。
「よいしょっと……ねぇ、どうしたっていう──」
思わず、言葉尻をすぼめてしまった。
段を上りきり、集っている顔たちを見まわして……ようやく気づいたのだ。
場に漂う、なんとも微妙な空気というやつを。
「──の、さぁ……」
「…………」
上階には僕以外の全員がそろっていた。そのうちの五人が困ったような、呆れたような曖昧な表情をして、一人を見据えていた。
みなの視線を集めているその一人は、わなわなと無言で肩を震わせている。なにに打ちのめされたかは知らないが、床に膝を崩して大げさにうつむいていた。
そんな妙な沈黙が漂う真っただなかだったのだ。
先程、僕が発したお気楽なひと声が、浮いた余韻を残す。
「どうしたか……ですって?」
一拍挟んでから、返事がかえってきた。
声を返したのは、いままさに全員からの注目を浴びて、床で震えている──ニバン、その人であった。
「よくぞ……よくぞ、訊いてくれましたね! ナナバンくんっ!」
「うげっ……!」
突然の甲高い叫びに、僕の顔が引きつったのも無理はない。
ニバンはすくっと立ち上がると、つかつかまっすぐこちらへ歩み寄った。逃げる間も与えず、彼は両手を伸ばすとバシンッと僕の肩を捕まえた。
「えっ! ちょ、ちょっとなにっ?」
肩をつかまれ、反転させられ、体の向きが変わる。無言のニバンが隣立ち、背を押されるままに歩みを促された。
僕とニバン。なぜか並んで、上階の円形回廊を外周するはめになる。まわりながら「一大事なんです……じつに由々しきことが発覚したのですよ、君」と、ニバンは僕に話しかけてきた。
「賢い君なら、わかってくれるでしょう。この、見るも耐えない酷い有り様を……」
一変して声色は淡白だが、抑揚のなさが押し殺した強い感情を滲ませている。
「は、はぁ……」
酷い有り様?
思い当たる節なんてまったくなく、僕は視線を泳がせた。回廊を歩きながら、その解を目に映る光景のなかで探ってみる。
先程までいた下階には、昇降機や各個室といった出入りの扉が多々あったけれど、ここ上階にはそういった類いは一切ない。
部屋がないのだ。代わりにあるのは、すべての仕切りを取っ払ったような、ひと繋がりの空間である。
吹き抜け構造のため、上階は中央がくり抜かれた『輪』のような形状をしていた。
輪の内側と、外側に分けて説明しよう。
輪の内向きの部分が、下階への階段が続いている出っ張った円形回廊に当たる。一方の輪の外向きになにがあるのかというと──本棚であった。
この階は、本ばかりなのだ。
外向きの壁はすべて棚と化していて、隙間なく書物の背表紙が並べられている。また外壁と内向きの回廊とのあいだのスペースにも、放射状に本棚が均等な円をつくっていた。
その棚の表裏の両面にも、本がぎっしり詰めこまれている。
「君はこの光景を見て、なんとも思わないのですか?」
話は続いていた。
僕は慌てて横目でニバンの顔を捉えつつ、とりあえず感じたままを口にした。
「……そうだね、本がいっぱいあってすごいなーって思うかな?」
雑感ではではあったが、「おおっ、わかってくれますか!」と、ニバンが歓喜の声を響かせた。
ひとまず安堵した僕であったが、そこを皮切りにニバンの舌に拍車をかけることとなってしまった。
「私もここへはじめて足を踏み入れたとき、感激の落雷に打たれて危うく気絶しかけてしまいました。知の宝庫、いえ、知の楽園とはまさしく、このような絶景のことを示すのでしょうね。
ごらんなさい。見渡すばかりの知らない言葉たちを。彼らは待っているのですよ、我々が好奇心のままにいざなわれることを!
『はじめてのお茶の作法』『古城の画集』『剣伝、達人への道』『楽しいお話の王国』……未知への扉が勢揃いです! すべて学びきれるか、胸を痛くするほどにっ!」
はぁ、そうですか。
などと合いの手を入れる間もなく、「だからこそ、許せないのです!」と、僕の片側の肩をつかむ手に力を入れて、ニバンはこう言った。
「ええっ、許せませんとも! この……叡智の整列を乱す、悪しき不調和には!」
ちょうど、一周まわってきた。
おかえりーとは口には出さないが、五人が視線を向けて迎えてくれた……一心に同情を込めて。
──ともあれ、ニバンが怒っている理由がわかった。
背丈も厚さもバラバラの本達たち。用途も種別もすべてごちゃまぜで、乱雑に棚に押しこめられていた。
とどのつまり、書物の管理の悪さに原因があった。
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