タルトと、四人の午後 後編
入ってきたのは、見知った二人だ。
一人は白いコート。もう一人は茶色い髪にカメラバッグ。
アルバと柚子が、扉の前で同時に入ってきて、互いを見て止まった。
「あ」柚子が言った。
「……」アルバが言わなかった。
城が二人を見た。
「二人とも、いらっしゃい」
「城さん、この方は?」柚子がアルバを見た。
「昔の同僚だ」
「同僚さん! はじめまして、朝霧柚子といいます。フードライターです」
柚子が手を差し出した。アルバがそれを一瞬見て、握った。
「アルバ・クレールよ」
「外国の方なんですね!でも随分日本語がお上手で」
「ありがとう」
柚子がカウンターに座り、アルバも座る。
自然と隣同士になった。
厨房から茉莉が顔を出す。
「あ、柚子さんとアルバさん」
「茉莉ちゃん! 今日もいるんだね」
「タルトを教えにきました」
「タルト!? また食べていいですか!?」
「まだ焼いてません、待っててください」
「待ちます!いくらでも!」
柚子がバッグからノートを出した。
アルバはいつも通りコーヒーを頼んだ。
茉莉は厨房に戻った。
城はカウンターの中で、全員分のコーヒーを淹れ始めた。
(気づけば四人いる)
開店初日の静けさが、遠い昔のようだった。
◆
冷蔵庫から生地を取り出した。
型に敷く、今度は崩れなかった。
端まで丁寧に、均一な厚さで。
フォークで底に穴を開ける。タルトストーンを並べる。
「城さん」茉莉が横から言った。
「端の生地、もう少し薄くしてください。そこだけ厚いです」
すかさず、城が直す。
「そこでいいです」
そしてオーブンに入れる。
待っている間、柚子がアルバに話しかけていた。
「アルバさん、どこ出身ですか」
「フランス。パリよ」
「パリ! パリのスイーツと比べて、城さんのお菓子どうですか」
アルバが少し考えた。
「……比べるものじゃない」
「どういう意味ですか」
「パリのお菓子は完成されてる。技術の積み重ねがあるから」
アルバがショーケースのプリンを見た。
「ここのは、まだ途中。でも」
「でも?」
「……素直なのよ」
柚子がペンを走らせた。
「素直! 私もそう思いました! なんか、変な主張がないんですよね」
「ええ」
「城さんって、どうしてそうなんでしょう」
アルバが城を一瞥した。城はオーブンの前に立っていた。
「……さあ」アルバが言った。
「でも、作る人間が嘘をつかない性格だから、じゃないかしら」
柚子がそれを書き留めた。
カウンターの端で茉莉がそれを聞いていて、何も言わなかった。
◆
タルト生地が焼き上がったから取り出す。
縮んでいないし、反り返っていない。薄く均一な焼き色がついている。
「よし、合格です」
茉莉の声。城はそれを聞いて、かすかに息をついた。
早速カスタードクリームを流し込む。
冷蔵庫で冷やす間に、苺を洗って切って並べる。
城の手が、丁寧に動く。
暗殺者として鍛えた正確な動作が、こういう場面で活きる。
苺の並びが、几帳面なほど均一だった。
「……城さん、苺の並べ方こだわりすぎでは?」
「ダメか」
「ダメじゃないですけど」茉莉が苺の列を見た。「……綺麗、ですね」
珍しく素直に言った。城は気づいたが、何も言わなかった。
四皿に切り分けた。
「はい、どうぞ」
「では早速‥」
柚子が真っ先に食べた。
「——んん!!」
「また『んん』か」城が言った。
「だって本当に美味しいんですよ! 生地がほろほろで、クリームが重くなくて、苺の酸味が全部まとめてくれて!」
アルバが一口食べた。
黙った。もう一口食べた。また黙った。
城が見ていると、アルバが城から目を逸らした。
「……悪くない」
「頬が赤いぞ」
「暖房が——」
「今日はつけてあるから、そうかもな」
「……っ」
茉莉が自分の分を食べながら、アルバと城のやり取りを見ていた。
何かを言いたそうな顔をしたが、黙ってタルトを食べた。
城はそれを見て、何も言わなかった。
◆
閉店後。
柚子とアルバが帰って、茉莉が後片付けを手伝っていた。
「ねえ、城さん」
「なんだ?」
「今日のタルト、初めてにしては上出来でした」茉莉がボウルを拭きながら言う。
「三回失敗したのに、ちゃんと立て直した」
「茉莉に教わったからだ」
「……そういうこと言わないでください」
「事実だろう」
「そ、そういうことを事実として言う人は珍しいんです」
茉莉の手が少し早くなった。
「だいたいの人は自分で上手くできたと思いたがるので」
城は茉莉を見た。茉莉は城を見なかった。
「……次は何を教えてくれる?」
「フィナンシェです」茉莉がボウルをしまった。
「バターを焦がして作る、焦がしバターの扱いを覚えてもらいます」
「バターを焦がす、か」
「わざと焦がすんです。ちょうどいいところで止めるのが難しい」
城は、カラメルを二回焦がしたことを思い出した。
「……手強そうだな」
「最初はたぶん失敗します」
茉莉がエプロンを畳みながら、かすかに笑った。
「でも城さんは、失敗してもちゃんとメモ取るから、三回以内には成功すると思います」
城は答えなかった。
茉莉がリュックを肩にかけた。
「次は木曜日に来ます」
「分かった」
「……タルト、お父さんのレシピにありましたか」
「あった。十三ページ目だ」
茉莉が少し目を細めた。
「じゃあ、城さんが上手くなれば、お父さんのタルトが復元できますね」
城は、その言葉に少しの間、何も言えなかった。
「……そうだな」
「頑張ってください」茉莉が勝手口に向かう。「別に、応援してるとかじゃないですけど」
扉が閉まった。
城は一人、厨房に立った。
カウンターの上に、タルトが一切れ残っていた。
誰かが残したわけではなく、城が切り分けた時に少しだけ余ったものだった。
城はそれを一口食べた。
ほろりと崩れた。クリームが柔らかかった。苺が酸っぱかった。
父のレシピノートを開いた。十三ページ。
父の字で「タルト・オ・フレーズ」と書いてある。
その横に、城は小さく書き添えた。
「2回失敗したが、3回目は上手く行った、コツを茉莉に教わった。次はもっと上手く。」
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