34. 見えざる報復者
「そろそろ方向性を考える時期かもな」
――跳躍しながら、イーブンがふと呟く。
そんな中、PANDORA社から届いた新たな依頼と特許問題。静かに“過去”が掘り起こされていく。
「よし、じゃあ今日も――跳ぶか」
軽く呟いて、俺は壁に手をついた。
視界の先には、崩れかけた階段、むき出しの鉄骨、そして天井を這う配管。
そこから差し込むわずかな光が、埃を浮かび上がらせている。
今日の舞台は、時々配信に使ってるフィールドタイプのダンジョン。
ただし、今日はほんの少しだけ、いつもと違う。
鉄の梁を蹴って、宙へ。
パイプに片手でぶら下がったかと思えば、身体をひねって反転――
そこから壁面に足をつけ、縦に駆け上がっていく。
空間をねじ伏せるような動き。
あまりに自然すぎて、自分でもちょっと怖くなる。
『本日の重力、お休みです』
『壁走ってるんじゃなくて、壁がイーブンに従ってる説』
『ジャンプ力が人間の範疇を超えてる件』
『これが配信者Lv99か……』
『そのうち天井に住み始めるぞ』
コメント欄が、いつものように好き放題に湧き上がる。
だが、それがいい。
むしろそれがいつもの俺の配信だ。
「……って言っても、そろそろ配信の方向性を考える時期かなぁ?」
思わず漏れた本音に、コメント欄がざわめいた。
『方向性って何!?』
『え、え、やめないで!?』
『お前が飛ばないと始まらんだろ!?』
『マジレスすると、今のままでいいと思います』
『そういうのはマシュマロでやって』
『次は水中アクションとかどう?』
「いやいや、そういうんじゃなくて……」
壁の上で座り込みながら、俺は素直に話す。
殺伐系は卒業したし、バトル一辺倒でもない。
アクションやパルクールも楽しいが、ダンジョンを撰んでしまう。
最近は超芸術トマソンとか、そういう方向にも興味が湧いてきてる。
身体を張るだけじゃない、別のアプローチもあるかもって、考える瞬間があるんだ。
「まあ、今日はコスプレ無しだけど……」
『おや?』
『それってつまり、次はあるんだよな?』
『着ぐるみフラグ立ったw』
『今度は和ゴスでお願いします』
『イーブンが義体化して“中の人”逆転説あるな』
『いっそ「中からイーブンです!」って脱いでくれ』
「おまえら、そういうのだけはブレないよな……」
俺は苦笑する。
でも、そのブレなさが、たまらなく嬉しかった。
くだらない冗談も、的外れな提案も、全部ひっくるめて――ここが、俺の場所なんだ。
「ま、まだもうちょい、跳んでみてもいいかもな」
視線の先、次の壁。
今日もまた、重力なんて気にせずに跳べる気がする。
☆ ◎ ◇ ◎ ☆
──東都電装 本社ビル 最上階 専務応接室
午後の陽が、遮光ブラインドの隙間から帯状に差し込んでいた。
分厚いカーペットと重厚な応接セットに囲まれたその空間で、村山専務はゆっくりと口を開いた。
「高橋部長、ちょっと古い資料を確認したい案件があってね」
呼び出されたのは、人事総務部の高橋部長。定年間近の穏やかな人物で、記録と人事の両面に通じた社内随一のアーカイブマンだ。
「……特許関係ですか?」
すでに察していたのか、高橋は静かに応じた。
だが、村山の目は、わずかにその奥を探るような色を帯びていた。
「そう。“例の件”だ。
NeoTask社からの照会、表向きは企画部の対応ということになっているが……どうも腑に落ちなくてね」
「たしかに、少々不可解な点は感じます」
「それで、君に頼みたいのは、過去に社内で処理された特許関連案件、特に自主的に対応された履歴の洗い出しだ」
「対象部門は?」
「……技術部と企画部を中心に。
時代的に、加藤部長と舟橋課長の名が関わっているプロジェクトの辺りになるかな。
それを、すべて一覧にしてほしい」
高橋の表情が、微かに引き締まる。
「目的は……?」
「社内コンプライアンス再構築のため、という形にしておいてくれ。
ただし、この調査は犯人捜しが目的で無いことを理解しておいて欲しい。
NeoTask社の裏の目的を確認するための調査だからね。
後、波風は、今は立てたくない」
「加藤部長と舟橋課長、と言う事は例の大神て……」
村山は高橋の言葉を途中で遮って、口の前に人差し指を立てる動作をする。
「了解しました。情報管理課には、私から直接指示を出します」
「……助かる」
そう言いながらも、村山は一呼吸置いて、わずかに声を落とす。
「ひとつだけ、確認させてくれ。
この件は、極めて繊細だ。くれぐれも――調査しているという事実自体が、表に出ないように。
まあ、現状だと企画部経由で漏れる可能性は無いだろうけど」
「……承知しました」
「いや、君を疑っているわけではない。だが……噂というのは、どこからともなく広がるものだ。まして今回は、火種がどこに転ぶか分からない。
特に藤波さんあたりは、ぽろっと漏らしたりしそうだからね
だからこそ、いつも以上に、慎重に頼むよ」
高橋は静かにうなずいた。だがその目には、ただの記録係ではない、組織人としての警戒心が浮かんでいた。
「了解しました。調査内容は、私と数名の信頼できる職員のみに絞ります。技術部への照会も極力避けます」
「ありがとう」
村山は深くうなずいたが、その内心では――万が一、情報が漏れた際の責任の所在をすでにシミュレーションしていた。
(高橋が漏らさなければいいが……ただ、それでも備えておく必要はあるな)
その目は、すでに次の一手を見据えていた。
☆ ◎ ◇ ◎ ☆
──イーブンの自宅兼スタジオ
配信を終えて、シャワーを浴びた俺は、リビングでポットに入れた紅茶を啜っていた。
撮れ高は上々。けど、やっぱり方向性は……ちょっと悩む。
そんなタイミングで、スマートパネルが控えめに点滅する。
PANDORA社。
来たな、コスプレ依頼第二弾――って感じか?
「はいはい、こちらイーブンでーす。どうもお疲れさまです。例のゴスロリ、未だ現役ですよ?」
『あ、それは良かったです!
今回はその続きというか、ちょっと別件もありまして……』
画面に映ったのは、以前もやり取りしたPANDORA社の広報兼開発スタッフ・青沼さん。裏方のくせにやたらテンションが高い。
『……弊社としては“あくまで表向き”コスチューム依頼として進めたいのですが、実際には特許問題での接触確認が主目的です』
「あちゃ、特許問題ですか?
と言っても、個人配信者なんですけど?」
そんな俺の言葉を無視して、話を続ける。
『実はですね……弊社の次期スーツなんですけど、商標とか意匠は問題ないんですが、製造工程というか素材の一部に特許的にちょっと微妙ながありまして』
「……まさか、その“特許”って」
『はい、ご明察。
NeoTask社の保有特許群の一部技術に、ちょっとだけ機能が類似してしまう可能性があって』
「うーん、あるあるですよね……で?」
『で、うちとしては問題にならないよう、事前に関連人物に確認したいなとNeoTask社に連絡したところ……』
少しだけ、画面越しの彼の目が真剣になる。
『向こうから正式に通達がありました。
“大神鉄也”氏の代理人として、直江竜胆が登録されていると』
「……なるほど。そう来たか」
ダンジョン探索者カード――例の本名証明機能がついたやつだ。まさか、あれがここで効いてくるとは。
……二つ持ってる事がばれたら面倒だって隠しといて良かった。
「で、俺にどうしろと?」
『表向きには、新型スーツの試着兼コスプレ案件って形で進めます。
裏は……まあ、ご挨拶と、ご確認ってことで。実際に商用化する時にまた連絡します』
「ずいぶん丁寧だなぁ。
PANDORAってそんなに慎重だったっけ?」
『今回は、相手が相手ですから。
まあ正直、個人の配信者相手なら、結構アレですけど、今回は下手に踏み込んだら火傷しかねませんし。
というか、こっちも探ってるんですよ。その特許が、なぜ今になって話題に出てくるのか』
「……ふーん」
言葉を濁した俺に、青沼さんは笑顔で畳みかける。
『まあまあ、硬い話は置いといて。
次回の衣装ですけどね、ゴスロリに限らず、学園系、メイド系、近未来装甲タイプとか、いろいろ用意してますよ!』
「……方向性がバラバラすぎるだろ。俺、どこに行くんだ?」
『次の方針は超芸術なんでしょ?
だったら何でもアリですって!
なんなら今はやりの異世界転生モノで、くっころ騎士なんてどうです?』
「ちょっと待て、女装は前提か?!」
画面が切れる寸前、彼の後ろで誰かが「戦国甲冑ミニスカVerも通ったって!」と叫んでいた。
俺はため息をついて、冷めた紅茶を一口。
「……まあ、嫌いじゃないけどな」
ちょっと声が弾んでいる気がしたが、絶対気のせいだ。
☆ ◎ ◇ ◎ ☆
──東都電装 本社ビル 情報管理室
一方そのころ、高橋部長は情報管理課の専用ルームに入り、背後で静かにドアの鍵をかけた。
すでに深夜に近く、室内は静まり返っている。蛍光灯の冷たい光だけが、黙々と動く機密端末を照らしていた。
「……該当する特許、すべて洗い出してくれ。2000年代初頭まで遡って構わない。
それと、大神鉄也という名義が含まれていた場合は一件残らず抽出してほしい」
そして、大神と言う名字だけでも念のため記録するよう指示する・。
部下が「了解しました」と短く返し、無言で作業に入る。
高橋はその様子を見届けた後、モニターの明かりだけが揺れる部屋で、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
(専務がここまで動くとはな……)
記録管理に長けた彼にとって、情報の扱いにはそれなりの匂いがある。
今回の依頼からも、言葉には出されなかった緊張と切迫がにじんでいた。
(何かある。だが、それがNeoTask社に対する警戒なのか……それとも、大神鉄也という男に対する何かなのか……)
社外の第三者を警戒するのは当然だ。
だが、それ以上に“社内に潜む火種”を消すための動きに見えなくもない。
あの専務が、ここまで慎重に布石を打つ以上――ただの企業間交渉の延長線では済まない何かがある。
(少なくとも、これは表に出したくない過去なんだろう)
自らの推察を抑え込み、高橋は短く息を吐いた。
感情を殺し、表情を消す。組織人として培った「仕事の顔」に切り替える時間だ。
「……いいか、この調査のことは、ここにいるお前たち三人以外には話すな。
関係部署への照会も私が行う。情報は一本化する」
「了解しました」
静かな返事だけが返ってくる。
やがて、キーボードの打鍵音が機械的に響き始める中――
情報という名の静かな刃が、過去の記録を掘り起こし始めていた。
【To be continued】
今回もご視聴ありがとうございました。
跳び続けるイーブンの裏で、再び動き出す特許問題の影。
PANDORA社からの依頼は“コスプレ案件”に偽装され、過去の名前「大神鉄也」が静かに浮上します。そして、専務室と情報管理室では、社内調査が密かに開始。
次回、トマソン調査の再開と“娘との日常”が交錯する、ほっこり回……かも?
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