33. そこにあるトマソン
“ぶらダンジョン”と銘打たれた、インゲンとの久々の合同配信。
アクションを抑えた探索の中で、偶然にも二人が選んだ場所が重なっていて――。
今回は、久々のコラボ枠。
遠征して行った一連のパルクール系配信が一区切りついて、さて次は何をしようかと考えていたところ――
インゲンから一本のコラボ申請が届いた。
もちろん、即OK。
内容を聞いて、思わず「それだよ!」と膝を打った。
どうやら、前に話していた「超芸術トマソン」らしきものを、インゲンも配信中に偶然見つけたらしい。
そこで、今回はお互いが見つけた“トマソン物件”を持ち寄って、一緒に調査に行くことにした。
そして本日、指定の場所で待ち合わせ。
お互いログインしてすぐ、コラボ申請をポチッと送って――コラボ成立。
画面も、コメント欄も連動して共有状態になる。
特に打ち合わせていたわけでもないのに、気づけば二人ともゴスロリ姿。
目が合った瞬間、思わず同時に吹き出す。
「うわ、そっちも!?」「そっちこそ!」
俺はトマソン調査に合わせて、例の“顔横固定型カメラ”を装備してきたが、インゲンは軽快なドローンカメラ。
画面を切り替えながら、今回はインゲン視点をメインに進めていくことにする。
「……ってことで、今日のコラボはインゲンとです!」
少し明るめのトーンで、開幕トークを投げる。
最近はアクション全開というより、少し語り寄りの配信が増えてきたので、その分オープニングでテンションを上げる工夫もしている。
『キター!イーブン×インゲン!』
『推しと推しの供給ありがとうございます』
『なんだろう、既視感あるカップル感』
『黒ゴス×黒ゴスの破壊力』
『とりあえずカメラ切替ありがてぇ』
「じゃあ、今日はインゲンの行きたい場所にしようか」
「えっ、いいの? てっきり“例の階段”に行きたがるかと思ってた」
「うん、行きたい。でも今日は、インゲンが見つけた場所から見てみたい気分だったんだ」
「ふふ、じゃあご案内します。ちょっとパルクール向きじゃないけど、興味深い地形よ」
「……とか言いつつ、どうせ跳びまわって見つけたんだろ」
「ご明察」
「よし、じゃあ今日はぶらダンジョンで行こう」
『……ぶら?』
『ブラ・ダンジョン!?』
『やめろwwwイーブンはともかくインゲンはダメだろw』
『どっちも見た目的にアウトwww』
『タイトル回収早すぎる』
「違う違う、ぶらぶらの“ぶら”。
のんびりぶらぶら歩くダンジョン探索。
ぶらり旅ってあるじゃん? あれのダンジョン版」
『あー、“ぶらたも”のノリか!』
『なるほど、ダンジョン旅情回か』
『それはそれでアリ。考察はよ』
『たまにはアクション封印してもイイネ』
『この二人で“ゆる回”?って逆に緊張するわw』
インゲン互い見合わすと、ダンジョンの奥へとゆっくりと歩き出す。
ただのコラボに見えて、実は何かが始まる予感。
そんな空気が、コメント欄の隅々にまで静かに漂っていた。
……フラグでも何でも無く、普通のコラボなんだけどな。
○ ★ ◇ ★ ○
──東都電装・企画部
「……最近、妙に空気が緩んでないか?」
誰に聞かせるでもなく呟いた舟橋に、加藤が苦笑交じりで言う。
「まあ、“反省しました”のポーズだけは取ったしな。今さら誰も本気で追及しないって思ってるだろ」
二人は、社内で“正義感が強すぎる”と密かに評される若手社員、小泉を目で追う。生真面目で融通が利かず、それでいて声が大きい、扱いやすい札。
「小泉くん、ちょっといいか」
応接室に呼び出された小泉は、すぐさま背筋を伸ばした。
「君、最近の一連の件、どう思う?」
「当然ながら、社として誠実な対応が必要だと思います!」
「……まったく、君みたいなのがもっといてくれればなぁ」
「……恐縮です」
小泉の強張った表情が、わずかに緩んだ。
(ずっと、加藤部長のように、上からの圧力に負けない大人になりたかった――)
期待通りの反応に、加藤は頷きながら上司らしい顔で言った。
「だがな、責任ってのは一部門じゃなくて“会社全体”の問題なんだ。企画部のやつらが言い逃れてるが、火元はあいつらだよ」
舟橋も横から煽るように加えた。
「誰かがちゃんと声を上げて、企画に自覚を促さなきゃ、同じ過ちが繰り返される。それが“本当の正義”じゃないのか?」
小泉の目がぎらりと光った。
「……分かりました。私が、やります」
(ちょろい)
加藤は内心で鼻を鳴らした。
舟橋も、そういや前にもたきつけて海外支社に怒鳴り込ませたりしたな、と思い出す。あのときも、海外支社には落ち度無かったのを小泉がまくし立てて、イメージだけで悪者に仕立て上げたっけ。
今回も、その流れでいけるだろう。
○ ★ ◇ ★ ○
インゲンの案内で、俺たちはゆっくりと歩いていく。
パルクールで駆け抜けるいつもの彼女とは異なり、今日の足取りは穏やかで柔らかい。
けれど、その歩き方には不思議な軽やかさがあった。足音さえ、どこか心地よく響く。
道中、彼女はふと立ち止まり、小さなことに目を向けては蘊蓄を挟んでくる。
光の角度、壁の模様、崩れた天井の素材……どれも彼女なりの“視点”で語られる。
「ここ、いい光の入り方してるな……影の落ち方が絶妙だ」
「でしょ? ここの天井、部分的に崩れてて、自然光がきれいに入るの」
言われて見上げると、朽ちた天井から斜めに光が射し込み、埃の粒がふわりと舞っている。
その奥に、まだ見ぬ景色が続いているような気がして、自然と足が前に出た。
『いつもの爆速移動と違って新鮮だな』
『光と影、こんなに綺麗だったんだ』
『まるで探検映画のワンシーン……』
『BGMが脳内再生されるわこれ』
『風景で泣きそうになるの初めてかもしれん』
静かな興奮が、コメント欄をじわじわと包み始めていた。
……ふと、足元に違和感を覚える。
「なんか、見たことある気が……」
歪んだ鉄柵、崩れかけた段差、壁の構造。
どこかで見たような、妙な既視感がある。
「しかし、この辺は初期に作られたもんだな」
「何でわかるの?」
俺は朽ちかけた樹脂の断片と、むき出しになった鋼材を指差して説明した。
「この時代の構造は、コスト優先でポリエステル系とかののエンプラ、要はガラス繊維入りのPBTとかを多用してたんだよ。
でも、ダンジョン内じゃ紫外線も湿気も無いのに、樹脂の劣化がやたら早いって、後から分かった。
ここはたぶん、その前の設計思想で作られてる」
『詳しすぎて草』
『こういう解説助かる』
『理屈で来るのいいなぁ』
『なるほど、ロストテクノロジー感ある』
そして――角をひとつ曲がった先。
視界が開けた瞬間、俺の足が止まった。
「……あれ……ここ……」
言葉が自然と口から漏れる。
目の前に広がっていたのは、まさに、俺が“次に行こう”と考えていた調査候補地だった。
「――ここ……俺、来ようと思ってた場所だ」
『え? マジで?』
『それって、前言ってた“あの場所”?』
『何この偶然……』
『引き寄せた説あるな』
「うん、次に探そうと思ってた“トマソン”、ここだったんだよ」
『スゲぇ鳥肌たった……』
『これもう運命やろ』
『はいはいロマンティック禁止』
『でもマジで映画みたいな展開』
「だとしたら、面白すぎるな。やっぱ運命的な……」
「――はいはい。探索、しよ?」
少し照れたような笑みを浮かべて、インゲンが小さく肩をすくめた。
俺も、それにつられて笑う。
なんでもない会話が、いつもより少し、嬉しく感じられた。
そして、もう一度ゆっくりと歩き出す。
“ぶらダンジョン”、はじまりには、ちょうどいい空気だった。
……ゴスロリより、モボ・モガなファッションの方が似合ってたかな?
○ ★ ◇ ★ ○
──夜・狭間家・ダイニング
湯気の立ち上るカレー鍋を囲みながら、狭間家の食卓には、最近では珍しく家族全員の笑顔が揃っていた。
「ねぇねぇ、おねーちゃんのあの動画、見せていい?」
「編集したやつ?」
「うん、パパとママが直してくれたの。かっこよくなったよ」
優翔がノートPCを持ち出し、再生ボタンを押す。
画面に現れたのは、先日のコラボ配信から抜粋した一場面。ゴスロリ衣装のインゲンと、やや照れた様子のイーブンが、ダンジョンの奥で手を繋いでいた――いや、恋人繋ぎだった。
「ちょ、ちょっと! これカットするって言ってたじゃん!」
慌てて立ち上がるインゲンの声が響いた。
「まだこんなことしてないよっ!?」
言い終えるや否や、隣でカレーをすくっていた優真が、箸を止めた。
「ま、まだって……どういうことだ!?」
「……まるで、娘を嫁にやりたくない父親の反応ね、ふふ」
美沙が茶化すように笑い、カレーの鍋を混ぜながら言った。
その一言で、ふと場が静かになる。
――娘?
そう、いつの間にか、彼はこの少女を「他人の子」ではなく、「自分の家族」として見ていた。
視線を向けると、インゲンが頬を赤く染めて、椅子に座り直しながら言った。
「そんなんじゃないよ。……父さんに、ママ」
言い終えた瞬間。
「やったー! おねーちゃんが“父さん”って言ったー!」
「“ママ”も言った! やったー!」
優翔と美菜が、声を揃えて飛び上がった。
その無邪気な歓声に包まれ、優真と美沙は顔を見合わせる。
数週間前まで、名前すら口にしてくれなかった娘が、今こうして“家族”と呼んでいる。
どちらからともなく微笑みがこぼれた。少し前まで想像すらできなかった、穏やかで、柔らかな時間。
過去の後悔も、罪悪感も、全てが消えないし、消してはいけないと思っている。
けれど……この家族だけは守らないと。
○ ★ ◇ ★ ○
――数日後、東都電装『企画部』
小泉は企画部内で大声を張り上げていた。
「なぜこの経費処理が通るんですか!? 業者との契約更新に関しても、ガバナンスがザルじゃないですか!」
突然の“監査官”ムーブに、企画部員たちは戸惑いを隠せない。
「小泉さん、それは別部署の――」
「黙っててください! これは会社としての問題です!」
彼は指示権限を持たぬまま指導を始め、無理な是正を命じ、パワハラまがいの叱責も行った。
止めに入った課長が「コンプライアンスに反しますよ」と穏やかに諭しても、
「そんな些細な問題ではありません!」
と即答したという。
その報告を耳にした加藤と舟橋は、顔を見合わせて苦笑した。
「やりすぎたな」
「いや、むしろちょうどいいんじゃないですか?
ああいう奴を処分することで、うちは真剣に取り組んでますってポーズが取れるんで」
「スケープゴートってやつだな」
そう言って、加藤は資料を閉じた。
「……まあ、俺らはあくまで事実を伝えただけだからな?」
逃げ道を確保しながら、なお悪足掻きを続ける彼ら。
だが、その足元では、静かに地雷が踏み固められていた。
【To be continued】
お読みいただきありがとうございます。
次回、再び動き出す特許問題の影。
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