32. 黒幕たちの沈黙
今回は学生服風の“白服”でパルクール回!
奇妙な構造物「トマソン」との再会、そして美沙の調達改革、村山専務の静かな反撃……
それぞれの変化が交差する。
いつものように、休息所に設けられた姿見の前で配信スタート。
今日は久々にゴスロリで無く、白の学生服……と言うより、海軍第二種軍服《白服》と言うやつで、ご想像通りPANDORA社の支給品。
背後には、いつものドローンが浮かんでいる。
……なんか最近NeoTask社中心に、俺で遊んでないか?
この三社、微妙に仲良いんだけど。まあ、知ってたけど。
「さて、前回もチラ見せしたけど……今日の相棒は、こいつ!」
カメラを向けると、小ぶりで鈍い光沢を持つ拳銃――ベレッタM1935が画面に映る。
1930年代のイタリア製。口径は.32ACP(7.65mmブローニング弾)で、軍用としては非力と思われがちだが、旧日本軍の将校たちが好んで持ち歩いた実績ある弾種だ。
スマートな見た目で人気ある第二種軍服にちょっとクラッシックだがおしゃれなデザインの
「見た目はほぼ一緒だけど、M1934とは別物。こっちは.32ACP、あっちは.380ACP。よく間違われるんだよね……っていうか、俺も昔間違えてた」
『違いがわからんマン参上』
『イタリア人すら混乱してそう』
『逆にそのへん選ぶのが渋いよな』
「撃ちやすくて好きなんだけど――」
俺は左手ででセーフティをつまみ、くるっと180度回転させる。
「この安全装置ね、こうやって“回す”の。当然ながら片手で操作なんて無理・無茶・無謀。
現代銃と感覚ズレてるから、反射で撃とうとするとちょっと焦る」
ついでにマガジンも抜き、カメラの前で見せる。
「装弾数、8発。まあ、浪漫で補ってください」
ウィンク一発。コメント欄が盛り上がるのを確認してから、俺は片手で壁を叩き、スタートの合図。
「よし――行くぜ、超芸術パルクール回!」
□ ● ☆ ● □
──調達A
美沙が新たに任された部署は、最初は書類すら整っておらず、備品も配置されていない一室にひとりきり、そんな状態だった。
それでも、美沙はひとつずつ整えていった。
最初に手を付けたのは、経理との連携だった。
「調達Bは備品や文房具、事務消耗品中心。でも、企画が必要とする特殊アイテムや試作品関係は本来、調達Aが手配すべきですよね?」
経理課のベテランに頭を下げ、ルートの見直しを打診する。
次に訪れたのは庶務。
「以前から気になってたんです。
文房具と違って、あっちでもこっちでも、同じものを違う値段で買ってるって」
庶務のOLが目を丸くしながらも頷いた。
そして企画部。
「今後は、発注申請は経理A経由でお願いします。私が調整しますので、煩雑な申請処理は簡略化できます」
最初は嫌な顔をされたが、試験運用で手間が減ったのを実感すると、徐々に態度は軟化していった。
「まさか調達に助けられるとはね。雑務から解放されるの、ありがたいよ」
「経理でも助かってます。請求と実績のズレ、明らかに減りました」
庶務の若い女性も、ある日ぽつりと漏らした。
「お高くとまってる人かと思ってましたけど……案外、話しやすいんですね」
照れくさくなった美沙は、返す言葉に困って笑った。
(……少しは、変われたのかな)
□ ● ☆ ● □
視界が斜めに傾く。足裏の感覚だけを頼りに、壁面へ踏み出した。
錆びた鉄柵、剥がれた漆喰、ぶら下がるチェーン。俺は鉄柱を蹴って、勢いを殺さずに反転、天井近くのパイプに両足をかけて一気に跳ねる!
「うぉっ……っと、ギリギリ!」
今のは梁の向こう側にある配管へ飛び移る“つもり”だったけど、踏み出しが少しズレた。だが――俺の体は減速せず、滑らかに空間を横切った。
『いやいや、今のジャンプ何!?』
『中空で軌道修正してたぞ!?』
『マリオが泣くぞこれw』
「え、ジャンプ? ……したっけ?」
口ではとぼけているが、俺自身、体の動きに不自然さを感じている。
スローモーションで再生したら、たぶん“物理”がおかしい。
着地時の反発。
滑りすぎる壁。
水平移動の加速感。
感覚がバグってる。でも――楽しい。
□ ● □
ふと、俺は足を止めた。
「……ん?」
視線を落とすと、そこにあるのは――壁にしか見えない“斜面”。
だが、よく見ると、石材が不自然に段になってる。整いすぎてる。崩れた……階段?
「これって、まさか……トマソン?」
カメラを寄せて角度を変えると、確かに数段が斜めに、壁の一部に沿って沈み込んでいる。
「塞いでる、っていうより……封印してる?」
『出た! トマソン回!!』
『えっ、これどっかで見たような……』
『インゲンの配信、ちょっと似てなかった?』
『いや、勘違いかもだけど、階段っぽいとこあった気がする』
『やっぱ考察班の出番か』
コメント欄が熱を帯びていくのを、俺は静かに見つめた。
「見てこれ、撤去じゃなく保存。
物としての価値を失ってるのに、手を加えず残されてる……これぞ超芸術トマソンってやつだね」
指先で触れた石の冷たさが、かすかに震えていた。
「次回はここ掘る回、決定だな。あー、ゴスロリ合わせるか、久々に」
『合同回待ってた!』
『またおそろ?ww』
『神回確定!』
「よし。……今日はここまでにしとく。お楽しみは、続くってことで」
そう言って、俺は再び壁に手をかけた。
跳ねるような身体。
重力を笑う脚。
そして、俺自身もまた――この歪な空間の一部になっていく。
□ ● ☆ ● □
その夜、美沙は台所に立ち、食卓を囲む準備をしていた。
「今日、唐揚げ? やったー!」
「しかも大盛り!」
皿を並べる優翔と美菜の笑顔を見ながら、美沙はふと、以前の自分を思い出す。
食事も別々、会話も最低限。あの頃は、こんな笑顔があっただろうか。
「……最近、一緒に食べられて、うれしいな」
ふいに優翔がぽつりと呟いた。
「うん。……みんなでご飯って、けっこういいかも」
インゲン──翠が、誰とも目を合わせず、ぽつりと呟く。
一瞬、時間が止まったような静けさが流れた。
その空気の中、美沙と優真がそっと目を合わせる。長年、噛み合わなかった歯車が、ようやく動き出したような気がした。
二人は、自然に笑みを浮かべた。
□ ● ☆ ● □
――会議室C、特別対策会議
白を基調とした会議室に、冷えた空気が流れる。
村山専務の指示で集められた出席者は、藤波執行役員、加藤部長、舟橋課長、そして企画部・知財部の各担当者。
会議の冒頭、村山専務は静かに資料に目を通していた。
その手元には、先に企画部が提出した「外部対応の整理資料」が置かれている。
「……よくできていますね」
声を発したのは村山だった。場の全員が顔を上げた。
「このまとめ、あとで詳細を教えてもらえますか?
――少し、企画部の方とだけ」
一瞬、空気が止まったような沈黙。多分叱責されるのだろう、そう感じたが、誰も異を唱えなかった。
藤波は形だけ頷き、加藤と舟橋はそれぞれ薄く笑った。
その後の質疑応答は、村山が終始無言のまま進行を見守り、時折短く頷く程度。
やがて定刻になり、会議は解散となった。
「……では、ここで解散とします。お疲れ様でした」
出席者たちが退室していくなか、企画部の若手社員だけが部屋に残された。
村山は扉が閉まったのを確認すると、低い声で言った。
「NeoTask社の役員からはっきり聞きました。――“企画部は関係ない”と」
企画部員は一瞬息を呑んだ。
だが村山は、彼らを責めるような視線ではなく、むしろ労うような目で見つめていた。
「資料は素晴らしい出来でした。表に出すことはありませんが、社内向けの証拠として活用させてもらいます」
「……ありがとうございます」
「もう一つ。今後、私に直接報告できるルートを設けます。
ここにいる全員、守りますので」
深く頷いた若手たちが退室すると、村山は一人、端末を開いた。
【信頼部下宛タスク:即時指示】
・加藤部長および舟橋課長のメール・会話ログ確認(社内・社外含む)
・法務に依頼し、企画部除外の通知文保存
・NeoTask社開発部との非公式接触記録を確認
・“調査対象部門の異動履歴”照合(関係者特定のため)
彼はタブレットの画面を閉じると、冷えた緑茶に口をつけた。
村山は、顔色一つ変えずに言った。
「――今さら怒るほど、若くないんでね。ただ、見過ごす歳でもない」
それは、静かながら確実な一線を感じさせる言葉だった。
【To be continued】
ご覧いただきありがとうございました。奇妙な“封印階段”が再び登場し、トマソンの謎は次なる段階へ。美沙の働きぶりも周囲に認められ、家庭には小さな笑顔が戻りつつあります。一方、村山専務の静かな怒りは、加藤・舟橋の背後へと忍び寄る――。次回、遂にトマソン配信です。




