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その四

俺たちの希望だよ、漆原。

 そう言って、河野は白い歯を光らせる。

「いや、いや、いや、いや」

 ぼくは首を横にふりながら、プラスチックケースを河野のリュックサックに押し込もうとするが、手首をがっちりと掴まれてしまった。

万力のような強さだった。


「なぜ、やらない?」

 

 むしろお前がなんかしらのスポーツをやれと思った。

なんだ、この馬鹿力は。

というか、お前学校になんてものもってきてんだよ。

「いや、こういうのっていわゆるオタクがやるもんだろう? しかも、十八歳未満お断りって、やってるのばれたら警察とかに逮捕されるんじゃないの? あ、そういえば、この前ニュースで見たんだよ。下着泥棒の自宅捜査したら山のようにこの手のゲームがでてきたとか、」

「漆原、お前は真実の愛、永遠の愛を知りたくはないか? 

お前だって女性に傷つけられこころを病んだ言わば同志じゃないか。

見てくれ、この俺の身体を。傷心により、飯がのどをとおらず三キログラムも痩せてしまったこのボディを!」

「むしろ、もっと痩せろよ。

ずっと言おうと思ってたけどシャツぱっつぱっつなんだよお前!」

「えいえんはあるよ。ここにあるよ?」

「……元ネタが判らないから、反応の仕方に困るんだよ」


「おーい、漆原」


 アダルトゲームを挟んでの押し合いへし合いに興じていると、教室の出入り口から里崎(さとざき)清一(せいいち)先生が顔を出し、手招きをしていた。

里崎先生はぼくたちのクラスの生担任で、担当科目は現代国語と古文。

年齢は不詳だが、白髪の数から想定するにおそらく四十代後半だと思う。冴えない中間管理職みたいな雰囲気の里崎先生だが、教え方は丁寧でわかりやすく、生徒の悩みにも真摯に向き合ってくれる情の深い人なので、他クラスでも人気の先生である。

 ぼくは仕方なしにアダルトゲームを鞄の底に押し込むと、里崎先生にうながされるまま廊下にでた。

「ごめんな、休み時間なのに」

 里崎先生は眼鏡の銀縁に手をかけて、すまなそうに笑う。

「全然いいですけど、なんの用です?」

「漆原、このまえ部活やめていま無所属だろう? うちの校則でな、生徒はぜったいに、どこかの部活に所属してなくちゃいかんのよ」

「ああ、なるほど」

「やっぱり運動部とかがいいか? 漆原走るの、速かったろう。体育祭とか大活躍だったじゃないか。先生のあいだでも話題になってたんだぞ。漆原、あいつあれ、陸上部になったほうがいいってな」

「いや、陸上部はちょっと……」

「それともやっぱりバスケ部に戻るか? 顧問の先生さみしがってたぞ? 次期キャプテン候補がうんたらかんたらって、」


「──バスケ部には戻りません」

 

思ったよりも、おおきな声がでた。

 廊下をわたる生徒の視線が、一瞬だけぼくに集まる。

 

しかし、里崎先生は暢気な顔をして「そうか」とうなずくだけだった。

「それだったら、うちにこないか?」

「──文芸部、ですか?」

 意外な、提案だった。

「ちょうどひとり退部した子がいてな。このままだと廃部の危機だから、漆原さえよければと思ったんだけど」

「ぼくが?」

 思わず、自分の顔を指さしてしまう。

「でも、ぼく小説とかまったく読んだことないですよ?」

「これから、読み始めればいいだろう」

「それは、そうでしょうけど」

 ぼくには、少し敷居が高い気がする。

そもそも文芸部ってどんな活動をすんだろう? 

例えばみんなで一つの詩や純文学を評論しあったり、自分で小説を書いてみたりするのかもしれない。村上春樹の新作がでるたびに書店に列をつくり、スタバで意味もなくMacを開いてみたりするのかもしれない。太宰治にかぶれて、ブロン錠やヒロポンに手を出したりしてみるのかもしれない。

「いま、変なこと考えてるだろう。漆原」

「え?」

「別に取り立てて小難しい活動なんてしないさ」言って、里崎先生は仕方のない笑みを浮かべた。「実は、いま部員たったのひとりだけなんだよ」

「……それ、部活っていうんですか?」

「いわないよなぁ、普通。だからそもそも活動のしようもなくてさ」

 恥ずかしそうに白髪頭をかく里崎先生が、なんだかいたたまれなくなる。

「いいですよ。そういった理由なら」

「ほんとか、漆原」

「生憎時間なら腐るほど余ってるんですよ。それと別に、毎日部室に顔をださなくてもいいんですよね?」

「ああ、週に二回。もし、気分が乗らなければ一回でもいいんだ。ただ、今日の放課後はかならず部室に顔だしてくれ、入部届と、それから和菓子を用意するからな。今日は漆原の歓迎会だ」

 そういって里崎先生は、カーディガンのポケットに手を突っ込み、手品の種明かしをするように、ぼくの目の前で握りこぶしを開いた。

「これが、部室の鍵。スペアはあるけどなるべくなくさないように」

「ありがとうございます」

 受け取って、ぼくは手のひらの鍵をしげしげと眺めた。赤さびの浮いており、なんとなく歴史を感じさせる。

「あと、お前にひとつ朗報だ。部員はなんと、可愛い、可愛い女の子だぞ。よかったな、漆原」


 

 すこしだけ未来の話をすると、確かに、好好爺然として笑う里崎先生の言葉に嘘はなかった。

 しかし、もうすこしだけ詳しく話を聞くべきだったとぼくはのちのち後悔をすることになる。だけど、こう考えることもある。おそらくぼくは、この赤さびの浮いた鍵をうけとった時点で、とあるジェットコースターに乗り込んだのだ。山があり、谷があり、最後はどこに行きつくかもわからない、

 そんなジェットコースターに。



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