その五
放課後。
三々五々帰っていくクラスメートの脇を小走りでぬけ、ぼくは文芸部の部室へ向かっていた。
県立岩城第三高校は、左から体育館、本校舎、別館の計三棟が、校庭をコの字型に取り囲むようにして建っている。
本校舎は県立高校としては比較的小奇麗な部類に入る。
トイレはすべて様式だし、リノリウムの床はワックスのおかげで乳白色につやつや光っている。各階ごとに自動販売機が配備されているし、先月耐震工事を終えたばかりなのでちょっとの揺れではびくともしない造りになっている。
それに比べて旧校舎は、戦前からそのままの形でのこる木造校舎で、トイレは、和式便所ならぬ汲み取り式のぼっとん便所だ。ぼくは、この高校にはいってからはじめて、バキュームカーを生で見た。
生徒はあまり旧校舎にはよりつかない。わりと、おどろおどろしい雰囲気がある建物だからということもあるけれど、そもそも向かう理由自体があまりなかった。
煙草を吸う不良か、もしくはホテル代をけちったカップル。ぼくに考えられるのはそれくらいのケースだった。教室の大半は物置小屋になっていて、過年度の広報やテスト用紙の束が山積みになっている。
そんな廃校舎目前の旧校舎五階、
階段をあがって一番手前の教室が文芸部の部室だった。
おそらくクラス名が明記されていただろう赤茶色の銅板のうえには、ガムテープが張られており、そのうえに油性ペンで「文芸部」と走り書きされている。
「ほんとうにここであっているのだろうか」
天井を見上げると、蛍光灯に蛾の死骸が浮いていた。
ためらいながらも、南京錠に鍵を差し込んで戸を開くと、室内はおもいのほか整頓されていた。ぼくは、なんとなく肩透かしを食らった気持ちになりながら部室に足を踏み入れ、花柄のカーペットにあぐらをかいて辺りを見回す。
まず、入口をのぞく部屋の三方向に木製の本棚が設置されているのが目についた。
阿部公房、
井上堅二、
冲方丁、
江戸川乱歩、
乙一、
角田光代、
京極夏彦、
作家名で五十音順に並べられており、付箋の代わりにコンビニのレシートが挟まっていた。
部屋のまんなかには数人が昼食をとれる幅の卓袱台と、デスクトップパソコンが置かれていた。NEC製、しかも最新式である。
そして部屋の隅には、駄菓子と空気清浄機、あとはなぜだかマミー型のシュラフまで敷かれており、部室というよりはまるで私室の様相だった。
ぐでん、とカーペットに横になり、軽く目をつむると、遠くで甲高い金属が響いた。
さらに耳を澄ますと、吹奏楽部の演奏や、演劇部の発声練習が聞こえてくる。あ、え、い、う、え、お、あ、お、か、け、き、く、け、こ、か、こ、
なんとなく、胸が切なくなった。
自分だけが置いてかれるような、そんな焦燥感が、砂が水を吸うように全身に広がっていき、身体全体は砂袋のように重たくなる。
ガキの頃の自分が、いまのぼくを見つけたらなんていうか、考えるだけで精神的に落ちてくるのがわかる。ぼくの今後の将来に劇的な展開なんておこりっこない。相応の努力をして、やっと届く高さの安定にしがみついて、好きでもない仕事をしているうちに、きっと死んでいく。そんな、身の丈にあった人生を送ることになる。
漆原倫太郎12歳、悪いがお前の将来の夢は叶いそうもないぞ。
「失望させて悪かったな」
「べつに、失望なんてしていないんだけど」
──しょうもない独り言に、返答がかえってくる。




