第6話 女郎蜘蛛の血脈
「何だって! 馬に乗って二人で王都へ行くだと? 子爵令嬢が考える事とは思えねぇな」
ユナが俺に提案して来たのはパープルトン子爵家が所有する彼女の愛馬に跨り、二人で王都へと向かうと言う随分と思い切った計画だった。
俺はてっきり手紙とかを用意してくれるもんだとばかり思っていたからな。
どうやら自分が今まで貯めた小遣いだと言って金貨の入った革袋まで持参して来やがったから驚いた。
「あら…… 自信が無いのですか? 侯爵領の英雄と謳われた方の息子なのでしょう?」
いや、その本人なんだがな。
それにしても何か腹の立つ言い方じゃねぇか。
今の俺には何も出来ないと皆で決めつけやがって…… だったらやってやろうじゃねぇか!
この時の俺はユナの思惑通りに動かされているなどとは露にも思っていない。
女郎蜘蛛の血脈がしっかりと娘に受け継がれていたなんて思いたくもないからな。
「では…… 愛馬ヘンリエッタを連れて来ますわ。 すぐに参りましょう。 遅れれば気付かれて連れ戻されてしまいますもの」
おいおい、随分と急だな…… まぁ、確かに俺達だけでなんて許してくれる筈もねぇよな。
「途中で俺の家に寄ってもいいか? 荷物も持って行かなきゃならねぇからよ。 なぁに、いつでも旅立てるように準備はしてあるから時間は取らせねぇさ」
「畏まりました。 ユナは嬉しゅうございます」
その言葉通りに嬉しそうな顔をして馬房へと向かうユナを見送った俺は彼女が戻って来るのを待つ。
馬に乗って旅に出るのはいいが、あのドレスを着たまま乗るつもりかね?
それに…… 真っ赤になった尻で馬に乗って大丈夫だろうかと心配になる。
「お待たせ致しましたわ。 それでは参りましょう」
俺の考えていた事は杞憂に過ぎず、ユナは可愛らしい赤い乗馬服を着てやって来た。
どうやら馬術の腕前も中々のようだぜ。
俺は彼女の愛馬に跨ると手綱を握り、馬を走らせる。
ユナは俺にはしっかりと抱きつくようにしがみ付いていた。
馬に乗って旅に出た経験は数知れないからな。
慣れたもんだぜ。
「ここが貴方の家ですの? 初めて訪れましたが昔は母もここに暮らしていたそうですね」
ユナの言う通り以前暮らしていたままヴィッチの部屋は、まだそのまま残されている。
居なくなった者の部屋を残しておいたアンナやライリの思いはわからねぇが、アイツらなりの仲間意識みたいなものがあったんじゃねぇかな。
「ああ、二階にあるぜ。 覗いていくか?」
「はい、少し興味があります」
俺が荷物を持って馬に載せる間、ユナにはヴィッチの部屋で待って貰っていた。
荷物を馬の鞍に吊り下げた俺はヴィッチの部屋へと彼女を呼びに行く。
「待たせな、準備は終わったぜ。 どうした?」
何やらユナが手にした物を眺めていた。
気になって近付いて確認すると、それは俺がアイツにやった婚約指輪だった。
この家に置いて行ったのかよ…… まぁ、今の旦那に見せたくは無いよな。
「この指輪は母の物でしょうか?」
俺に気付いたユナに問われて思わず苦笑いを浮かべちまった。
「そうだ。 俺が…… 俺の父親がお前の母親に贈ったものだ。 今や部屋の置き物になってるみたいだがな」
ちょっと複雑な思いはするが仕方ねぇよ。
「そうですか……」
ダイヤモンドが散りばめられた指輪をユナが何やら思い詰めた表情で見つめていた。
「そんな事よりも早く行こうぜ。 馬ならば次の宿場町まで日が暮れるまでに着くと思うが、場合によっちゃあ野宿になっちまうからな」
俺が部屋を出るとユナも後を追いかけて来る。
そして二人は馬上の人になる。
「さぁ、王都カラミティへ向けて出発だ!」
「アンナ様! 何処を探してもご主人様の姿が見えません。 以前まとめていた荷物も無くなっていますし…… まさか一人で王都へ向かったのでは無いでしょうか?」
パープルトン子爵邸から帰宅したライリとアンナは人気の無い家の中を探したが、彼の姿が見えない事に不安を隠せないでいた。
「そんなに馬鹿じゃない筈よ。 一人で行くなんて……」
街中をランニングしているのでは無いかと思いたいが荷物が無くなっている事は彼が何も言わずに旅立った動かぬ証拠だろう。
「アンナ様…… これって……」
ライリが床に落ちていた指輪を仕舞う入れ物に気付く。
中身は空っぽで何も入っていない。
「これはヴィッチさんの婚約指輪の入れ物の筈よ」
二人は顔を見合わせる。
彼が旅立ったとして何で指輪の入れ物が落ちているか見当もつかない。
そんな時に外から馬の嘶きが聞こえたかと思うとヴィッチが家の中に駆け込んで来る。
「彼はいるかしら? どうやらユナが家を出て行ってしまったの。 あの子が愛馬と一緒に消えてしまったのよ」
青い顔をしたヴィッチはライリが手にしている指輪の入れ物を目にする。
「ライリさん、それは?」
ヴィッチが忘れる筈も無い宝物だ。
この家に来る度に抱いて寝ている程だった。
「そこの床に落ちていたんです。 中身は空でした。 これはヴィッチ様の婚約指輪の入れ物でしたよね?」
ライリから手渡された入れ物を開けて中を見たが、やはり空で彼との大切な思い出でもある婚約指輪は消えていた。
「もしかして…… ユナ様が?」
彼がヴィッチの婚約指輪を持ち出すとはライリには考えられない。
まず最初に思い浮かぶのは彼女の娘のユナになる。
「多分…… いえ、きっとそうに違いありません。 あの子が彼をそそのかしたのです。 だってあの子は女郎蜘蛛と呼ばれた私の娘ですもの!」
指輪を持ち去られたヴィッチ自身にさえも、犯人は娘のユナとしか思えなかった。
「いいえ、女郎蜘蛛と呼ばれた女はもういないと、あの日ご主人様も言っていたではありませんか? その貴女が産んだ娘さんですよ」
ライリの慰めの言葉を聞いたヴィッチが、その場に蹲って涙を流す。
夕陽が射し込む家の中にヴィッチの嗚咽だけが響いていた。




