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3.僕の「こたえ」と「かいとう」

長くなってしまいましたぁぁぁ

今日僕は朝早く起きた。

(ふぅはぁ。中々に緊張するなぁ。今まではずっとマニアレベルだったけど。

ちゃんと、僕自身が答えを出すときだ)

可笑しな緊張感に包まれながら僕の「こたえ」を自分なりにまとめてみる。

(これと、これがこうだから...。って「せいかい」なのかなぁ

正直な話、なぜ僕に、というところではある)

朝ごはんを済ませる。深呼吸を二度ほどする。まだ出かけるまで二時間ほどある。

(もー。緊張しすぎだって!僕。大丈夫、大丈夫。そうだ!課題やろう)

緊張をほぐす事も兼ね、課題を進める。

(あ〜むっず。何このレポートの文献。難し。

テキストやば。難しすぎる。キツ先に聞かなきゃ。えっとー)

難しいテキストの問題に手間取り、キツ先にラ◯ンで聞く。

(このテキストの解き方どうやるんですか?と。既読はや。

えっと、へー、懐かしいねその問題。それはね、教えるの難しいから家行っていい?

なるほどね。じゃあ明日とかにするか。今からは流石に厳しいだろう。

そうですね、「ぜひ」と言いたいのですが、このあと予定が立て込んでおり、また明日にはできませんか?。既読はや。

わかった!明日午後に行くね。私もフリで教えてほしいとこあるからお願いしちゃうね。

明日の午後ね。予定はないから、課題進めるか)

その後1時間半ほど課題をして、孤児院へと出向く。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

孤児院へついた。いつも通り門の前の大きめの石が敷き詰められた砂利道を通る。

もう一度だけ、大きく深呼吸をする。館内へ。

昼前からなのか、カレーのようなスパイシーな匂いが体中を駆け巡る。

薬剤のにおいや、スパイス、なにかよくわからない甘い匂いまで。

すべてが鼻を、肺を、脳を支配する。その支配の鎖から逃げ出そうと大きく深呼吸をする。

震える手を、まだ混乱している脳を、ただ決まっている決意を、「こたえ」を胸に

職員室の扉をノックしようとする。

「あら、じゅり先生。思ってより早く来られていたのですね」

ヒュッ

心臓が大きく高鳴る。今までずっと考えを、言い訳を考えていた僕自身が高鳴る。

「はい。一応色々と準備をしてまして。それに遅れてしまっては失礼ですからね」

(不自然ではないだろうか。大丈夫だろうか)

「お気遣いありがとうございます。

ところで、率直な質問なのですけれど...」

(腹のさぐりあいといったところか)

「はい。どうされましたか」

少し声が震える。

「失礼かもしれないですけれど...。

憐上さんと、じゅりさんってその、交際ってされてるのですか?」

(はぁ。なるほど?これは、どういう意図だ?交際してるのかって?僕とキツ先が?

釣り合うわけがない。それに、キツ先が好きな人などそもそもいるのだろうか)

「あー、交際してないです。同僚?上司?先輩?といった感じです。

僕には釣り合いませんよ笑」

なかば自虐ぎみに笑う。

(これは正解か?不躾ではないか?)

「そうですかね。憐上さんは美人さんですけど、じゅりさんも美人さんですよ」

「ありがとうございます。まぁ、阿紫さんは学内でもかなり有名ですから、敵は多いです笑」

(そろそろ本題か?いや、まだか。まだ早いか)

「では、本題へ行きましょうか」

(予想通りだ。探り合いは終了だ。ここからは真剣に行かねば)

「えぇ。本題というのもどこかおかしいですけれど」

心の中に粘っこい感情が渦巻く。

乾いた口で濃厚なクリームを食べたような。

「そうですね。えぇと、僕が調べた限りではですね。

大きく可能性として考えられているのは、2つです。

1つ目は、比較的科学的なものです。

環境と感覚の共有ですね。

そのまえに一つ確認が。こちらの施設では、子供達が寝ている場所はあちらの大部屋でよろしいですか?」

「えぇ。ふふっ」

奏さんが優しく笑う。

ガクッと優しい笑みに体から余分な力が抜ける。

「あぁ。すいません。私達なんだか堅苦しくて。可笑しいなと。失礼しました」

「いえいえ。こちらこそ、気楽にいきましょう。っていても中々難しいですが」

「えぇ。そうですね。えぇとどの部屋で寝てるかですよね。

基本的に大きめの部屋ですね。集団で寝ているのは。あの大部屋は遊戯用なので寝ないですね。

もう少し大きくしたかったのですが...。

この児童養護施設は古くからあります。

ですけど、五年前くらいに大改装をしたのでかなり綺麗な方です。

最近全国で老朽化とか、そもそも保育士の人数が足りなかったりでどんどんなくなっていっているんです」

奏さんの目が寂しげに曇る。

薄く雲がかかった空のようだ。太陽の光さえ薄暗く、黒い鳥がよく目立つ。

「あぁ、話が逸れましたね。寝ている部屋は主に幼児、小学校3年生くらいまでの男女が寝る部屋。

ここはそれなりの大きさがあります。

あとは、同性同士で1~3人の小部屋を使ってます。そこで勉強したり寝たりしてます。

流石に、子供と言っても中学生、高校生なんか大人みたいなものですから。

異性と寝させませんし、寝たがらないですよ。

この児童養護施設はそれなりの大きさなので部屋一つ一つが小さくなってしまって。

できればもう少し大きくしてあげたいのですが」

「なるほど。では今回同じ夢を見た子供たちは同じ部屋で寝てたんですか?」

「そうですね。同じ部屋で寝ていました」

「その五人は、隣同士又は一箇所に固まっていますか?」

「さ、さぁ。寝るときは子どもたちに任せているので。

子供たちが自分の布団類を持って、好きなところで寝るというのが大まかなルールですので、

寝る場所や、構成などは深く詮索しないですね」

「そう、ですか。では、本題です。

1つ目の感覚の共有と状況についてです。

これはある海外の大学の論文を記事にしたようなものです。

要約すると、

同じ部屋や同じ環境で複数の人間、これはなるべく年齢が近かったり、友人関係などの普段からよく関わっている人物ですね、が寝ると同じ夢を見る事例があるそうです。

理由としましては、その部屋内の匂い、光、温度、湿度、音など外部からの刺激を、

睡眠中の脳が拾い、夢として見せてしまう、という事例だそうです。

こちらの事例と状況や場面は一致しています。故に最も可能性の高い考えでしょう」

「そうですね。確かに五人が隣同士など固まって寝ていたのならば、十分にありえるでしょう。

しかし、その論文の実験の被験者は成人後ですよね。きっと。

では、まだ小さな子供にもそのことが言えるのかどうか...。そこが課題ですよね」

「そうですね。僕も詳しく見ていないので成人しているかどうかはなにも...。

ですが、幼児の脳はまだ成長途中。なので成人者より多感なのではないでしょうか。

僕自身親が元医者というだけで医学の知識はなにもないので、かなり適当ですが」

「そうなりますね。では2つ目の意見を、お願いします」

「はい。2つ目の可能性は、超常現象です」

「はぁ。超常現象、ですか」

「はい。実のところ1つ目の意見を発見したのは昨日のことで。

それまでずっと超常現象の類だと思っていて。

なぜなら実例や証拠。そんなものが圧倒的に不足していたのです。

それにヒットしたサイトのほぼすべてが超常現象のようなオカルトチックなものばかりで。

歴とした証拠から実例。それらのすべてがないのです。

あるのは怪しげな体験談のみで...」

「そうなのですね。確かに一見怪しいというか、疑わしいというか。今までそんなことがなかったものですから」

「なるほど。なので、どちらの可能性もありえます。どうでしょうか」

「そうですね。信じるか信じないかは私達次第というわけですか」

「そうなってしまいますね。ところで少し質問を」

「えぇ。よろしいですけど。なにかご不明な点が?」

「いえ、些細なことなのですが。こちらの施設、防犯カメラが多いな、と思いまして」

奏さんが驚いたような顔をする。

「そうですかね。そこまで多くはないと思いますが。なにか不都合な点が?」

「いえ、そういうわけではないのですが。なにか監視されているような気がして。落ち着かないなぁ、と」

「それは申し訳ございません。ですが防犯上の理由なので取り外すことはできかねますね。

それに普通の人であれば気になさらないので。質問は以上ですか?」

「はい。あぁ、ですが最後に一つだけ」

「はい。何でしょうか」

()()()()()()()()()()()()()()()

奏さんが再度驚いたような顔をする。と、同時に耳の当たりの髪を少し撫でる。

「えっと、それは、どういう...」

「あはは。とぼける必要はありませんよ。それにあなた達も気づいておられますよね?施設長さん?」

そういって僕は何故か入口のドアのほぼ真上についている防犯カメラに目を向ける。

「どうされます?このまま僕が話しましょうか?それとも実際にお会いになりますか?」

奏さんが気まずそうな表情をうかべる。

「どうぞ、こちらへ」

そう案内する。

「こちらが施設長室です。ではごゆっくり」

そういい、ドアを開ける。

きぃ

軽い鉄の音を鳴らし、奥の光景が目に入る。

「失礼します。はじめまして」

中には高級そうなテーブル。それを囲うように左右それぞれにソファが。

そして、ドアの真正面には少し赤みがかったような茶色の革に、金色の肘掛け。

そこから視線を上へと移す。

そのソファに座っているのは、初老というには少し若いような年齢の男性がいた。

手には絆創膏が目立ち、丸メガネをかけている。細部に刻まれたシワやシミがどこにでもいそうな、優しげな雰囲気を纏っている。きっと、若い頃は相当のイケメンだったのだろう。そんな雰囲気さえも感じる。

「ようこそ。はじめまして、というのはおかしいね。私は一方的に見ていたのだから」

目立つような声ではない。しかし、耳をそっと撫で、声で微笑みかけてくるような、心地の良い響きが

なぜか、一層緊張を逆撫でする。

「えぇ。あなたがこちらの施設長さん、でいらっしゃいますか?」

「はい。いかにも。私が施設長の、南風 珪呀(はえ けいが)です」

「南風さん...。僕、私?は...」

「フフフッ」

南風さんが優しく笑う。そよ風のようなそんな笑みであり、笑い声だ。

「いえ、失礼しました。なにせ私自身も敬語には慣れておらず...。

施設長なんて肩書ではなく、ただの子供好きのおじいさんだと思っていただければ」

「ありがとうございます。では改めて。僕は宮水 珠鯒といいます。

こちらで、ダンス教室をさせていただいており...って存じ上げておられますか」

「えぇ。前任?の憐上さんから、聞いておりますよ。なにせスカウトされたほど上手だとか」

「いえいえ。そんな。僕はまだまだ下っ端ですよ」

「フッフッフ。私も若い頃はそんな男だったなぁ」

「南風さんはお若いころは何をされていたのですか?」

「私は、俳優をやっておったよ。それなりに有名だったんだ。だが、ある日からガラリと変わってしまってなぁ。良くも悪くもですね」

「ある日?その頃からこちらへ?」

「そうですね。ある日は、まだ晴れていたっけ。ある日、といいますか。ある期間といいますか。

その、ある日、ある時間で私は大切な人と出会い、ものすごい体験をしました」

「大切な人?それは奥様でしょうか」

「はい。そうです。私の妻は、ここ、ではないのですが。児童養護施設の出身でして。

よければ写真を見ますか?最近のはあまりなく、45歳くらいのものですが」

そう言ってある一枚の写真を見せてくれた。

(うわっ。すご。美男美女すぎるでしょ。本当に45才?

昔の南風さん超イケメンじゃん。クール系だ。さすがは俳優なだけある。

隣にいるのは...こっちも可愛い。小柄だな。すごい知的だ。どこかで見覚えが...。)

「フフフ。そこまで凝視されると照れますね。あまりうまく撮れていないものですから」

「いえいえ。どちらもすごくおきれいですね。ところで奥さんは今どちらに...」

「妻、ですか。妻は今、私の心の中に居ります。この写真にそっくりな美しい笑顔で居りますよ。

彼女も子供が好きだったので」

最近の話をしているような口ぶりなのに、目はどこか遠いところの見ていて、耳は小さなそよ風の囁きに委ねるように。されど、心の中の温かいものを二人の両手で

優しく包み込むように大事に、大事に話してくれる。

「彼女は、雪といいいましてね。探偵をしていたのですよ。とても知的な方でね。

ですが、彼女には辛い思い出があったのです。幼い頃親に暴力を受けていたようで...。

それで、児童養護施設に行ったそうなのです。

私と初めて出会ったときの彼女は、そんな空気を微塵も感じなかったのですよ。

いえ。きっと感じさせないように頑張ってくれていたのです。

初めて会った、ある日の後も何度か会うようになったのです。

それで偶然二人の趣味が会っていたもので、そのままお付き合いさせていただくことに。

ドラマみたいにロマンチックにはいかなかったのですがね。

ですが、私は彼女と一緒に過ごした日々が宝物でした。いいえ、宝物です。

きっと、王家の宝物箱(ほうもつばこ)なんかではなく、海賊みたいな輩のような

金銀財宝をありったけ詰め込んだような宝箱です。ですがそのほうが嬉しいでしょう?

その宝物はすべてが幸せにはいきません。

彼女の幼き日のトラウマが、私達の邪魔をするのです。

彼女が突然、深夜に家に来て、と連絡することはしばしば。私はそのたびに飛んで行き、

彼女に持てる限りの愛情と誠意で包み、彼女を、彼女の心を温めました。

彼女は人の多いところ―特に夜のネオン街ですね、を嫌いました。

私はそのたび、人気のないところを選んで遊びに行き、夜までには必ず私の車で送り届けていました。

私が深夜、隣でする音で目が覚めると、私のすぐ隣で彼女が泣いていました。

私はそのたび、彼女の背中をさすり、椅子に座らせ、飲み物を持っていき、一緒に楽しい話をしました。

そうすると彼女は笑ってくれたのです。

ですが、それと同時に私は彼女のトラウマを、思い出を、苦しませている悪しきものを、

どうにもできていないのだと、まだ彼女が苦しんでしまっていると、責任感に絡められていました。

そんな日々を送りながらお付き合いして3年目の記念日に私はプロポーズをしました。

場所は私の家。朝から一生懸命準備をして花瓶を買って。花を植え。

なれない料理を勉強して。彼女を呼びました。

彼女とは、昼間から一緒に散歩をしたり、カフェに行ったり、映画を見たり、いつも通りのデートをしました。実を言うと私達は週に一度と言っていいほど遊びに行くのが好きだったのです。

その後夕方。暗くなりすぎないうちに、私の家へと行きました。

そして帰ってきて私は料理を振る舞いました。彼女はとてもうれしそうな、驚いた顔をして

美味しそうに料理を食べてくれました。そのことがたまらなく幸せで、柄に合わず

ハグしてしまいそうになるほどでした。料理が食べ終わったあと、私は彼女に指輪をプレゼントしました。

サイズはピッタリです。

彼女は喜んで受け取ってくれました。すぐにつけて光にかざしたりもしてくれました。

私はすぐに泣いてしまいました。彼女はそんな僕を優しく撫でて、ありがとう、と精一杯の

笑顔で手を差し伸べてくれました。そのトパーズ色の手をろくに握ることもできないまま、

私は立ち上がり、思いっきりハグをしました。

その3日後事前に予約しておいた式場私達はささやかながら式をあげました。

私の仕事仲間や両親をいっぱい呼びました。

そうしないと彼女の前だけ寂しげになってしまいますから。

その日その時に私は、彼女の長い髪も、しなやかな指も暗い過去だって、全部愛すと誓いました。

全部を守り抜くと誓いました。誓ったのに。誓ったのに。

結婚生活は順風満帆に進みました。子供も一人生まれました。

彼女に似た可愛らしい女の子です。私達は琥雪と名付けました。

私はどちらにも今まで以上の愛を注ぎました。

彼女を手伝い、労いました。琥雪と一緒に遊んだりもしました。

二人でいたとき以上に大変でしたが、すごくすごくかけがえのない時間でした。

ずっと、続くんだ。そんな勝手な妄想をしてしまうほどに。

崩壊というのは突然でした。音さえしないほどでした。

出会いに理由なんてありません。ですが別れには必ず理由があります。

それが僕自身の問題でなくても。

結婚してから20年目の記念日の一週間ほど前。

彼女は、琥雪の習い事のダンスの送迎をしていました。午後の7:00ちょうどくらいです。

コール音が響きました。きっとその時なにか嫌な予感なんかがしていれば、良かったのに、なんて

思ってしまいます。ですが私は何も考えずに電話を取りました。

聴こえてきたのは、若い男性の声と遠くで鳴っているようなサイレンの音でした。

もう電話の内容はほぼほぼ覚えていません。

しかし、奥さんとお子さんが事故にあって。意識不明の重体で。帝都記念病院にいますぐお越しいただけますか?

その言葉だけがずっと、ずっと、耳の奥に住み着いて、くすぐるように呼び覚ましてくるのです。

ここからは警察の方から聞いた話になってしまうのですが。

琥雪と妻を乗せた車は十字路にさしあたりました。いつも通っている道でした。

そのとき彼女らの車側の信号は赤でしたが、左には進めるようになっていました。

彼女らは左に進むため、ハンドルを切りました。

左側の横断歩道に差し掛かったとき、ある信号待ちをしていた男の子の帽子が飛んでいったみたいです。

彼女らは急停止。後ろからきたトラックに追突。弾き飛ばされた反動で電信柱へ正面から。

即死だったらしいです。私が見たのは彼女らの香りも痕跡も何も無い。

ただのぐちゃぐちゃになった車だけでした。きっとそれしか目に入らなかったのです。

正直な話、ショックが強すぎてあまり覚えていないのです。

それから警察の方々の検死が一日程度挟まりました。

そこから葬儀屋さんとの打ち合わせなんかもあり、彼女らと会えたのは2週間後でした。

お葬式には私の親族が少し来てくれました。あとは琥雪の学校のお友達です。

安らかな顔と私のつらい気持ち。2つが反発しているようでどこか悲しくなりました。

彼女らの周りに添えられたオレンジの花々。

それらがあの日みた夕焼けのような、トパーズのような色であったのです。

琥雪にこんな色だったんだよって教えてあげました。雪、妻に懐かしいねって言ってみたり。

帰ってこない反応でさえも枯れてしまった涙を潤せないほど疲れ切っていました。

ですが、棺が閉められる瞬間。あの日の夕焼けが山に消えるみたいで風穴が空いたような気がしました。

最後まで安らかに眠っていたのを見て思わず涙がこぼれました。

今まで演技で幾度となく泣いてきました。

でも、あれほどに、しょっぱく、鋭く、粘っこい、舌を思い切り傷つけるような涙は初めてでした。

それから少し立った頃。この施設から、施設長になってくれないか、と依頼を受けたのです。

生前妻は、この場所で施設長をやっていました。

それに彼女だけが見ていた景色をもう一つでも知りたいと思ったのでしょう。

私は喜んでそれを受け、いっぱい苦労をしてきました。

気づかぬうちに、消えた夕焼けから、10年余り経っていました」

そう言い終えると、潤った目をしきりにこすっていた。

「失礼しました。少し思い出話がながくなりすぎましたかね」

精一杯の強がりだった。僕はこんなにきれいな強がりをみたことがなかった。

「いえいえ。とんでもない。こちらこそ辛いお話を思い出させてしまって...」

「ありがとうございます。そうそう、お母様はお元気ですか?」

「え?はい。元気にしています」

「そうですか。今や日本を代表する作家さんですものね」

「えぇ。お陰様でといいますか...ってご存知なんですか?」

「そうですよ。昔会いましてね。結婚式にも行きましたよ」

「えっと、どのようなご関係で...」

「そうですね。旧友、いや有名人と学生時代にクラスが一緒のファン。のような」

「一度も名前をお聞きしたことがなかったものですから」

「ふふふ。宮内さんも、お忙しいのでしょう。曙さんの次回作に期待ですね」

「あ、ありがとうございます。母にも言っておきます。

ところでですが、何故僕にこのようなことを?」

「そうですね。まずは何故あなたがこの仕掛けに気づいたのかをご説明願えますか?」

「えぇ、はい。まずはじめに違和感を持ったのは奏さんが僕について初めて知ったような

反応をされたことですね。今思えばそれもきっと演技なのでしょうが。

そこから事前に資料が用意されていたこと。

また、まともな説明を受けておらず、信用に足る人物かわからないのに渡したこと。

あの資料には名前や年齢。境遇まで書かれていましたから個人情報保護なんてなかったのです。

いくら子供といえど、いえ大事なお子さんだからこそ安易に個人情報は渡せないはずです。

夢についての詳細も詳しく載っていました。

そして、これらすべてを個人の調査のみでやってのけたと言います。

流石に無理があるのでは?と。段々と不審になりましたね。

それに途中での追加情報。個人の調査なら子供全員に聞くのが普通です。

ですが、少し経ってからの情報。言い忘れていたにしろ不自然です」

「そんなに前からですか。若い頃の私に似ていますね」

驚いたように目を開き、懐かしむように哀愁を含んで笑う。

「えぇ。ですが、確信になったのは今日ここへ来てからですよ。

ここへ来るときに色々と周りを見渡してみたんです。

まずひとつ気になったのは、入口の道の砂利。普通は歩道にしますよね。子供もいるのですし。

そして、玄関の入口の真上に置かれた防犯カメラ。普通はこんな所へ置きません。

それに、それの真反対にも防犯カメラがありました。

流石に多いですよね。まるで死角をなくしているかのようでした。

最後に、奏さんの仕草です。返答に困ることがある前に必ず耳のそばの髪を触るのです。

ただの癖かもしれませんが、触る耳は一方のみですし、それ以外のときには触りません。

そこで、なにか耳につけているのではないか。そう例えば、イヤホンとかですね。

目に入ってきた違和感はこれくらいです。

話していく中でもどんどん不自然は増殖していましたよ?

まず、奏さんがこちらのことを、資料内では「孤児院」と言ってたのに、

先程は「児童養護施設」と言っていました。「児童養護施設」のほうが正式らしいですね。

それに、僕が「子供たちの寝ている場所は近くですか?」と聞いた際に、

「わからない」と答えたのです。

寝ている夢の内容を詳しく調査しているのに、寝ている場所がわからない。

おかしいですよね。

あとは、質問の仕方、表情、声色とかですかね。

どことなく、自分の疑問を晴らす、というよりかは、相手の意見を聞いている。

そんな感覚に近かったので。どこか試されているような感じでした。

そこで、カマをかけてみたら、狼狽していたのが見て取れました。

髪も頻繁に触りましたし、なにより玄関の上の例の防犯カメラに視線を寄せていたんです。

そこで、監視されている、というのに気づいたわけですよ」

「ふふふ。何もかもお見通しというわけですか。素晴らしいですね」

「ありがとうございます。ですがここでもう一つだけ僕の推理を聞いてもらえますか?」

「え、えぇ。いいですけれど...」

「ありがとうございます。ではなぜこのようなことをしたのかですね。

僕が考えるにそれは...。

過去に何かあったのではないでしょうか?()()()()()()()()、です」

南風さんが心底驚いた顔をして、諦めたように笑みをこぼす。

「ほう。その心は?」

「まずそう思ったきっかけですね。

それは、ここに来るまでの防犯カメラや砂利道などです。

砂利道は、音をさせることで来訪者を事前に感知するため。

異様な数とも言える防犯カメラは、いち早く侵入者を見つけるため。

玄関の眼の前に壁があり、左右どちらかに曲がらないと中に入れないのは、

外から中の様子を探られないため。

僕がダンス教室をした体育館も二重扉に大きな窓は上の方に。

下にある窓は小さく格子がつけられていましたし。

ここまで徹底した防犯意識。異常とも言えますよね」

「ふっふっふ。なんともすごい。並外れた洞察力ですね。

こんなに頭がいいのにダンスができる。羨ましい限りです」

「そんな。今回はたまたまといいますか」

「謙遜はいいですよ。本当に素晴らしい。では私もお話しましょうか。

これは、妻から聞いた話です。

昔、この施設はこことは少し違う場所にあったのです。

30年程度前ですかね。妻はそっちに住んでいたのです。

私と妻が30歳程度になった頃でしょうか。

その頃には妻はもう、施設長になっていました。なにせ人材不足らしいのです。

夏の日だったでしょうか。その日は妻の帰りがひどく遅く。

泊まることになるかもしれない、と連絡が入りました。

なので私は琥雪にそのことを伝え、ゆっくりと過ごしていました。

彼女が帰ってきたのは翌日の正午ごろでしょうか。彼女から色々と聞きました。

一昨日の昼ごろ、不審者が施設に侵入したこと。

とある子供の名前を叫んで走り回ったこと。

その姿が大事な宝物を奪われた子供みたいな顔をしていたこと。

複数の子供に怪我を負わせたこと。

一人の子供を目にすると、目を輝かせて近づいたこと。

その子をしきりに撫でたり抱きついたりしたこと。

でもその子の名前は、不審者が叫んでいた名前とは違うこと。別人であること。

その後警察に通報をして取り押さえてもらったこと。

多くの子供にトラウマを残してしまい、影響を与えたこと。

その不審者は、数年前に成人した子の父親であること。

不審者は、職、妻、金を失い、ふと自分がかつて虐待した子供の存在を思い出し、

近くにあったという施設へ来てしまったこと。

そんな悲惨な事件です。

幸い死人となるような大事故ではなかったのですが、トラウマは絶大なものでした。

子供たちは、常に何かに怯えるような目をしてしまうようになりました。

それに彼女だってです。

妻は、その不審者の姿がかつて自分を傷つけていた輩に見えたのでしょう。

例の発作とも言える症状を数カ月の間、発症してしまったのです。

それにより、自宅で療養。急遽代理で施設長を変える自体にまでなったのです。

それから数年後。その施設に残っていた最後の子供達が成人したあと、

元々助けを必要としている子供が多いとされていたこの地域へ移転してきたのです。

その際に、再発防止のために防犯意識の高い建物にしました。

このテストは、来訪者―特に長期の方ですね、を安全な人物が見極めるためです」

「なるほど。で、僕は合格ですか?」

「もちろんですよ。信用に足るどころか、味方にほしいくらいです」

「ふふ。キツ先はどうだったんですか?」

「憐上さんは昔ここへ来ていたということもありますし、

特段怪しい雰囲気もなかったものですから、簡単な質問だけしてOKでした」

「僕は怪しい雰囲気があった、というわけですね?」

「痛いところをつきますね。

正直に言いますと、怪しかったですね。

お顔が整っていらしていますし。どこかミステリアスですし。

ですが、ミステリの話になったときに口が達者になるところで少し怪しさは減りましたよ」

「そんなところまで見ていらしたのですね。お恥ずかしい」

コンコンコン

扉がノックされる。

「お話はおわりましたか?」

奏さんが顔を覗かせる。

「あの方は職員さんですか?」

「えぇ。私は職員です。といっても、事務のような仕事なので」

「彼女は、副施設長をしていただいているのです。とても優秀な方で。頼りになります」

(あの若さで副施設長!?すごいなぁ。でもそれだけ人材不足なんだな。

僕も力になれれば)

「偉い人でしたか。もっと丁寧な言葉を使えば...。不躾ですみません」

「いえいえ。まさかこのことを見抜かれてしまうとは。驚きましたよ」

柔らかく笑う。ひだまりのようだ。

(なんだかこの施設の人たちは、奏さんといい、南風さんといい、

柔らかい感じの人ばかりだな。過ごしやすい)

「南風さん。そろそろ次のご予定が...」

「あぁ。そうだったね。ではお先に御暇させていただきます」

「では僕も」

そう言って、部屋の出て帰路についた。

南風 珪呀…児童養護施設の施設長。元俳優。

南風 雪…児童養護施設の元施設長。故人。南風の妻。

南風 琥雪…珪呀と雪の子供。故人。

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