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ずっと、これから何度でも

 東谷がプロジェクトマネージャーを務める、新規プロジェクトのリーダーに選ばれてしまった俺は、全体のスケジュール管理を中心に任された。

 そして、東谷へのプレゼン選考結果で選ばれた三人の計五人でチームとなった俺たちは、会議室を一つ貸し切り、来週に迫った本社へのプレゼン準備に追われていた。

 俺はメンバー決めのプレゼン選考会から立ち会ったのだが、将人は急に降りたらしく、選考会に姿を現わさなかった。

 最初は将人の機嫌を損ねてしまったと、慌てて取り繕うメールを何度もしたが、将人からはいつまで経っても返信はなかった。

(まあ、なにかあれば言ってくるだろうし……)

 元々月に一度の待ち合わせと、仕事を回される時にしか連絡は取り合っていなかった。

 なにかあれば将人から言ってくるだろうと自分に言い聞かせ、今は目の前の仕事へ集中することにしていた。

「勇利さん。ちょっとこの件でご相談が……」

 パソコンへ向かう俺の元に、プロジェクトメンバーの一人である林が、難しい顔をしながら、手に持っていた書類を俺に差し出した。

 プロジェクトマネージャーである東谷は、外部との打ち合わせで席を外すことが多いため、東谷が不在の時は、俺に指示や判断を任されていた。

 書類を受け取って目を通すと、俺はパソコン画面の脇に貼っておいた付箋を剥がし、林が差し出した書類に貼り付けた。

「この件なら調達先に話はつけてある。ここに書いてある連絡先にメールすれば、すぐに対応してもらえるはずだ」

「えっ……?」

 俺が手渡した書類を受け取ると、林は驚いた顔をして、俺の顔と書類を何度も交互に見比べた。

「……? なにか不思議なこと言ったか?」

「あ、いえ……。俺、この件って勇利さんへ事前に相談してましたっけ?」

「されてはないが、林が入れていた共有スケジュールを見て、後で必要になるかもしれないと先に連絡しておいたんだ。スムーズに取り掛かれた方がいいだろ?」

「あ、はい……。ありがとうございます」

 不思議そうな、でも何か納得しないといった表情を浮かべながら、林は自席に戻っていった。

(俺、何かまずいことしたかな……)

 顔合わせの時から、俺がリーダーであることに対して不服な様子は、メンバー全員から感じ取っていた。

(まあ、当たり前だよな。急に俺がリーダーなんて、なにかの間違いだって思うのが普通だ。企画部でもない、営業課の平社員だし……)

 それでも、東谷に任された以上は精一杯やろうと、俺は気付かないフリをして真摯に仕事へ向き合い続けた。

 だが、顔合わせから三週間が経った今も、メンバーからの深い溝は未だに感じていた。

(集中、集中……)

 重たくなる気持ちを振り払うように、俺は静かに息を吐きだすと、パソコンにまた向かい始めた。

 すると、自席に戻った林が思い立ったように席から立ち上がると、すぐに俺の元へ戻ってきた。

「あの、勇利さん……」

「ん、なんだ?」

 俺は手を止めて林を見上げると、林は少し困ったような、でも何か言いたそうに俺を見下ろしていた。

「ん? どうした? 何か困ったことでも……」

「お、俺! 勇利さんのこと尊敬してます!」

 急に大声で選手宣誓のように手を高く上げて言い出した林に、俺は思わず目を丸くする。

「は、林? どうしたんだよ、急に」

「俺、この会社向いてないってずっと思ってたんです。何をしても失敗ばかりで……。でも、このチームに呼んでもらえて、勇利さんにいっぱい助けてもらって……。相談する大事さを学ぶことができました」

 たしかに林は、一人でなんでも抱え込む傾向だった。

 だが、決して仕事ができないというわけではなかった。

 きっと、今までは相談できずに一人で仕事を進めてしまって、最善の方法に辿り着かなかっただけだろう。

 俺は林を見ていてそう思ったため、こまめに声掛けをして、フォローするよう心がけていただけだ。

「いや、俺は声をかけていたくらいで特になにも……」

「いえ! 嫌な顔しないで相談に乗ってくれて、タスク管理のフォローまで……。俺、勇利さんのおかげで、今すごく仕事が楽しいって思えるんです。きっと、ここにいる全員がそう思ってます。な? そうだよな?」

 林の問いかけにつられる様に、自席に座っていた残りのメンバー二人も頷いていた。

(嘘……)

 俺はずっと溝を感じていた三人から、そんなふうに感じてもらえていたなんて思いもよらず、胸が沸き立った。

「あ、ありが……」

「正直、最初はなんで勇利さんがリーダーなんだって思ってたんですけど……。アルファなのに偉ぶったりしなくて、本当に尊敬します!」

 お礼を言おうとしたが、林が胸元に両手で拳を作って力説した言葉は、俺の胸に強く突き刺さった。

(アルファなのに……か)

 本当はオメガだというのに、アルファだと偽っている俺に感謝と期待を向ける三人の視線は、俺に後ろめたさを感じさせた。

 素直に受け取ることができない善意に俺は気持ちが落ち込むが、必死で覆い隠すように笑みを浮かべた。

「……。そうか、それはよかった。でもそれは、みんなの実力があってこそだ。たしかに、林は細かい数字やタスク管理は苦手だが、林の行動力や機転力は本当に目を見張るものがあるし、俺も見習わないといけないって思ってるよ」

 席を立ち、俺は林の肩を軽く叩いた。

「頑張ってる。十分みんな頑張っているけど、来週の本社プレゼンまで、もうひと踏ん張りしような。よし、気合入れるためにみんなのコーヒーでも買ってくるわ」

 俺はまるで逃げ出すように、慌てて会議室を出た。

(こんな気持ちで仕事するなんて……真面目に仕事へ向き合っている三人に失礼だろ)

 仕事の頑張りを認めてもらえたことは単純に嬉しかったが、それ以上に後ろめたさが勝ってしまう。

(本当はオメガなのにって……。ああ、くそっ)

 バカなことを考えていると、頭の中を掻き消すように、速足で歩きながら首を振った。

 そうこうしているうちに、廊下の共有スペースに置かれた自販機へと辿り着くと、そこには一番会いたくない相手がいた。

「将人……」

 

 

  


「あれ? 彼氏は一緒じゃないのか?」

 将人は片手で缶コーヒーを持ち、誰もいないと分かっていながら、俺の後ろを鼻で笑いながら探すそぶりをした。

「彼氏って誰のことだよ」

「東谷に決まってんだろ。それとも他にも相手がいるのか? 俺の知らない間に随分お盛んなんだなー」

「東谷は仕事のパートナーなだけだ。変な誤解はやめてくれ」

「ヘーヘー。そんなこと言って、どうせアイツと寝たんだろ? 寝たに決まってるよなー? そうじゃなきゃ、お前がプロジェクトリーダーなんかに選ばれる筈がないしな」

 将人はゆっくりと俺に近づき、俺の顎を片手で鷲掴みにした。

「お前がそういう打算的なことできるなんて、知らなかったから見直したわ。さすが……」

 掴まれた顎を少し上に向かされ、俺の耳元に将人の顔が近づけられる。

「この、あばずれオメガ」

「……っ」

 掴まれた顎を振り払うことさえできない俺には、何を言われても奥歯を噛んで、我慢することしかできなかった。

「頼むから将人、手を離してくれ……。こんなとこ誰かに見られたら、将人だって困るだろ?」

「いいじゃねーか、見せてやれよ。淫乱なオメガは、こうやって身体で仕事とってるんですってな」

 俺の首筋を指先で撫で上げながら、将人はまた耳元で囁いてきた。

「噛み痕は、もうアイツに見せてやったのか?」

「そんなわけ……」

「なんだ、まだなのか? 俺はてっきり全部ぶちまけて、東谷にお涙頂戴で縋ってんだと思ってたけど違うのか?」

「縋ってなんか……」

 違うとはっきり言い切りたかったが、たしかに過去のことを東谷へ全て話したのは事実だった。

 そのことが俺自身、無意識に東谷へ縋ろうとしていたのではと思い、言葉に詰まってしまう。

「東谷は……何も関係ない。だから何度も……」

「じゃあ、俺から話してやろうか? それで来週のアレは東谷を誘って三人でやるか? お前の可愛い後輩にさー、見せてやろうぜ。お前が番である俺を欲しがって、必死に腰振る姿をさー。僕、淫乱オメガなんですーてな。そしたらアイツ、どんな顔すっかなー?」

「……っ!」

 下衆な笑いを浮かべながら俺の首筋を撫でる将人に対して、悔しさと虚しさ、怒りと悲しみ、一言では言い表せない感情に苛まれる。

(もう、これ以上は……!)

 俺はとうとう我慢できずに、将人の手を叩くように払い除けた。

 すると、一瞬だけ驚いた表情を見せた将人だったが、すぐに怒りを露わにし、俺の胸ぐらを片手で掴んだ。

「いってぇな、ふざけんなよ。俺に楯突いて許されると思ってんのか? 調子に乗るのも大概にしろよ、クソオメガが」

(クソオメガ……か……)

 幾度となく将人に蔑むことを言われ、本当はそのたびに傷ついてきた。

 傷つくたびに、言われてもしょうがない存在なんだと、自分に言い聞かせて気持ちを押し殺してきた。

(俺は……)

『オメガだとか番がいるとか、そんなこと関係ないです。重要なのは勇利先輩の気持ちですよね?』

 今になって、東谷の言葉にどれだけ自分が救われたか気付かされる。

 こんな俺でもいいと言ってくれた東谷。

 俺の代わりに怒ってくれた東谷。

(俺は……俺は……)

 震えそうになる手を隠すようにグッと両手を握りしめると、俺は覚悟を決めて将人を睨みつけた。

「いいかげん、なんでも思い通りになると思うなよ……」

「は? 何言って……」

「俺はもう、お前のおもちゃにも道具にもならない。だからもう……全部終わりにしよう」

(そう。全部終わりに……)

「お前、今自分が何言ってんのか分かってんのか?」

「分かってるよ」

(分かってる……。だからこんなにも震えているんだ)

 俺は震えを将人に悟られないよう、必死に手と足へ力を込めた。

「へぇー……おもしれー。お前が今すぐ俺の目の前からいなくなっても困んねーけど、困るのはお前自身なんじゃねーの?」

 たしかに将人がいなければ、俺がオメガだということを隠して生きていくことはできない。

 将人との関係を終わりにすることの意味は、俺が一番分かってる。

(それでも……)

「俺はもう……それでも終わりにしたいんだ……」

 緊張で喉が乾き、思わず声が掠れてしまうと、将人はバカにするように鼻で笑って、缶コーヒーへと口を付けた。

 そして、俺の胸ぐらを片手で掴みながら、缶コーヒーを俺の頬へコンコンとノックをするように当ててきた。

「ふーん、俺は用済みってわけか。悲しいなー、俺。捨てられちゃうんだー。仕返しに、今すぐお前がオメガだってバラすかもなー」

(ついこの間までの俺なら、この脅しが怖くてしかたなかった。でも、今なら……)

 小さく息を吸い込んで、俺は真っ直ぐ将人の目を見た。

「……構わない。俺は元々……ここにいるべき人間じゃないから……」

(そう。最初から俺はここにいるべき人間じゃないんだ)

 コネ入社し、アルファだと偽りながら仕事をして、慕ってくれる部下へ勝手に罪悪感を感じる。

 こんな自分勝手な嘘で固められた不誠実な人間が、真剣に仕事へ取り組んでいる人間のそばに居てはいけない。

(本当は東谷とも、最初から出会うべきじゃなかったんだ……。でも……)

「……」

 俺の予想外の反応に驚いたのか、将人は少し驚いたように目を見開くと、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

 そして、胸ぐらを掴んだ状態で俺の身体を揺すり始めた。

「おいおい、本気かよ? 俺への借金はどうすんだ? 俺は一括でしか受け取らないって、昔言ったよな?」

「お金は……今月のボーナスが入れば、全額になる予定だ」

「は……? まじかよ?」

 将人は驚いたように目を丸くした。

 借金の額が額だったため、こんなにも早く、俺がお金を貯められるとは思っていなかったのだろう。

 信じられないという顔をしていた将人だったが、何かを思いついたのか、すぐに不敵な笑みへと戻った。

「ふーん。どうせ、東谷にでも出してもらったんだろ? それとも、パパでも作ったのか? その汚い身体で」

「……」

 蔑んでくる将人に、これ以上何を言っても無駄だと俺は口を紡ぐと、将人は苛立ちを露わにした。

「おいッ! 人の話、聞いてんのか!」

「聞いてるよ。いいかげん、その子どもみたいな癇癪起こすの止めたらどうだ?」

「てめぇー……。やっぱ、東谷に養ってもらおうって魂胆だな? 最低だな、この寄生虫が!」

「……」

「アイツも物好きだなー。アルファなら選り取り見取りだっつーのに、わざわざこんなキズモノを選ぶなんて」

(……! 誰のせいでキズモノになったと……!)

 俺は湧き立つ怒りを感じるが、唇を噛みしめて我慢した。

(キズモノ……。そうだよ、俺は嘘で固めた汚い存在なんだよ。でも、東谷はこんな俺でもいいって、手を差し出してくれたんだんだよ……)

 本当の気持ちを東谷に伝えることはできなかったが、オメガでもキズモノでも構わないと言ってくれた。

 そのおかげで、少しだけ自分で自分を、認めてあげられた気がした。

 あんなに優しい東谷を好きになった自分を。

 初めて人を好きになった相手が東谷だった自分を、少しだけ誇りに思える気がした。

 手を取ることはできなかったけれど、俺はきっと、この気持ちだけで生きていける。

(前を……)

 俺は目を逸らさず、真剣な目で将人を見つめた。

「東谷は……たしかに俺を選んでくれた。でも、勘違いだってちゃんと理解してくれたよ」

(だから今なら言える。将人に脅されても、東谷を巻き込まなくて済むから……)

「なんだ、東谷に捨てられたのか? それで自暴自棄ってか?」

「違う。東谷の人生に俺は必要ないってだけだ」

「ふーん。まあ、勝手にしろよ。お前がオメガだってバラしてもいいならな」

「……。将人の自由にすればいい。お金を貸してくれたことは感謝しているけど、もう……お前の言いなりにはならない」

 俺はそう言い切ると、俺の胸ぐらを掴む将人の手首を手で掴み、離れさせた。

「俺、忙しいから」

 言い捨てるようにして、俺は将人に背を向けて立ち去ろうとした。

「……! ふざけんな! 何、勝手に終わりにしようとしてんだよ!」

 だが、慌てた様子の将人に肩を掴まれて止められたため、俺は振り向いて将人を睨んだ。

「なんで俺に執着するんだよ? 俺以外に相手がいるんだろ? いいかげんこういうのはやめて、その子を大事にしろよ」

「……! お前、それをどこで!」

 将人は片手に持っていた缶コーヒーを、絨毯の敷かれた床に落とした。

 そして、両手で俺の胸ぐらに掴みかかると、俺の身体を近くにあった自販機へ強く押し付けた。

「ッ……!」

「言えッ! どこだ! どこで何を見たんだ!」

 床に落とした缶コーヒーで、自身のスラックスの裾が汚れたことも気にせず、目を見開いて俺を睨みつける将人は大声を上げた。

「えっ……あっ……」

 俺は見たこともない将人の取り乱した様子に思わず萎縮してしまい、言葉に詰まってしまう。

「言え! 何を見たんだ!」

「な……何か見たわけじゃないよ……。この前、将人の背中に引っ掻き傷があったから、それで……」

「……チッ」

 舌打ちをした将人は投げ捨てるように、掴んでいた俺の胸ぐらから乱暴に手を離した。

「あー、くそっ!」

 足元に転がっていた缶コーヒーを壁に向かって思いっきり蹴っても、まだ気持ちが収まらない様子の将人は、俺をまた睨みつけた。

「誰にも言うんじゃねーぞ!」

「……!」

 まるで忠告するように、俺が背にしていた自販機を思いっきり殴ると、背中から全身に振動が伝わってくる。

 俺は怖気づき、黙って頷くことしかできなかった。

 そんな俺に将人は背を向けると、そのまま何も言わずにどこかへ行ってしまった。

(一体、なんだったんだ……)

 将人の大声を聞いて数人の野次馬が集まってくる中、俺は将人とは思えない取り乱した様子に驚きが隠せないまま、呆然と立ち尽くしてしまった。 

 

 

「コーヒーを買いに行ってたんじゃなかったんですか?」

 会議室に戻ってくると、打ち合わせを終えて戻ったばかりと思われる東谷が、入口のすぐそばに立っていた。

「あっ……」

 東谷に首を傾げられた俺は、両手を見て、自分が何も買わずに戻ってきてしまったことにやっと気が付いた。

「……? 何かあったんですか?」

「あ、いや……別に……」

 先程あった出来事を正直に話すわけにもいかず、俺は咄嗟に顔を逸らして言葉を濁した。

「勇利せんぱ……」

「あ、勇利さん!」

 東谷が何かを言いかけるが、俺が戻ってきたことに気付いた林が、慌てた様子で走り寄ってきた。

「今さっき受付から内線がきて、勇利さんに来客らしいです。アポはとってないって話だったんで、一階のロビーで待たれているようです。珍しい苗字の方ですね」

 林から差し出された付箋を受け取り、俺は書かれていた名前を確認した。

(世羅……? 聞いたことないな……。それに俺へ来客って……)

 取引先や学生時代まで遡っても、俺の記憶の中で世羅という苗字に心当たりはなかった。

(こんな珍しい苗字なら忘れるはずもないのに……)

 不審に思いながらも、今もロビーで待っていると言われたら無視するわけにもいかず、俺は受け取った付箋をスーツの胸ポケットにしまった。

「すまない、またちょっと席外すな。コーヒーはロビーにあるコーヒーショップで買ってくるよ」

 俺は回れ右をして会議室をまた出ようとすると、東谷が俺より先にドアを開けた。

「一緒に下まで行きますよ」

「……。別に、俺一人で行ける」

「そう言わずに。僕、実はお昼まだなんで、何か買ってきたいんですよ」

 東谷の顔を見上げると、有無を言わせない笑顔を浮かべていため、俺はこれ以上拒んでも無駄だと思い諦めた。

「わかったよ」

「それじゃあ、行きましょう」

 俺は東谷と会議室を後にして、並んでエレベーターホールに向かった。

「……。らしくないですね、勇利先輩が忘れるなんて」

(やっぱり、さっきのコーヒーのことか……)

 東谷の性格上、俺の奇妙な行動を放っておくはずもないと分かっていたが、俺は誤魔化すように首の後ろを掻いた。

「あ、ああ……。コーヒーな。ちょっと考え事してたら、つい、な……」

 俺はまた言葉を濁すと、後ろめたさを感じて、歩く速度が速くなってしまう。

(東谷にはちゃんと言わないと……。でも、なんて? もう将人には抱かれないって? 振った相手に言って何の意味があるんだよ。でも会社を辞めるなら、東谷に言わないと……)

 そんなことを考えているうちに、足取りが次第に重くなり、俺は足を止めてしまった。

「勇利先輩?」

 俺の異変に気付いた東谷は、足を止めて振り向いた。

「あ、あのさ……。東谷……」

 顔を上げて東谷を見つめるが、俺には続く言葉が見つからなかった。

「いや……。なんでもない」

 首を横に振りながら、俺は東谷の横をすり抜けるようにエレベーターホールへ向かい、指先でボタンを押してエレベーターを呼んだ。

(早く来てくれ……)

 だが、そうやって願うときに限ってエレベーターは中々来ない。

(うう……)

 東谷が心配そうな表情でこっちを見つめていることに気付いていながら、俺は黙って俯いてしまう。

「あの、勇利先輩……」

「なんだよ?」

 ぶっきらぼうに答えてしまった俺の態度に、東谷が息を飲み込むのを感じた。

「疲れ……させてしまってますよね。勇利先輩に甘えている部分があるので、業務量で負担をかけてしまっていると自覚はしているんですが……」

「えっ……」

 思ってもみなかったことを心配されて、俺は思わず焦ってしまう。

「いや、違うんだ。そういうわけじゃないんだ……」

(俺が疲れていて、コーヒーを買い忘れたって勘違いしたのか……。でも、俺に甘えているということは、頼られているわけで……)

 今、そんなことで喜んでいる場合じゃないと分かっていながら、東谷の何気ない言葉に嬉しくなってしまう自分がいることを思い知る。

(本当、単純でバカだな俺って……。でも、せめてこの気持ちだけは、ちゃんと伝えないと……)

 俺は俯き気味だった顔を上げて、東谷を真っ直ぐ見つめた。

「大変じゃないっていえば嘘になる。けど、こんな大きな仕事を任せてもらえて、林達にも頼りにされて……。正直、嬉しいと思っている。それに、お前っていう最後の砦があると思うと挑戦できて、俺はすごく助けられている……」

「えっ! 僕が、ですか?」

 驚きの声をあげる東谷に、俺は首を傾げた。

「当たり前だろ。今更何言ってんだ」

「いえ……。それって、僕が……勇利先輩の役に立ってるってことですか?」

「だから、最初からそう言って……」

 俺が言いかけたのは、東谷が急に顔を背け、自分の顔を手で覆い隠したからだった。

「……? 俺、何か変なこと言ったか?」

「いえ……。嬉しいんです。勇利先輩に認められて、頼られて。ずっと……頑張ってきた甲斐があるなって……」

 東谷は顔を隠していたが、耳まで赤くなっていた。

(それは俺も同じだよ)

 東谷と互いに同じ気持ちだと思うと、思わず顔と気持ちが綻び、耳まで赤くする東谷の姿が愛おしいと思ってしまう。

(ああ……。幸せって、きっとこういうことを言うんだろうな……)

 ほんの些細な出来事で嬉しくなり、温かいものが胸の奥から広がっていく感覚に戸惑いつつ、俺は決して忘れないように噛み締めようと思った。

 そう思っている内にエレベーターが到着し、数人先に乗っていたエレベーターへ俺たちも乗り込む。

 そのまま一番奥で並んで立ち、エレベーターの扉が閉まるのをそっと見つめた。

   

 

 エレベーターが一階に到着すると、降りる人の流れに沿って俺と東谷は歩いていき、ロビーの端で足を止めた。

「そういえば昔、あのコーヒーショップで、カフェオレとサンドウィッチを買ってきてくれたことがありましたよね?」

「あ、ああ。あったな、そんなこと」

「俺のために走ってきてくれたんだって、あのときすごく嬉しかったなー。カフェオレ味のサンドウィッチは、今でも忘れられない味です」

 揶揄うように言われ、俺はあのとき必死だったことを思い出し、恥ずかしくなってしまう。

「しかたないだろ。こっから階段で、必死に走って上ったんだから……」

「えっ……? こっからって、ここ一階ですよ? エレベーターフロアから走ってきたんじゃなかったんですか?」

「あのときは必死で……エレベーターなんて待っていられなくて、階段で行ったんだよ」

「嘘……」

 東谷は急に、顔を両手で覆い隠した。

「な、なんだよいきなり! どうせバカだって思ってんだろ? 待ったって、エレベーターのほうが早いって気付いた時にはもう……」

「いえ、感動してるんです……。勇利先輩が俺のために……うわー……」

「い、いいから早く並んで来い! また、メシ食いそびれるぞ」

「え、あ、はい! それじゃあ、先に並んでますね」

 コーヒーショップに向かって歩き出した東谷に、俺は軽く手を振った。

「ああ。俺も後から行く」

 まだ俺の言葉の余韻が残っているかのように、嬉しそうな笑みを浮かべてコーヒーショップへ向かっていく東谷の背中を、俺はそっと見つめた。

(なんだか、昔に戻れたみたいだったな。これからもずっと、こうやって……ただ見つめていられるだけでもいいのに……)

 だが、そんな願いも虚しく、俺に残された時間はもう残り少ないことを思い出す。

(部長に退職願いを出して、人事とタイミングを相談しないと……)

 将人との関係を終わりにすると決めた以上、俺に残された選択肢は、国にオメガだと申請することだ。

 それはすなわち、この世界から排除される存在になることを意味する。

(オメガとして生きていく……)

 これからどうなるのか、怖くないと言ったら嘘になる。

 けれど、もうこれ以上、自分にさえも嘘はつきたくないと思った。

(好き……だ)

 だから、東谷への思いも過去形にしない。

 俺は決して本人には届けられない思いを、遠く離れていく東谷の背中を見つめながら、声に出さないで口元だけそっと動かした。

「あの……。勇利……渉さんですか?」

「えっ……」

 名前を呼ばれた俺はその場で振り向くと、そこにはオフィスビルに似つかわしくない、学ラン姿の少年が立っていた。

(学生……? なんで俺の名前……? しかも、こんな顔の整った綺麗な子、初めて見た……)

 俺たちの横を通る誰もが、無意識に見つめてしまうほど整った顔の少年は、俺に向かって微かな笑みを浮かべると、ゆっくりと近づいてきた。

「勇利……渉さんですか……?」

「えっ……。あ、はい。僕が勇利ですが……」

 名乗った瞬間、少年の表情からフッと笑みが消えると、真っ直ぐ両手が伸ばされる。

(えっ……)

 気付いた時には、俺は両手で首を掴まれていた。

「へえ、あんたが将人さんの……。ねえ、死んでくれる?」

 そう言って、少年は冷たい笑みを浮かべながら、俺の首を掴む手に力を込めた。

(あっ……くっ……)

 口元は笑っていたが、俺を見つめる少年の目は憎悪で溢れかえっていた。

(どう……して……)

 俺は少年の手首を掴んで必死に離れさせようとするが、俺よりも小さく華奢な身体のどこにそんな力があるのかと思うほど、びくともしなかった。

「ねえ、死んでよ……」

 少年が俺の首を締めたまま体重をかけてきたため、俺の身体はロビーの大理石の床へ押し倒されると、少年は俺の上で馬乗りになった。

「キャーッ!」

 突然の出来事に驚き、すぐそばにいた女性が悲鳴を上げると、ロビーにいた全員が足を止め、こちらへと一斉に目を向けた。

「死ねっ、勇利渉! お前がいなければ、僕は将人さんと幸せになれるんだ……!」

(将人……?)

 急に飛び出した将人の名前に理解が追いつかないまま、俺はさらに強い力で首を締め付けられた。

「っ……あっ……」

(まず……い……視界が……)

 呼吸ができず、視界がぼやけてきたため、俺は必死に身体を捩じるように動かして、少年を俺の上から退かそうとする。

 だが、俺の身体はもう、力が入る状態ではなかった。

「ちょ、ちょっと落ち着きましょうよ! このままだと、本当にその人死んでしまいますよ!」

 一番近くにいたスーツ姿の男性が、俺の首を締め付ける手を外させようと慌てて少年の肩を掴むが、その手はすぐに振り払われた。

「触るな! 誰も近づくな! 近づいた奴は、これで刺してやるからな!」

 片手で俺の首を締めながら、少年は学ランのポケットからナイフを取り出すと、近づいてきた男性に刃先を向けた。

「ひぃぃっ!」

 スーツ姿の男性は驚いて腰を抜かしたまま後退ると、俺たちを取り囲むように輪になって集まった人たちに、少年はナイフを見せつけた。

「いいか? 僕たちに近づいたら本当に殺すからな! はやく将人さんを呼んでよ! ねえ、早く!」

 助けに入ってくれた男性のおかげで少年の気が散り、俺の首の締め付けは微かに緩められた。

 そのため、なんとか俺は呼吸を再開することができたが、首はまだ掴まれたままで、今度は冷たいナイフの刃先が首元に押し付けられた。

「さあ、早く! 誰か将人さんを呼んでよ! 将人さん! 将人さん!」

 ヒステリックに叫ぶ少年の声が、静まり返ったロビーに響き渡る。

「おいおい。下敷きにされてるのって、営業部の奴だよな?」

「しかも相手……たしか、うちの取引先の御子息じゃ……。創立記念パーティーかなんかで見かけた気がするぞ……」

「そういえば……。たしか、あのときの担当は玉木で……って玉木の下の名前って、将人だったような……」

「まじかよ……。玉木の奴、一体なにしでかしたんだよ……」

 微かにそんな会話が聞こえてきて、俺の頭の中でやっと点と点が結びついた。

(そっか……。この子が将人の……)

「ねえ、早く将人さん呼んでよ! コイツが死んじゃっていいの? ほらっ」

「あっ……っく……」

 笑みを浮かべながら、また俺の首を締め付け始める少年が将人の相手だと理解すると、俺はもう、抵抗する気力がなくなった。

「苦しめよ! もっと、もっと! 将人さん利用して、のうのうと生きやがって! ふざけんなよ!」

(ああ……。俺、このまま殺されちゃうのかな……。まあ、自業自得なんだろうけど……)

 ふと、そんな考えが頭を過ると、まるで全身の血が抜け落ちていくような感覚に襲われ、体の力がどんどん抜けていく。

(俺がいけなかったんだ……。でも、どうせ死んじゃうなら、東谷に……ちゃんと気持ち伝えておけば……よかったな)

 もう、目を開ける力さえ残されていない俺は、そっと目を閉じる。

 すると、目の奥で東谷の顔が自然と浮かんできたため、俺は東谷の頬に自分の手を触れさせる想像をする。

(好きだよ、東谷……)

 本人に言えなかった言葉を、俺は心の中でそっと伝えた。

「退いて……ください……」

 だがその時、どこか遠くで聞き覚えのある声が微かに聞こえてきた。

「退いてください!」

(あずま……や……)

 俺は目を微かに開けると、声のする方向に横目を向けた。

「勇利先輩!」

 人垣をかきわけて飛び出してきたのは、やっぱり東谷だった。

「その人を……離してください」

 東谷は息をのむと、少年を睨みつけながら、一歩ずつゆっくりと俺たちに向かって近づいてきた。

「く、来るな! 僕は本気だからな! それ以上近づいたら、お前を刺してやる!」

 少年は俺の首から手を離すと、脅すように東谷へナイフの刃先を向けた。

 しかし、東谷は決して怯むことなく、こちらへと向かってくる歩みを止めようとしなかった。

(俺のせいで東谷に何かあったら……)

 力が入らず霞む視界の中、想像しただけで俺の体に震えが走った。

(嫌だ。そんなの絶対に嫌だ……。嫌だ……)

 俺は残された力を振り絞り、東谷へ向かって手を伸ばした。

「あずまや……くる……な……」

「……!」

 掠れた俺の声はなんとか東谷に届いたようで、肩をビクつかせた東谷は、その場でピタリと足を止めた。

「勇利……先輩……」

(そう。それでいいんだ……。頼むから……もう、俺のことでそんな顔をしないでくれ……。だって、この世界に俺は必要ないんだから……)

「へー……。なに? その人、そんなに大事な人なの……?」

 少年はそう静かに呟くと、息を大きく吸い込んで、何かに憑りつかれたように叫びだした。

「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなッ! 僕には将人さんしかいないのに、お前は何人に足開いてんだよ! 汚い! 汚い! 汚いッ!」

 馬乗りになっている少年に、俺は髪を掴まれて頭だけを持ち上げられると、そのまま乱暴に振り回された。

「っく……」

 体に力が入らず、振り回されるだけの俺は痛みに顔を歪めたが、そんな物理的な痛みよりも、汚いという言葉のほうが俺の胸に強く突き刺さった。

(汚い……俺は……)

 少年にぶつけられた言葉を心の中で繰り返すと、俺は言われて当たり前だと思いつつ、胸の中は悔しさでいっぱいになった。

「ふざけるな! その人を侮辱することは、俺が許さない」

 そんな中、俺の代わりに言い返してくれたのは東谷だった。

(東谷……)

「あなたに勇利先輩の何が分かるって言うんですか? 事情も知らずに、勘違いも甚だしい!」

 はっきりと言い切った東谷は、また歩みを再開した。

(東谷……)

「く、来るな!」

 俺の髪を掴みながら、少年は必死に東谷へ向かってナイフを振り回し始めた。

 だが、東谷はそれでも臆することなく、俺たちまであと数歩の場所まで近づいてきた。

「世羅!」

 緊迫した状況の中、騒動を聞きつけてか、はたまた誰かに呼ばれたのか、将人も人垣をかきわけて姿を現わした。

「将人さん!」

 将人に世羅と呼ばれた少年は、将人の登場に目を輝かせる。

 しかし将人は、世羅の手にナイフが握られていることに気付くと、それ以上近づいて来ようとはしなかった。

「世羅、なんでここに……」

「なんで? だって、コイツ……勇利渉がいるから僕たちを選べないって言ったよね? 全部、コイツのフェロモンのせいなんでしょ? 全部、全部! だって、将人さんが僕たちを捨てるはずがない。そうでしょ? ねえ!」

 矢継ぎ早に問いただす世羅にたじろぐ将人は、しきりに辺りを見回して、こんな状況でも体裁を気にしている様子だった。

「そ、それは……」

「ねえ。番ってそんなに大事? 僕たちよりも本当にコイツが大事なの?」

 口籠る将人に向かって引っ切り無しに叫ぶ世羅が、無意識に自分のお腹を擦っていることに気付き、俺は目の前が真っ暗になった。

(ああ、この子には……。だから……)

「ちょ、世羅落ち着けって。ここじゃなくて外でゆっくり……な?」

「ちゃんと言ってよ! 僕たちが一番だって……。一番大事だってさ……。お願いだから……いらないなんて言わないで……」

 掴んでいた俺の髪から世羅は力が抜けたように手を離すと、スッと立ち上がって将人をじっと見つめる。

 だが、将人は目を逸らしたまま何も言わなかった。

「将人……さん……」

 そんな将人の姿を見て、世羅の目から大粒の涙が零れ落ちた。

 世羅は顔を涙で濡らしながら、自分のお腹にナイフを向けるように持ち変えると、大きく振り上げた。

「やっぱり番がいいんだ! だから僕はいらないんだ! この子も!」

「……!」

 振り上げられたナイフを止めようと、俺は力を振り絞って慌てて立ち上がり、ナイフに向かって無我夢中で手を伸ばしていた。

 だが、俺より早く、誰かの手がナイフに伸ばされ、その場にいた全員の息をのむ音が静かに響いた。

(嘘……)

「東谷ッ!」

 俺より先に手を伸ばして、振り下ろされようとしていたナイフを止めたのは東谷だった。

 大理石の床に、東谷の手をつたって、ポタポタと赤い血が取り止めもなく滴る。

「あ、あずま……や……」

 俺は目の前の出来事が現実だと信じられず、声が震えてしまう。

「ナイフから、手を離してくれますか?」

 東谷から諭されるように言われた世羅は、東谷の真剣な目と握りしめたままのナイフを見比べて、必死に何度も頷いた。

「あっ……あっ……あっ……」

 世羅は手を小刻みに震わせながらナイフから手を離すと、東谷はナイフを受け取るように握りしめた。

「ほら。あなたにプレゼントですよ……」

 静かに呟いた東谷は、将人に向かって床を滑らせるようにナイフを投げつけた。

「ひっ……!」

 東谷の血が付いたナイフは、将人の革靴に当たった。

 将人は足元のナイフを見つめると、その場で膝を震わせながら、それ以上動くことさえできなくなっていた。

「勇利先輩……大丈夫ですか?」

「……ッ!」

 俺は東谷に名前を呼ばれ、意識を取り戻したようにハッとして胸が締め付けられた。

(どうして、こんな時でさえ俺の心配を……)

 東谷の優しさに思わず涙がこみ上げそうになるが、俺は必死に抑えながら、ポケットに入れていたハンカチを取り出した。

 そして、東谷の手の平にできた傷口へ当てた。

「お前……どうして……」

 情けないほど、俺は声が掠れて震えてしまう。

「そんなに心配しないでください。大丈夫です。少し、切れただけですから」

「少しって、そんなわけ……」

 ハンカチで止血しようとするが、ハンカチは意味をなさないかのように、すぐ赤く染まっていってしまう。

「どうして……。どうして、こんな無茶……」

「だって、俺が手を出さなかったら、勇利先輩が手を出してたでしょ……。もうこれ以上、勇利先輩が傷つくのは、見たくなかったから……」

「……っ!」

(ああ、本当に……)

 俺はまた目の奥が熱くなるのを感じるが、こみ上げる思いを振り切るように、首を横へ振った。

「東谷、ごめん。痛いと思うが、少しだけ俺のことを待っていてくれるか?」

 俺の決意を感じ取ったように、東谷は俺の目を見て、そっと静かに頷いてくれた。

(もう、本当に終わりにしよう。これ以上誰も、傷つかないように……)

 決意した俺は世羅に目を向けると、世羅は腰が抜けて、震えながら床に座り込んでしまっていた。

 そんな世羅の姿を見て俺は唇を噛み締めると、将人の元に向かっていった。

 足元に転がった血のついたナイフを見つめ、ただ呆然と立ち尽くす将人の前に立つと、俺は将人の頬を思いっきり平手打ちして、ナイフを指差した。

「このクソヤロウが! 俺に死んで欲しかったんなら自分でやりやがれ!」

 東谷の血がついた手で叩いたため、くっきりと将人の頬に俺の手形が残った。

 頬を叩かれた将人は、茫然と足元に落ちているナイフを見つめて動かなかったため、俺は構わず将人の胸ぐらを掴んだ。

「お前ができないなら、俺がお前の前から消えてやるよ! ただし、東谷に手を出したり、あの子とお腹の子から責任とらずに逃げだしてみろ。俺が代わりにお前を殺してやるからな! 覚えとけ!」

 人生でこんなにも大声を出したことはないと思えるほど声を張り、俺は将人の胸ぐらから手を離した。

 すると、将人は足元から崩れるように、茫然自失でその場に膝をついた。

「すみません! ただの痴話喧嘩ですので、警察は不要です。ご迷惑をおかけしました」

 俺は息を吸い込んで、大勢のギャラリーへ聞こえるように叫ぶと、今度は世羅の元に向かった。

 肩を震わせ俯く世羅に目線を合わせるように、俺はそっと膝をついて顔を覗き込んだ。

「ごめんな……。俺の存在がこんなにも君を苦しめて、追いつめてしまって……。でも、もうお終いだから……」

「あっ……あっ……」

 世羅は何か言いたそうだったが、震えて声にならず、色素の薄い綺麗な瞳が揺らめくと、また大粒の涙が溢れだした。

(なんて綺麗な涙なんだろう……)

 優しく手を差し伸べて拭ってあげたかったが、俺は何も言わず立ち上がり、東谷の元に向かった。

「大丈夫か?」

「これくらい、問題ないですよ」

 東谷は俺のハンカチで傷口を抑えながら、近くにいた社員へ声をかけた。

「申し訳ないのですが、こんな状態なので、東谷晧と勇利渉は早退すると伝えてください」

 人垣を抜けて、俺たちはゆっくりとエントランスに向かっていき、外へ向かう。

 もう日が落ちかけているはずなのに、外に出た途端、不思議と今までで一番眩しいと俺は感じた。

 目の前の大通りでタクシーを止めて、東谷を支えるようにしながら二人で乗り込むと、ケガをしていない反対の手で、東谷に手を握られた。

(もう、迷わない……)

 そう決めた俺は、東谷の手をしっかりと握り返すと、東谷は同じ力で握り返してくれた。

   

 


「お前、本当にバカだろう……」

 近くの病院で傷の応急処置を済ませた東谷と俺は、そのまま東谷が滞在するホテルに到着した。

「自分でも大概だなって思ってますよ。でも、勇利先輩を守りたかったので」

「……っ!」

 こっちが恥ずかしくなることをさらりと言われ、俺は二人っきりのエレベーター内で言葉が続かなくなった。

 速まる心臓の音だけが耳に響きながら、湧き立つ思いを抑えるため、ずっと握られたままで離されない手に、俺はそっと力を込めた。

(ああ、もう……)

 それでも収まらない思いを悟られないよう、東谷に握られたままの反対の手を俯きながら胸元に置くと、エレベーターは目的の階に到着した。

 エレベーターの扉が開くと、東谷に手を引かれて、部屋の前に到着する。

 東谷はカードキーを取り出すために、俺から手をそっと離した。

(離れたくない……)

 反射的にそう思った俺は、追いかけるように東谷のスーツの裾をキュッと掴んだ。

 子供じみた行動だったと少し恥ずかしくなるが、俺は俯きながら、掴んだ裾から手を離すことができなかった。

 ドアのロックが外れ、電気が自動で点いた部屋に二人で入ると、重厚な造りのドアがパタリと背後で閉まった。

 そして、オートロックで鍵の閉まる音だけが静かに響いた。

 その音がまるで合図だったように、俺は東谷のスーツの裾を掴んでいた手を離し、東谷の背中へ顔を押し付けるようにして抱きついた。

「東谷……!」

「勇利……先輩……」

 俺の突拍子のない行動に驚いているのか、東谷が俺の名前を口にしたその声は、微かに震えていた。

 抱きついた東谷の広くて大きな背中は、スーツの上からでも分かるほど、とても逞しかった。

 全てを預けて、甘えてしまいたいと思えるほどに。

「東谷……。そのまま振り返らないで、俺の話を聞いて欲しい」

「はい……」

 俺は東谷を背中から抱きしめる腕に、そっと力を込めた。

「あの時……世羅に首を絞められているときに思ったんだ。これは、仕方のないことだって……」

 世羅に向けられた憎悪の目と、首を絞められた感覚を思い出すと足が震えそうになる。

 だが、俺は必死に抑えるようと、足に力を込めた。

「けど、東谷が助けに来てくれた時、本当に嬉しかった。でも、同時に……俺のせいで東谷が死んでしまったらって、怖くてたまらなかった」

「……。俺も同じでしたよ。勇利先輩を失ってしまうと思ったら……怖くてたまらなかったです……」

(東谷……)

 抱きしめる東谷の体が微かに震えているのを感じた俺は、さらに東谷を抱きしめる腕へ力を込めた。

「実は今日……。将人に……もう終わりにしようって言ったんだ……」

「……! もしかして、勇利先輩がコーヒーを買いに行った時ですか……?」

 俺は静かに頷いた。

「将人に……東谷を左遷させるって脅されたことがあったんだ。アイツの親……うちの会社の重役だからさ。俺は……。俺のせいで東谷の人生を狂わせてしまうのが怖かった……。だから、東谷の差し出してくれた手をとることができなかったんだ。そんなこと、キズモノの俺がして許されることじゃないって……」

 涙がこみ上げ、視界が霞みそうになるのを俺は必死に堪えた。

「けど、もう終わりにしようって決めたんだ。会社を辞めて、お前の前から消えれば……そうすれば全部終わらせられるって……。でも、死ぬんだって思った時……。自業自得だって思ったのと同時に、東谷へちゃんと気持ちを伝えておけばよかったって後悔した……。勝手だよな……」

 気持ちを落ち着かせようと、息を大きく吸い込んで吐き出し、俺は額を東谷の背中に押し付けた。

「でも、それでも……俺は伝えたいと思った。もう……自分の気持ちに嘘はつかないって決めたから……」

(伝えたい……。俺の本当の気持ちを……。今度こそ……)

 緊張で言葉が詰まるのを、俺は息を飲み込んで必死に自分を奮い立たせた。

「好きだ……」

「勇利……先輩……」

 声も東谷を抱きしめている腕も、震えているのが自分でも分かる。

 それでも、俺はちゃんと気持ちを伝えたいと思った。

「好きだ、東谷……。もう一度……俺を抱いてくれないか……?」

「……。今度こそ、もう逃げたいと言っても、逃がしてあげられませんよ。それでもいいんですか?」

「構わない……。俺はもう、お前から逃げたりしないから」

 東谷は振り向くと、俺に噛みつくように唇を重ねてきた。

 そんな口づけに俺は応えようと、東谷の背に腕を回して必死に力を込めた。

 すると東谷は、俺と同じ力で抱きしめ返してくれた。

(ああ……)

 同じ力で抱きしめ返してくれることで、やっと思いが通じ合えたように思えた。

 そう思った瞬間、胸の奥に熱いものが広がっていき、俺はその感覚に抵抗することなく、安心して身を任せた。

「んっ……」

 角度を変えて繰り返される口づけは激しさを増していくが、俺の髪や耳、そして首を撫でる東谷の指先は、割れものに触れるかのように優しかった。

 その感触は三年前のように、自分が大事なものとして扱われていると感じさせ、俺を堪らない気持ちにさせた。

 立っていられず、足が震えてくると、東谷は俺を抱き抱えてベットの上に座らせ、すぐに身体を押し倒してきた。

 顔を見上げると、眩しいと感じるほどの照明の明かりの中に、東谷の顔がすぐそばにあった。

「東谷……」

 名前を呼ぶだけで胸が締め付けられ、喉の奥がキュッとなって涙が溢れそうになる。

 愛おしくて堪らなくて、俺は東谷の頬に手を添える。

(ああ、なんて温かいんだろう……)

「勇利先輩……」

 そんな俺の手を、東谷もまるで愛おしそうに、優しく自分の手を重ねてくれた。

「愛してます、勇利先輩……」

「俺もだ……。東谷……愛してるよ」

 やっと目を見て、お互いの気持ちを確かめ合えた安堵からか、俺の目から静かに涙が一粒零れ落ちた。

「綺麗です……」

 そう呟いて、まるで俺の涙を掬い取るように、東谷の唇が俺の頬に優しく触れた。

 こめかみに、目尻にと、俺にしるしを付けていくように唇で触れてくる東谷。

 俺はそんな東谷の唇に、指先でそっと触れた。

「東谷……俺を噛んでくれないか……?」

「えっ……」

「意味のないことだってことは、分かってる。こんな傷だらけの俺は、気持ち悪いかもしれない……。けど、それでも……」

 上体を起き上がらせた俺は、首元に貼っている大判の絆創膏を剥がすと、東谷に背を向けて襟足を手で掻き上げた。

 そして、噛み痕が残る首元を東谷に差し出した。

「お前の……東谷のものなんだって、俺に思わせて欲しいんだ。だから……ッ!」

 東谷は何も言わず、俺を後ろから強く抱きしめると、首元に噛みついた。

 歯形がはっきりと残るほど強い力で噛まれると、俺は不思議とこみ上げるように涙が溢れてきた。

「東谷……東谷……!」

 その涙は痛みからではなく、東谷のものにやっとなれたと、心から思えたからだと思う。

 東谷と肌と肌が重なって感じる体温以上のものを感じられて、俺は幸せだと思った。

 すぐに振り返った俺は、東谷に縋るように首に抱きつくと、きつくしっかりと東谷は抱き返してくれた。

(ああ……)

 胸に溢れる幸福感。

 俺は、奥底にしまっていた記憶を思い出す。

 こんなにも心が満たされて幸福感を感じたのは、あの日、東谷に抱かれたとき以来だと。 

 


 

「ただいま、渉さん!」

 部屋着にエプロン姿で晩御飯の準備をしていた俺は、玄関から聞こえた声に、慌てて鍋の火を止めた。

 振り向くと、そこには両手いっぱいの大荷物を持った晧が立っていた。

 スーツケースは玄関に置いたままなのか、仕事カバンと紙袋だけを両手に持っていた晧は、慌てた様子で足元に荷物を置くと、すぐ俺に抱きついてきた。

「渉さん!」

「おかえり、晧」

 俺は晧の背に腕を回し、顔を晧の胸に埋めた。

 すると、晧のワイシャツ越しに体温と心音を感じ、爽やかだけど、どこか甘い晧の香りに全身が包まれた。

(晧だ……)

 晧の出張で二ヵ月も離れていたが、朝と晩、なんなら昼も毎日顔を見て通話をしていたはずなのに、やっぱり懐かしく感じてしまう。

「俺が出張でいなくて、淋しくなかったですか?」

 まるで俺を試すように、晧は俺を抱きしめる腕にギュッと力を込めた。

「いや、別に……」

 俺はわざと素っ気なく言って、晧の胸板に埋めていた顔を上げて晧の顔を見上げる。

 すると、晧は怒られてしまった大型犬のように眉を下げて、しょんぼりしていた。

「ふふっ。嘘だよ。本当は淋しかった。今回は出張長かったから、俺が勝手に拗ねてただけ。けど……」

 言いかけて、俺は晧が抱きしめてくれた以上に力を込めて、晧を思いっきり抱きしめた。

「一人じゃなかったから……」

 俺が世羅に襲われたあの日から、月日は三年も経った。

 会社の敷地内で目撃者も社員だけだったため、警察の関与もなく、なんとか穏便に終わせられた。

 だが、将人は会社に事情を聴取され、最終的には自主退職となり、重役であった将人の父親も解任されたと晧から聞いた。

 そして俺も、取り掛かっていた東谷のプロジェクトを終えてから、自主退職を選択した。

 晧は本社に戻り、今もさまざまな新規プロジェクトを任され、出張が多いながらも忙しく働いている。

「一人じゃなかった……? ああ、会社の人とってことですね。みんな、良い人ばかりで安心ですが、俺は渉さんを取られてしまって不満ですよ。渉さんみたいな人材はいないって、あんなに伝えたのに……」

 俺は会社を辞めてすぐ、将人に借金を返し、国へオメガだと申請をしたのちに転職をした。

 転職先は、晧の研修時代に俺や晧も営業でお世話になった建築設計事務所だった。

 俺のことを気に入って覚えていてくれた事務所の社長が、俺が会社を辞めたと聞きつけて、晧を通じて連絡をくれたのがきっかけだった。

 俺が実はオメガで、発情期抑制剤を飲み始めたばかりだと正直に伝えても、構わないとすぐに採用してくれた。

 それだけではなく、入社したものの、飲み始めたばかりの発情期抑制剤の副作用に悩まされていたときも、社員全員で俺のことをサポートをしてくれた。

 本当にアットホームな会社で、みんなのおかげで一級建築士の試験にも無事合格することができ、今では新たな仕事も任せられている。

「まあ、渉さんが幸せならそれでいいんですけど。あ、そうそう。こーれ、いつものおみやげです」

 晧はスーツの胸ポケットから、おみやげで買ってきてくれた、ご当地キーホルダーを取り出した。

「左手出してくれますか?」

「ま、またやるのか? もういいかげんに……」

「いやです。渉さんがあんな可愛いことを一人でしていたなんて知って、俺が我慢できると思いますか?」

「わ、わかった! わかったから、それ以上言うな!」

 俺は顔を赤らませながら、晧に左手をそっと差し出した。

 晧は俺の手を、そっと下から支えるように手を添えると、反対の手でキーホルダーの輪っかを俺の左薬指に通した。

「病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも……互いを愛し、敬い、支え合うことを誓います」

「ばーか……」

「でも、こうして欲しかったって思ってたんでしょ?」

「うっ……」

 晧からもらったご当地キーホルダーを、指輪に見立てて左薬指に通したことがあると、何気なく話してしまったことがあった。

 どうやら晧にとってそれが嬉しかったらしく、新しいキーホルダーを買ってくるたびに、こんなことをするようになってしまったのだ。

 俺は恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じて顔を俯かせてしまう。

「ほ、本物があるから、俺はべつに……」

「あー、もうっ! 渉さん! 可愛すぎますって!」

 晧は俺を引き寄せると、また腕の中で抱き締めてきた。

「あれ? そういえば、渉さん。なにか良いことがあったんですか? なんだか、今日は随分嬉しそうに見えますけど」

「じ、実は……」

 俺は晧から離れ、急ぎ足でリビングに置いてある棚の引き出しに向かった。

 引き出しの上には、今まで集めたキーホルダーや写真が置いてあるため、俺はさっき受け取ったキーホルダーを一緒に飾った。

(よし……)

 そして、大きく息を吸ってから引き出しを開け、中から写真を取り出すと、晧の元に駆け寄った。

「これ……」

 手に持った写真をひっくり返した状態で晧に差し出すと、晧は不思議そうに首を傾げた。

「えっ、なんですか? 最近、なにか写真とか撮りまし……」

 晧は俺から写真を受け取り、写されているものを確認すると、言いかけたまま固まってしまった。

「もうすぐ三ヶ月……だって。今日、オメガ性の定期検診に行ったらわかって……」

「わ、渉さん!」

 勢いよく晧は俺に抱きついてくると、俺を抱きしめたまま、嬉しそうに小さく何度も跳ねていた。

「渉さん! 渉さん! 渉さん!」

 何度も俺の名前を呼び、晧はまるで子供のように喜びを露わにしていた。

 その姿は本当に喜んでくれているのが俺にも伝わってきて、俺は嬉しくて堪らなかった。

「俺たちの思いが届いたんですね!」

「ああ……。正直、医者には奇跡だと言われたよ……」

 俺が東谷渉になったのは、再就職して少し経った頃だ。

 それから一年ほど経って、そろそろ子供が欲しいとオメガ性の担当医に相談した。

 しかし、他のアルファと番となっている俺は、晧との子供を授かるのは絶望的だと言われていた。

 通常、番のいるオメガへ発情期中に近づくことができるアルファは、番だけだ。

 番をもったオメガは、発情期中に番以外のアルファが近くにいるだけで、壮絶な拒否反応が出てしまうからだ。

 オメガの発情期中着床率はほぼ百パーセントと言われているが、発情期以外の着床率はゼロに近い。

 なので、番ではない俺たちの間には、子供は授かれないと言われていた。

 だが、俺と晧は信じ続けて、とうとう奇跡は起きたのだ。

「ど、どうしましょうか? もう、洋服だとか揃えたほうがいいんですかね? さっそく、明日は有休とって……。って、渉さん! 安静にしてないと! ほ、ほら! すぐに横にならないと!」

 晧は慌てた様子で俺を横抱きにすると、寝室へと運ぼうとしたため、俺は落ちないように晧の首に腕を回した。

「お、落ち着けって。今からそんなんじゃ、生まれた後がもたないぞ」

「だ、だって……。こんな嬉しいこと……」

 晧の目が潤み、唇が震えていることに俺は気付くと、どうしようもなく胸を締め付けられ、そっと晧の唇に自分の唇を重ねた。

(ああ、なんて……)

 俺の目から、晧よりも先に涙が堰を切ったように溢れだした。

「晧……晧……」

 俺は震える声で晧の名前を何度も何度も呼びながら、晧の頬に顔をすり寄せた。

(苦しい……。幸せって、こんなにも胸が苦しいんだ……)

 溢れてくる涙と同時に訪れる幸福感。

「渉さん……」

 胸が満たされ、悲しいわけでもないのに涙が止まらない。

「晧……おれ……」

 俺は手の甲で涙を拭って、霞む瞳で晧の顔を見つめた。

「俺は……お前を……晧を幸せにできたか……?」

「当たり前です。ずっと、ずっと前から……俺は幸せにしてもらってます。俺のことを好きになってくれて、結婚してくれて……大事にしてくれて本当にありがとうございます」

「そっか……。そっか、よかった……」

(俺にもできたんだ……。人を……愛する人を幸せにすることが……)

 俺は晧の首にキュッと抱きついて、大きく息を吸い込んでゆっくりと体を離してから、もう一度、晧の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「愛してるよ、晧」

「愛してます。渉さん」

 晧の頬を両手で挟み、俺は啄むようなキスをそっと晧の顔に落とした。

 おでこに、目頭。

 目元に鼻先。

 頬、そして唇へ。

 この愛おしいという気持ちを、晧に伝えたくて。

「晧……。俺のこともっと抱きしめて、キスを……して欲しいな。あと、出張の話を聞きながら、ごはんを食べて……。次の休みには、新しい写真立てを買いに、一緒におでかけしたい」

「もちろん、喜んで」

 リビングに置かれた棚には、俺たちの結婚式や旅行の写真と、たくさんのキーホルダーが飾られている。

 その横に、新しく買ってきた写真立てにエコー写真を入れて飾るんだ。

 そして、生まれてきた子供の写真を飾って、二人で眺めたい。

(ずっと、これから何度でも……)

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