3.その理由
もう、真実を伝えるしかない。
涙目になりながらも覚悟を決めて顔を上げる。
すると……そこにあったのは、無垢な瞳だった。
透明ささえ感じる穏やな表情で、目が合うと、ん?という風に少しだけ首を傾げる。
まさかのまさかのまさか。
本当の本当の本当に理解が出来ず、子供のようにピュアなお心で聞いていたのではないだろうか。
わ、私はこんな人の前で、何を語れば……?ナニがナニとか、え、まさかでしょう?
「ごめんなさい……」
「いや、謝られても……」
気持ちは生まれて来てごめんなさいでいっぱいだったけれど、謝っている場合じゃない。
「す」
「す?」
好きなんです、全てが、と言いかけてしまった。これではしょっぱなからまるで愛の告白になってしまう。
「す、全てが……、アーデルベルト様の全てが良いのです」
「ふぅん……良いってなにが?」
ナニが!?
いや本当に……何が?
あの頃の好きへの想いを言語化したことなどあっただろうか。いやない。
「えっと……」
なんだこの、突然の、自分の性癖と向き合う内省の時間は。
私は何をあんなに熱心に、好きで好きで好きで、焦がれるように心の中をいっぱいにしていたの?
それは……
「ゲームの中のアーデルベルト様は……とても……美しかったのです」
「……美しい?」
「そうです。あんなにも美しい人を、私は他に知りません。だから、私の心はあの人に捕らえられてしまったのです!」
突然の私の強い口調にアーデルベルト様が少し驚いている。けれどこれが、きっと私の真実である。そんな気がする。
あの美しい存在が心の中にいるだけで、生きる希望を貰えた。この世が少しでも、綺麗なものに思えた。
なんか信者みたいだな。でもあの頃は推し活なんてそんなものかと思っていたかも。そんなもんじゃなさそうだけど……。
「まず、お姿が美しすぎるのです。整い過ぎたお顔立ち、輝くように艶やかな黒髪、細身だけど鍛えられた均整の取れた体躯、少しかすれたような低い声、知的に語る言葉遣い……。上品な振る舞いも、品位のある立ち姿も、そこはかとなく常に漂い続ける隠しきれないフェロモンも、全てが、天から舞い降りた奇跡のような美しさなのです!!美なのです!アーデルベルト様という名の生きる美学です!」
「……」
一瞬だけ、ぽかんとした表情をしたのを見逃さなかった。可愛い。可愛すぎる。大人の色気の中に隠されている少年ぽさ。そこもまたいい。
「世の女性は美しいものに弱いのです。そのお姿だけで、惹きつけられてしまいます」
「そんなことはないと思うが……」
戸惑うように口を挟まれる。
「あります!ゲームは売れましたし、本当に、一部の熱狂的なファンもいました」
「……」
「なのでそのお姿だけで魅力的なのに……その上に更にお肌を拝見出来ると、それはもう幸福で……どうしようもなく満たされるのです」
「そのあたりから分からなくなるのだが」
「聞いてください。それだけじゃないのです!その娯楽を嗜んだ民は知っているのです。真の美しさはアーデルベルト様の内面にあるのだと……」
「なんなのだ?饒舌になっていないか?……まぁ、聞くが」
呆れるような口調だった。
ああ、きっと私のアーデルベルト様への熱意が伝わっていないのだ。ならばもっとお伝えしなければ。
「お姿と同じくらい美しいその心は、繊細で傷つきやすく、壊れやすいガラス細工のようにいつも愛を求めていらっしゃったのです」
「……愛、」
「そうです。すでに存在しないと言われている魅了魔法は、アルヴァノッサ家でも200年ぶりの発現ですよね?そうして現時点で、アーデルベルト様はお力のことを隠されているはずです」
「なぜ知っているのだ……いや、いい」
「ゲームの中のアーデルベルト様は、魅了魔法を嫌悪するご両親に心無いことを言われ続け、愛を知らないまま大人になりました。そのことを肉欲を知ったあとに自覚するのです」
「肉、欲……」
その言葉を、呆然とした様子でアーデルベルト様は呟いた。
「そうです。体を重ねても愛は手に入らない。体だけでなく心も欲しい……けれどどうしたらいいのか分からない……」
「……」
「そうして沢山の試し行動をするのです。どこまで許されるのか、どこまで身を削ってくれるのか、どこまで一緒に堕ちてくれるのか……その娯楽を嗜む民は、切なくも美しい、壊れそうな魂の叫びをプレイ中ずっと感じられるのです。ああああ、最高でした……!!」
思い出すだけで涙が溢れそう。
どうしてずっと前世のことを忘れていたんだろう。本当に本当にアーデルベルト様が大好きだったのに。
アーデルベルト様は深く繋がれば繋がるほど、相手の心も感情も感じ取れるようになれるから、その行為は徐々にエスカレートしていく。そうして満たされない心は、一人二人と、男女問わずに行為を行う対象を増やして行く。けれどそれは彼の絶望が増したということなのだ。哀しい道筋だった。
落ち着いてから、シン、と静まり返る室内に気が付いて我に返る……あれ?
もしかして、興奮してオタク口調でまくし立ててしまったような。
しまった……と気付いてももう遅く、顔を上げるのも恐ろしい。
けれど黙っていては首無し人間になってしまう。おどおどと顔を上げると、アーデルベルト様は考えるように窓の外を見つめていた。
呆れているような感じはしない。ただ、深く何かを考えているような瞳だ。
絵画のように美しい人。目の前の光景は、彼がいるだけで特別なスチルに変わるようだ。
私の視線を浴びて、彼は振り返って言った。
「着地点はどこにあるのだ?」
「え、あ、着地点?」
「どうすれば終わるのだ?」
そう言えば内容そのものに関してはまだ話していなかった。
「終わり方は、ハッピーエンドもあるのですが人気がありませんでした」
「まぁ……聞こう」
「最初に好意を示した相手に、あっさりと全てを受け入れられてしまうのです。心の全部を読んでいい、自分の全てを捧げると、心からの想いを告げられるのです。すぐには信じられませんが、それでも徐々に信頼が芽生え、初めて心の安息が訪れます。幸せに二人は暮らしていきます」
「なんだ、普通だが。それでいいではないか……」
「だめ、駄目駄目です。まず、全てを受け入れるなんて、そんな夢みたいな人存在しないじゃないですか。現実感がありません。だから、みんな、彼が魔王と呼ばれるようになるまでの、心の傷が広がり続ける道筋を涙ながらに見守るのです。恐らく最初からそれを目的に作っているので、ゲーム会社が鬼畜です」
「……」
アーデルベルト様は、はぁ、とため息を吐いた。
「そんな夢みたいな人、か」
そっと小さく言った。
「じゃあ、魔王、とは、なんだ」
「そうですね……魅了魔法で国の重鎮たちを骨抜きにし、国を裏から操っていくんですが、そのお姿を、正気に戻った取り巻きが見つめて、一瞬そう思うのです。まるで魔王のようだ、と。そうしてまるで破滅願望を叶えるかのように、国も破滅に向かいます。国にとっては最後の魔王です」
「ハッ…………壮大な話だな……」
そう皮肉気に笑いながらも、さっきからアーデルベルト様は少しぼんやりと話を聞いている気がする。
上の空のようなのだ。そうして黙ってしまう。
……私はどうなるのだろう。
聞かれるがままに持っている知識を語ってしまったけれど、必要以上に話してしまった気がする。半ば脅されているのもあるけれど、ゲームの魅力を伝えたい気持ちもどこかにあったんだろう。
国を滅ぼす魔王になる話。
とんでもなく不吉で不敬な話だ。そんな話をした私の首は、今ぎりぎりのところで繋がっている。
ゲームの絵も見ているらしいし、疑っていないかのように話は聞いてくれているけれど、こんな話を信じるとは思えない。
信じたら信じたであんな破廉恥な記憶を持つ女など、証拠を消さなければならない人間になるのではないのか。
ぶるりと震える。恐ろしい想像をしていると、アーデルベルト様は顔を上げて私を見つめた。ひぅ。
「マーラ……また話しを聞かせてくれるかい?」
「も、もちろんでございます」
「ありがとう。もう行って良い」
なんですと。もう行って良い!?
「……解雇されないのでしょうか?」
「するわけがないだろう」
皮肉気にアーデルベルト様は笑う。笑顔が魅力的過ぎた。死ぬ。
「信じて頂けるのですか……?」
「見てしまったからな。あられもない絵をな。楽しんでいる姿もな」
アレを。アノ全てを。
「ハハッ……君のような女性の頭の中に、あんなものがあるのを知るのは、愉快だな」
思い出したように笑い出す。本当に。わが身の宝物の記憶が私を苦しめる。
アーデルベルト様はしばらく笑いが止まらないようだった。居た堪れない。
「あ、あの……誰にも言いませんから。見逃してください。お願いします!」
早く逃げたい。だけど生首も出来るなら仕事も切られたくない。
「すまない……久しぶりにこんな風に笑った。何もとがめない。ただ、また話を聞かせて欲しいだけだ」
「それなら……構いません」
「付き合わせてすまなかったな。もう行っていい」
「は、はい。失礼します……」
立ち上がっておじぎをしてから、少し考える。
え?本当に無罪放免?
闇討ちされないよね?
けれどアーデルベルト様は穏やかな表情で私を見つめている。暗殺を企んでいるようには到底見えない。
何かを伝えなくちゃいけない気がするのに、それがなんだか分からない。ごちゃごちゃとした思いが渦巻いている。前世の記憶。ゲームのアーデルベルト様と、本物のアーデルベルト様。
アーデルベルト様は、今は、あのゲームの開始前のお歳のはず。ならば……。
思い切って溢れる思いを言葉にする。
「いつでもどうか、私の心を読んでください」
「……は?」
「この記憶がアーデルベルト様のお役に立つのなら、是非人生に生かされてください」
あのゲームとこの世界はどこまで同じなのか分からない。それでもこのお方は、この先人生の困難が待ち構えているのかもしれない。この記憶を、自分で偲ぶだけのものにしてしまうのはあまりに勿体ない。
「今日は上手くお話出来たか自信がありません。もしもっと知りたいと思いになるのでしたら、どうか私の心を読んでください。恥ずかしいとは思いますが、私には隠すようなこともありません。私の記憶がアーデルベルト様のお力になれるのでしたら、こうして記憶を持って生まれて来たことにも意味があると思えるのです」
だから殺さないでください、という想いも込めて力説する。
アーデルベルト様は、美しい瞳に私を映している。赤い宝石。この世で一番私が美しく思えるもの。
「……言っている意味が分かっているのか?」
「え?」
意味ですか?
「は、はい……心をいつでも読んでいいですよ」
「……」
アーデルベルト様の探るような瞳が私をまっすぐに見つめ続けている。
彼は表情を浮かべないまま、言った。
「姓はなんという」
「……ゼーベルクです」
「子爵家の者か。お前を俺付きのメイドにするか」
「はい……はい?」
驚いて立ちすくむと、アーデルベルト様は愉快そうな笑みを浮かべた。
「いつでも……心を読んでいいのだろう?」
それはぞっとするほど美しい、昼の明るい執務室を一瞬で薔薇色に染め上げてしまうように魅惑的な笑みだった。
はぐぅ。こんなもの正視出来ない……もう少しで気絶してしまう。心臓が高鳴り過ぎて止まってしまう。すでに痛い。
もしかして、なにか間違ったんじゃないだろうか?そんな不安な気持ちが膨れ上がりながらも、私の公爵様付けメイド生活が始まった。




