1.『魔王―アーデルベルト―』様
タイトルはアレですが、成人指定ルートに入ると破滅フラグになるお話です。
「君の全てを、俺が暴いてもいいのだろう?」
壁ドン状態の私を逞しい体付きの彼が見下ろしている。
近づいてくるのは恐ろしく美しい相貌。彼の癖のある漆黒の長い髪は艶めいていて、知的で大人びた整い過ぎた目鼻立ちは息を呑むほど美しい。そうして何よりとてもすごいのは……。
「どこまで。どこまでなら触れるのを許してくれるのだ?なぁ。マーラ」
そう言って彼は私の首筋に優しく指先を添わせていく。
吐息が掛かりそうなほどにお顔が近付くと、溢れる色気に際限がなくて気が遠くなる。
あばばばばばばば。
彼の攻略対象はモブなんかではなかったはずなのに。一体どうしてこうなった。
☆☆☆
私は成人である。
大事なことなのでもう一度言うと成人である。いや、かつて成人であった。
そう私はたぶん転生したのだろう。唐突に思い出したのはきっと前世の記憶と言うやつだ。
この世界とは違う科学というものが発展した世界の二十代女子だったはずだ。社畜気味でオシャレなどする暇もない位のかなりやつれた容姿の。ゲームが趣味だった。
もう少し言うと、とあるゲームが好きだった。
今の私もめでたいことに、転生先でもとっくに成人である。
良かった!本当に良かった!
だって思い出したんだもの。前世でやった、……R-18ゲームを。未成年なら淫乱過ぎる記憶の刺激には、きっと耐えられなかっただろう。
『魔王―アーデルベルト―の征服』
一部のネットで流行ったゲーム。魔王様が鬼畜なのだと。配信者たちに面白がられてて私も見た。
まずビジュが良かった。漆黒の長い髪、美しい細身のお姿に、肌を見せれば筋肉がしっかりついている。宝石のような赤い瞳が魅惑的にこちら側を見据えている。性格は知的でユーモラスがあっていつも何かを皮肉っている。けれどそれは表向きの姿で、心の内では生い立ち故の歪みを抱えていて、それでも真っ当に生きようとしてきたけれど、『魅了』の魔法を使ったときに、自分の周りの人たちの本心を知って壊れてしまうのだ。胸が痛い。そうして心の穴を埋めるように、心の傷からは血の涙を流しながらも、自分を傷付けた人たちを一人一人服従させていく物語。もう……大好きだ。
分岐ルートとして、幸福に終わるエンドは普通にあるのだけど、ファンの間ではバッドエンドこそがトゥルーエンドのような盛り上がりをみせていて、かくいう私もバッドエンドを見るのが好きすぎて、それはもう何周もした。
働いていたけど、帰って来てはアーデルベルト様に癒され、休日も癒され、仕事中も思い出しては癒された。
……R-18ものなのに、癒されるっておかしいのかもしれないけれど。
あれは、あの思いは、とても恋に近かったように思う。
作中みだらなシーンはもちろんあるのだけど、そこで描かれているのはアーデルベルト様の心の傷で、プレイがどんなに際どくてもそれは彼の涙と痛みの結晶で、どんなアレもソレもアンナノも言葉に出来ないようなハシタナイのも全部が切なくて愛おしいのだ。
だから私はきっと、生まれ変わっても、ひと目でアーデルベルト様に恋に落ちたのだろう。
今の私は、貧乏な子爵家の生まれだ。母が亡くなり義母には冷遇されていた。学園に通わせてもらえたけど、ヒエラルキーの底辺は底辺、ほとんど平民の人たちに交ざりながら過ごしていた。やっと卒業出来たはいいけれど縁談もなく、行儀見習いの侍女になる……なんて話も程遠く、公爵家のメイドとして雇ってもらえることになった。ありがたや。これで一人で生きていける。
仕事を初めてまだ二日目。先輩たちから教わりながらなんとかこなしていた。食堂から仕事場に向かう途中で、空き部屋の扉が開いているのに気が付いた。そうして、何かがガチャン、と割れるような音がした。
「どうかされましたか……?」
そっと部屋を覗き込むと、そこに佇んでいたのは彼だった。
薄暗い部屋の中で、ひと際背が高く、高貴な身なりをした男性が立って居た。
なぜだかドキリとして、息を呑んだ。その後ろ姿が、とても美しく思えたのだ。
彼はゆっくりと、長い髪を揺らしながら振り返った。美しい黒髪に、赤い宝石の色の瞳。吸い込まれそうな瞳の色に狼狽える。年上なのだろう。少し大人びていて、どこか恐ろしそうな威厳がある。だけど……とても美しかった。美を濃縮したように。まるで、魅了を振りまく魔王のように。
――魔王!?
そうして私は、魔王……アーデルベルト様のことを思い出してしまったのだ。溢れかえる前世の記憶と今世の記憶。社畜とメイド。目の前のアーデルベルト様。
「……出て行け」
低い声が耳をくすぐる。知っているお声。
とてもいい声だ。そうだ私はアーデルベルト様のお声も大好きだったのだ!
「出て行けと言っている」
全身が、喜びに震える。アーデルベルト様が、ここに、いる……!
「……お前、」
怒気を含んだ、地を這うようなお声なのに、全身が痺れるように心地よい。
え?アーデルベルト様?
え?ここはどこ??私は誰?????
彼は勢いよく私に近寄ってくると、大きな手で私の腕を掴んだ。
「出て行けと言っているのだ!」
瞬間、彼の血の色を深く濃くしたような赤い目が太陽の光を放つように輝き出して、私はキーンと大きな耳鳴りとともに眩暈を感じた。ぐらり、と体が揺れる。
「しまっ……!!」
アーデルベルト様が何かを間違った時のように慌てているけれど、倒れないように私の腕も支えてくれている。
そうして私の心も慌てている。夢なのかしら?気絶したらいいのかしら?
「おい、お前……!大丈夫か?なんだ、入ったばかりのメイドか?」
ぐったり頭を垂れた私の顔をアーデルベルト様が覗き込んでいる。お顔が近い。とんでもなく美しい。なんだか高貴で香しい匂いもする気がする。
「……気分はどうだ?」
「えっと、最高です……」
「……」
アーデルベルト様が美しいお顔の眉根を寄せる。そんなお顔も愛おしい。
「名は?」
「マーラでございます」
「よし。もう用はない。このことを忘れて、仕事に戻れ」
「はい。でも忘れられません。一生忘れません」
(だって。あんなに恋した人が、目の前にいる。何度も何度も毎日やりこんだゲーム。繊細で美しい魂を持つアーデルベルト様!魅了魔法と人の心を読む能力で傷ついた心の穴を埋めようと模索するのだ。公式グッズは全部買った。大好きで焦がれて、だからこそ現実には存在しないことに絶望して、それでも夢を見せてくれたことに感謝した、あのアーデルベルト様が目の前にいるのだもの!絶対に、絶対に忘れない。一生の思い出にする。この記憶だけで、老衰で死ぬまでだってひとりで生きていける!)
そんなことを思っていたら両目から滝のように涙が溢れてしまい、とんでもなく不細工な顔をアーデルベルト様に晒してしまった。彼は驚いた顔をしている。たぶんちょっと引いている。
「……は、」
「申し訳ありません~~~」
さくっと彼から身を離し、ポケットからハンカチを取り出し涙を拭く。
「業務に戻らせて頂きます~~~~」
何がなんだか訳わかめ。感情が爆発しそうで、私は全力で走り去った。遠くから、引き止める良い声が聞こえて来た気もしたけれど……。
カッとなってやった(連載)




