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神様の後始末  作者: まるす


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第91話 〝終末の大時計〟

 とはいえ。


 遥かな過去に〝ウルティマ〟が封印されて以降、ただの一度も封印が弱まったことはなく、何かしらの大きな問題が起きたことも無い。

 精々が何も知らない盗賊や海賊の類が、偶然に封印の地を訪れてしまい、取るに足らない面倒事を起こしてくれたくらいだ。


 恐らく自分の代になっても何も起きないのだろう。

 油断とはまた別の意味でクレハはそう思っているし、未来永劫そうであればいいとも思っている。

 

 だが、それはそれ。これはこれ。


〝時守の巫女〟としてのお役目を軽く考えているわけではない。

 クレハの目下の目標は、目の前の師に一撃を入れることだった。


「それじゃ今日はここまでぇ。お茶にしようかしらぁ〜ん」

「……はい」


 ビオラが大太刀を鞘に収めながらまったりと口にする。その動作は滑らかで一切の淀みもなく、大太刀を鞘に収める心地良い音が夜空に響く。


 いまビオラが行った動作。

 身の丈の倍近い大太刀を鞘に収める、というだけでも実際には相当な技術を要する。

 過去たまたまビオラと出会し、その大太刀に興味を唆られた者たちが、幾人も手を切ってきたのをクレハは目にしてきた。

 

 その都度、()()()抜き身の状態で手渡していたビオラを(たしな)めてきたのだが、ここでは余談だ。


 ビオラが席に着き無限の夜空へと目を向ける。

 クレハも茶の用意をしながら、ビオラの目線の先に浮かぶものを見やる。


 そこには白銀に輝く月を思わせるほどに神秘的で、それでいて巨大な時計が浮かんでいた。

 懐中時計をモチーフにしているであろう時計の回りには、まるで真っ白なヘビが巻き付くような装飾が施されており、不気味で禍々しく――だが、どこか神々しさも感じられる。

 内部に膨大な数の歯車が見えるが、文字盤と時針から秒針まで三本の針が付けられた、機能的にはシンプルな構造の時計は動いておらず、ただただそこに佇んでいるだけだ。


 銘を〝終末の大時計〟という。


 かの存在〝ウルティマ〟が封印され、大陸ダーナに平和と安寧が約束された時刻から一切の時を刻んでいない、という伝承が残されている。


 まさに〝時の回廊〟の象徴と言える大時計だ。


「……動かないわねぇ〜ん」

「そうですね。このままずっと、動かないに越したことはないのですが」


 伝承ではこの〝終末の大時計〟が動き出す時こそ、〝ウルティマ〟の復活を意味すると伝えられている。

 時間と空間の概念が存在しない〝時の回廊〟の、その概念すらも捻じ曲げ、蹂躙し破壊する出鱈目な存在。

 それこそが大陸ダーナ史上、最悪と評される厄災〝ウルティマ〟だ。


「そうねぇ〜ん。それに越したことはないのだけれどぉ」


 テーブルに頬杖をついた状態のビオラの声音は何一つ変わらない。

 まるで日常会話をするかのように、大陸の危機について語っている。


「そんなに甘いこともないと思うわぁ〜ん」

「何か思い当たることが?」


 火にかけていたポットが甲高い音をたてる。

 クレハはガラスのティーポットに紅茶葉をすくい入れ、ポコポコと沸騰したてのお湯を勢いよく淹れる。そしてすぐさま蓋をして蒸らす。

 ティーポットの中で紅い葉が舞い踊り、見る見る内に紅茶葉から緋色が溶け出されていく。


 クレハはこの時間が好きだった。

 無色透明の水に少しづつ、緋色の紅茶が溶け出していく。そのグラデーションを楽しむのだ。

 茶葉をつついて一気に煮出したり、スプーンでぐるぐるとかき混ぜるような野暮なことはしない。

 あくまで自然に滲み出る紅茶を楽しむのがビオラの、そしてクレハの好みだった。


 色濃く紅茶が抽出されたことを確認し、最後に優しくスプーンで一混ぜする。

 美しいグラデーションを奏でていた青と赤が混ざり合い、澄んだ綺麗な紅茶が淹れられた。


 トレーにティーカップを二客とティーポットを載せ、ビオラの待つ席へ戻る。


 ビオラは相変わらず〝終末の大時計〟をぼんやりと眺め続けていた。

 その表情は彼女にしては感情があまり表れておらず、彼女の元で幼い頃から修行を続け、私生活を共にしてきたクレハにも真意が読めなかった。


 ビオラは時折このような表情を浮かべる時がある。

 その時は決まってこの〝時の回廊〟で、あの〝終末の大時計〟に目を向けていた。


「……いいえぇ。何となく、よぉ〜ん」

「そうですか」


 クレハがカップに紅茶を注ぐ。

 白のカップから湯気に混じって、仄かに海の香りが立ち昇った。

 それを静かにビオラの前に置くと、

 

「………………」


〝終末の大時計〟に顔を向けていたビオラが、視線だけをカップへ移した。


「……茶葉を変えたのぉ?」 

「申し訳ございません。いつもの茶葉を切らしてしまって……馴染みの店舗も閉まっていたので、別の店舗でお勧めを訪ねたところ、この茶葉が一番人気だと教えてもらいました。プイス産だそうです」

「そうぅ」


 素っ気なくビオラが答える。

 ありがとぉ、と、お礼を言って、ビオラが紅茶に口を付けるのを見届けてから、クレハも紅茶を口に含んだ。


「!?」


 正直な話、紅茶の味などどれも大差ない、と思っていたクレハは、たったの一口で衝撃を受けた。


 味も香りも紅茶には違いない。

 しかし、いつも飲んでいた紅茶とは、全くの別物のように感じたのだ。


 香り高い紅茶の中に微かに混じる海の香りは、口に含むことによって、さらにハッキリと主張してきた。

 その主張に嫌味は全くなく、むしろ茶葉本来の香りをより引き出しているとすら感じられる。

 

 味わってみれば、普段飲んでいるものよりも甘くない。

 砂糖もミルクも入れない派のクレハだが、これを飲んだ後では、普段飲んでいる紅茶がとても甘ったるく、言葉を悪くするならば下品にすら感じてしまう。


 それどころかほんの少し、本当に意識しないと気付かない程度の塩味(えんみ)も感じられる。

 それがまた後を引くように、そして嫌味のない本来の旨味の中に存在する甘みを、より引き立たせているように感じる。

 

 まさに至高の一杯と呼べるものだった。


「美味しい……」


 思わず口から出た本音。

 自分が今まで飲んでいたのは本当に紅茶だったのか、と疑いたくなるような上品な味わい。

 しかも、今まで飲んでいた茶葉の三分の二程度の値段だった。これは嬉しい誤算というやつだ。


 カップを両手で包み込むように持つ。

 暖かさが手のひらからも伝わり、得も言われぬ安心感を感じられる。


 その様子を見ていたビオラの横顔には、子どものいたずらが成功したような、してやったり、といった表情が浮かんでいた。


「美味しいでしょ~ん」

「はい、とても。……この茶葉を飲んだことがあるのですか?」

「勿論よぉ~ん。昔からこの茶葉(これ)が一番好きだもぉ〜ん」

「それなら、もっと早く教えていただければ」

「分かってないわねぇ~ん」


 ビオラは身体ごとクレハに向け直した。

 ソーサーをテーブルに置き、クレハを真似てかカップを両手で包み込むようにして持つ。


 肘をテーブルに着けたまま黄金の瞳が、クレハの新緑の瞳を見つめる。

 顔に浮かんでいるのは、やはりいたずらをした子どものそれだった。


「美味しくない紅茶を味わってきたからこそぉ、このプイス産の紅茶の美味しさが分かるぅ、ってものよぉ~ん」

「えっ?」

「だって、いつもクレハちゃんが淹れてくれるアレ、値段が張るだけで薫りも高くない、全然美味しくない只のぼったくり紅茶(ティー)よぉ〜ん」

「なっ!?」


 クレハが目を向く。

 その反応を待ってました! と言わんばかりにビオラがにんまりと笑う。


「で、ですが、いつもの紅茶が、王都で一番人気の至高の茶葉だと店員さんがおっしゃって「そりゃあ、店員さんは値段も高くて、利益が出るものを一番に勧めるわよねぇ~ん」

「でも!」


 顔を真赤にしながら、まるで駄々をこねる子どものように言うクレハがおかしくて、ビオラはいよいよ声を上げて笑っていた。

 よほどおかしかったのか、その瞳に涙まで浮かべて。

 

「本当に可愛いらしいわねぇ~ん。その顔を見られただけでもぉ、今まで美味しくもない紅茶を飲んできた甲斐があったってものよぉ~ん」


 五芒星(ペンタグラム)に名を連ねる卓越した剣技と優秀な〝時守の巫女〟としての深い知識。

 公の場には滅多に顔を出さないくせに一度表舞台へと上がれば、その匂い立つような美しい容姿と豊満な肢体に誰もが目を奪われる。

 おっとりまったりした物腰は母性に溢れ親しみやすく、完璧超人にありがちな堅物さを微塵も感じさせない。

 当然と言えば当然だが、彼女は王都で絶大な人気を誇り、非公認のファンクラブなどがいくつも存在しているらしい。


 クレハの師にして、今代の〝時守の巫女〟たるビオラ=ローレルとは、表面上はそういう人物だった。


 だが、蓋を開けてしまえば、中身はまるでいたずら好きの子どもだ。

 少なくともクレハはそう思っている。そして、そのいたずらの矛先が、大抵自分に向けられるのだから始末に負えない。


 これ以上の反論をしてもからかわれるだけだと悟ったクレハは、一息ついて美味しい紅茶に口を付けた。

 仕掛けていた罠に掛かったクレハを見れてスッキリしたのか、ビオラも薄く笑いながら弟子の淹れた紅茶を満足そうに嗜んでいた。


 ――ッチ――。


 聞き慣れない音が、〝時の回廊〟に響いたのはその時だった。


 クレハは最初、ビオラが床か椅子の脚でも蹴った音だと思った。

 子どものような師のことだ、どうせテーブルの下で足をプラプラさせて行儀悪くしているのだろう、と。

 だが、今の二人の装いは修行終わりで草履履きだった。果たしてそのような足元で、硬質な音など鳴るものだろうか。


 ――ッチ――ッチ――。


 音は規則正しく鳴り続けている。

 

 無情に。

 無慈悲に。

 そして正確に。


 ――カチコチ――カチコチ――。


 魔術に符術、そして古に存在したとされる呪術や古今東西ありとあらゆる魔術と呼ばれる術、それら全ての素たる魔法に至る、全てにおいて干渉出来ないとされているものが現時点で二つ確認されている。


 万物の生死と時間だ。


 生死は言わずもがな、神ならざるものが万物の生死を意のままには出来ないし、生命に優劣を付けることなど神を冒涜するに等しい行為だ。

 とはいえ、食肉用の家畜や重罪人の死罪など、なにかしらの形で人々が生物を裁くという事実は存在しているのだが、ここで触れているのはそういった道徳的な話ではない。

 

 そういう意味では、真に万物が抗えないものは時間という概念だろう。

 未来にしか進まず過去には巻き戻らない。それが一分、一秒であろうと時間は誰しもに平等で、神ならざるものたちは与えられた刹那の瞬間を、ただただ我武者羅に生きていくしかない。


 大陸ダーナにおいて唯一の例外が〝時の回廊〟だ。

 

 ここには時間と空間という概念が存在しない。


 時間は進みもしないし戻りもしない。

 万物は皆等しく進化も退化もしない。


 空間は広がりもしないし狭まりもしない。

 万物は皆等しく成長も衰弱もしない。


 ここは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――カチコチカチコチ――。


 二人の目は無意識の内に、無限の夜空に浮かぶ大きな時計へと向けられていた。

 数秒前に紅茶で口を湿らせたはずなのに、何故かクレハの舌はカラカラに乾いていた。

 

 ――カチコチカチコチ――。


 「………………」

 「………………」


 ――動いている。

 

〝ウルティマ〟が、神々に封印されたその瞬間から、刹那の時すら刻んでいなかったはずのムーヴメントが。

 時間と空間の概念すら存在して()()()()()〝時の回廊〟の概要が、


 ――カチコチカチコチ――。


 静かな音と共に、いともあっさりと崩れ去った。


「………………」


 目の前で起きていることに理解が追いつかない。


 クレハはただただ目を見開き、動き出した時計の針を、何かの間違いだと追うことしか出来ずにいる。


「………………」


 一度動き出した以上、時は前にしか進まない。

 一分一秒、刹那の時すら戻らない。


 クレハの持っていたカップがテーブルを派手に叩いた。

 陶器の茶器が砕ける音にも、テーブルにぶち撒けられた紅茶にも、クレハは全く意識を向けられない。掻いたことのない汗が滝のように額を流れていく。


「クレハちゃ~ん」


 ――ハッとする。


 一体どれだけの時間、自失していたのかすらも分からなかった。

 声を掛けられていなければ、肉体が死に絶えるまで自失したままだったかもしれない。


 師の口調はいつもと変わらずおっとりまったりしたものだ。

 だが、その瞳には確かに動揺が映っていて、額の汗には焦りが表れている。

 短くない時間を共に過ごしてきた中で、こんな師を見るのは当然だが初めてだった。

 

「私はこれから国王陛下に報告し、緊急議会の招集をお願いしてくるわぁ~ん。クレハちゃんはプイスに向かってちょうだぁ〜い」

「プ、プイスに!?」


 一体何故いまこのタイミングで自分をプイスへと向かわせるのか?

 

 クレハは記憶を探る。

 プイスは大陸ダーナの南西。ドーナツのような形をした大陸ダーナから見れば、まるで食べかすのように浮かぶ小さな島だったはずだ。


 そこには一体なにがあったのか。


 普段であれば、脳内の辞書から必要なことをスラスラと検索出来るはずなのに、何故か今はその辞書すら見当たらず、探すのに手間取ってしまった。


 数秒かけてようやく思い出す。

 プイスとは王都から一番近い〝ウルティマ〟封印の地だったはずだ。

 そして、先代の巫女にして、歴代最高の巫女としても名高い、カトレア=カルミアの常駐する地でもあったはずだ。


「クレハちゃんに〝時守の巫女〟見習いとして課題を伝えるわぁ~ん」

「っ! はい!」


 ビオラは鞘から大太刀を優雅に引き抜くと、無造作に何もない空間目掛けて振り下ろした。

 魔術的な要素は何もなく、ただほんの少しの魔素(マナ)が込められていただけだった。


 ビオラが振り抜いた何もなかったはずの空間には、確かに切れ目が出来ていて、そこから眩い光が溢れていた。


 ビオラはその切れ目へと左手のひらを向け、


(かぁ~い)!」


 間延びした声で告げる。

 すると切れ目が広がり、その向こう側には港が広がっていた。

 

 時間と空間という概念から外れた〝時の回廊〟には、現世との出入り口というものが存在しない。

 それを無理矢理こじ開ける。これが出来て初めて〝時守の巫女〟としての資質あり、となる。


「プイスにある〝封印の祠〟の様子を見てきてちょうだぁ~い。〝終末の大時計〟が動き出したのだから、きっと何かが起きたはずよぉ~ん」

「何か、とは……?」

「そんなの私にだって分からないわぁ〜ん。〝終末の大時計〟が動き出したのは歴史上、初めてのことだものぉ。何か決定的なことが起きているのかもしれないしぃ、何も起きていないのかもしれないぃ。だから、それを見てきてほしいのぉ~ん」


 ビオラがもう一度、同じ動作を繰り返す。

 クレハがそちらを見やれば、切れ目の先に広がっていたのは、白い煉瓦が敷き詰められた壁だった。恐らく王城の中へと繋げたのだろう。


 転移魔術のように魔素(マナ)を大量に消費せず、いとも容易く各地に時間もかけず移動できる門を開く作業は、見た目ほど簡単ではない。

 高い空間認識能力と門を開く先のイメージ。座標の指定をほんの少しでも誤れば深海に飛ばされそのまま潰れることも、壁にめり込むことも十分にあり得る。

 

 クレハは〝時守の巫女〟見習いとして現世と〝時の回廊〟を繋げることは出来る。

 だが、クレハの場合は決まった場所と場所を繋げることしかできない。

 具体的に言えば、クレハが開く門は王城に用意されているビオラの書斎にしか開けず、その地点以外には開けない。

 

 いま目の前でビオラがまさに行った、〝時の回廊〟から好きな場所に繋げる神業に等しい芸当は、今のクレハには不可能だった。


「プイスに付いたらぁ、まずはカトレア様に相談してぇ。可能ならカトレア様本人に同行してもらうのが一番良いのだけれどぉ、あの人もお年を召したから難しいかしらぁ〜ん……だからそうねぇ〜ん……道案内の一人でも付けてもらってぇ〜ん」

「み、道案内ですか」

「そうよぉ。だってぇ〜ん」


 ビオラが嗜虐的に微笑む。


「クレハちゃ〜ん、と~っても()()()()()()()()()()()()。お母さん、心配で心配でぇ〜ん」

「なっ!?」


 クスクスと笑うビオラにクレハが歯噛みする。


 確かに自分の実力は未だビオラの足元にも及びはしないが、たかがおつかいの一つや二つ。

 表向き、王都で考古学者をしているクレハは遺跡の調査という名目で今まで幾度となく、秘境や魔境と呼ばれる遺跡を一人で踏破してきた。

 実際はビオラから課された修行の数々だったわけだが、それも難なく――とはいかない場面も多かったが、とにかく一人でこなしてきたのだ。


 それを今更。


「道案内など不要です。私一人で調査してきます。あと、そのよく分からない母親面はやめてください、とあれほど「あらそぉ~う? ならそれでもかまわないけれどぉ〜ん」

「はい。それよりも何故プイスに直接ではなく、わざわざ港に門を」


〝時の回廊〟からの門は何時でも何処にでも開けるはずだ。

 それをわざわざ――それもこの緊急事態において、プイスへ直接繋げない理由が分からなかった。


「プイスには魔素(マナ)を阻害する霧が発生しているのは、知っているかしらぁ〜ん?」

「はい。文献で見た記憶があります」


 その言葉にビオラは満足したように頷く。

 

「よぉ〜くお勉強しているわぁ〜ん。件の霧は〝魔女の庭〟と呼ばれる島の一部の区画に発生しているのだけれどぉ、それに阻害される可能性は零じゃないのぉ〜ん。まかり間違って門の開いた先がプイスから遠く離れた海の上になったりぃ、いきなり〝魔女の庭〟のど真ん中に飛ばされたら大変だものぉ〜ん。緊急事態だからこそぉ、安全で確実な道順(ルート)を選ぶのは当然のことよぉ~ん」


(ビオラ様がそんなミスを犯すのかな……?)


 クレハの胸にほんの少し疑問が浮かぶも、表面上は納得する。


「分かりました」


 特筆してビオラが直接プイスに繋げない理由など、見当がつかなかったからだ。

 それよりもこうして意味のないお喋りに興じている時間こそ、今はないはずだ。

 小さな疑問を飲み込みつつ、クレハは師に告げる。


「それでは早速向かいます」

「お願いするわぁ〜ん。カトレア様によろしく伝えておいてねぇ〜ん」


 そう言ってビオラは、門から城内へと足を踏み出していった。

 その背を見送ってから、クレハも門を通り港へと降り立った。


 ――後になってみても、クレハはその時垣間見たビオラの顔が忘れられなかった――。


 ――まるで待ち焦がれていた恋人に再会する乙女のような純粋さの奥に。

 確かな狂気と歪んだ愛情が見て取れたのだから――。

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