03.ひび割れた心は
成人の儀を終えた後、リヴヴェールは自分の身の回りの世話をする侍女は一人も要らないと父王に申し出た。
本音を言うのであれば護衛の騎士も必要ないと言いたかったが、流石にそれは叶わないだろう。
この国唯一の“神の寵愛を受けた皇子”なのだから。
(なにが寵愛だ)
本当に神が自分を愛してくれているのであれば、己の気持ちを汲んでほしい。
誰かと共にありたい。普通の人間でありたい。
平凡な容姿で構わないから、誰もが近づくことを恐れるような存在にしないでほしい。
もう、畏れの対象になりたくない。
きっと家族であれば、実の父である国王であれば、少しは自分の嘆きを聞いてくれるだろう。
そう、期待したのが間違いだとでも言うのか。
「我が息子、リヴヴェールよ。そなたの願いは叶えてやりたいが、それはならぬ」
「……何故ですか」
震え出した手を押さえ、俯きそうになる顔を必死に上げ続ける。
どうかこれ以上自分を人ならざる存在にしないでほしい。
皇子ではなく“神子”として認識されてしまう自分の孤独を膨らませないで。
エメラルドの瞳が水分を帯び始めたその瞬間、国王は口を開いた。
「そなたは、“神の寵愛”を受けているからだ。故にその身を危険に晒す訳にはいかぬ。そなたの身に万が一の事があっては、どんなに詫びようと神の怒りに触れてしまうであろう。リヴヴェールよ、そなたの体はそなた一人のものではない。そなたが健やかにあること、それが民の願いであり、国の為であり、神の意志であるのだ。よって――」
その後に続いた言葉をリヴヴェールは知らない。堪えきれなくなった涙を置いて、その場を逃げ出したから。
なんてくだらない理由だろうか。
父王は自分を愛しているのではない。神の加護を受けた道具であるから、傷をつけたくないだけだ。
神の怒りに触れるから。民の願いであるから。国のためになるから。
――神の意志だから。
(そんな、そんな下らないもののために私は……!)
ずっと孤独に耐えて、これからも耐え続けなければならないのだろうか。
自室に飛び込むと部屋を整えていた侍女たちが驚き、次いで恐ろしいものを見たようにさっと視線をそらした。
(これが、神の愛……?)
周りの人々に畏れられ、近づくことも躊躇われる。
証とされる髪は他の人が触れればその手を切り、金属ですらその身を切断される。
誰も近づこうとしない。誰もが遠巻きに、化け物を見るように自分を見る。
「……出て行ってくれ」
耐えられなかった。
畏怖の視線も、周囲の行動も、誰も寄り添ってくれない現状も。
もう、一人では。
「出ていけ!!」
生まれて初めて放った拒絶の言葉に、侍女たちは怯えてその場を去った。
それこそ神の怒りに触れてしまったかのように、顔面を蒼白にして逃げるようして部屋を出ていく。
一人になった瞬間、リヴヴェールの中で何かが弾けた。
鏡台に並べられた小瓶を薙ぎ払う。パリンパリンと立て続けに落ちて割れていく化粧品には目もくれず、リヴヴェールの手はカーテンを掴んだ。
胸の中で暴れまわる感情のままに引き千切る。音を立てて裂かれる布が、自分と周囲の溝のように見えた。
広がる穴は、もう戻らない。
(いらない)
ランプを倒し、散らばった破片を踏みにじり姿見に椅子を投げつける。
割れた鏡に映る己の姿を見て、リヴヴェールは嗤った。
乱れた銀の糸、淀んだ翡翠の目。口元に浮かぶ醜悪な笑み。
(化け物だ……私は、化け物なんだ)
だから皆が恐れて離れていく。神の呪いは自分を醜い獣へと変えた。
視界が滲む。全身から力が抜ける。
その場に崩れ落ちたリヴヴェールは三日三晩泣き続け、そして四日目に全てを諦めた。
近日中に次の話を更新します。
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