↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/8

04.痛みのない世界に

 ぼんやりと過去に思いを馳せていたリヴヴェールはふと空を見上げた。

 開け放った窓からは清涼な風が入り込み、室内の淀んだ空気を洗い流していく。けれどこの体の奥に溜まった澱は今更何をしても、何をされても消えることはないだろう。

 空の上には神がいると聞くが、本当だろうか。確かめるためにも、行動に移さなければならないだろう。


 リヴヴェールは窓枠の外に両足をぶら下げた。

 城の高い所に位置する皇子の部屋。比較的天に近いその場所から一度飛び降りなければならないのが面倒だが、魂を体から解き放つにはそれしかない。

 いくら髪が硝子で出来ていようとも、神の祝福を授かっていようとも、高所から生身で飛び降りれば死ぬだろう。


(結局、分からなかったな……)


 あの日、封じていた感情が噴出した後。国王が王妃を伴い部屋を訪れた。

 散乱する小瓶の破片、千切れたカーテン、倒れたランプ、割れた鏡。部屋の惨状に言葉を失っていた二人はやがて、その場を去った。

 その身を案じる言葉すらかけず、その体に触れることもせず、廊下に控えた騎士と侍女に片付けと世話を命じただけ。


 愛とはなんだろうか。


 自分以外の誰にも触れさせないように、その身に呪いをかけるのが寵愛なのか。

 絶望に打ちひしがれ、座り込む子を放っておくのが親の愛情なのだろうか。

 化け物を見る目で、畏れ離れることが忠愛なのだろうか。


 そんなものは愛情ではない。

 誰にも愛されない。誰にも必要とされない。存在する価値がない。

 ならば、この世界に生きる意味など無いだろう。


 窓枠に腰かけた状態から、重心を前に傾ける。

 どうか来世では。そう願った刹那、聞きなれた声が耳朶に触れた。


「リヴヴェール様、危のう御座います。お戻りください」


 くっと髪を引かれたような気がした。そんなものは錯覚であると分かっていたが、リヴヴェールの動きを止めるには充分だった。

 緩慢に首を巡らせると、少し離れた所にエリスが立っていた。その傷だらけの手を見て、リヴヴェールは儚く微笑む。


「エリス、今までよく耐えてくれた。痛かっただろう、悍ましかっただろう。でももう大丈夫だ。化け物は、私が殺す」


「そのような事、思ったこともございません。リヴヴェール様、どうかこちらに」


 一歩、足を進めたエリスにリヴヴェールは「近づくな!」と鋭い声を放った。

 異変を察した騎士が部屋に入り、慌てて出ていく。面倒なことになりそうだと、リヴヴェールは視線を窓の外に戻した。

 遥か下方で騎士たちが狼狽えているのが見える。しかし打つ手がないのだろう、右往左往するばかりで何もしない。

 万が一誰かに当たれば、その人物まで巻き込んでしまうだろう。どうにか人を払えないかと思考を巡らせていると、低く厳かな声が響いた。


「馬鹿な真似はよせ、リヴヴェールよ」


 肩越しに視線をやれば、エリスの横に父王が立っていた。遅れて王妃も部屋の中に入ってくる。その肩は大きく上下している。わざわざ走ってきたのだろうか。何の価値もない息子のために。

 そこまで考えてリヴヴェールは嘲笑した。そうだ、この人間たちは“私”が必要なのではない。


「“神の寵愛”を失うのが怖いですか? 父上」


「断じて、そのような」


「では何故私に触れないのでしょう? 神から授かった道具だから、触れられないのではありませんか。もしも傷つけてしまえば、神がお怒りになるかもしれませんからね。ご安心を、一人でやりますので逆鱗に触れることはありません。きっとこの髪を与えた方も、私が天に昇る事をお望みでしょう」


 臓腑が煮えるような怒りを覚えながら、リヴヴェールは己の銀の髪を掬い上げた。

 こんなものに狂わされた己の人生は、後の世で喜劇として演じられるかもしれない。

 それでいい。神の寵愛を受けた皇子など初めから存在しなかったのだ。

 ここにいるのは呪われた皇子。誰にも愛されず、孤独なままに死んでいく人間が一人いただけ。


「リヴヴェール、お願いやめて」


 王妃が今にも泣きだしそうな顔で訴える。けれどその足は微動だにしない。

 その場から一切動かず、その手で引き留めることもしない。

 リヴヴェールの歪んだ口からクスクスと小さな笑い声があふれた。


「止めたらどうですか、母上。手を掴み、引き留めればいいではありませんか。何故そんなことすらしないのです? 私は道具だから、命令すればなんでも聞くと思いましたか」


「リヴヴェール……」


 血の気が引いた青い顔で、呆然とこちらを見る王妃はその場から動かない。

 やはり自分は、“リヴヴェール”という人間は誰にも必要とされていない。否、この世に存在していなったのだ。

 ここに“リヴヴェール”という人格が在ることこそ、間違いだったのだ。


 窓枠を掴む手に力を籠め、離す。悲鳴が上がる。これでもう体を支えるものは無い。

 あとはそう、この体を外に放り出して、そうすれば全てが終わる。

 孤独という痛みのない世界に、自我というものが存在しない虚無に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。