幕間2.シュトリヤの靴選び
いつもの可哀想な近衛騎士視点、スカン勝利後すぐのお話です。
俺はシュトリヤ姫の近衛騎士を約2日に1度担当している。
姫の意向で騎士は1名(『むさ苦しいわ』だそうだ)と決まっているため、責任は重大だ。
この春から王宮騎士から近衛騎士に配属が変わってまだ数か月。
しかし。
このところ彼女へ抱いていた神聖なイメージががらがらと崩れつつある。
外では変わらず穏やかな笑みを浮かべ、国民に愛される存在を築いていらっしゃるのだが。
ミィスさんとの友情も有名で、先日の式典に至るまでの冒険や式典のお二人のお姿は今最も人気のあるお話でもある。
劇や本の題材にもされ、今やこのお二人を応援する者が後を絶たない。
そのこと自体はシュトリヤ姫も喜んでいらっしゃるのだ。
しかし。
セレネルさんとミィスさんの仲を推薦する者もいる。
姫の話と同じくらい、背を合わせて戦うほど信頼しあった2人の仲というのも人気の題材なのだ。
それを耳にされると、シュトリヤ姫は機嫌を悪くされる。
具体的には俺のことを撒いたり、扉の影から急に現れたりして小さな悪戯をしかけ、鬱憤を晴らされるのだ。
聞けば、俺と交替で入っているあと2人の騎士にはそのようなことはしないらしい。
俺が新入り(近衛騎士の中では最年少だし)だからからかわれているのだろうか。
(ちなみにシュトリヤ姫とセレネルさんのペアも人気だが、当人たちの仲があまりよくないのが有名なためマイナーな組み合わせらしい。
俺の妹はこの手の話が大好きなので俺まで情報通になりつつある)
シュトリヤ姫はミィスさんのことがお好きだ。
大好きでいらっしゃる。
だから度々同じくミィスさんのことがお好きなセレネルさんとは衝突される。
それを止めるのが俺の仕事でもあるそうなんだが、本当に無理だ。
勘弁してほしい。
規格外と規格外が衝突してるんだぞ!?
いつも結局先輩の騎士(もはや所属をとやかく言ってはいられない)がうまくお二人をあしらうのだ。
その後必ず怒られてへこむ。
ミィスさんをうまく使えっていわれてもわかんねえです…
あのシュトリヤ姫とセレネルさんと並んでても全く遜色なく、たまにそれよりももっと綺麗に見えることがあるか弱いただの人間が猛獣2人をたった一言で鎮めるんだぞ?
あれはあのお人だからできるのであって、俺じゃ無理だ。
先日、あのシュトリヤ姫が、「セレネルを呼んで」と侍女のマリアさんに頼んでいた。
すげえ嫌そうなお顔で。
いつも呼ばれたらすぐ来て下さるんだが、どこにいるんだろうな?
とにかくすぐに来てくださったセレネルさんが、俺なんかにまで挨拶してくださって嬉しい。
近衛騎士は王宮騎士よりも一応上の立場だけど、セレネルさんだけは別格だからな。
近衛騎士も全員尊敬している。
俺より全然お若いのに本当にすごい方だ。
「ああ、今日はお前か。苦労をかける」
とか言われて舞い上がりそうだ。
「セレネル。あなたあの靴どこで作ったのよ。調べさせたけど全然でてこないじゃない…!」
と心底悔しそうにセレネルさんを睨んでいらっしゃる。
大変お綺麗なんだけどなあ。
「ふっ…お前の手腕もその程度か?」
ああ、そんな風に挑発なさるから…!!
「くっ…いえ、今日はいいわ。悔しいけど負けは負けだもの。教えなさいな」
今日はほんとうにその靴屋が知りたいそうで、喧嘩はしないようだ。
ほっと胸をなでおろす。
でも確かに、俺たち近衛騎士も総出で探したんだけど全然見つからなかったんだよな。
王都中の靴屋を調べたと思うんだけど。
「なんの見返りもなく教えると思うか?お前がそれだけ苦労して得られなかった情報だぞ」
「わかってるわよ。マリア」
静々と、心得た様子マリアさんが何かを差し出す。
「…お前」
「あら、ミィスは頼めば撮らせてくれるわよ。客観的に見た方がいいわとかいえば」
と勝ち誇ったお顔のシュトリヤ姫は、写真を指差しているようだ。
ミィスさんの写真?
「そっちが夜会用。それが昼食会用で、式典用の不採用分。貴方が見ていない衣装もまだあるわよ」
と楽しそうに解説していらっしゃる。
どうやらミィスさんの珍しいお姿の写真のようだ。
恐らくドレス姿とか、着飾ったものだろう。
本当にミィスさんがお好きだなあ。
まあ俺もミィスさんのことは好きだけど。
そんなことを素振りでも見せれば殺されかねないのでポーカーフェイスを保つ。
これは騎士団で最初に習うくらい大事なことだからな…!
(死にたくなければ覚えろと叩き込まれるお陰で騎士は全員、末端に至るまでポーカーフェイスが得意だ)
「いいだろう。というかこれに関してはお前は本当にいい仕事をする」
「そうでしょう。もっと感謝なさい。ミィスを一番かわいくできるのはこのわたくしよ」
「ああ、そうだな」
と嬉しそうに、蕩けるような笑顔を浮かべるセレネルさんに俺のポーカーフェイスが呆気なく崩れる。
慌てて頬を内側からぐっと噛む。
鉄の味が滲む気がするが今は気にしている場合ではない。
あの顔を見て勘違いしてはいけない。
セレネルさんは決してシュトリヤ姫にあの笑顔をみせているわけではないのだ…!
あれは、ミィスさん限定のお顔。
たまにしか見られないが、見ると必ず動揺してしまう。
唯でさえお美しいのに、それが5倍くらい跳ね上がるから…!
「あの店は靴屋ではない。魔具の店だ。」
「え、あれが魔具ですって…ちょっと待ちなさい、あなたミィスの卒業祝いにいくら掛けたのよ」
一国の姫がいくらかけたかを気にするなんていったいどんな…いや想像するのはやめよう。
俺の精神衛生によくないに違いない。
「それはお前に言われたくないし、この剣を思うとあの靴でも妥当だ。」
するりとセレネルさんが撫でる左の剣がミィスさんからの贈り物っていうのは、俺たちの間でも有名な話だ。
何でも素材からご自分で採りに行ったらしいからミィスさん半端ないなって話題にもなった。
(さすがにご自身で打ったっていうのは嘘だよな?)
詳しくは知らないけど、上位のドラゴン系魔物の鱗とかそういうレアな素材がふんだんに使われているらしい。
そしてそれをとてつもなく大切にされているのも騎士は全員把握している。
シュトリヤ姫は確かドレスを贈っていたはずだが、そのドレスももしかすると普通じゃないのだろうか。
「…悔しいけどわたくしのドレスは普通のドレスよ。もちろん生地と素材はいいものだけど。ミィスにもらったこの髪飾りにだって見合わないわ」
「お前がデザインしたのだから対外的には値段がつくものだろう?」
「そういう微妙な慰めはやめて。わかっているんでしょう。」
シュトリヤ姫は、姫だから。
この方ができる最大級の贈り物への関与がデザインなのだ。
そう思うと、確かに姫が悔しがるのも仕方がないのかもしれない。
どうしたってご自身の手で何かを作り上げるなんてできないからな。
などと考えている間に、どうやらセレネルさんと店に出向くことにしたらしい。
嘘だろう、城に呼び出してくれよ…!
「貴方もついてくるかしら?」
と聞かれたが、どうか俺の仕事を思い出していただきたい。
近衛騎士です、貴女の。
勿論ですと即答し、セレネルさんと俺、そしてマリアさんが店まで行くことになった。
いや勿論平和なので安全面での不安はないが、大変人気でいらっしゃるのでそちらが心配だ。
と思いきやどうやら想定済みだったそうで、お忍びで行かれるらしい。
姫は姿を消す魔法が使える。
それを知るのは一部だけだが。
(そしてそれを使って度々撒かれるのは俺くらいだろう)
その魔法をさっと4人分掛けられ(恐ろしい魔力だ…)あっという間にその店へついてしまった。
佇まいからして高級店で、俺なんかが入っていいのか気が引ける。
こういう貴族御用達みたいな店と縁がないんだ俺は…!
どうやら先に連絡をしていたらしく、さくさくと話が進んでいく。
(セレネルさんの仕事が早すぎて俺がすることが本当にないんだよな…)
おもしろかったので俺も見させてもらったのだけど、ここは魔具をそう見せないように加工する店のようだ。
通りで俺たちの調べ方ではだめだったわけだ。
靴のほかにも服や帽子や…色々あるようだがここは衣類を扱う店のようだ。
靴であれば、耐久や歩きやすさ、フィットしやすさ等10種類近くの効果を持たせることができるらしい。
見た目の面、たとえば光るとかそういうものは安いらしく、俺でも買えそうなものだった。
が、姫とセレネルさんがそれぞれオーダーしている靴はやばい。
お二人が対抗してどんどんすごいものに…ああ、これ止めたほうがいいのかなあ…
「姫様、セレネル様。そのあたりで。」
今までずっと静かに控えていたマリアさんがすっと前へ出た。
「ミィス様に知られてもいい範囲になさったほうがよろしいかと。そのかわりにデザインに拘ってはいかがですか」
という一言で、俺の年収くらいにまで跳ね上がっていた靴の値段が、俺の月収くらいに落ち着いたようだ。
(俺だって新人だけど近衛騎士だから結構もらってるのに)
よかった。
思わずそっと息を吐いたところをマリアさんに見られてしまった。
「大切なのはタイミングですよ」
だそうで、この方本当によくできる方だなあ。
まあもちろん、このあとのデザイン合戦が再び白熱するわけだけど。
もう俺はその間無になることに徹した。
最終的に、ご自身の髪や目の色を入れるということで納得されたらしいが、多分ミィスさんはその意味に気が付くことはないだろう。
だから、俺はせめてもの仕事として同僚に今日の出来事を共有しておくことにする。
変な勘繰りをしないように!
後日、城にきたミィスさんがシュトリヤ姫の贈った靴を履いていらっしゃって。
シュトリヤ姫がすごく嬉しそうに笑っていたので、なんだか俺まで嬉しくなった。
勘繰るなと言ったのに、早々に噂になって新たな演出に加えられてしまったらしいことについては、もはや騎士総員の責任といっても過言ではないかもしれない。




