竜姫 竜砂糖アゲイン
砂嵐を越え、鐘楼塔を抜けて殺風景な岩場に戻ってくると、まるでタイミングを見計らったように大きな音が鳴った。ごごごぎゅるぐぐぐ。再現するとそのような響きだったか。
(なにごと!?)
思わず振り返ったシュナの視線の先で、ニルヴァは火を吹かんばかりに顔を赤くし、背を丸くしている。穴があったら入りたい風情――実際にネドヴィクスの身体の影にできる限り自分を隠そうとしていた。
「すっ……すみません……!」
「ははは。仕方ないよ、大冒険だったからお腹も空くよな。せっかくだから食べていくか?」
デュランが爽やかに応じる言葉でシュナにも状況が理解できた。
今のはニルヴァの腹の虫だったらしい。シュナとて人間の状態になれば腹が減る、ということは体感済だし、空腹状態でそうなることがあるという知識も既に得ている。
しかしここまで豪快なものに遭遇したのは初めてだった。
(本当にお腹ってあんなに鳴るんだ……!)
なんてキラキラした目でニルヴァを見つめていたが、本人としては相当恥ずかしい事らしく、注目を浴びると途端に顔色を失ったので、可哀想になって積極的に別の方向に目を逸らそうと試みる。
もう見慣れた、とすら言っていいかもしれない水場の近くにシュナを着陸させたデュランは、間もなくゆっくりついてきたネドヴィクスからニルヴァが降りるのを待つ。
覚悟を決めて飛び降りるだけだから、よじ登るより大分スムーズだった。治療したとは言えニルヴァは先ほど足を怪我したばかりだ、ちょっと見ていてハラハラしたが、そこは見習いでも冒険者、ちゃんと地面を踏みしめた上で衝撃をうまく逃がせたようだ。
デュランが水場に近づいていって、一瞬はっと警戒姿勢に入ったシュナだったが、今日の彼は脱がなかった。ただ顔を洗ったり、滝に近づいていって水分を補充しているだけらしい。考えてみればニルヴァが近くにいるのだ、そう変なことはしないだろう――とほっとすると共に、はっとシュナは気がついてしまった。
(それってわたくしは変なことをしてもいい相手として考えられてるってこと!?)
いや、しかしそれもなんだかしっくり来ない。そもそもそういう配慮が必要な相手として認識されていないのだろうか――だって竜は常時全裸だし――と言うところまで考えを進めても、気分は晴れないどころか段々腹立たしい感情が募ってくるので、ほどほどの所で首を振ってモヤモヤ思考を打ち切った。
今脱いでないのだからよしとしよう。問題の先送りという言葉が頭をよぎった気がするが、それもさっさと追い払う。
ニルヴァも続いて軽く汚れた装備を洗ったり水分補充をしたりするのが終わると、デュランはまた見た目は小さな荷袋を漁って何か取り出した。包装を破いて四角く白っぽい塊を取り出し、ニルヴァにも渡している。
パン……いやクッキー……その中間といったようなところだろうか。二人ともすぐ岩場に腰を下ろして頬張っているから、食べ物であることは間違いないのだが。
《それは何?》
《レーション。携行食料だよ。このタイプはパサパサしてるから水分が必要だし、あまり強い衝撃を受けるとよくなかったりもするんだけど、軽いから持ち運びは楽なんだよね。まあそんなに上等なものじゃない――というか思いっきり忙しい庶民向けのファストフードなんだけど、微妙に癖になるって言うか、たまに無性にこれを食べたくなることがあるというか……》
《ファストフード?》
《すぐに、それこそ立ったままでもお手軽に食べられるような物のこと。ちなみにこれはプレーン風味、一番普通の奴。他にも色々風味違いがあるけど……プレーン風味が一番安全だから、うん。冒険はね。迷宮でするからね。食べ物ぐらいはね》
《プレーンって、どんな味?》
《どんな……どんな!? うーん……素朴で甘さ控えめ、かな……?》
シュナはすっかり興味津々に尻尾を揺らして魅入っている。解説をしつつも合間に咀嚼を進めていたデュランが、ごくりと喉を鳴らすとふと真顔になって呟く。
「竜ってレーション食べられるのかな」
《姫様にそんなもの与えるなであります!》
岩場に戻ってきてから静かだったツッコミ担当が息を吹き返した。
残念そうな顔になったのは竜騎士だけではない。シュナもちょっとがっかりした。
(だって人間の時だと、なんだか食べさせてくれなさそうなんだもの……)
もちろん人状態だったときにいただいていた物に文句があろうはずがない。が、前に町に連れて行ってもらったときに食べさせてもらった屋台のお菓子だとか、なんとなくこう、普段全く経験のない領域だから試してみたくなる気持ちが膨らむというか。
《仕方ない。じゃあシュナはこっちね》
竜騎士が荷物を漁ってすっと取り出したのは、金色の角粒だ。シュナは思わず顔が引きつったのを自覚した。
(カ、竜砂糖――!)
差し出された物の味自体は美味に属する方なのだが、いかんせん紐付けられている記憶のせいか、なぜだろう、嬉しさより先にお腹がきゅっとする思いを味わう。
《さあ、シュナ。今日も一杯頑張ってくれたからね。たんとお食べ》
デュランの笑顔が眩しい。一点の曇りもない。ごくっとシュナは喉を鳴らした。
(またこんなにどっさり……!?)
《ゆ――ゆっくり食べたいから、置いておいて……》
山盛りに積まれたそれらを前にしばし絶句しかけていたが、なんとかその言葉を絞り出す。
適当な所で隠しておいてちまちま食べよう、と考えたのだ。今ここで取っておきたいから、の言葉を出さないのは、その先に生じることが予測される「それならもっとたくさん持ってきてあげるからね……!」という未来を回避するためである。
ふと熱い視線を受けている気がして顔を上げた。
デュランからもらったレーションを既に四つほど軽く消費したニルヴァが、じっとシュナの前の黄金色の塊の山に視線を固定している。
(ま、まさか――)
「ニルヴァ、あげてみる?」
「――い、いいのですか!?」
嫌な予感というのは得てして的中するものである。
結局少女の手からもそもそと甘い竜用の菓子をかじることになったシュナだったが、危惧していたような食べ過ぎで気持ち悪くなるような事態には陥らなかった。
バサバサ慌ただしい羽音がしたかと思うと、左右から銀とピンクの影が走り、あっという間に少女の手から竜砂糖の大半を奪い取ってまた飛び去っていったのである。
《たまにはいいことするのでありますな!》
《美味》
《俺はシュナにあげたんだけど!?》
同族ながらちょっとさすがにどうかと思う。巨体に飛びかかられ群がられ奪われた少女は、尻餅をついて唖然としていた。シュナも一瞬凍り付いた後、慌てて平謝りになる。しかし山賊のような強襲をかけた二竜はどちらも全く悪びれた様子がなかった。
《あ、ついでに教えといてやるであります。姫様は此方達の中でも特に低燃費かつ、内臓あまり強くないのであります。たくさんあげても逆効果、最悪お腹壊すのでありますよ。此方達が食べたいだけでこの行動に出たわけではないので》
《肯定》
《えっ……そうなの!?》
(わたくしも今初めて知ったわ……)
もっしゃもっしゃと口の中で竜砂糖を堪能しているらしい竜が器用に喋るのを聞いて、竜騎士はさっと青ざめ、シュナは少し納得する。自分が小食な自覚はあったが、そうか元々そういう身体だったのか、と頷いている彼女に、おろおろしているデュランが声をかけてきた。
《シュナ、前の時お腹痛くならなかった?》
《……そんなに》
《なってたの!?》
《ええと……別に痛くはなかったけど……》
《竜砂糖、もう二度といらない……?》
《少しなら! 少しなら嬉しいの!》
だからどうしてそう極端な結論に飛びつこうとするのか。一生懸命宥めたおかげか、これからの竜砂糖供給は適切な分量で落ち着いたようだった。
それにしても相変わらずよく食べる男だ。ニルヴァと分け合っているとは言え(というか大人しい顔をしておいて何気にニルヴァも結構食べている気がするのだが気のせいだろうか)、早くも三包み目の包装を開けている竜騎士が、ふと何気なく言葉を漏らす。
「トゥラも少ししか食べないんだよなあ……」
びっくりすることを口の中に物があるときに言われるのは危険だ。咄嗟に吹き出しそうになるから。
シュナはまた、(知りたくなかった)新たな経験を得たのだった。




