第二話『自分選びの乙女たち』
「これはどうだい? ああ、こっちも似合うんじゃないかな」
「んーん、マイヤちゃんは意外とおっぱいおっきいからこっちの方が似合うと思うなぁ」
「あー、それは分かるかな。でもフィルドゥシーの事だから、先輩以外には見せたくないんじゃない?」
「貸し切りじゃないもんねぇ。じゃぁこっちかなー」
色とりどりの水着を手にとっては、あーでもないこーでもないと口にするロザリアとリズベット。白いフリルのついたレオタード型、蒼いハイビスカス模様のセパレート、黒い布地のビキニ――海で遊んだ経験の無いマイヤとしては、若干防御性能が心もとないように見えるそれらを、彼女らは楽しそうにとっかえひっかえ。自分で試着してみるのかと思いきや、どうやらマイヤ用の水着をコーディネートしてくれているらしい。
助かる、と言えば助かる。マイヤに、水着のトレンドや華やかさが齎す効果への知識はないからだ。そういう意味で、ファッションに対して博識な彼女たちの意見は参考になる。のだが――
「あ、あの、二人とも……その、ちょっと際ど過ぎませんか……!?」
リズベットが手に取ったのは白とオレンジの、リボンドレスのようなチューブトップ。ロザリアが手に取ったものに至っては殆ど紐である。
何故か先程から彼女たちが提示してくるのは、そういった若干、あるいは異様に過激なものばかりなのだ。流石にマイヤも、徐々に恥ずかしくなってくる。特にロザリアの提示したそれは最早水着と言って良いのだろうか。波に攫われずとも、動くだけで大事なところが見えてしまいそうだ。
「ええー、たまにはマイヤちゃんも目一杯おめかししようよ」
「そうだぞフィルドゥシー」
「それとこれとは話が違うと思うのですが!! モノには! 限度が! あるというものです!!」
マイヤとて、別におしゃれに興味が無いわけではない。シュウは大体どんな格好をしても「マイは何を着ても可愛いな」と言ってくれるが、マイヤ自身が納得のいく格好を追求してみたい、と思うことは多々ある。が、彼女自身の趣味はどちらかと言うと落ち着いたデザインのブラウスであるとか、ロングスカートであるとか、そういう方向に偏る。そのため、布地面積の小さいこと甚だしい服装は、可能な限りお断りしたい所なのだ。
だいたい破廉恥だ。肌を見せればいいというものではない。そもそも衆目の目に曝す格好としてあまりに不適切ではないだろうか。
そんなことを数分ほどくどくど説教していると、徐々にロザリアとリズベットはじと、っとした目つきで、口々に愚痴を言う。
「リズ、こいつきっと凄い厳しい親になるぞ。今からことあるごとに些細な事で叱りつけるフェリドゥーン夫人の姿が目に浮かぶ」
「うんうん、見える見える。所謂教育ママってやつだね」
「ボクの両親よりきついかも。いやぁ、フェリドゥーン先輩とフィルドゥシーの子供は大変だなぁ!」
「ふじっ……こどっ……」
首筋がぼうっ、と熱くなる。そうやって煽ってくるのは二人の良くない癖だ。一体誰に似てしまったのだろう。学園長か、やはり学園長なのか。
断続的に言葉にならない声を上げながら呻くマイヤに、ロザリアがはぁ、と呆れたようなため息。
「なぁフィルドゥシー、いい加減耐性つけた方がいいぜ。この夏の間に、もっと距離を縮めたいんだろう? 愛しの先輩と」
「それは……そうですけど……」
「あ、愛しの、の部分は否定しないんだね」
「真実ですし……」
リズベットの苦笑いに対応する。何か妙な事を言っただろうか。
ロザリアの言葉が分からない、ということはない。マイヤだって、シュウとの距離をもっと詰めたい。
別に、現状に不満があるわけではない。七の月初頭に、彼が受けていた三年生の大半のカリキュラムが終了してからは、シュウと一緒に過ごせる時間は大幅に増えた。以前はマイヤの方が先に帰宅していることが多かったが、最近は逆だ。独学で色々と研究しているのか、料理もどんどん上手になる。エプロン姿でマイヤの帰りを出迎え、率先して掃除や洗濯に勤しむ彼の姿は、所謂『専業主夫』を思わせた。
それこそ、先ほどのロザリアとリズベットの言葉ではないが、時々『将来』のことを鮮明に想像してしまうほどに。
けれど、もう一歩先へ踏み出したい、という気持ちが無いわけでも、決してない。もっと自然に手を繋ぎたい。もっと近くで、彼と同じ景色を見たい。もっと自分の事を知って欲しいし、もっとシュウの事を知っていきたい。エリナの一件以来、極々稀にではあるが同じベッドで眠ることもあるようになった。けれど、まだ、添い寝の『その先』へはたどり着けていない。
そういう意味で――この旅行は、大きなチャンスなのだ。
普段と違う自分を、彼がこの世で最も美しいと讃え、マイヤの髪の色にも例えてくれた海で、見てもらう。少しだけ、シュウの気分を変えて見せる。それができる、絶好の機会なのだ。
「だったらちょっとは大胆にならないとやってけないと思うな、ボクは。もしも『そういう雰囲気』になったときに、流れに身を任せるくらいのノリを、水着と一緒に身に着けてしまえ」
ロザリアは近くにあった、黒いゴム材質の水着を手渡してくる。左右のカップの間を小さな金色のリングが繋いでいるタイプで、広げてみれば随分とサイズが小さい。体格的に合わない、という話ではなく、元々そういう設計なのだ。
半ば無理矢理、背中を押されるようにして試着ルームへと放り込まれるマイヤ。「どうぞごゆっくりぃ~」という上機嫌なロザリアの声とニヤニヤ笑いに気圧されて、はぁ、と一つため息を吐く。仕方なく、洋服のボタンに手をかけた。
「でもローゼもちょっとは考えないとだめだよー。いつまでも白馬の王子様を待ってたんじゃ、チャンス逃しちゃうよ。それとも結婚しない派? でもマイヤちゃんと先輩みたいな恋愛にずっと憧れてるもんね、ローゼ……あ、これなんかどう? ピンク色で可愛いよ」
「うっ、うるさいなっ! 別に憧れてなんかないさ! 運命的な出会いと運命的な救いになんか憧れてない! ないったらない! あとそれはどっちかと言うとリズの方が似合わないか?」
「えぇ~?」
「……それはどっちへの返答?」
「どっちもー」
カーテンの向こうから、今度は自分たちの水着を選んでいるらしい、リズベットとロザリアの声が聞こえる。
私服のノースリーブブラウスと、濃紺色のキュロットスカートを脱ぐ。白いレースで編まれた上下の下着も外して、生まれたままの姿に。ビーチで遊ぶなら、当然シュウにも素肌を見せるということだ。アリアと初めて会った日に、不慮の事故から一度裸を見られてはいるが、改めて肌をあらわにすると思うと少し恥ずかしい。おまけに今度はやたらと過激な水着つきだ。一説によれば男性というのは「全部見えている」よりも「適度に隠れている」方に性的興奮を覚えるらしいが、なるほどこちら側もそうした方が若干羞恥心が増す。
——ところでこの水着、どう正常に着用しても、布の四方から乳房が見えるような気がするのだが。
「かく言うお前はどうなんだリズ。浮ついた話はさっぱり聞かないぞ」
「あたしはいーの、興味ないし~。パンと牛乳があたしの運命の人」
「人……?」
一応着用してみる。何度か着方を変えてみる。サイズが合っていないのではないかと疑心暗鬼になってみる。どうやってもサイズは確かである。鏡を見ても、そこにはやはり想定した通りの、やたらときわどい格好の自分が写るだけ。
自信が無い、というワケではない。それなりに鍛えているし、シュウと付き合うようになってからは前よりもお手入れに時間をかけているつもりだ。女の子は恋をすると綺麗になる、というのは旧時代文明の迷信らしいが、あながち間違いではないな、と思うほど、そもそもの素肌の状態が良くなった気がする。無駄ではなく、さりとて痩せすぎていない程度に肉のついたお腹や二の腕、足回りは、ある程度は均整の取れた、と表現していい身体だと自負している。
自負してはいるが。それを見せびらかすことに抵抗が無いかと言えば、話は全くの別だ。鏡に映った自分を見ているだけで、一秒毎にどんどん恥ずかしくなっていく。
「や、やっぱり駄目です! もう少し布面積が大きいやつでお願いします!!」
マイヤはカーテンで自らの身体を隠すように店内へと顔を出すと、真っ赤になって叫んだ。流石にこれは無理だ。いくらシュウと距離を縮めたいからと言って、ここまで早まる必要はない筈だ。うん、間違いない。
そんな彼女の様子に、ロザリアとリズベットは一度顔を見合わせると、直後、やたらと悔し気なかんばせで、可愛らしく舌打ちをした。何だ今の動作は。何だ今の表情は。
「ちっ、駄目か」
「見たかったんだけどなぁ、えっちな水着着たマイヤちゃん」
「貴女達の欲望の発露じゃないですか!? 何てことさせるんですか!!」
店内へと、マイヤの半ば悲鳴めいた叫び声が響く。
お客さんが少ない時間で良かった。少なくとも今、マイヤは心の底からそう思った。
一刻も早くこの水着を脱ぎたくて、彼女はさっさと更衣室内に引っ込む。ロザリアたちのブーイングが聴こえるが知ったことではない。
なんでこんな目に会っているのだろう、と、マイヤは若干遠い目をしてしまう。
いつものショッピング都市へと、馬車に乗って向かった一行は、旅行の間に必要になるであろう日用品を買いがてら、各々自分の求める物を買う作業に出た。マイヤはシュウと一緒に本屋に向かったのだが、愛する人は欲しい本を既に決めていたらしく、すぐに買い物を切り上げてしまったのだ。マイヤとしても特に差し迫って必要なものがあったわけではない。シュウと一緒に日陰で涼んでいると、買い物を終えた女性陣と、荷物持ちとして酷使されていたらしいエリックが帰ってきた。
誘われるがままにマイヤは商店街の一角、多数のビーチ用品を扱う店に。シュウはエリックと一緒に荷物番をするとの事で、店前のベンチに残った。
店内の商品棚には、サンダルにゴーグル、浮き輪と言った、川遊びでも使うような用品の他に、薫り高いサンオイル、実用性よりもビジュアルを重視した水着に代表される、マイヤとは余り縁がないものまでずらりと並ぶ。
そんな中で行われたのが、例のマイヤ着せ替え大戦めいた何かだ。実際に着たのは上述の黒い水着だけだが、このままではもっと極限めいた格好までさせられてしまうのではないか――羞恥でマイヤが冷や汗を流していると。
「あーっはっはっはっはっはっは!!」
隣のフィットルームから、騒々しい――というには快過ぎて、精神を逆なでする部分の無い、しかし間違いなく『五月蠅い』笑い声が響く。
シャーッ!! と鋭い音を立てて、勢いよくカーテンが開く。中から姿を現したのは、マイヤに先んじて水着を試着していたエリナだ。
色素の薄い金髪を揺らし、その色よろしく薄い胸を張って、自信満々にポーズをとる彼女は、それはそれは上機嫌に一回転をすると、再び叫んだ。
「どーうですかこの! 私の! 均整の取れた肉体をこれでもかと強調する水着姿は!」
——それは、フリルをふんだんに使った、黄色いワンピースタイプの水着であった。
白とペールオレンジで、うっすらとサフランの花の模様をあしらった生地。
胸元・腰回り・肩口の三か所に特に大きなフラウンスが付けられ、エリナがポーズを変える度にふわりと動く。
エリナが構えた、クリアブルーの大型水鉄砲と、頭に装備した青縁ゴーグル、そして白い麦わら帽子に、金色をあしらったビーチサンダル。
その格好は、なんというか、その。
「ふっふっふ、あまりの素晴らしさに言葉も出ませんか。そうでしょうそうでしょう。うふふ、これならお兄様のハートをそこの青髪から奪い取るのも容易……! 完璧です、完璧ですわよ私……! 燃え上れ夏、燃え上れ恋……!!」
マイヤ達のなんとも言えない雰囲気を一切気にすることなく、エリナは試着室で単身盛り上がる。店の窓から入り込んだ陽光が彼女を照らし出し、まるで歌劇の舞台で一人芝居をしているような滑稽さを演出した。
彼女はそのままびしぃっ、と音が鳴りそうな勢いで、着替えを終えて試着室から出たマイヤを指差した。
「聞けば水着が決まっていないようではないですか、マイヤ。現状が続けば浜辺でお兄様のご寵愛を賜るのは最早私で決まったも同然! ——ですが、敵に塩を送るのも正妻の嗜みと言うもの。参考にさせてあげてもよろしくってよ!」
キマった、と言わんがばかりの清々しい表情。フリルで彩られた肩口から、人差し指の先端に至るまでの滑らかなラインは、精巧な陶器人形もかくやと言うほどの美しさである。それでいて十分な愛らしさを持っているとあらば、なるほど彼女が自信過剰に陥るのもかくや、と言ったものだ。
その愛らしさが、必要な分だけであったのならば。
「……いや、その……なんというか……」
「凄く……言いにくいんだけどその、凄く……」
「端的に言って子供っぽいですね……」
小柄なエリナには非常に良く似合う。それは一切の邪念無しに称賛に値するのだが、似合いすぎているというか、一周回って水着そのものの子供っぽさが目立つ。いや、同系統の水着でも、大人向けのものが恐らくあるのだろうが……エリナのそれは、デフォルメされた花模様もあって、やたらと子供用水着の気配が強かった。
それを指摘すると、エリナは自らの服装を見下ろした。数秒ほど固まった後、彼女は180度回転してルーム内の鏡を見、それから各種小物を見つめると、勢いよく真っ赤になって狼狽する。自身の格好が、ファースト・レディというよりは、海岸で戯れる童女のそれに近いことに気付いたのだ。
「うううううるっっさいですわね!!! ええ、ええ、分かっておりましたとも! この水着が子供っぽいことくらい。も、勿論これは前哨戦ですわ! もう何着か持ってきていましてよ! 見ていなさい、必ずや貴女達が白旗を上げる様なコーディネートを見せつけてやりますわ!!」
カーテンを、開けたときと同じくらい、或いはそれ以上の速度で閉めるエリナ。風圧で売り場の水着を掛けたハンガーが、かたかたと小気味良い音を立てる。
風に巻き上げられて乱れた髪を整えながら、マイヤは一言、呟く。
「……なるほど、参考になりました」
「ある意味ね……」
ロザリアが何とも言えない引きつった笑みで応える。
エリナの一幕から分かったこと。それは、華美なモノだろうがシンプルなモノだろうが、目指すところを定めておかないと、目的とずれた格好になってしまう、という事実だ。別に水着選びに限ったことではない。日常生活や魔族との戦闘に至るまで――日々のあらゆる場面で、それはきっと大切になる。
目的、か……と、心の中で小さく呟く。
結局のところ、マイヤの『目的』は、ロザリアとリズベットに指摘されたそれと大して変わらないのだ。恥ずかしい事ではあるが――でも、シュウの気を惹きたいのは間違いではない。
そのためには、自分の魅力を際立たせる必要がある。
これまで、余り気にしたことが無かった部分だ。身だしなみに気を付けはすれど、それは「見苦しくないようにする」行いだ。自分を引き立て、普段よりも一歩二歩、グレードアップした姿に魅せる。そんな経験は、マイヤには数えるほどしかない。
それに何より、魅力的に見て欲しい相手であるところのシュウは、マイヤの姿だったらなんでも「うん、素敵だ」と言ってしまうだろう。意地悪をしているのではないし、わざとでもない。本気で、心の底からそう思ってくれる。
だからこそ。
それを揺り動かす何かが、必要なのだ。
「海、かぁ……」
店舗の壁には、どこかのビーチを模したと思しき絵が描かれていた。ヤシの木や白い砂浜、燦燦と輝く太陽――そして、さざ波を立てる蒼い海。
海面の色。太陽の光と空の色を受けて、刻一刻と変わるのだというそれ。絵では判断することができない色彩だ。早くこの目で見てみたい。そして、シュウと感想を共有したい――その想いが、旅行の日が近づくにつれて、一秒ごとに大きくなっていく。
大好きな先輩が、「これまで見てきたなかで最も美しい」と表現した、その風景。自分の髪の色に例えてくれた、その色相――
「あ……」
ふと、脳裏に思いつくものがあった。
「うぅーん、泳ぐんだったらこのくらいが丁度良いか……? でもなぁ、あんまり可愛くないなこれ……」
「最近は競泳水着にも可愛いデザインあるって聞くよ」
「本当かい? 探してみるかな」
「あの、ルーズヴェルトさん、マッケンジーさん」
マイヤは、エリナの珍行動から気を取り直して、ロザリア用の水着を選ぶ、彼女とリズベットに声をかける。二人は目をぱちくりさせると、
「ん? どうしたんだい?」
「さっきの水着買う?」
「それはご遠慮させてもらいます。ですが、その……少し、ヒントを頂きたいな、と」
妙なことを言ってくるのでそれは却下。
同時に、自分の思いついたことを問う。
「私の、この髪の毛を際立たせる水着を、探したいと思うのですが……」




