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エピローグ 俺と、彼女の、物語

 ひとは生まれ変わり、万象は流転する。


 無常なる時代の波に揺られ、


 絡まりあった因果の糸をたどり、


 大切ななにかとふたたび出会うことがあるならば、


 それはきっと――




  *     *



 ケチな冒険者にもたまには運が巡ってくる。


 伯爵邸で俺を待っていたのは予想外の歓待だった。

 ホールに所狭しと並んだテーブルには、目もくらむほどの財宝が陳列されている。


 金銀宝石。

 神話を再現した勇壮な彫像。

 装飾の施された武具。

 知を折り重ねた書物。

 妖艶な美女たち。

 十代の精悍な青少年(半裸)たち。


 集められた冒険者たちは一様に警戒の目をしていた。

 好きなだけ持ち帰ってください、なんて話ではないだろう。

 そもそも冒険者なんていうのはゴロツキかチンピラと相場が決まっている。

 この状況は牧場に狼を招き入れるようなものだ。

 もちろん壁際には槍と鎧兜でフル武装した衛兵が構えてるんだけど。


「勇敢にして聡明なる冒険者諸君、よくぞ集まってくれた」


 ホールを見下ろす階段の踊り場にぜい肉の塊が現れた。

 ムダに瀟洒な服に身を包んだデブ――この屋敷の持ち主にして今回の依頼主、オゴルドフ伯爵。


「依頼内容は仲介の盗賊ギルドから聞いているだろう。そう、先日発見した古代遺跡の調査だ。調査隊の案内役として、遺跡探索の経験者をひとり雇いたい」


「その一名はどんなゲームで選ぶんすか?」

 俺はテーブルに座った艶っぽいおねーさんをガン見しながら聞く。


「話がはやくて大変よろしい。当家の財宝からもっとも値打ちのあるものを選びたまえ。より早くそれを見つけた者に仕事を依頼する」


 言葉の途中で冒険者たちは動きだした。みんな血眼でまわりを出し抜こうとしている。

 伯爵サマの依頼となれば報酬も結構な額になるから、気持ちは俺にもよくわかる。

 だからって、いきなり財宝にベタベタ触りだす連中は脱落だろう。


「あー、あー、焦りすぎだろ、アイツら」


 接触で発動する罠は古代遺跡の定番である。

 わざわざ盗賊ギルドに仲介を頼んだ以上、求めているのは宝物の目利きじゃない。

 罠や隠し通路を見抜いて乗りこえる力だ。


 出来る連中は不用意に動かず、慎重に目を光らせている。

 油断したふりで雑談など交わしながら。


「あの遺跡、昔エルフが作ったもんだって話だぜ」

「魔法罠は勘弁してほしいが、エルフの財宝にゃあ惹かれるな」

「財宝でなくエルフの封じた魔獣が眠ってるって噂だが」

「いや、眠ってるのはエルフの祖神だ。万年生きてるババァだとさ」


 エルフというのは長生きなうえに、外見的には老衰と縁がない。

 ババァだとしても見た目が美人なら、キスでお目覚め願うのもいいかなぁ。うへへ。


 はっきり言って俺は女好きだ。

 財宝よりも美女美少女に目移りしてしまう。

 だから、彼女を見つけたとき、自然と目が引き寄せられてしまった。


「いるじゃんか……とびっきりのが」


 直立不動の衛兵の向こう、ホール脇の廊下で床を雑巾がけしている少女がいた。

 身につけているのは貫頭衣にフードつきの短いマント。

 どちらも雑巾と大差ないボロ切れで、かわいい足には靴も履いてない。

 奴隷身分だとしても、貴族の屋敷には不釣り合いなほどみすぼらしい身なりだ。


 でも、俺の目を引いたのは衣服じゃない。


 ボロ切れからこぼれた華奢な手足は、お天道様の恵みを連想させる小麦色。

 フードから覗ける横顔も、張りのある褐色肌に包まれていた。

 あどけなさを色濃く残しながらも、その造作は処女神の彫像のように可憐。


 ただ、表情がない。


 喜びも。怒りも。嘆きも。倦怠も。

 いかなる感情も窺えない。

 彫像のように無色透明な顔が、なぜか俺の心を痛烈に締めつけた。


「あ、こら、貴様なにをしている!」


 衛兵が怒鳴り、冒険者のひとりを組み伏せる。

 どうやら隙を見て財宝をチョロまかそうとしたらしい。


 ナイスタイミング。


 俺は騒ぎに乗じて衛兵のあいだを擦り抜けた。

 廊下に出て、褐色の少女のとなりにしゃがみこむ。


「キミ、伯爵さまの召使い?」


 話しかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。

 土下座をするように身を低くしたまま、恐る恐るこちらに顔を向けてくる。


「召使いなど、とんでもございません……わたしは、奴隷です」

「お仕事大変?」

「いえ……わたしなんか、働かせていただけるだけで幸せです」


 とんでもない欺瞞だ。

 表情も浮かべられなくなるまで磨り減ってるのに、幸せなはずがあるもんか。


 間近で見るとやっぱり可愛い顔してるのに。

 笑ったらもっと可愛いだろうなぁ。


 見つめあううちに、彼女は気後れしたように眉を垂らした。


「なにか、お気に障ることがあったのでしょうか……ごめんなさい」

「え、いやいや、全然そんなことないよ」

「ごめんなさい……おゆるしください、お客さま」


 少女は這いつくばって頭を下げた。

 その拍子に懐からなにかがこぼれ落ち、俺の膝元に転がってくる。

 握り拳大に丸めこまれた布の塊。

 拾いあげてみれば、布にしてはずしりと重たい。


「あ、そういうことか」


 包みを開くと、虹色に輝く大粒の宝石が現れた。

 カーンカーンと鐘鼓を打つ音が鳴り響く。


「終了! これにて選定を閉幕とする! ホールの諸君はすみやかに帰りたまえ!」


 伯爵は冷たく宣言し、腹肉を揺らしてこちらに歩いてきた。

 俺が宝石を手渡すと嬉しそうに目を細める。


「よくぞ見抜いた。その観察眼と洞察力、キミこそが案内役にふさわしい」


 伯爵は「当家の財宝からもっとも値打ちのあるものを選びたまえ」と言った。

 つまりホールだけでなく廊下も範囲内ということだ。


「もっとも価値のないもので至宝を隠す――無粋な手段ではあるが、間抜けはふるいに掛けられた。私はキミを歓迎しよう」


 伯爵は笑顔で俺の肩を叩き、ステッキを振るった。

 あまりにも自然な仕草で、這いつくばった少女の頭を叩いたのだ。


「ッ……申し訳ございません、お邪魔になってしまい……!」

 少女は壁に肩を張りつけて縮こまった。


「見苦しいものを見せてしまったね。コレは遺跡調査にも連れて行くが、キミの邪魔にならないようしっかり言い聞かせておくから安心してくれたまえ」


 おまえのぜい肉のほうがよっぽど見苦しいだろ。

 ……という悪罵を、俺はどうにか飲みこんだ。

 非難したところで理解はしないだろうし、怒りの矛先が少女に向かう可能性も高い。

 それにみっともない話だけど、金蔓を手放すのは俺だって惜しい。


「こちらこそよろしくお願いしますぜ、伯爵の旦那」


 世に理不尽はひしめている。

 上手に折り合いをつけていかなきゃ、生きてくこともままならない。


 俺は神話に出てくるような英雄サマと違って、ただのケチな冒険者なのだから。




 伯爵は俺をディナーに招待して、依頼についての詳細を話した。

 目新しい情報はとくにない。

 エルフの古代遺跡を調査し、財宝を探りあてるのが目的とのこと。

 エルフの祖神が眠っているという噂もあるが、真偽の程は不明。


 できることなら、エルフの美人と仲良くなれるような展開を期待したい。

 将来の夢はエルフを囲ってハーレムを築くことです。


 ……なんて願望はおくびにも出さず、愛嬌のある従順な冒険者のフリを徹底した。


「では三日後、よろしく頼むぞ、ノクト」

「お任せください、伯爵さま」


 食後、俺は帰るふりをして、敷地内にふたたび忍びこんだ。


 屋敷と庭の構造は夕食までのあいだにこっそり調査しておいた。

 だれに気づかれることもなく、屋敷の裏の厩舎に忍びこむ。


 そこに褐色肌の奴隷少女がいた。

 馬の息遣いと飼い葉に埋もれて、骨身に染みるような寒さを凌いでいる。


「よ、元気?」

「あ……」


 彼女は縮こまってうつむいた。

 俺は馬を刺激しないよう静かに近寄り、膝をついて貝殻の薬入れを渡す。


「これ、打ち身に効く薬だから」

「は……? は、え、あの……ええと?」

「頭、叩かれてただろ。タンコブできてたら塗ってみてくれ。絶対に効くから」


 目深にかぶったフードが邪魔で目元が見えない。

 愛らしい唇は小さく開閉して、なにか言葉を紡ごうとして――結局、なにも言えない。

 もしかして、めっちゃ困惑されてる?


「あー、ええと、それとコレ、お裾分け」


 慌てて手渡すのは、パンに肉を挟んだもの。夕食時にこっそりパクッておいたのだ。

 ごくりと少女はツバを飲む。

 きゅーと腹が鳴る。


「い、いただけません……」

「でも腹減ってるんだろ?」

「わたしなんかに……そんな上等な食べ物は、恐れ多いです」

「俺が食い物なら、太ったオッサンより可愛い女の子に食べてほしいけど」

「でしたら、可愛い女の子に食べさせてあげてください……」

「うん、だからキミに」

「………………?」


 謙遜とか嫌味でなく、素でわかってない様子だ。

 自分がそういう形容の対象になると欠片も思っていないのだろう。

 どれほど尊厳を奪われたらこんな風になってしまうのやら。


「じゃ、こうしよう」


 俺はパンにかぶりつき、二割ほど食いちぎって残りを少女に渡した。


「食いかけなら価値も半分以下だろ」


 ニッと口角を持ちあげて、顔の角度は斜め四十五度。

 ナンパのために磨きあげた魅惑の超かっこいいスマイルです。

 ちなみに成功率は2%。五十回やって一度だけ美人令嬢の飼い犬に懐かれた。


「ぁ……ぅ……」

「……もしかして心底困ってる? だとしたらほんとゴメン。不細工な笑顔でゴメンなさい……なんか申し訳なくて死にたくなってきたので、哀れみでいいから食べてくださいませ」

「そ、そんな、わたしなんかにへりくだらないでください……!」


 少女は慌ててパンを受け取り、かぶりついた。

 ぱくり。

 もぐもぐ。

 リスが木の実をかじるように愛らしい食べ方だった。


「お、おいしい……こんな、ああ、こんなの、まるで天国の味です……!」


 褐色の頬に透明な雫が伝う。


「泣くほどうまいかぁ」

「はい……いままで生きてきて、一番おいしいです」


 冷めた肉とパンでそんなに喜ばれると、かえって気まずいような気もする。

 それでも、彼女の表情はほんのすこし和らいでいた。そのことが、俺にはなによりも嬉しい。


 彼女は笑顔未満のゆるみをたたえながら、時間をかけて肉はさみパンを完食した。


「はぁ……しあわせ……」


 感嘆の息を漏らして、余韻に浸る。

 やがて彼女は深々と頭を下げた。飼い葉に顔が埋まるほどに、深く。


「わたしなんかに、このような温情……感謝の言葉もありません」

「なら、名前を教えてくれないかな」


 俺はなんだか泣きたい気持ちを堪えて、彼女の肩をそっと叩いた。


「俺はノクト。遺跡や洞窟の探索と弓の扱いがそこそこ得意で、女性の扱いは超うまい。ケチな冒険者だけど、可愛い女の子の幸せのためならなんでもできる男です、よろしく」


 ここぞとばかりに自己紹介をまくしたてる。


「ノクト……さん……?」


 彼女はゆっくりと顔をあげた。

 フードの下、黒い瞳が黒曜石のようにきらめきを帯びている。


 そのきらめきに俺は心奪われた。


 そして耳を澄ませる。

 彼女の口にする音をすべて心に刻むために。


「ユニ……です」


 慎ましい名乗りが胸に染み入り、

 ――かちり。

 金具の噛みあう音が聞こえた。


「ユニ、か……なるほど、よし! これからよろしくな、ユニ!」


 すこし強引に手を握って、その柔らかさに胸が躍る。

 俺はケチな冒険者だけど、この柔らかさのためならなんでもできそうだ。

 伝説の英雄みたいに力強く生まれ変わった気分。


「遺跡探索、一緒にがんばろうな!」

「は、はい……ノクト、さん」


 握りあった手と手が暖かい。

 懐かしさすら感じる不思議なぬくもりだった。





   *     *



 ひとは生まれ変わり、万象は流転する。


 無常なる時代の波に揺られ、

 絡まりあった因果の糸をたどり、

 大切ななにかとふたたび出会うことがあるならば――


 それはきっと、新たな物語のはじまりだ。






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