6話 再会の喫茶店
失恋して、それで終わり。
本当は、恋にも届いていなかったのかもしれない。
もう、終わったはずの……事。
わたしはなかなか忘れられなかったから、
思い切って釉に話してしまえば楽になるかなと思った。
「釉は、今日はそのまま帰るの?」
「その予定だけど……
何か、あった?」
「久しぶりに喫茶店連れてって。
ココア……飲みたくなったの」
わたしがそう言うと、釉は黙って首を縦に振った。
多分、何かがあったのではと感付かれていると思う。
「あんまり溜め込んじゃ駄目だよ、小織……
相談したいこと、あるんだよね」
「うん……」
「今日が良い?」
「今日が良いの」
雨がいつ降り出してもおかしくない日。
ちょっとだけわがままを言って、
釉がよく行く喫茶店へと連れて行ってもらう事にした。
学校ではできない話をしたかったから。
いつもの帰り道とは、少し違う場所へ。
「いらっしゃいませ、二名様ですね」
「はい」
釉に案内されて喫茶店に入る。
席に案内されて、とりあえずわたし達は座った。
辺りを見渡してみると同じ学校の制服を着た人が座っていた。
(って、あれ……まさか……)
間違いない、見覚えのある顔どころか……
(あの時助けてくれた男の人って、
学生さんだったんだ、しかも同じ学校!)
わたしは思わずそこから目を逸らした。
「ん、どうしたの小織」
「え、な、何にも無いよ?」
「そっちの方に何か気になる物があったのね」
まさか、わたしの行動を読んで……
「ああ、あの学生さん……」
「うん」
釉は、彼が誰なのかを知っているらしい。
「心配しないで、あれ同じ学年の人だよ。
結構噂されている人なんだけど、小織は知らないの?」
「ううん、わたしは全然知らないよ」
「せっかくだから本人こっちに引っ張ってみない?」
「ちょっと、それ本気で言ってるの?」
わたし達がそんな話で盛り上がっていると、
店員さんがこちらにやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「小織から先にどうぞ」
という事はまだ釉は決めてなかったのね。
話に夢中になってしまって、ごめんなさい。
「ココア、温かいのでお願いします」
「カフェオレ……でお願いします」
わたしが言った後、すぐに釉も注文を伝えていた。
決まってたなら先に言って欲しかったかも。
「以上で宜しいでしょうか?」
「はい」
ん、もしかして……
「何か食べたかったの?」
「えへへ……小織、察してもそれは言わないで欲しかったな」
「どうして?」
「だって、何か食べながら話を聞くわけにもいかないと思って」
「ううっ……それはそうだけど……」
釉は、彼がわたしの初恋の相手で……
そしてその初恋が散った事を知らない。
というか、その事をこれから話そうと思ったのにね。
結局、何も話さずに他愛の無い事を話そうと思っていたら……
釉が席を離れて、彼の所に行っていた。
(余計な事、しないでよ……)
そして、彼が若干渋い顔をしながら釉に引っ張られてこちらに来た。
「初めまして、藤山智樹です」
男の人……は、軽く一礼して自己紹介してくれた。
「あっ……あのっ……」
「彼女は友人の榎木小織だよ」
「ううっ……自分で言いたかったなぁ……」
わたしが言う前に釉に言われてしまった。
「で、話とは何だろう。
一応答えられる範囲なら答えるけど……」
「主にこっちが知りたい事を教えて欲しいかな。
先日の試食プリンの件とか……」
「ああ、あれか……
沖本さんも試食させられていた面子だったとは」
え、試食プリンって何?
「そういえば小織にはまだ食べさせたことが無かったね」
「その、試作プリンとかいう物?」
「プリンに限らず試作品のお菓子全般かな。
まあ、当たり外れも大きい代物だね……」
すかさずフォローを入れてくれる藤山君。
そういえば先日、失敗作を食べていたと聞いていた。
「とりあえずその件は後で良いかな、沖本さん」
「別に……いいけど」
少し不機嫌になる釉。
それよりも、わたしに話があるのかな?
「ごめんね、釉。
わたしから話して、良いですよね?」
「そうして貰えると助かる」
「え?」
うん、やっぱり彼も気付いていたみたい。
「まさか……」
「あの時は助けていただき本当にありがとうございました」
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ」
「二人とも顔見知りだったなんて……
世間って、狭いね」
わたしもそう思う。
妙な所から人と人が繋がっているなんて……
「で、何があったの?
というか何処で出会ったの?」
釉が私に詰め寄ってくる。
「ん……それは……」
これ、言っちゃって良いのだろうか。
お菓子好きなのは彼の秘密の一つなのかもしれない。
わたしは彼の方を見た。
彼はこくりと頷いて……
「あの洋菓子屋で出会ったと言えば大体判るのでは?」
「そういう事ね、納得」
わたしにはよく解らないけど、
釉はそれだけでどこか納得していた。
「顔は見たことあるけど、こうして会話するのは初めて……か。
小織、一体何しに洋菓子屋に行ってるのかな?」
「え、前にちゃんと説明したよね。
お母さんのお見舞いの時に持っていく……」
「それで何で藤山と遭遇できるのかな?」
「ああ、それは大体こっちが原因だと思う。
千佳さんに学校終わったら直ぐに来いと急かされていてね」
「千佳さん?」
もしかして、あの美人な店員さんのことかな?
「ああ、千佳さんなら納得~」
「え、ええっ?」
というか、釉はその人の事知っているの?
「実はね、前に何回かパパに忘れ物届けた際に話をした事があるの。
で、藤山の事も色々と聞かされていたのよ」
「ぐっ……何か色々と秘密を明かされていそうで心配だな」
思わず藤山君を見ると、苦笑いしていた。
「そういえば、釉のお父さんは……
お菓子作りの職人さんだったよね」
「そうそう、だから試作品を……
最初の会話、解った?」
「なるほど、そういう事だったのね」
だからあの時、藤山君が店員さんから受け取っていたのは試作プリン。
色々と話が繋がってきて頭の中で整理されてきた。
「大丈夫、頭の中こんがらがってない?」
「大丈夫だよ、今の話でちゃんと繋がった」
心配して声をかけてくれてありがとう、釉。
でも、そうなると気になるのは……
試作品を食べられる立場に居る、藤山君の事。
「あの……その……
千佳さんという人と、藤山君ってどんな関係なのですか?」
「そうだな……
自分からすれば兄の件とかで色々とお世話になった人。
それ以上でもそれ以下でもないね」
「そう……ですか」
なんとなく、気持ちが落ち着いたような気がした。
それが表情にそのまま表れていたらしく……
「ん……あらら……
そういうことなのかな?」
「え?」
「気にしない気にしない……」
釉が突然何かを言い出したけど、意味はよく解らなかった。
「藤山、一つ聞かせてもらって良い?」
「というか、気付いたけど先程から呼び捨てだよ、釉。
駄目だよ、ちゃんとさん付けで呼ばないと……」」
「いや、別にこちらは呼び捨てで構わないよ。
一応顔見知りの部類に入るし、あんまり堅苦しいのも困る」
ううっ……
わたし、そんなに堅苦しかったのかなぁ……
「こちらも沖本と呼び捨てにさせてもらうだけの事。
榎木さんはそのままの方がいいかな、イメージ的に」
「はい、そうしてください」
でもそれは、なんとなく壁があるような気がして……
思い切って下の名前で呼んで欲しいと言おうとしたのに……
寸での所で、声になってくれなかった。
「で、質問とは?」
「学校でもこうしてまた一緒に話してくれます?」
「別に構わないが……
可能ならば、二人一緒に来てもらった方が良いかもしれないね」
「変な噂対策?」
「まあ、それもある。
面倒事に巻き込まれるのは極力避けたいから……」
変な噂……って、何か色々と苦労しているのかな。
「あまり人と話さないので、慣れていないんだ。
一対一で話すと緊張してしまいかねない」
「そうなんですか……」
「なるほど……」
釉とわたしは揃って同じような反応を返した。
だって、全然そんな感じに見えなかったから。
「さて、時間も時間だからそろそろ戻らせてもらう。
それでは、また学校で話す機会がある事を願うよ」
「ありがとうございました」
「ありがとね、また宜しく」
笑顔で藤山君は去っていった。
何かよく解らないけど、藤山君と知り合う事ができた。
「良い人そうだね、藤山って」
「うん……」
横から来る視線が、なんかちょっと気になる……
向けてくるのは間違いなく釉しか考えられない。
「で、折角だから小織に聞くけど、
今日の相談ごとってもしかして……」
「う、ううっ……
そ、その件はもういいよっ」
「千佳さんとの関係を聞いた時点で思ったんだけど、
やっぱり、そういうことなの?」
「だから、もう良いって……」
お願いだから、からかわないで……
藤山君と話しているときは大丈夫だったけど、
こうやってからかわれると、すごく恥ずかしくなってくる……
聞かれてしまうとは思っていたけど、
やっぱり聞かれて戸惑ってしまうわたしだった。
「本人に聞こえてしまうから止めとこうか……」
「うん、それでお願い」
結局、そういうことで落ち着いた。
安心すると同時に、何か厄介な事になったと思ったのは……
きっと、間違いじゃなかったのかもしれない。