5話 始まる前に終わる恋
今日もまた長い長い授業が終わって、
いつもみたいにわたしの側へと釉がやって来る。
妙にテンションが高くて、笑顔を浮かべながら……
「小織~」
「え、何でそんなに笑顔なの?」
「うん、甘いもの大好きな小織なら絶対に外せないニュースだよ!」
「えっ?」
一体何があるのかな……
「『初恋ショコラ』って知ってる?」
「えっと、確か……」
名前は聞いたことあるけど、売り切れ続発の……
実は一度も食べたことが無い。
「そうそう、それなんだけど……
何かね、この周辺のコンビニで大量入荷してたって話だよ」
「そうなんだ……」
そういえば近くで聞こえてくる噂話の中にも、
似たような話があったかな、確か。
「あたしの分も買っといて~」
「買っておくのはいいけど、ちゃんと取りに来てね」
「もちろん!」
そうは言うけど、不安かもしれない。
何せ、釉の事だから……
「部活終わった~って言いながら、
そのまま帰ったのは何時の話だったかなぁ?」
「え、えへへ……
先週のお話でした、ごめんなさい」
釉の部活が終わった後、
宿題を一緒にやろうと思ってたのに……
わたしの家に来ると聞いたのに来なかった事があった。
「今回はお金が絡むから、本当にちゃんと来ないと駄目だよ?」
「うん、解った……」
とはいえ、これで約束成立。
物が買えなかったら問題外になってしまうので、
なるべく早く帰宅しないといけない。
(沢山置いてあったら、お母さんの分も買いたいなぁ……)
そう思って、信号待ちの間に財布の中を見る。
(あっ……お財布にお金入れ忘れてた)
そういえば昨日買い物に出てそのままにしてたんだっけ。
(一度帰らないと駄目かも……)
仕方ないので、一度帰宅してから近くのコンビニに行く事にした。
噂が広まっているなら、売り切れていても不思議じゃない……
そう思いながら入店して、急いでそれが置いてある棚へ。
でも、わたしの瞳は……
『初恋ショコラ』よりも先に、存在感のある人を見つけてしまった。
(あの時助けてくれた男の人……)
偶然は、なんでこんなに続いてしまうのかと思いつつ、
わたしは彼が『初恋ショコラ』を二つ手に持って購入している姿を、
しっかりと目撃してしまったのだった。
(見間違いじゃない……よね)
面白い物を見てしまったと思いつつ、目的の品はちゃんと買った。
もちろん、釉の分もあったから買っておいた。
お母さんの分は……
消費期限が切れたら困るので買わなかった。
美味しかったら、退院後に買って一緒に食べればいいかなと思った。
帰宅して、とりあえず買ってきたそれをすぐに食べたいと思ったから……
自分の部屋の机の上に置いて大急ぎで着替えた。
落ち着いたところで、いよいよ……
「それでは、いただきますっ……」
まずはひとくち。
「ん……んっ、美味しいっ!」
思わず声にしてしまうような、美味しさ。
確かにこれなら人気が出て売切れてしまうのも解るかも。
正直、コンビニのスイーツはあんまり食べないのに、
これならもう一度買って食べてもいいかなって……
(思わずその味に恋をしてしまうような……
だから、『初恋ショコラ』なのかな)
そう思った瞬間。
ふと、あの時助けてくれた男の人の顔が頭の中に浮かんだ。
(今頃、あの人も食べているのかな……
甘い物が好きそうだし、感想が知りたいかも)
男の人から見て、これは美味しいのかなって……
そんな事を考えていたら彼の姿が頭から離れなくなってしまった。
だけど……思い返してみる。
コンビニで見かけた彼は、確か『初恋ショコラ』を二つ買って……
(もしかして彼女さんがいるのかな……)
そんな事を思って、ちょっとだけ辛くなった。
どうしてそんな事を思ったのか、よく解らない。
結局、その日の夜は考えすぎてなかなか寝付けなくて……
翌日の授業を寝ぼけながら聞いていたのだった。
そしてまた、お母さんのお見舞いに行く日がやってきた。
授業が終わった後は直ぐに学校から出て、
今日もまたいつもの洋菓子屋を目指す。
釉は忙しくてわたしに話しかける暇も無く部活に行ってしまった。
近くにまで来て、洋菓子屋の中が覗ける位の所まで近付くと……
(あっ……)
いつもの洋菓子屋のガラス窓の向こうに居たのは、
楽しそうに話している、店員のお姉さんとあの時助けてくれた男の人。
(もしかして、あの店員のお姉さんが……)
時折、店員のお姉さんが笑顔になっているのを見て、
わたしは現実を受け入れることしか出来なかった。
(『初恋ショコラ』を一緒に食べた相手なのかもしれない)
そう思った瞬間、なんだか少しだけ胸がちくりと痛んだ気がした。
美人さんだし、仲良さそうだし……
(きっと私が恋をしても、あの店員さんには敵わないかも)
とても大きな敗北感のようなものを感じて、
その瞬間から、楽しい気持ちが一瞬で消えていく。
(これが初恋なら、やっぱり初恋は叶わないって噂は本当だったんだ……)
そう思った瞬間、わたしの足は洋菓子屋さんから遠のいて……
そのまま病院へと向かっていた。
「あら……いらっしゃい」
「お見舞いに来たよ」
結局途中で何も買うことが出来ないまま……
「何かあった?
ちょっと今日、元気が無いみたいね。差し入れもないし」
「えっ……そう見える?」
「うん、見える見える」
始まってもいなかった恋が見事に散りました。
そんな事、お母さんに言えない。
「巷で話題になってた『初恋ショコラ』をこの前食べたの。
美味しかったからお土産で持ってこようとしたけど……」
「売り切れていたのね。
それなら、その気持ちだけ受け取ります」
きっとお母さんは、それが理由じゃないことに気づいているかもしれない。
だって、その時のわたしは……目に涙を浮かべていたから。
「退院祝いの時に探してくるからね」
「それは楽しみね」
「その代わり、洋菓子屋にはしばらく行かない」
「あら、どうして?」
理由なんて、話せない。
わたしは、そのまま何の言葉も告げられなかった。
「そうね……少しは甘いものを我慢するのも必要ね。
小織と一緒に食べてみたいから、早く退院できるように……」
「うん……」
何も聞いてくれなかった事が、一番の救い。
「時間……大丈夫?」
「あっ……」
お母さんに言われて、慌てて時計を見る。
そろそろ帰らないといけない時間だった。
「それじゃ、また来るね」
「待ってるよ」
大急ぎで、走らないように気をつけながら……
(考えないように……しなきゃ……)
泣きそうになる気持ちを堪えて。
あの男の人の事は、一切考えないようにと自分に言い聞かせながら。
わたしは病院を出て、自宅へと帰った。
その日の夜は……
本当に、本当にとても辛くて、哀しくて……
寝る前に、泣いていたのかもしれない。
気が付いた時には朝で、鏡を見て目が腫れていた。
(今日が休みで、良かった……)
もし、こんな姿を釉に見せたら……
また心配をかけてしまうかもしれない。
始まる前に終わった恋は、忘れる事にした。
簡単には忘れられないけど、いつか思い出として笑って話せますように……




