引き篭り師弟と、謎の傀儡10-思い出と昔話-
※最後の方に血の表現があります。苦手な方はご注意ください※
「ちょっとだけ、あるじちゃまの魔法似てたけど、違ったのでしゅ」
「花畑で襲ってきた傀儡かいらいとも、違ったのじゃ。にゃんか、もやっとするのぞ」
フィーニスは、ラスターさんの通信が入った際の顔になっている。思い切り鼻に皺を寄せて、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「別に、夜に鳥が飛んでるは、おかしくないのじゃ!」
緊張が手から伝わってしまったのだろう。私を見上げていたフィーニスは、はっとして、前に向き直った。
ついでに、つんとしっぽをあげた。
「あにみゅ、話の続き聞きたいのぞ。この森、魔法果物いっぱい、匂いで追うのも魔法感知もしにくいから、おしゃべり平気ぞ」
「あい。ふぃーね、あにむちゃの声を聞いてるほうが、安心するのでしゅ」
声のトーンを落としつつも、二人はいつも通りふるまってくれる。
私も出来る限りいつもの調子でいたいと顎に指を添えた。
「どこまで、話したかな。そうそう。明るいうちと日が暮れたあと、森って、全然雰囲気や風景、変わるよね」
周りを見渡すと、とても不気味な風景が広がっている。でも、ここはフィーネとフィーニスが大好きな遊び場所。昼間にくれば、きっと気持ちがいい森なはず。
私の怯えが伝わってしまったのか。フィーネがふにっと頬を腕にくっつけてくれた。あったかい。
「夜はお月さまのおかげで、古代の魔力が強まるでちょ? だから、お昼は隠れているいろんな古代の魔法や精霊が出てくるって、ずっと前に、うーにゅすが言ってたでしゅ」
私も師匠に何度か聞いた覚えがある。
魔法を語る師匠は、いつもは見せない素直な顔で笑うから……もっともっとと子どものようにせがんでいたっけ。あの頃は無自覚だったけれど、今ならわかる。私はきっと、師匠の声で知らないことをいっぱい教えてほしくて、知らない顔を見たかったんだと。
「ふぃーね。あにみゅは魔法が使えるけど、あにみゅの世界自体は、こっちの世界みたく物質的な魔法や精霊はいないのじゃ」
訂正を入れながらも、フィーニスも大きく頷いている。ぴこぴこと動く羽とリズムがあっていて、可愛い。
フィーニスの言うとおりだ。フィーネの反応は、私が言いたかった内容とちょっとだけズレてはいた。が、まったくという訳ではなく、心理的な部分では重なっている気がする。それに、この世界には、世界の危機が起きた際、古代の魔法使いたちが月に昇り、月明かりに魔力を織り込んだなんておとぎ話がある。
「私も、ししょーに、聞いたことある。月が魔力持ってる言われるのは、元の世界のおとぎばなし、同じ思ったもん」
不思議な存在という枠では、似たようなものだよね。おとぎばなしにも、私の世界のかぐや姫やジョカの話に通ずるものがあるし。
軽い気持ちで『おとぎばなし』という単語を使ったのだけど、頭上のフィーネがぴくりと反応した。
「あにむちゃがしてくれた、かぐや姫、覚えちぇる。あにむちゃは、ふぃーねたちが帰らないでってお願いしちゃら、お月さま――違う世界に、戻ったりしないでしゅよね?」
か細く鳴いたフィーネに、思わず足が止まっていた。あまりに寂しげな調子で呟いたフィーネに、きゅっと胸が締め付けられたから。
「フィーネ……?」
昼間、私が元の世界に戻るとか戻らないとか、不安定な気持ちでぼやいてしまったのが原因なのかな。
フィーニスを抱えているのとは反対の手で降ろしたフィーネは、元から垂れている耳をさらにぺたんこにしていた。
「あにむちゃがね、おねちゅで寝込んでるとき。ふぃーねとふぃーにす、自分たちでご本、読んだのでしゅ」
「そっか。頑張って、文字、読んだんだね」
ちらちらと地面を視界に入れながら、足は動かし始めたが……可能な限り柔らかい声で誉めると、フィーネは嬉しそうに「うみゃ」と鳴いた。
笑顔もつかの間。瞬時に、フィーネの空気は寂しげなものになってしまう。
「お月さまの光、古代の魔法呼び出すのはね。古代の魔法使いしゃまたちが、お月さまいるからでちょ? 世界で一番しゅごい古代の魔法使いしゃまは、お嫁しゃんとお別れして、お月さまに昇ったのでしゅ。他の魔法使いしゃまは、家族、いっちょだったのに」
その話は初耳だ。
見上げてくるフィーニスの瞳が潤んでいるのが、暗闇の中でもわかる。きゅっと結んでいるちっちゃなお口が、小刻みに震えている。
「一番の魔法使いしゃまのお嫁しゃんだけ魔力弱かったから、いっちょ行けなかったの」
ずきんと胸が痛んだのは何故だろう。
「だから、お月さま隠れてる新月っていうのはね、一番の魔法使いしゃまが、お嫁しゃんを想って泣いてる日だって、かいてあったのでしゅ」
フィーネは、抱っこしてのポーズで前足を伸ばしてきた。でも、両手がそれぞれ塞がれてしまっているので、顔に擦り寄ろうと持ち上げる。すると、フィーネから鼻先にキスをしてくれた。
「ふぃーね、大丈夫なのぞ。ありゅじはどの魔法使いよりもしゅごいのじゃ! 連れてけなかった魔法使いと、並べるないぞ! あにみゅだって、あにみゅだって――!」
フィーニスもてしてし腕を叩いてきたので同じようにすると、頬に擦り寄ってくれた。
「ごめんね、フィーネにフィーニス。不安させて」
「うみゃ」
物語のように離れ離れになったら――私が元の世界に帰ったら、師匠も泣いたりするのかな。
正直、涙を流している師匠は想像出来ない。
「魔法使い、想われてる、お嫁さんは、幸せだね」
師匠は私が怒ったり拗ねることは喜んでしてくるくせに、本気で嫌がることは絶対にしない。一度しても、二度はない。
だから、だから……きっと私が元の世界に帰りたいと泣いたら止めない。無理に引き留めたりしないだろう。
「私は、ししょーのこと、大好きなのに」
言葉にしたら目から零れるものを止められなかった。わかっている。そんなことに、私の恋心に心を揺らしている場合じゃないって。
なのに、止まらない。
「ししょーは、私のこと、そんなに好きじゃない。大切にはしてくれてるけど、私の好きとは、違うから」
そうだ。私と師匠の『好き』と『大事』は纏う色が違う。
同じ好きじゃないのに、これ以上師匠を困らせていいのだろうか。
「お互い、忘れられた方が、よかったのかな。想い、強いは、かえって、不幸せ?」
「あにみゅ?」
フィーニスは、いつの間にか羽を広げていた。顔を覗き込んでいたようだ。
愚痴っている場合じゃなかった。今は子猫たちを守らないと。
「さくさくっと、歩こうか! って、気合入れたの!」
「がんばるのぞ! ふぃーにすも、もう元気いっぱいなのじゃ」
私の空元気を悟ってかいなか。それだけ言って、フィーニスは瓶を抱えて進みだした。再び、灯りを持って先を飛んでくれる。
私も遅れをとらないよう、フィーネを頭に乗せ直して後を追う。
何度か盛り上がる木の根っこから飛び降りると、すっとした香りが鼻を撫でた。
「おみじゅの香りしてきたでしゅ。もうちょっとで、精霊しゃんたちのおうちでしゅよ!」
「空気も、しっとり。滝みたく、澄んでるね」
「なのぞ!」
ぶんと振られた尻尾に笑みが浮かぶ。神聖な空気になってきた影響か、三人とも静かに進む。
「うなっ! だれか、近づいてくるのぞ!」
フィーニスから緊張で強張った声が絞り出された。
さっと熱も冷や汗も引いていく。しっかりと足を踏ん張って闇を睨む。
「うーにゅすたちが戦っている傀儡とは違って、人間の匂いでしゅ」
「なのぞ。でも、すっごくつーんとして、気持ち悪いのぞ」
残念ながら、私には感じられない匂いだ。
いつでも走り出せるような体勢を取っていると、ややあって、暗闇から人が出てきた。よく見えないけど、身長や体格から男性だとは予想がつく。
フィーニスとフィーネが全身の毛を逆立てたまま、私の前で低く唸っている。
「あなた、傀儡の、繰り主?」
出来る限りの気迫を込めて、問いかける。が、返答はない。
樹々の合間を縫って差し込んできた月明かりに照らし出されたのは、忍者のような黒い装束を纏った男性だった。傀儡のように仮面はつけていない。
「近づかないで。これ以上、無言で近づく、攻撃するです」
警告しても男性はおかまいなしだ。
一歩近づいてくる度に、同じだけの距離を保つよう努める。
不気味なくらいタイミングよく吹いた風が葉を舞い上げ、より多くの光を森に招き入れる。
「うっ――!」
急に溢れ出た、むせかえる臭い。漂ってきたのではなく、臭いを隠していた膜が弾けた感じ。
フィーニスとフィーネは、しかめっ面にはなっているものの、具合が悪くはなっていないようだ。そういえば、鼻はいい二人だけど、式神であるゆえに耐性の強い種類もあると聞いた気がする。
「気持ちよくなる臭い。お前らにもわけてやる」
抑揚のない声調だけど、耳には優しくない音質だ。得体の知れない不安感を引き出すような……。
「お前、アニムか? いや、だれでもいいか。みな殺せば、いいだけ。アニムを消せば、もっともっと気持ちよくなる。そして、また、あの薬をもらえる」
気がつけば、全速力で森を駆け抜けていた! フィーネとフィーニスを抱えて、ひたすら足を動かす!
だって! 私に焦点が合った視線は、ぞっとするほど病的で虚ろなのに。唇だけは、ひどく赤々としていた。いえ。それだけなら、まだ傀儡の方が気持ち悪かった。
「あはははは!! まてーよー!」
男性の高笑いが後ろから聞こえる。必死に逃げる私を、あざ笑うかのように。
そんなのどうでもいい! とにかく、離れなきゃ!
本能が訴えかけてくる。あの人は危ない種類の、人間だと!
それに――赤黒く染まった男性の手には、喉が詰まるモノが握られていた。聞いてしまった。放り投げられたものが、地面にぶつかり、にじゃりと嫌な音が鳴るのを。
「尋常な人の、行為じゃないっ――!!」
それは、私がこの世界にきて初めて目の当たりにした無残な死体だった。




