引き篭り魔法使いと、召喚術失敗3
『セン? お前、何が言いたいんだ?』
師匠が考えていたのと違う方向性に話が向かっていたのかな。あがった師匠の顔は、幼さをはらんでいた。きょとんと、目が瞬いている。
センさんは、溶け合っている球体に視線を向けた。程なくして、踵を返し結構な勢いで、師匠に近づいていく。
師匠は珍しく気圧されているみたいで、口の端を落とし、一歩下がった。そんな師匠におかまいなしにと、センさんは指を突き刺した。
『君は再び『アニム』と出会った。召喚獣の涙をもろに浴びて、体内にも大量に入ってしまったうえ、術の発動範囲にいたあの子は、どっちみち召喚に巻き込まれるしかなかった。ウィータは、今更あの子を元の世界に戻すって言うのかい? その方が残酷だよ。まさか、リスクを把握していないとは言わないよね』
残酷の指すところを考えてみても、これだという答えは浮かばない。
召喚を繰り返すにはリスクが伴う、ということなのかな。魂に負担がかかる、という。
『セン、オレは――』
『術を失敗した責任は取るべき、なんだろう? 失敗の意味するところが、多少、ずれていてもね。ぐだぐだ言ってないで、腹をくくりなよ。ウィータはもう、あの子と向き合うしかないんだ』
厳しく聞こえるセンさんの言葉。けれど、センさんは、いつものように軽い調子でウィンクしてらっしゃる。
そう。師匠は術を失敗した責任を感じて、魔法も使えなくて、特技もない私の面倒を見てくれている。責任をとって。
『わりぃ。みっともねぇとこ、見せちまったな。しかし、最後まで反対してやがったお前に、まさか後押しされるなんてな』
師匠は前髪をかきあげた。そして、空いた手で、センさんの肩を叩く。血の気のない顔には、小さな笑みが浮かんでいる
そのまま、センさんの横を通り抜けて、すっかり溶け合った球体に手を伸ばした。
『ウィータはさ、昔から最後に二の足踏むんだよね。決まって、僕が背中を押してきたからね。まぁ、埋め合わせは期待しているよ』
センさんの微笑みは、とても綺麗だ。でも、ぐっと喉が詰まってしまう空気。
そう感じたのは師匠もだったようで、これ以上ないくらい、頬を引きつらせた。センさんから気を逸らそうとしているのか、慌ただしい様子で
『術を完成させるぞ』
と手を高く掲げたよ。
センさんも妖艶な笑みを浮かべたまま、右手だけを前に突き出した。魔法杖は握られていない。
師匠は溶け合った球体の前に、センさんはやや後方に位置する。球体は、写真で見たことのある銀河の画像みたいになっている。無数の光が集まって、ガスが漂い、帯を引いているような。
師匠が、呼吸を整える。大きく肩が上下したかと思うと、ぴたりと動きを止めた。
『ネク・ポッスム・テークム・ウィーウェレ・ネク・シネ・テー』
高らか、というよりは優しく紡がれた呪文。胸が締め付けられる、希こいねがう祈りそのもの。
詠唱からややあって、小さな銀河は、花びらのように上空に舞い上がった。
「魔法陣?」
精一杯、仰け反ってみる。師匠もセンさんも同様の格好で、魔法陣が出来上がっていくのを見守る。
センさんは、とても静かな瞳で。師匠は、期待と不安をあわせたような、切ない表情で。
「そうだ。私、魔法陣、吸い込まれた。で、ゆっくり背中から落ちた。たぶん、あそこから」
これで、全部思い出したのかな。召喚の一部始終を。
深いため息が落ちた。空間の気温は、相変わらず上昇したままのよう。息は白くはならず、形のないまま消えていく。
召喚のこと、家族のこと。思い出したかった一連なのに、苦しさだけが頭を支配している気がした。
「カローラさん、どうして、ししょー側から、見せたです? ししょー、『アニム』さん欲しくて、私、召喚した。だから、もっと、『アニム』さん知って、努力しろって意味?」
いっそのこと、意図を教えてくれたなら、突っぱねられたに違いない。師匠やセンさんの会話だって、背景が全部見えていたら、もっと楽だったのに。
自分で考えなければいけないのは、とても疲れる。だって、いくら考えあぐねても、正解なんて知りえない。
魔法陣の音が、まるで耳鳴りのようで、頭痛を誘う。
「だめだ。受け入れるだけ、もっと、私じゃなくなる。さっき、残る、帰る、考えなきゃ、思ったばっかりなのに」
こめかみを両手で挟み、思い切り押してやる。
上空を見上げれば、あやふやだった魔法陣が、とても大きくしっかりとした形になっていた。濃紺のようでもあり、紫色のようでもある色。薄暗くなった空間では、目立つ存在ではない。私には、魔法陣の仕組みや違いは良くわからないけど、アルス・マグナに似ているような気がする。
私が落ちてきたのは、最初のアルス・マグナじゃなくて、これでしょう。変なところがはっきりして、頷いていた。
「魔法陣、赤くなってく」
言葉通り、あいまいに浮かんでいた魔法陣が、鮮やかな赤い光へと変化していく。見えない粘膜に沈んでいくように、魔法陣からゆっくりと出てきたのは、茶色の髪の私。
「私、召喚獣魂。それに――」
私の他に、小さな弱々しい光が一緒だ。三つの光。
師匠とセンさんは汗を流し、顔を合わせた。そして、ゆっくりと視線をあげた。無言で、小さな光たちを目で追っている。
ややあって、センさんが小さく頭を振りった。師匠は、掌で顔を覆う。
『――っ。すま、ない』
師匠はすぐさま気を取り直し、弱々しい光を手繰り寄せ、魔法の光で包み込んだ。それはそれは、柔らかい手つきで。
『ウィータ』
その肩を、センさんがきゅっと掴む。
唇を噛みしめた師匠。
『稀代の魔法使いが、聞いてあきれる。オレは、こんなにも、自分が無力だなんて、しらな、かった』
『僕には、肯定も否定もできないよ。だって――どちらをしても、尊い存在いのちを否定することになるから』
今にも消えそうだった光うちふたつは、なんとかという状態で、ふわふわ浮いている。長い髪に顔を隠してしまった師匠の頬に触れるように、光の綿毛を飛ばす。そして、気絶している私の頬にもくっついてきた。
ぐっと唇を引いた師匠は、三つの光を両手で胸に抱く。
『ウーヌス』
『はい、ウィータ様』
いつの間に現れたのか。師匠が名を呼ぶと、式神であるウーヌスさんから間髪いれずに返事があった。
師匠は大事そうに撫でていた光の玉を、ウーヌスさんに渡す。ウーヌスさんは無表情のまま、師匠の次の言葉を待っている。
『大至急、霧の泉に連れて行ってくれ。絶対に、命の灯を消すな』
『かしこまりました』
ウーヌスさんは短く返事をして、姿を消した。
光の正体に首を傾げたのも束の間、完全に姿を現した自分に目を奪われた。青白い顔をした私が、膝をついたセンさんに受け止められている。
青白い部分にどんどん侵食してくる、痣。自分でも目を覆ってしまいたくなる、火傷のような痣が、顔や首に広がる。
『セン! そのまま『アニム』を抱きかかえていろ!』
いつの間にか、ネックレスが師匠の手に戻っていた。師匠はネックレスを宙に投げると、両手を前に突き出す。焦っている師匠の様子とは反対に、ネックレスからは木漏れ日のような光がじんわりと滲み出てくる。
一度、師匠の魔法を吸収したネックレス。再び溢れた輝きは、迷うことなく、私に向かって放たれた。
『間に合ってくれ!』
ぐったりとした私を、師匠の魔力が包み込んでいく。ゆっくりと体中に染み込んでいく。
びくんと私の体が大きく痙攣したけれど、大きな反応を見せたのは、その一度だけ。
『あちらの世界で召喚獣が苦しんでいるのを見てから、おおよそ予想はついていたけれど。世界一浄化されている結界内でも、この状態なんてね』
『あぁ。『アニム』の欠片が練りこまれた媒体――ネックレスに、オレの魔力を混ぜて均衡調整を図っておいて正解だったぜ。骨を折って探していて、良かった』
ほぅっと吐き出された息。
私には見せたことのない、表情だ。もっと見つめていたけど、目を逸らしたい。矛盾した感情が、渦巻く。
『そうだね。今のタイミングで初めて調和を行っていたら、『アニム』の体がもたなかっただろうね。運命って言葉に、鳥肌が立っているよ』
『もたなかった』という言葉に、奥歯が笑う。
私の世界で魔法のない空気に触れ、体を壊していく召喚獣を目の当たりにしたばかり。それに、実際に自分の体がこんな風になっていたなんて、思ってもいなかった。
改めて、師匠とセンさんが結界外に出るなと釘をさしてきた意味を、実感した。お二人は、実際、魔法に侵食された私を見ていたから、あんなに心配して怒ってくれたんだね。
『こいつを探す媒体として使っていたんだがな』
師匠は、強気な口調に反したおどおどした足取りで、ぐったりとした私に歩み寄ってくる。水晶の地面を鳴らすブーツの音が、やけに長い間響いていた気がする。
息を荒くしている私の顔を、膝を折って覗き込む師匠。長い前髪に隠れてしまい、表情は見えない。ただ、伸ばされた指は、頬に触れないまま。手袋をはめている手が、小刻みに震えみえる。
センさんの傍にしゃがみ込んでみるけど、やっぱり師匠は遠い。
『触れるのが、怖いかい? 触れたら消えてしまいそうだとか、詩人みたいなこと、考えていたりする? 安心してよ。僕は、しっかり重さを感じているよ』
『うっせぇ!』
師匠が声を反響させて、お決まりの文句を飛ばした。私を抱えているセンさんの手を、思い切りつねる。やめてください、私が落ちます。
すごく久しぶりに突っ込みを入れた。混乱が一周まわって、正気になったみたい。
『失礼。それはさておき。早速、やきもち妬いているのかい?』
師匠が目元を染めて、きっとセンさんを睨む。睨まれたセンさんは、笑いを噛み殺している。思い切り肩を揺らす。
というか、重さって地味にへこむんですけど。重かったですか、私。いやいや、単に人として実態があるっていう意味だと、信じたい。
『別にやいてねぇーし。つか、妬く要素がねぇだろうが』
と師匠が唇を尖らせば、センさんはまた肩を揺らした。
師匠は、笑い転げだしそうなセンさんの頭を叩く。
『って、遊んでる場合じゃねぇ』
表情を引き締めた師匠が、ネックレスを私にかけた。鎖を頭にくぐらせたところで、一瞬動きを止めたけど、胸に落ち着いたネックレスに優しく手を重ねた。
瞼を閉じると、小さく唇を動かし呪文を唱え始めた。桜色の光が私の胸元と師匠の掌から溢れ、全てが私に入っていく。
『応急処置的だが、ひとまず、落ち着いてる。セン、わりぃが、こいつを水晶の森にある家に連れて行ってくれ』
『いいけれど。ウィータは?』
『オレは召喚獣――あっちの魂を』
言葉を濁した師匠。センさんは緩めていた頬を固くして、目を伏せた。私を見ているのは、思い違い?
『そうだね』と掠れた声が、世界を歪めた。比ゆではなく、本当に景色が混ざり合っていく。
あぁ。やっと目が覚められるのんだろう。ぎゅっときつく目を閉じて、祈るように指を絡めた。
「私、ししょー、に、ちゃんと、望まれてる? って、くるしい!」
ぽつりと呟いたところで、突然、息が苦しくなった!
ぐぇ。なにこれ。胸が苦しいどころじゃなくって、本当に呼吸が出来ないんですけど‼ 濡れたタオルを顔に乗せられているみたい。というか、あったかくてお菓子の甘い香りがする気もしないでもないけど、とにかく重くて苦しい。ついでを言うと、くしゃみが出そうだ!
あっ、駄目。意識が薄れていく。っていうか、夢の中で死ぬって間抜けだ、私。
このまま消えたら、師匠は悲しんでくれのかな。「私」を、求めてくれる?
だれかが頭の隅で、馬鹿な奴だと呆れ笑った気がした。私もそう思う。へらりと笑い返したところで、目が覚めた。




