1. 10,000人の先駆者たち
『——『Aetheria Chronicle』の世界へようこそ』
脳内に直接響く無機質なシステムアナウンスとともに、視界を覆っていた真っ白な光が弾けた。
重力が足裏に戻ってくる感覚。
鼻腔をくすぐるのは、打ち水された石畳の匂いと、どこか香辛料の混ざった見知らぬ街の風。
そして耳を刺すのは、地鳴りのような「人々の大歓声」だった。
「うおっ……すげぇ、マジで本物の街じゃん……!」
「おい見てみろよ、肌の触感も服の質感もまんま現実だぞ!」
「マジで攻略Wikiもないのか!? 冒険者ギルドってどこだよ!」
視界が開けると、そこは巨大な白亜の時計塔が見下ろす広大な石造りの広場だった。
中央には豊かな水を噴き上げる巨大な神話像の噴水。その周囲を、色とりどりの初期装備を纏ったプレイヤーたちが埋め尽くしている。
『Aetheria Chronicle』正式サービス開始初日。
抽選倍率数百倍を突破してこの地に降り立った、第一陣プレイヤー合計10,000人の喧騒だった。
攻略サイトなし。Wikiなし。公式からのスキルや職業の解説すら存在しない。
完全なる未知の世界へ投げ出された一万人の開拓者たちが、熱気と戸惑いを交えて広場をうろついている。
そんな熱気あふれる広場の中心で、僕——天野零は自分の頭の上に手を伸ばし、そこにある「感触」に呆然としていた。
「……ふわっ、としてる」
指先に触れたのは、しなやかで柔らかい黒い毛並み。
僕が頭を動かすと、頭上から生えた二つの耳がピコピコと連動して揺れる。腰のあたりからは、細長い尻尾が意思とは無関係にゆらゆらと揺れていた。
僕が最初に選んだ種族特性——【フェリス(黒猫耳族)】だ。
「よしよし、猫耳の感触は最高だ。リアルじゃ猫アレルギーで飼えなかったからな……。でも問題は……」
僕は空中に指を滑らせ、青く透きとおる自分のステータスウィンドウを呼び出した。
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【名前】 レイ(Ray)
【種族】 フェリス(黒猫耳族)
【レベル】 1
【職業】 薬師 / 見習い職人
【HP】 100 / 100 【MP】 80 / 80
【ステータス】
STR : 11 (物理攻撃力)
VIT : 8 (物理防御力)
INT : 8 (魔法攻撃力)
AGI : 16 (機動力・回避)
DEX : 11 (器用さ・命中)
LUK : 13 (運・ドロップ率)
【所持スキル】
・【野性の直感】 (種族パッシブ / 移動・回避+20% / 暗視)
・【従魔の共鳴】 (種族パッシブ / テイム成功率+15%)
・【素材採取・解体 Lv1】 (職業アクティブ)
・【簡易調合/生産 Lv1】 (職業アクティブ)
・【鑑定(初級) Lv1】 (職業アクティブ)
【所持金】 1,000 G
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「……うーん、やっちまったかもしれない」
画面を凝視しながら、僕は思わず頭を抱えた。
【フェリス】の最大の特徴は、全種族中でトップクラスを誇る初期機動力(AGI: 16)だ。素早い身体能力と夜間視界を活かし、スカウトやアサシンといった前線の斥候職を選ぶのが「セオリー」のように思える。
しかし僕が選んだ職業は、生産・補助系の『薬師 / 見習い職人』。
「爆速で走って薬草をむしる猫耳……? いや、VRMMOと言ったら自作ポーションの開発でしょうと思って選んだんだけど、初期ステータスの噛み合わなさ感がすごいぞ……」
「あはは! なに初日から世界が終わったみたいな顔して頭抱えてるのよ、レイ!」
背後から、元気な声とともに背中をバシッと叩かれた。
振り返ると、そこにはピコピコと活発に動く狼耳を生やしたスカウトの少女が立っていた。リアルの知人であり、陸上部所属の中学生ゲーマー——ケットだ。
その背後からは、全身を重厚なスチールプレートで固めたヒューマンの青年と、僕の腰ほどしか背丈がないドワーフが歩いてくる。
「レイ、無事に合流できたね。キャラメイキングはうまくいったかい?」
爽やかな笑顔で声をかけてきたのは、僕のリアルの幼馴染であり、高校でサッカー部のエースを務めているシオンだ。初期職業は【見習い戦士】。真っ直ぐな瞳と整った容姿は、初期装備の安っぽい革鎧を着ていても絵になっていた。
「いや、無事じゃないんだよシオン……。僕、種族と職業の噛み合わせを完全にミスった気がして……」
僕がステータス画面を共有すると、ドワーフのギルが蓄えたお腹を抱えて爆笑した。リアルの彼は工務店に勤める20代半ばの大工で、ゲーム内でも筋骨隆々のドワーフを選んでいる。
「ぶっはははは! おいおいレイ、マジかよ!?」
「笑うなよギル!」
「だってよお! 敏捷AGI:16の俊敏な黒猫になってやることが、草むしりとポーション混ぜか!? 逃げ足だけが無駄に速い薬屋の完成じゃねえかガハハ!」
「うるさいな! この世界はまだ誰もレシピを開発してないんだぞ!? 僕が最強の回復薬を作って一獲千金狙うんだよ!」
「いいじゃないか、レイらしくて」
暴れる僕を宥めるように、シオンが優しく微笑む。
「僕が前線で盾を構えて攻撃を受け止める。ケットが奇襲をかけて、後ろからアリアが魔法を叩き込む。そこにレイが調合してくれた回復ポーションがあれば、僕たちのパーティーは完璧なバランスだよ」
「そうよ。レイの回復薬があれば、私も心置きなくMP全振りの魔法を叩き込めるわ」
人混みを分けてやってきたのは、透きとおるような銀髪と尖った耳を揺らすエルフのアリアだ。リアルの同級生でおっとりした印象の彼女だが、選んだ職業は【見習い魔術士】。
そして、そのアリアのすぐ後ろから、革鎧のベルトをカチリと締めながら現れたのは、知的な眼鏡をかけたヒューマンの少女セラだった。高校3年生で生徒会役員を務める彼女は、開口一番、鋭い視線で僕たちを整列させた。
「はいそこまで。雑談は後よ。全員、初期ステータスを開示し合いなさい。このゲームは事前情報がゼロなの。第一陣の1万人の中で生き残るには、まず互いの『初期リソース』を完璧に把握することが最優先よ」
相変わらずの鬼軍師ぶりに苦笑しつつ、僕たち6人は互いのステータス画面を開示し合った。
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【名前】 シオン(Shion)
【種族】 ヒューマン 【レベル】 1
【職業】 見習い戦士
【HP】: 120 / 120【MP】: 100 / 100
【ステータス】
STR: 13
VIT: 13
INT: 10
AGI: 10
DEX: 10
LUK: 10
【所持スキル】
【万能の才】【スラッシュ Lv1】【パリィ Lv1】【武具手入れ Lv1】
【所持金】 1,000 G
【名前】 アリア(Aria)
【種族】 エルヴン(エルフ) 【レベル】 1
【職業】 見習い魔術士
【HP】: 80 / 80【MP】: 180 / 180
【ステータス】
STR: 7
VIT: 7
INT: 18
AGI: 13
DEX: 15
LUK: 10
【 所持スキル】
【精霊の親愛】【森のささやき】【エレメンタルボルト(風) Lv1】【マナセンス Lv1】
【所持金】 1,000 G
【名前】 ギル(Gill)
【種族】 ドワーフ 【レベル】 1
【職業】 見習い職人(鍛冶特化)
【HP】: 130 / 130【MP】: 70 / 70
【ステータス】
STR: 14
VIT: 17
INT: 7
AGI: 5
DEX: 17
LUK: 10
【所持スキル】
【金剛の体躯】【匠の観察眼】【素材採取・解体 Lv1】【簡易生産 Lv1】
【所持金】 1,000 G
【名前】 ケット(Catt)
【種族】 フェリス(狼耳族) 【レベル】 1
【職業】 スカウト
【HP】: 100 / 100【MP】: 80 /80
【ステータス】
STR: 11
VIT: 8
INT: 8
AGI: 19
DEX: 14
LUK: 13
【所持スキル】
【野性の直感】【ステルス Lv1】【トラップアナライズ Lv1】【急所狙い Lv1】
【所持金】 1,000 G
【名前】 セラ(Sera)
【種族】 ヒューマン 【レベル】 1
【職業】 スカウト(罠・鑑定特化)
【HP】: 100 / 100【MP】: 100 / 100
【ステータス】
STR: 10
VIT: 10
INT: 10
AGI: 13
DEX: 13
LUK: 12
【所持スキル】
【万能の才】【鑑定(初級) Lv1】【トラップアナライズ Lv1】【ステルス Lv1】
【所持金】 1,000 G
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画面を見比べたセラが、深くため息をつく。
「……見事にバラバラね。アリア、HP『80』って何かしら? 野良犬に噛まれたら即死するわよ」
「えっ!? だ、大丈夫よ! 攻撃を受ける前に風の魔法で吹き飛ばせばいいんだから!」
「俺なんてAGI『5』だぞ! 走ったら確実に亀に追い抜かれるガハハ!」
「自慢しないでギル」
セラが額を押さえながらも、手元のシステムUIを弄り、メニューの奥深くにあるグレーアウトされた項目を指差し表示した。
「……ちなみに、このゲームの『クラン(ギルド)』システムだけど、今確認したら解放条件がロックされているわ」
全員の視線がそこに注がれる。そこには重々しいシステムロックの文字が躍っていた。
[クラン設立条件:未達成]
・リーダーのレベル10以上
・設立資金:100,000 G
・冒険者ギルド評価:ランクC以上
※現在のプレイヤーレベルではクランを作成できません。
「うわっ、条件厳しすぎだろ! 10万ゴールドなんて何日溜め込めばいいんだよ!」
「レベル10も遠そうね……第一陣の大手グループすら当分はクラン作れないんじゃない?」
驚くギルとケットに対し、セラが眼鏡の枠を押し上げて不敵に微笑んだ。
「だからこそチャンスなのよ。他の大人数グループが『誰をクランに入れるか』で揉めている間に、私たちはまず結成条件の達成を目指すの。当面は固定パーティ『アルカノイド』として動くけれど、いつか条件をクリアして、少数精鋭の正式クランを立ち上げるわよ!」
「よーし! それじゃあまずはレベル上げと素材集めだね!」
シオンが爽やかに拳を掲げ、僕たち6人は顔を見合わせて力強く頷き合った。
だが、この時の僕たちはまだ気づいていなかった。
このゲームの最大の狂気である『時間倍率:12倍(現実の1時間=ゲーム内の12時間)』というシステムが、僕たちの生活とゲーム内の状況をいかに歪めていくかということに。
そして、僕が暇にまかせて踏み込むことになる「見えない裏社会」の深淵にも——。




