第44話 帰る場所
夜明け亭へ戻ると。
ミリアの部屋は空だった。
(いない)
寝台には、乱れた掛け布。
窓は閉じたまま。
杖もない。
廊下へ出る。
一階から、ハンナの怒鳴り声が聞こえた。
「あの怪我で、どこへ行く気だい!」
「ぴよちゃんを探します!」
「朝になってからにしな!」
「今、いないんです!」
宿の扉が開く。
ミリアが杖をつきながら、外へ出ていく。
右脚を引きずり。
左肩を庇い。
それでも。
白い小鳥を探している。
「ぴよちゃん!」
夜の通りへ、声が響く。
「どこにいるの!」
屋根の上へ降りた。
ミリアは気づかない。
路地の奥。
宿の看板。
空。
何度も見回している。
「ぴよちゃん!」
声が震えた。
「帰ってきて!」
胸の奥へ。
その言葉が届く。
屋根から飛び下りた。
「ぴ」
ミリアが振り返る。
白い小鳥が。
目の前へ降りていく。
「ぴよちゃん!」
杖を手放しかけ。
身体が傾いた。
俺が影を伸ばすより先に。
追ってきたハンナが、背中を支える。
「ほら見な!」
「ありがとうございます」
「礼より先に反省しな!」
ミリアはハンナに支えられながら。
俺へ手を伸ばした。
その掌へ降りる。
「もう!」
怒った声。
だが。
目には涙が浮かんでいる。
「どこへ行ってたの!」
答えられない。
「何も言わずに、いなくならないで」
「ぴ」
「心配したんだから」
「ぴ」
「戻ってくるって思ってたけど」
ミリアの指が。
白い羽根を包む。
「それでも、怖かった」
その手へ頭を寄せる。
セレナのもとへ残る道もあった。
英雄の本当の血筋。
エリシアが救った者。
《女神の従魔》として。
守るべき相手が、そこにいるようにも思えた。
だが。
俺が戻りたいと思った場所は。
ここだった。
「ぴよちゃん」
「ぴ」
「私と一緒にいる?」
「ぴ」
「これからも?」
「ぴ」
「私が間違えたら、止めてくれる?」
「ぴ」
「ぴよちゃんが間違えたら」
ミリアは、少しだけ笑う。
「私も止めるからね」
一度。
間を置いた。
それから。
「ぴ」
一回鳴いた。
ハンナが大きく息を吐く。
「話が済んだなら、部屋へ戻るよ」
「はい」
「歩けるかい?」
「たぶん」
「たぶんじゃない」
ハンナに支えられ。
ミリアは宿へ戻る。
その肩には。
白い小鳥。
その夜。
俺は窓辺ではなく。
ミリアの枕元で眠った。
◇
数日後。
ラーデンの朝。
広場から。
レオンを称える旗は消えていた。
『英雄の血、ラーデンへ』
そう書かれた看板も。
すでに片づけられている。
レオンが偽物だったことは。
周辺の町へ伝えられた。
だが。
本当の血筋について。
発表されることはなかった。
人々は。
エリシアの家族が途絶えたのか。
どこかに残っているのか。
知らないまま。
それぞれに噂をした。
訂正しようとは思わなかった。
英雄の名も。
その血筋も。
本人の意思を離れて。
誰かが勝手に利用してよいものではない。
フィナは。
フィナとして生きればよい。
セレナは。
自分で選んだ未来を作ればよい。
そして。
俺も。
自分の道を選ぶ。
「本当に、もう行くのかい?」
夜明け亭の前。
ハンナが腕を組んでいる。
「医者には、あと三日は休めと言われただろ」
「ゆっくり歩きます」
「そういう問題かね」
「次の町まで、一日ですよね」
「その脚なら二日だよ」
「なら、二日かけます」
ハンナが深く息を吐く。
「頑固だね」
「よく言われます」
「誰に?」
「カイルさんに」
「まともなことも言うんだね、あの男」
ミリアは笑った。
傷は、まだ完全には治っていない。
杖も必要だ。
それでも。
顔色は、数日前よりずっとよかった。
ニルが小さな袋を差し出す。
「道で食べて」
「ありがとう」
「ぴよちゃんの分もある」
「ぴ」
「食べ物のときだけ、返事が早い」
(信用への返事だ)
ミリアが頭を撫でる。
「どこへ行くんだい?」
ハンナが尋ねた。
ミリアは、町の外へ続く街道を見る。
「まだ決めていません」
「目的地もなく?」
「途中で決めます」
肩にいる俺を見る。
「二人で」
「ぴ」
エリシアの従魔として。
与えられた道ではない。
罪を償うためだけに。
自分へ課した道でもない。
ミリアが一人で決めるのでも。
俺が代わりに決めるのでもない。
間違える。
止める。
また、選ぶ。
二人で。
「行こう、ぴよちゃん」
「ぴ」
ミリアが歩き出す。
右脚を、少しだけ引きずりながら。
肩から飛び立つ。
「先を見てくる?」
「ぴ」
「ちゃんと戻ってきてね」
「ぴ」
空へ上がる。
ラーデンの町が小さくなった。
石壁。
広場。
夜明け亭。
さらに先へ。
街道が続いている。
森の向こう。
山の向こう。
まだ知らない場所へ。
危険がないことを確かめ。
翼を返す。
地上では。
ミリアが待っている。
俺を閉じ込めず。
翼を縛らず。
それでも。
戻ってきてほしいという願いを、隠さずに。
「ぴよちゃん!」
名前を呼ぶ声が聞こえた。
アッシュ。
英雄の黒い鳥。
《女神の従魔》。
すべて。
自分の名前だった。
過去を捨てる必要はない。
それでも。
今。
帰るための名前は一つだった。
高度を下げる。
ミリアが手を伸ばす。
その手を越え。
いつもの肩へ降りた。
「おかえり」
「ぴ」
翼を畳む。
彼は、《女神の従魔》だった。
今も。
その名は消えていない。
そして今は。
ミリアの従魔。
ぴよちゃん。
それは。
誰かから命じられた役割ではない。
彼が自分で選んだ、居場所の名前だった。
朝日を背に。
二人は歩き出す。
過去に与えられた物語ではなく。
今と。
これからを選ぶために。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この作品は、生成AIを活用しながら完成させました。
私は、物語のアイデアは浮かぶのに文章にできず、何度も諦めてきました。AIの登場で、そのアイデアを形にできるようになったのは本当に大きな出来事でした。
もちろん、思い通りにはいきません。伏線を理解してくれなかったり、後半で明かす情報を序盤で全部書いてしまったり、設定を忘れてアッシュが突然普通にしゃべり始めたり(笑)。そんな失敗も含めて、何度も修正しながら完成させた作品です。
一応、伏線となるところはさりげなく散りばめていますので、エンディングまで読んだあとに序盤を読み返していただけると、「ここに入っていたのか」と感じていただけるかもしれません。
一番のおすすめは、第3話と第31話を続けて読んでいただくことです。
改めまして、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




