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桃紅の約束 〜伍

…綾

 彼女は貧しい両親に捨てられた孤児だった

 其れはもう十数年も前のこと

鬼の刻が起きる前まで遡る


 師、卜伝が死去し、全国の強者を倒しまわっていた具教

 山の中で偶然に見つけた孤児

其れが幼い綾だった

 痩せこけ、汚らしい少女を見て、具教は不憫に思った


 然し、世は戦国時代

 ひとたび戦が起きれば、孤児になる者など山ほどいる

 其の都度情けをかける訳にはいかない

 

 立ち去ろうとした具教

 其の大きな背中を、幼い綾の両の目が絡みついて離さなかった

 具教はやれやれと言った顔で兵糧丸(そば粉等を丸めたもの)を半分にちぎって綾に与えた

 其れが二人の出会いだった


 其れからというもの、綾は具教の後をついて離れなかった

 元々口数の極端に少ない具教

 幼い綾にはそんな男が不思議で仕方なかった

 そうして、無口で不器用な男と、捨てられた少女の二人旅が始まった

 


 具教は日々の鍛錬を欠かさなかった

 其の横で、綾も真似をした


 雨の日も風の日も

 強者がいると聞けば、具教は半日以上歩いた

 綾は必死でついて行った

 元々急ぐ旅ではなかった

 具教は、一人の時よりも遥かに速度を落として歩いた

 其れでも、並の子供が歩く距離、速度ではなかった

綾は文句の一つも言わず、ついてきた

 

 綾は、具教が真剣勝負で強者と斬り合う姿を何度も目の当たりにした

 傷を負うこともあったが、負けることのなかった具教

 殺すことが目的ではなかったが、真剣を使った勝負

結果的に多くの強者の生命を奪うことになった

 綾の目には、具教が無敵の人斬りに映っていた

 

 具教は綾に剣術を教えることはなかった

然し綾は見様見真似で具教と同じ鍛錬をこなし、其の技を目に焼き付けた

 動物の狩りでは、身体の大きい具教よりも、軽く静かな綾に分が上がった

 殆ど会話も笑顔もなかった二人

 話しかけるのはいつも綾からで、具教は頷くか首を横に振るかのどちらかだった

 其れでも、具教は綾の全てだった


 或る日、具教と綾は鬼ヶ島の噂を聞いた

 好奇心旺盛な綾

 無敵の具教となら、何処へ行っても安全であると思った

 鬼ヶ島への渡島を強請るのは必然だった

 

 二人は、程なくして鬼ヶ島へ渡った

 出くわした鬼は、人の子供くらいの小さな鬼

 其の鬼と死闘を繰り広げた具教

 何の心配もしていなかった綾

 予想外に押されていく具教

 綾は、無意識のうちに助太刀に入った

 其れがどれだけ無謀で、無意味なことであると知らずに

 

 鬼は綾へ急襲を仕掛けた

 傷つく綾

 具教は、今迄に見せたことのない程の怒り、感情を露にし、鬼を追い詰めた

 そうして其の鬼を捕らえ、命からがら離島した

 傷ついた綾を心配そうに見つめる具教

 床に臥せながらも綾は、薄目で其の姿を見ていた

 

 捕らえた鬼を、領主へと献上した具教

そうして具教は大駒に成り、童子切安綱を与えられた

 領主に頼めば、綾も城の武士になることが出来た

 然し具教はさせなかった


鬼ヶ島で傷つく綾を見て思った

失いたくない存在なのだ

傷つく姿など見ていられない、と


 綾を危険な目に遭わせたくなかった

 然し、数年後、其の制止を聞かず、綾も城の武士となった

 其れからも変わらず綾は具教を先生と呼び、共に暮らしてきた


 そうして、今に至る



…「ならお前を殺して、玄信も殺す」


 あの時、先生が私を命懸けて護ってくれたように


 綾の眼に再び込められたのは激しい殺意

 

 今度は私が助ける番だ…

 ねぇ、先生、もう良いよね


 綾はまた、静かに目を閉じて刀を構えた


 教わらずにして学んだ綾

 教わりながらも未完成の勝俊


 具教は綾の、玄信は間違いなく勝俊の師だが、弟子に見せる姿は対極と言えた

 そして、其々の弟子達が今、互いの正義を掛けて全力でぶつかり合おうとしていた


 

「卜伝流…二之太刀」


 綾を包み込むようにして突然巻きあがった風

 彼女の美しい長髪を撫でていく

 一瞬、ほんの一瞬だけ時が止まる


 其れは綾が右足を踏み込んだ瞬間だった

 其れまで綾を優しく撫でていた風が、綾と一つになって勝俊へ向かっていく

 物音一つしない静かな剣

 

 綾は縮地をして、勝俊の間合いへと瞬時に入り、勝俊の胴を切り裂いた

 勝俊の纏う当世具足の胴が、横一文字に裂けて、血が流れる


 胴当ての部分はもう、使い物にならない

 腹部から流れる血を拭いながら胴当てを外していく勝俊


「いてぇ、そして本当に速いっすね…」


「…此の技でも、殺せなかった…」


 綾が技を当てる其の瞬間

 勝俊は金時の脇差を僅かに綾の剣に当てて其の軌道をずらしながら、後方へ跳んでいた

 並の武士に出来る技ではない

 玄信の教え子、勝俊

 彼もまた、其の死地において更なる高みに昇華していた


「さぁ、反撃するっすよ」


 護りに徹していた勝俊、形勢逆転すべく、綾へと飛び掛かって右手で刀を振るう


「遅い…」


 其の一振りをさらりと躱す綾

 然し其の方向へ、金時の脇差が振るわれる


「っ!!!」


 綾は勝俊の連続攻撃に驚きながらも刀を合わせる

 更に勝俊は右手の刀で綾に斬りかかる


「鬱陶しい!」


 綾が刀で勝俊の一撃を払う

 然しまた其処に脇差が放たれる

 勝俊の二刀を払うだけで防戦一方になる綾

 

 二刀流の真骨頂は其の手数の多さにある

 綾は、二刀流の者と対峙してこなかった

 此れではどのように戦えばいいかすら分からない

 峰打ちに持ち替えた勝俊の刀が綾の身体に当たり始める

 次第に追い詰められていく、綾


 其の時だった―


カシャン


「綾様、黒鬼、解放しましたぞぉぉぉ!」


 抑も張り詰めていた空気が、凍り付く

 至る所で戦っていた門下生と武士達も一旦手を止めて声のしたほうを向く


 声を上げた武士は、得意気に右手を高々と上げている


 其の、後ろ…


 いつの間にか立ち上がっていた其れ

 

 ゆらゆらと左右に揺れながら、其の場にいた者を静かに見下ろす


ギィィィィイ


 未だ其の唸り声は聴こえていた


 刀を落として立ち尽くす武士までいる


「な、なんてことを…

 止めるしかない」


 勝俊は両の刀を再び強く握りしめると黒鬼の方へ駆け出した

 続いていく元門下生達

 

バシィィィン


 圧倒的な力の差

 丸腰の人間が、戦車に歯向かうようなもの

 次々に弾き飛ばされていく

 いつの間にか両手足に付けられた鎖も破壊されている

 

 綾は其の場を動けなかった


「先生

 これで本当に良かったの…?」


 自問自答が苦手になるくらい、難易度の高い問答だった

 ただ立ち尽くして其の光景を眺めることくらいしか出来なかった


 逃げ出す武士達

 黒鬼がゆっくりと動き始める


ギィィィイ


 黒鬼は…

 笑っているようにも、泣いているようにも見えた




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